EP 8
『鉄板入り鞄潰し。極道農家のコンプライアンス』
「あぁ? なんだてめぇ。ただの農家のくせに、俺たちの魔導戦車を前に粋がってんじゃねぇぞ!」
強盗団『ブラッド・ファング』のリーダーが、戦車のハッチから身を乗り出して唾を吐き捨てた。
彼らは理解していなかった。目の前に立つツナギ姿の巨漢から立ち上る、阿修羅の如き赤黒いオーラが、どれほどの絶望を意味しているかを。
「おい、野郎ども! あんなハッタリだけの煙にビビるな! キャタピラで畑ごとあのオッサンを轢き殺して、肥料にしてやれェ!」
リーダーの号令と共に、魔導戦車から轟音が鳴り響く。
地下帝国ドンガンのドワーフ技術の粋を集めた数十トンの鋼鉄の怪物が、土煙を巻き上げながら俺――鬼神龍魔呂に向かって猛突進してきた。
分厚い装甲と巨大なキャタピラが、俺の耕したばかりのふかふかの土を容赦なく踏みにじろうとする。
「……言ったはずだぞ」
俺は、迫り来る数十トンの鉄塊を前にしても、一歩も退かなかった。
右手に提げた『鉄板入り手持ち鞄』――かつて鬼龍爆速愚連隊の抗争で、数多の敵の頭蓋を物理的にペッタンコにしてきた伝説の鈍器――の持ち手を、ギリッと握りしめる。
「命を育む畑を、キャタピラで踏み荒らすんじゃねぇってな」
俺の全身の細胞が爆発し、赤黒い闘気が鞄の表面に超高密度のエネルギーとなってコーティングされた。
突進してくる魔導戦車の鼻先が、俺の身体に触れる直前。
「極道流・鞄潰し(ペッタンコ)」
俺は腰の回転と遠心力を極限まで乗せ、鉄板入りの鞄を魔導戦車の正面装甲に向かって、下から上へとフルスイングでカチ上げた。
ガガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
その瞬間、物理法則が完全に狂った。
数十トンあるはずのドンガン製の超硬質魔導装甲が、まるで空き缶かアルミホイルかのように、中央から『くの字』に折れ曲がったのだ。
さらに、鞄の平面から放たれた衝撃波が戦車のフレーム全体を圧迫し、巨大な鉄塊は凄まじい金属音と共に、縦方向に完全に『ペッタンコ』に圧縮されてしまったのである。
「は……?」
ハッチから半身を出していたリーダーは、足元の戦車が一瞬にして紙切れのように薄っぺらくなったのを見て、間抜けな声を漏らしたまま宙に放り出された。
ドサッ、と畑の手前の農道に叩きつけられる悪党たち。
彼らが誇っていた無敵の魔導戦車は、厚さ数センチの巨大な『鉄の板』と化して、地面に転がっていた。
「ば、馬鹿な……ッ!? ドワーフの最高傑作が、ただのペラペラの鞄一振りで……スクラップにされただとォォッ!?」
「うそでしょ……おじさん、強すぎぃっ!?」
悪党たちも、キュララも、完全に目をひん剥いて硬直している。
俺はペッタンコになった戦車の残骸を足で軽く小突いた。
「チッ、鉄屑にしちゃあ随分と脆いな。……で? 次はそのバギーに乗ってるヤンキー崩れどもか?」
俺が真鍮製のライターをカチリと鳴らすと、バギーや武装バイクに乗っていた強盗団の下っ端たちは、悲鳴を上げて武器を放り投げた。
「ひ、ヒィィィィッ! ば、化け物だァァァッ!」
「逃げろォ! こんなの聞いてねぇぞォォ!」
蜘蛛の子を散らすように、悪党たちが村の出口へと背を向けて走り出す。
だが、その逃走劇を逃さない女がいた。
「あっ! 逃がさないよ! リスナーのみんなーっ! あいつらの顔、バッチリ映したから、特定お願いっ☆」
キュララが、魔導通信石のドローンカメラを限界までズームし、逃げ惑う強盗団の顔を次々と画面に大写しにしたのだ。
彼女の配信のリスナー……すなわち、ネットの海に潜む『特定班(サイバーテロ対策室のプロたち含む)』が、ここで本領を発揮した。
『任せろ。顔認証一致。ルナミス帝国指名手配データベースと照合』
『リーダーの顔、割れました。ドンガン地下帝国出身、本名ジョニー・スミス(32)』
『実家の住所特定。ドワーフ第4区画、スミス金物店』
『実家の魔導通信石の固定回線番号、特定しました』
光の速さで、コメント欄に悪党たちの個人情報が丸裸にされていく。
さらに、キュララがその情報を読み上げた瞬間。
――プルルルルルッ!
逃げようとしていたリーダー、ジョニーのポケットで、彼の魔導通信石がけたたましく鳴り響いた。
ジョニーは走りながら、反射的に通話ボタンを押してしまう。
「あぁ!? 誰だクソッ、今は逃げるのに忙しいんだよッ!」
『……あんたッ! 今、何してんのよッ!!』
通信石から響き渡ったのは、地の底から響くような、ドワーフのオカンのガチギレ声だった。
「か、母ちゃん……!? な、なんで俺の番号……っ!?」
『あんたの番号どころか、今のバカなツラ、全世界のゴッドチューブで生配信されてんのよッ! しかも、何が「畑ごと肥料にしてやる」よ! あんたの実家は金物屋だけど、裏の家庭菜園で私がどれだけ苦労して太陽芋育ててると思ってんの! 農家さんの畑を荒らすようなクズに育てた覚えはないわよッ!』
「ひぃぃぃっ!?」
『今すぐ自首しなさい! さもないと、あんたの隠してたエロ本コレクション、全部近所にばら撒くからねッ!』
ジョニーはその場に膝から崩れ落ち、頭を抱えて号泣し始めた。
「うわぁぁぁぁん! 母ちゃんごめんなさぁぁい! 俺が悪かったよぉぉぉ!」
リーダーだけではない。他の下っ端たちのスマホにも、次々と着信が入り始めた。
「ひぃっ、嫁からだ!? 『配信見たわよ、養育費だけ置いてさっさと刑務所入りなさい』って!?」
「俺は親父から……『勘当だ』って一言だけ……うぅぅっ!」
物理的な暴力よりも、現代のネット社会が生み出した『デジタルタトゥー』と『家族からの絶縁』という社会的抹殺が、悪党たちの心を完全にへし折ったのだ。
強盗団の面々は、完全に戦意を喪失し、ポポロ村のゲートの前に土下座して泣きじゃくっている。
「……なんというか、時代だなぁ」
俺はマルボロの煙を吐き出しながら、号泣する悪党どもを見下ろした。
昔の抗争なら、ここで徹底的にシメて海に沈めるところだが、オカンに怒られて泣いている奴をこれ以上殴る気にはなれねぇ。
「あはははっ! ざまぁみなさい! 私から太客を奪った報いよ!(※関係ない)」
リーザが安全圏から腹を抱えて大笑いし、キャルルが「龍魔呂様の畑を守る姿、凛々しかったですわ♡」と頬を染めている。
「ほら、さっさとルナミス警察でもどこでも連絡して、こいつら引き渡せ。……あぁ、そうそう」
俺は、土下座しているジョニーのモヒカン頭を、足の裏で軽く踏みつけた。
「オカンに怒られて反省するのは勝手だが、俺の家の前で騒いだ迷惑料と、畑の前の道にキャタピラの跡をつけた弁償代は、きっちり置いていってもらうぞ」
「は、はいぃぃっ! 俺たちの全財産、置いていきますぅぅ!」
極道の取り立ては、デジタル社会になろうがキッチリと行われる。
こうして、炎上神ワイズが仕組んだ『ポポロ村蹂躙・胸糞ヤラセ配信』は、龍魔呂の圧倒的な物理的粉砕と、特定班による社会的な完全敗北という、最高にスカッとするギャグ回として世界中に大バズりすることとなった。
◇ ◇ ◇
「……ふざけんなァァァッ!!」
同じ頃、天界のサイバー空間。
モニターの前でカプチーノを床に叩きつけた炎上神ワイズが、顔を真っ赤にして絶叫していた。
「なんで! なんでただの農家が、魔導戦車を学生鞄でペッタンコにできんだよ! 物理法則どうなってんだクソが! しかも特定班のせいで、悪党のオカンが出てきてお説教とか、緊迫感ゼロじゃねぇか!」
ワイズの用意した『契約勇者ゼロスが颯爽と現れて悪党を倒す』というシナリオは、完全に空振りに終わった。
それどころか、ゴッドチューブの急上昇ランキングは『極道農家の戦車潰し』と『悪党オカンに怒られるの巻』で独占され、キュララの同接は歴史的な数値を叩き出している。
「……チィッ。あの村、あの農家……絶対に許さねぇ。次はもっとエグい手を使って、確実に炎上させてやる……!」
神の歪んだプライドが、さらなる火種をポポロ村へ落とす決意を固めていた。
だが、ワイズはまだ知らない。彼がちょっかいを出している相手が、天界のシステムすらも物理でねじ伏せる『規格外の鬼』であることを。
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