第四章 ヤンキー農家と氷の女帝。極寒DIYキャンプと極道サウナ
ヤンキー農家と氷の女帝。極寒DIYキャンプと極道サウナ
第1話:真冬の異常気象と、タローマンのオーバーオール
吐き出す息が、真っ白な霧となって冬の空へと溶けていく。
カチッ。
静まり返った早朝のポポロ村に、真鍮製のオイルライターの冷たい金属音が響いた。俺――鬼神龍魔呂は、頭に巻いたタオル越しに冷気を感じながら、マルボロ赤の紫煙を深く吸い込んだ。
「……さっむぅぅぅぅいっ! なによこれ、いきなり真冬じゃないのぉぉっ!」
村長宅の縁側で、芋ジャージ姿のリーザがガタガタと震えながら丸まっていた。彼女は寒さを凌ぐために、何故かルナミス新聞紙を腹に巻きつけている。
「異常気象ですわ……! 龍魔呂様、これはただの寒波ではありません。私の心音感知が、裏山のポポロ山から『強大な氷の魔力』を放つ者の鼓動を捉えています……! まさか、魔王軍の幹部クラスが襲撃に……ッ!」
特注の安全靴を履いたヤンデレ村長、キャルルがダブルトンファーを構え、警戒心を露わにしている。
昨日までポカポカの小春日和だったポポロ村は、一夜にして分厚い雪雲に覆われ、気温が一桁台まで急降下していたのだ。
「魔王軍だか異常気象だか知らねぇが……」
俺は紫煙を吐き出しながら、作業台の上にドンッ!と巨大な肉の塊を置いた。
それは、ルナイーツのポイントで仕入れた『シープピッグ(羊毛豚)』の極厚バラ肉、約十キロだ。俺はすでに、大量の岩塩と黒胡椒、そして砕いた『角砂糖』と醤油草の原液を混ぜ合わせた特製のソミュール液(漬け込み液)を肉にすり込み、数日間熟成させていた。
「気温五度以下。湿度も低い。……豚の脂を極限まで引き締める『冷燻』には、最高のコンディションじゃねぇか」
「おじさん!? 今、村が氷漬けになるかもしれない大ピンチなんだけど!?」
パジャマ姿のキュララが窓から顔を出してツッコミを入れるが、俺の耳には入らない。
極道のルールその四、食い物は大事にする。
これほど極上のシープピッグを燻製にするなら、妥協は一切許されない。最高のスモークベーコンを作るには、煙の香りを決定づける『極上の燻製材』が必要だ。
「キャルル、村の衆に暖炉の火を絶やさねぇように伝えとけ。俺は裏山に、燻製用の『桜魔樹』の丸太を何本か切り出してくる」
「えっ!? 龍魔呂様、ですから裏山には強大な魔力の気配が……っ!」
キャルルの制止を背中で聞き流し、俺は『鉄板入り手持ち鞄』と、タローマン製の軍手を引っ提げて、雪の積もり始めたポポロ山へと歩き出した。
異常気象だろうが魔王軍だろうが、俺の『燻製日和』を邪魔する奴は許さねぇ。
◇ ◇ ◇
一方その頃。ポポロ山の中腹。
「……はぁ、やっぱり『タローマン』のオーバーオールは最高ですわ。この保温性、このポケットの数。機能美の極致ですね」
白銀の世界と化した森の中で、一人の女性が白い息を吐きながら満足げに呟いていた。
アバロン魔皇国、元氷魔将軍・スアイ。
『永遠の17歳』を自称する(実際は数百年生きている)彼女は、透き通るような雪肌と、誰もが息を呑む超絶美貌の持ち主である。
だが現在、彼女はその美しいプロポーションを、ガテン系ホームセンター『タローマン』で揃えた分厚いカーキ色のオーバーオールと防寒着で完全に包み込んでいた。
スアイは片手に、彼女の専用武器である『絶対に切れない鎖の付いた片手斧』を握りしめ、目の前の巨大な丸太と向き合っていた。
「そもそも……おかしいんですのよ。私は氷を操る魔将軍。職場は常に氷点下です。それなのに、なぜ『ビキニアーマー』などという露出狂のような軍服を着なければならないのですか? 冷え性で腰が痛くなりますし、第一、セクハラですわ! 意味のないエロスと色気は違います!」
スアイは誰もいない雪山に向かって、日頃のブラック職場への不満を爆発させた。
魔王ラスティアはアイドルオタクで予算を溶かし、ルチアナ(女神)は「ゴッドチューブのPVのために少しは肌色を増やせ!」とうるさい。
「あぁ、世俗が鬱陶しい……! 私は退職届を出して、大自然の中で『ガチキャンプ』と『DIY』に生きると決めたのです!」
スアイが片手斧に闘気と氷魔法を込めると、斧に繋がった無数の鎖が生き物のように伸び、巨大な大木にぐるぐると巻き付いた。
「フッ!」
彼女が腕を引いた瞬間、超高速で回転する鎖がチェーンソーのごとき刃となり、直径一メートルはあろうかという大木を、まるで豆腐のようにスパーン!と切断した。
ズドォォォォォォンッ!!
地響きを立てて倒れる大木。スアイは手際よく斧を振るい、枝葉を切り落として綺麗な丸太へと加工していく。
彼女が自身の『絶対零度』の魔力を無意識に垂れ流しているせいで、周囲の気候が完全にバグり、麓の村に真冬の寒波をもたらしているのだが……当の本人には「キャンプ飯の食材を冷やすのにちょうどいい天然冷蔵庫」程度の認識しかなかった。
「よし、これでサウナ小屋の基礎となる丸太は確保できましたわね。あとは薪を割って……」
ザクッ、ザクッ。
その時、雪を踏みしめる重い足音が、スアイの背後から近づいてきた。
「――随分と、良い斧の振りしてんじゃねぇか」
「……ッ!?」
スアイは即座に臨戦態勢をとり、片手斧と氷の盾を構えて振り返った。
魔皇国の追手か? それとも、この山を縄張りとするS級魔獣か?
だが、そこに立っていたのは。
身長一九〇センチ。首にタオルを巻き、ツナギの上にドカジャンを羽織った、信じられないほどガタイの良い人間の男――龍魔呂だった。
(……な、何者ですか、この男は……!?)
スアイの背筋に、冷たい汗が流れた。
一見すればただの農民。しかし、男の背後から陽炎のように立ち上る『赤黒いオーラ(極道の闘気)』は、かつて彼女が仕えていた魔王ラスティアすらも凌駕するほどの、圧倒的で暴力的なプレッシャーを放っていた。
手には、ボロボロにひしゃげた謎の黒い鞄(鉄板入り)。
間違いなく、素手で竜を捻り殺すレベルの化け物だ。
スアイが息を呑み、極限の緊張状態に陥ったその時。
龍魔呂は、咥えていたマルボロを携帯灰皿にポイと捨て、スアイが切り倒したばかりの丸太に視線を落とした。
「姉ちゃん、良い腕してんな。その切り口……チェーンソーなんざ目じゃねぇくらい真っ平だ。DIYか?」
「え……あ、はい。サウナ小屋を建てようかと……」
最強の刺客かと思いきや、男の口から出たのは『DIY』と『サウナ小屋』という、ガチキャンパー用語だった。
スアイが毒気を抜かれて瞬きをすると、龍魔呂は右手に提げていた袋をゴトンッ、と雪の上に置いた。
「俺は麓のポポロ村の農家だ。燻製用の桜魔樹の木を探しに来たんだが……姉ちゃんが今切ったその丸太の端材、少し譲ってくれねぇか? もちろん、タダとは言わねぇ」
龍魔呂が袋の口を開ける。
中から現れたのは、岩塩と黒胡椒、そして角砂糖ベースの秘伝スパイスで艶やかに熟成された『シープピッグの極厚バラ肉(十キロ)』だった。
「なっ……!?」
スアイの瞳孔が、限界まで見開かれた。
「端材を譲ってくれるなら、俺が今ここで、こいつを最高の『極厚炙りベーコン』にして食わせてやる。……どうだ?」
「た、食べますわ……ッ!!」
永遠の17歳にして、アバロン魔皇国最強の元氷魔将軍。
彼女の世俗を捨てた孤高のDIYキャンプ生活は、極道農家が持ち込んだ『暴力的な旨味の塊』によって、開始早々、盛大に胃袋から陥落しようとしていた。
極寒の雪山に、炭火で焼ける豚肉の暴力的な香りが漂い始める。
炎上神の思惑も、国家間の緊張も完全に無視した、ヤンキー農家と氷の女帝による『極道焚き火飯』の幕が、今ここに上がった。




