EP 9
『アイドルと配信者。Love & Moneyのデュエット』
土下座して泣きながら去っていった強盗団『ブラッド・ファング』が残していったのは、バギーや戦車の残骸と、彼らが今まで悪事ではたらいて貯め込んでいた莫大な金貨の入った麻袋だった。
「ひゃっほう! 大金星ね! これだけあれば、毎日特上寿司が食べられるわ!」
芋ジャージ姿のリーザが、麻袋の中の金貨を見てよだれを垂らしながら飛び跳ねている。
だが、俺――鬼神龍魔呂は、その麻袋の口をキュッと縛り、村長のキャルルへと手渡した。
「キャルル。悪いが、こいつは隣町の孤児院に全額寄付してやってくれ」
「は、はいっ! 承知いたしましたわ、龍魔呂様!」
「ええええぇぇぇっ!?」
リーザが素っ頓狂な悲鳴を上げ、隣にいたキュララも目を丸くして固まった。
「お、おじさん!? なんで!? それ、あいつらから巻き上げた戦利品でしょ!? もったいないじゃん!」
「極道のルールその五、悪から巻き上げた金は孤児院に寄付する」
俺は真鍮製のライターでマルボロ赤に火をつけ、紫煙を細く吐き出した。
「カタギを泣かせて稼いだ薄汚ねぇ金で食う飯は、味が濁るんだよ。そんな金を使うくらいなら、腹を空かせてるガキどもに温かいパンの一つでも買ってやるのが、極道の……いや、大人のスジってモンだろ」
俺の言葉に、ポポロ村の空気が一瞬だけ静まり返った。
夕日に照らされるツナギ姿の背中。赤黒い闘気を収め、ただ静かに煙草をくゆらせるその姿は、先ほどまで魔導戦車を学生鞄でペッタンコにしていた化け物と同一人物とは思えないほど、穏やかで大きかった。
「……っ」
キュララのエメラルドグリーンの瞳が、大きく揺れた。
(な、なにこのおじさん……っ)
彼女は天界からルナミス帝国に降り立ち、どん底の貧乏生活から『配信の数字と金』だけを信じて這い上がってきた。
だからこそ、目の前にある大金を、何の見返りも求めずに孤児院へ寄付できる人間の存在が信じられなかったのだ。
(強くて、ご飯が死ぬほど美味しくて……その上、こんなに優しくてカッコいいなんて……!)
キュララの胸の奥で、今まで感じたことのない『ドクンッ』という高鳴りが響いた。
それは、打算でもビジネスでもない、純粋な『尊敬』と『憧れ』……そして、極上の胃袋を掴まれたことによる完全な依存心の芽生えだった。
「……決めたっ!」
キュララはパチンッと両手を合わせ、魔導通信石に向かってクルリと振り返った。
「リスナーのみんな! キュララ、今日からこのポポロ村の『専属ゴッドチューバー』になりまーすっ☆」
「はぁっ!?」
一番大きな声を上げたのは、リーザだった。
「ルナミス帝国のエージェントとかもう辞め辞め! 私、ここで毎日おじさんの美味しいご飯食べて、おじさんのカッコいいとこ配信して生きていく! だからおじさん、私をこの村の仲間にしてっ!」
「おいおい、勝手に決めるな。俺はただの居候農家だぞ。村のことは村長に聞け」
俺がキャルルに顎をしゃくると、ヤンデレ村長は腕を組みながら冷ややかにキュララを見下ろした。
「……まぁ、龍魔呂様の素晴らしさを全世界に布教するという広報担当の役割なら、置いてやらないこともありませんわ。ただし、龍魔呂様のお食事をいただくからには、畑仕事はキッチリ手伝ってもらいますからね」
「やるやるーっ! 雑草抜きでも何でもやるーっ!」
キュララがキャルルに抱きついて喜ぶ。
だが、面白くないのはリーザだ。
「ちょっと待ちなさいよ! あんたがこの村に住み着いたら、私の太客が完全に奪われたままじゃない! それに、おじさんのご飯の取り分も減っちゃうでしょ! 絶対反対ぃぃっ!」
リーザが芋ジャージの袖をまくり上げて抗議する。
すると、キュララはニヤリと悪魔のような(あるいは敏腕プロデューサーのような)笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。リーザちゃん、甘いなぁ。……私たちが争ってどうするの? トップ配信者の私と、元トップアイドルのリーザちゃん。二人が『ユニット』を組んでコラボ配信すれば……同接もスパチャも、今の二倍……いや、十倍になると思わない?」
「……じゅ、十倍……っ!?」
『十倍』というキラーワードを聞いた瞬間、リーザの瞳が金貨の形($$)に変わった。
シーラン国の王女としてのプライドなど、一秒で消し飛んだ。
「で、ですよねー! 私もそう思ってたの! 私とキュララちゃんなら、絶対に最高のデュエットができるわっ!」
「でしょでしょーっ! じゃあ早速、強盗団撃退&コンビ結成の記念ライブ、いっちゃおーっ☆」
現金すぎる二人はガッチリと握手を交わし、カメラの前でポーズを決めた。
「ミュージック、スタートっ!」
キュララのスマホから、アップテンポなイントロが流れ出す。
リーザがマイク代わりの人参を握りしめ、キュララが光のエフェクト(ホーリー・スプラッシュの平和利用)を背負って踊り始めた。
『絶対無敵のスパチャアイドル!』
『天界から舞い降りたエンジェル!』
『『二人合わせて、Love & Money!!』』
――ピカァァァァァァァァッ!!
二人の歌声が重なった瞬間、凄まじいまでの『強欲バフ』と『アイドルオーラ』が融合し、村の入り口をライブ会場のような熱狂空間へと変貌させた。
『全部手に入れるわ!(強欲!)』
『夢も金貨も輝くもの(どっちも好きー!)』
『貴方の愛で生きていけるぅぅ〜!(Fuuu〜!)』
キュララのあざといウインクと、リーザの底辺から這い上がらんとする魂の熱唱。
その異色すぎるコラボレーションは、ゴッドチューブの視聴者たちの脳髄を直接揺さぶり、かつてない規模の『スパチャの大瀑布』を巻き起こした。
『最高だあああ! 二人とも推す!!』
『俺の口座の暗証番号教えてやるから全部持っていけぇぇ!』
『QRコードはどこだ! ルナイーツで最高級の肉を送るぞ!』
チャリンチャリンチャリンチャリーーーンッ!!
画面が金色のエフェクトで完全に埋め尽くされ、二人の足元には電子的な投げ銭が物理的な光となって降り注ぐ。
「……まったく、現金な奴らだ」
俺は呆れながらも、悪くない気分で二人のライブを眺めていた。
まあ、泣きっ面よりは、楽しそうに歌って笑ってるツラの方が、飯も美味く食えるってもんだ。
「ほな、毎度おおきにーっ!」
その時。
どこからともなく、コテコテの関西弁と共に、金ピカのスーツを着た猫耳族の男がヌルリと現れた。
ゴルド商会所属、ポポロ村の財務担当であるニャングルだ。
「なんやなんや、えらい儲かっとるやないの! お姉ちゃんら、この村のインフラ(電波)と背景を使って配信するんやったら、キッチリ『村のシステム利用料(マネジメント料)』として、スパチャの三割、天引きさせてもらいまっせ!」
ニャングルが手にした黄金の算盤を弾くと、シャリンッ! という音と共に、二人のスマホの売上画面からスッと三割の金額がポポロ村の口座へと自動送金された。
「えええええぇぇぇっ!? ちょっと、何ピンハネしてんのよ泥棒猫!」
「あかんあかん、これは村を豊かにするための正当な税金や。嫌ならヨソで配信しなはれ」
「くっそぉぉ! 負けないわ、もっと歌うわよキュララちゃん!」
「うんっ! みんなー、もっともっと応援してねーっ!」
ピンハネされてさらに火がついた二人は、顔を突き合わせて全力のデュエットを再開した。
キャルルがそれを見てクスクスと笑い、ルナが「私も植物のコーラスを足しますわ〜」と謎のツタをクネクネと躍らせている。
「……よし。大仕事の後には、美味い飯が必要だな」
俺は携帯灰皿にマルボロを押し当て、ツナギの袖をまくり直した。
強盗団を退け、新たな騒がしい仲間が増えたポポロ村の夕暮れ。
今夜は、ルナイーツのスパチャで届いた最高級の肉や魚をふんだんに使って、村の広場で盛大な宴会だ。
「おい、歌い終わったら炭火の準備を手伝え! 今日は朝まで食わせるからな!」
「「「わぁぁぁぁーっ!!」」」
極道農家のブレない日常は、情報化社会の荒波をも呑み込み、美味い飯と笑い声と共に、今日ものんびりと暮れていくのだった。
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