EP 4
氷のゲレンデと、強欲人魚のビジネス
サウナ小屋の建築は、順調すぎるほどのスピードで進んでいた。
俺が『極道流・鞄潰し(薪割りアレンジ)』や草刈り鎌で加工した丸太を、スアイがテキパキと組み上げていく。彼女はタローマン製のオーバーオールを雪で濡らしながらも、本当に楽しそうに丸太の皮を剥き、基礎を固めていた。
なんでも、アバロン魔皇国の本拠地は無機質な黒曜石ばかりで、こうして木の温もりに触れるDIY作業は初めてだという。
「お師匠様! サウナ小屋周辺の整地、完了いたしましたわ!」
スアイが額の汗をタローマンの軍手で拭いながら、ビシッと敬礼した。
「おう、ご苦労さん」
俺はマルボロを吹かしながら、小屋の周囲を見渡した。
元氷魔将軍であるスアイの『氷魔法』は、建築のサポートにおいて絶大な威力を発揮していた。彼女が手をかざすだけで、サウナ小屋の周囲にある邪魔な雪や岩肌が、鏡のように滑らかで均一な斜面へと整えられていくのだ。
邪魔な凸凹は削られ、柔らかすぎる雪は適度に固められた極上の『圧雪』バーン。それが、サウナ小屋から麓のポポロ村の近くまで、何百メートルにもわたって続いていた。
「へぇ、こりゃあ立派なモンだ」
俺は満足げに頷いた。
「斜面の角度も絶妙だ。これなら、サウナで極限まで火照った身体を、この雪の斜面にダイブさせて一気に冷やす……極上の『ととのい(天然水風呂)』が味わえそうだな。それに、ソリやスキーで滑り降りるのにもちょうどいいゲレンデだ」
「ゲ、ゲレンデ……! 私が整えたこの斜面が、お師匠様の究極の『ととのい』の舞台になるのですね! 光栄の極みですわ!」
スアイがエメラルドの瞳をキラキラと輝かせている。彼女は完全に俺のことを『サウナとDIYの求道者』として神格化していた。
その時。
麓の方から、ザクッ、ザクッと雪を踏みしめる音が近づいてきた。
「おっじさぁ〜ん! こんな雪山で何して……って、うわあああっ!? なんか立派なスキー場ができてるぅっ!?」
現れたのは、ド派手な聖騎士の鎧の上にベンチコートを羽織ったキュララと、芋ジャージ姿で段ボールのソリを持ったリーザだった。
二人は、俺とスアイが作り上げたサウナ小屋の基礎と、麓まで続く極上の雪の斜面を見て、完全に目をひん剥いていた。
「あぁ? お前ら、寒ぃのによく登ってきたな」
「だって、おじさんが裏山で美味いお肉焼いてる匂いがしたから……って、ちょっと待って!?」
リーザが段ボールを落とし、スアイの顔を指差して悲鳴を上げた。
「あ、あんた! アバロン魔皇国のアホみたいに強い幹部、氷魔将軍のスアイじゃないの!? なんでこんなところで、タローマンの作業着着て木を削ってんのよ!」
かつてシーラン国の王女として国際情勢を学んでいたリーザは、スアイの顔を知っていた。
魔王軍の最高幹部。触れれば心臓すら凍りつく絶対零度の女帝。それが、なぜ辺境の農村でオーバーオール姿でノコギリを挽いているのか。
「……誰ですか、あなたは。私は今、お師匠様の下で丸太の皮剥きという神聖な修行の最中です。世俗の肩書きで呼ぶのはやめていただきたいですわ」
スアイは冷ややかな目でリーザを一瞥し、再び丸太に向き直った。
「お、お師匠様ぁ!?」
「おう、気にすんな。姉ちゃんは今、俺と一緒にサウナ小屋を作ってんだ。あとで極厚炙りベーコンの残りを食わせてやるから、お前らもそこで大人しくしてろ」
俺がそう言うと、リーザとキュララの態度が、文字通り『一八〇度』回転した。
「極厚炙りベーコン!!??」
「た、食べるっ! 絶対食べるぅっ!」
魔王軍の幹部だろうが何だろうが、極道農家の『飯テロ』の前には完全に無力だ。
そして、現金すぎる二人は、スアイが作った極上の『氷の斜面』と、削り出された『天然の氷柱』を見て、即座に悪魔のようなビジネスを思いついていた。
「ねぇ、キュララちゃん……これ、大チャンスじゃない?」
「うんっ! 私も同じこと考えてた! こんな綺麗なゲレンデ、この世界に他にないよ!」
リーザがよだれを垂らしながら、スアイが削った氷の欠片を拾い上げた。
「魔皇国の最高幹部が作った『絶対溶けない極上天然かき氷』……! これに、ルナちゃんが作ったフルーツのシロップをかけたら、一杯銀貨五枚(五千円)は取れるわ! それに、この斜面を滑る『リフト券(段ボール代込み)』でさらに倍よ!」
「私は配信ね! 『元・氷魔将軍のすっぴんガチキャンプ&DIY生活!』ってタイトルで配信すれば、絶対にバズるよ!」
強欲な二人は、即座に行動を開始した。
リーザは猛スピードで麓に戻り、ルナを巻き込んで『かき氷の屋台』の設営準備に入り、キュララは自律浮遊する魔導通信石をスアイの周囲に飛ばし始めた。
「はーいみんなー! 緊急生配信だよーっ! 今日はポポロ山から、超スペシャルなゲストをお届けしちゃいまーす! なんと、あのアバロン魔皇国の氷魔将軍・スアイさんが、タローマンの作業着でガチのDIYキャンプしてまーすっ☆」
『は!? スアイ様!?』
『うそだろ、なんで魔王軍の幹部がルナミスの田舎村に!?』
『ビ、ビキニアーマーじゃないだと……!? だが……タローマンのオーバーオール……アリだな!!』
キュララの配信が始まった瞬間、ゴッドチューブの同時接続数は、文字通り『爆発』した。
画面に映し出されているのは、化粧っ気のない素顔で、一生懸命に丸太の皮を剥き、額の汗を軍手で拭うスアイの姿だ。
普段の冷酷な女帝のイメージとは一六〇度違う、健康的な『開拓DIY女子』の姿。
飾らないその美しさと、木屑にまみれながら真剣に作業する姿は、視聴者の心臓を直接打ち抜いたのである。
「ふぅ……お師匠様。この丸太の組み方、少し隙間が空いてしまったのですが、ご指導いただけますか?」
「あぁ? 貸してみろ。そこは木槌で一発叩き込んで……こうだ」
俺がスアイの横に並び、木槌で丸太を叩き込んで補正する。
「ああっ、なるほど! 力の入れ具合が絶妙ですわ! ありがとうございます、お師匠様♡」
スアイが満面の笑みで俺に礼を言う。
『おいおいおい! スアイ様が笑ったぞ!?』
『あの農家のおっさん、何者だよ! スアイ様を「姉ちゃん」呼ばわりしてんぞ!』
『俺もスアイ様と一緒に丸太の皮剥きしてぇぇぇぇっ!』
『タローマンの作業着、明日買いに行くわ』
チャリン、チャリーン! ドバババババッ!!
画面が嵐のような投げ銭のエフェクトで埋め尽くされる。
特に、アバロン魔皇国からのアクセスが異常な数値を叩き出していた。戦場で疲弊した魔皇国軍の兵士たち(スアイ・キャンパーズ)が、推しの健康的なDIY姿に熱狂し、部隊の予算を横領してまでスパチャを投げまくっていたのだ。
「……チッ。うるせぇハエが飛んでんな」
俺は、顔の周りをウロチョロするキュララのドローンカメラを鬱陶しそうに手で払った。
「おい羽虫。配信すんのは勝手だが、作業の邪魔はすんじゃねぇぞ。……ほら、ベーコンの残りが焼けた。静かに食え」
「わぁぁーっ! おじさんの極厚ベーコンだぁっ!」
俺が鉄板から熱々のベーコンを皿に取り分けると、キュララはカメラを放置して肉にかぶりついた。
「んん〜っ♡ 美味しい〜っ! 脂が甘くて、燻製の香りが最高ぉっ!」
『出たぁぁ! 極道農家の飯テロ!』
『深夜にこの極厚ベーコンは見ちゃダメなやつだ……っ!』
『腹減ってきた……ルナイーツ頼むわ……』
スアイのDIY姿と、俺の極上キャンプ飯。
この二つの強力なコンテンツが融合した配信は、天界のアルゴリズムすらも破壊するほどの異常なPV率を叩き出し、急上昇ランキングの一位に躍り出た。
ただサウナを作って、ベーコンを焼いていただけの平和な雪山が。
強欲な人魚とあざとい天使の介入により、世界一注目を集める『一大ウィンターリゾート』へと変貌を遂げようとしていたのである。
◇ ◇ ◇
そして、その狂乱の配信を、天界の薄暗いモニター部屋からギリギリと歯ぎしりしながら見つめている男がいた。
「……また、あの農家かァァァッ!!」
新入りの炎上神・ワイズが、マイタンブラーのカプチーノを壁に叩きつけた。
「魔皇国の最高戦力である氷魔将軍を、なんでタローマン着せて大工仕事させてんだよ! しかも、その健康的な姿がバズって、またしても平和な好感度配信になってやがる! こんなの、俺の求める『絶望と炎上のエンタメ』じゃねぇッ!」
ワイズは血走った目でエンジェルすまーとふぉんを操作し、アバロン魔皇国の『人事部』へと不正アクセスを行った。
「魔王軍のブラック上司どもを煽って、あの裏切り者の魔将軍を連れ戻させろ……! あの忌まわしいサウナ小屋ごと、雪山を炎でドロドロに溶かしてやるぜ……ッ!」
神の悪意と、ブラック企業の魔の手が。
極道の「ととのい」の時間を脅かすべく、ポポロ山へと密かに迫りつつあった。
氷の女帝が作った極上のゲレンデと、極道農家のキャンプ飯。
平和なDIYライフが世界中で大バズりする中、炎上神の企みにより、サウナ完成を阻む「最悪の熱源」がポポロ村に差し向けられようとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




