EP 6
『食い物は大事にしろ。極上・黄金カツ丼の洗礼』
「……あ、れ……?」
恐怖の涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、一口目のカツを口に押し込んだキュララの動きが、完全にフリーズした。
見開かれたエメラルドグリーンの瞳孔が、限界まで収縮し、そして爆発的に見開かれる。
極道特製・ジャンボ黄金カツ丼。
俺が本気で仕込んだその一杯は、計算し尽くされた『旨味の暴力』の塊だ。
キュララが噛み締めた瞬間、サクッ……という小気味良い衣の音に続き、極厚のシープピッグ(羊毛豚)の肉から、信じられないほど甘くて濃厚な肉汁がジュワァァァッ!と口の中いっぱいに溢れ出した。
地球の角砂糖と醤油草で作られた特製の『黄金つゆ』が、肉の脂と完璧に融合し、脳の奥底を直接殴りつけるような甘辛いパンチを放つ。
さらに、煩悩を捨て去った『たまんネギ(賢者モード)』の極限の甘みと、トロトロの半熟に仕上がったトライバードの三つ子卵が、すべてを優しく、そして暴力的に包み込んでいる。
「な、なにこれ……っ」
キュララの手が、ブルブルと震え始めた。
「お肉が……分厚いのに、歯茎だけで噛み切れちゃうくらい柔らかい……っ! 衣に染み込んだお出汁が、甘くて、しょっぱくて……噛めば噛むほど、豚肉の旨味が無限に湧き出してくる……っ!」
ボロボロと流れていた恐怖の涙は、いつの間にか『究極の美食に出会ってしまった感動の涙』へと変わっていた。
彼女の脳内で、これまで培ってきた『ゴッドチューバーとしてのあざといキャラ』や、『配信の絵面』といったチープな概念が、黄金カツ丼の旨味の前に音を立てて崩壊していく。
「あ……あはぁ……っ♡」
キュララの口から、アイドルのそれとはかけ離れた、色気と食欲が入り交じった生々しい吐息が漏れた。
彼女はもう、カメラの存在など完全に忘れていた。
ただ目の前にある『洗面器サイズのカツ丼』を、一秒でも早く、一粒でも多く胃袋に流し込みたいという、野生の獣のような本能だけが彼女を支配していた。
「はむっ、あむあむあむっ! んぐっ、んんん〜〜〜っ!!」
キュララは箸をスコップのように握り直し、猛烈な勢いで黄金カツ丼をかき込み始めた。
聖騎士の鎧に汁が飛ぼうが、金髪に米粒がくっつこうが、そんなことはおかまいなしだ。
ズズズッ、ガツガツガツッ!
小柄な天使の少女が、土方のおっさん顔負けの豪快な吸引力で、巨大なカツと白米をブラックホールのような胃袋へと飲み込んでいく。
「お、おい羽虫。誰も取らねぇから、ちゃんと噛んで食え。喉に詰まらせたらシメるぞ」
俺は呆れながら、真鍮製のオイルライターで火をつけたマルボロの煙を吐き出した。
「龍魔呂様、彼女の心音が変わりました。……先ほどまでの狡猾な偽証のビートは消え失せ、今はただ『もっと食わせろ、これは私の肉だ』という、純度百パーセントの強欲と歓喜のマーチが鳴り響いております」
ヤンデレ村長のキャルルが、呆れたようにため息をつく。
「ズルいぃぃぃっ!! 私のお肉っ! 私のカツ丼なのにぃぃぃっ!」
テーブルの下からは、俺の鉄板入り鞄で物理的に制圧されているリーザが、キュララの咀嚼音を聞きながら血涙を流して床を掻き毟っている。
「ぷはぁっ! い、一杯目ぇっ……完食でしゅっ! おじさん、次っ! 次早くっ!!」
ものの数分で洗面器サイズの丼を空にしたキュララは、口の周りを油と卵だらけにしながら、血走った目で二杯目の丼を引き寄せた。
ヤラセ大食いなどどこへやら。彼女の神聖なる天使の胃袋は、極道カツ丼の魔力によって完全にリミッターを破壊されていた。
ガツガツガツッ! モグモグ、ゴクンッ!
「あぁぁ……甘いっ! おネギが甘くて最高ぉぉっ! 卵がトロトロで、お米一粒一粒がお出汁を吸ってて……っ! 神様、天界のネクタル(神酒)なんてただの泥水でした! ここが……この丼の底が、本当の天国だったんだぁぁぁっ♡」
三杯、四杯、五杯……。
キュララの猛烈な食事スピードは、全く衰えることを知らない。むしろ、食べれば食べるほどハイになっていくようだ。
そして、その狂気とも言える『ガチの大食い』の一部始終は、三脚に据えられた魔導通信石を通じて、全世界へとノーカットで生配信され続けていた。
『え……ちょ、マジで食ってんの?』
『すげぇ……あの量、大の男でも一杯で限界だぞ……』
『見てるだけで腹鳴ってきた……あのカツ、めっちゃ美味そう……』
『キュララちゃん、顔! アイドル顔崩壊してる!www』
先ほどまで俺の『極道オーラ』によって大暴落していた同時接続数が、すさまじい勢いでV字回復を始めていた。
いや、それどころか、他の配信サイトやSNSから『ヤバい配信がある』と噂を聞きつけた新規のリスナーたちが、津波のように押し寄せてきている。
『あざといぶりっ子だと思ってたけど、この食いっぷりは推せるわ』
『食べ物へのリスペクトを感じる! 頑張れカツ丼エンジェル!』
『見事だ! その食欲に敬意を表して赤スパだ!』
チャリン、チャリーン! ドバババババッ!!
画面が、嵐のような投げ銭のエフェクトで埋め尽くされる。
皮肉なことに、キュララが長年作ってきた『可愛いだけの偽物のアイドル』よりも、化粧もドロドロになり、髪を振り乱して一心不乱にカツ丼をかき込む『本物の強欲な姿』の方が、圧倒的に大衆の心を打ち、狂熱を生み出していたのだ。
「……九杯目……完食ぅっ! らすとぉぉっ!!」
そしてついに、キュララは最後の十杯目に手を出した。
小柄な身体のどこにそれだけの質量が収まっているのか、彼女のお腹はポンポコリンの球体のように膨らみ上がっているが、箸の動きは止まらない。
「はむっ……ぐすっ……んぐっ……」
最後の一切れ。黄金の衣を纏った極厚のカツを口に放り込み、咀嚼し、そして飲み込んだ。
「……ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ……♡」
カラカラン、と箸が床に落ちる。
キュララは空になった十個の巨大な丼を前に、パイプ椅子に深く背中を預け、完全にだらしなく両足を投げ出した。
パンパンに膨らんだお腹をさすりながら、目は完全に焦点が合っていない。
口の端からは幸せそうな涎がタラリと垂れ、全身がピンク色に上気し、至高の満腹感によるガチの『恍惚アヘ顔』を晒している。
「ごひしょう、しゃまでしたぁ……♡ きゅらら、もう……お肉と卵の海で、溺れて死んでもいいれすぅ……むにゃむにゃ……」
「……」
俺は携帯灰皿にマルボロを押し当て、ゆっくりと立ち上がった。
そして、白目を剥いて昇天しかけているキュララの頭の上に、ポンッと荒っぽく手を置いた。
「よく食ったな、羽虫」
俺の言葉に、キュララがビクッと肩を震わせ、トロリとした目でこちらを見上げる。
「飯ってのはな、そうやって無我夢中で、腹の底から美味いと思って食うモンだ。動画の絵面だの、再生数だの、そんな不純なモンを混ぜて食う飯ほどマズいモンはねぇ」
俺は、空になった十個の丼を指差した。
「てめぇが身体張って残さず食い切ったその姿。……見てみろ。ヤラセなんかより、ずっと良いツラしてんじゃねぇか」
キュララがハッとして、スマホの画面に目を向ける。
そこには、過去最高の同時接続数と、画面が見えなくなるほどのスパチャ、そして彼女の『本気の食べっぷり』を賞賛する何万件ものコメントが溢れ返っていた。
「あ……」
キュララの目から、今度こそ大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
恐怖からでも、美味さからでもない。彼女の承認欲求が、初めて『嘘偽りのない自分自身の姿』で満たされた感動の涙だった。
「おじ、さん……っ、う、うわぁぁぁぁぁんっ!! ごめんなさぁぁい! 食べ物を粗末にしようとしてごめんなさぁぁい! カツ丼、すっごく美味しかったぁぁっ!!」
キュララは俺のツナギの裾にすがりつき、顔を押し当てて子どものように泣きじゃくった。
極道農家のコンプライアンス(洗礼)が、底辺の炎上配信者を、一人の『食を愛する者』へと完全に更生させた瞬間だった。
「ったく、ツナギが鼻水だらけじゃねぇか。皿洗いはてめぇにやらせるからな」
俺は苦笑しながら、再びライターを取り出した。
◇ ◇ ◇
こうして、ポポロ村での『ヤラセ大食い騒動』は、世界中に極上の飯テロ映像をバラ撒くという結果で幕を閉じた。
だが、この空前の大バズりが、暗がりで獲物を狙う『最悪の神』の目にとまったことを、俺たちはまだ知らなかった。
『……ククク。素晴らしい。これほどのPVを稼ぎ出す媒体、利用しない手はない』
天界の片隅。専用の魔導ノートPCの画面越しにキュララのアヘ顔を見つめていた新入りの『炎上神ワイズ』が、歪な笑みを浮かべてエンジェルすまーとふぉんを操作し始めた。
平穏な農家の日常は、知らず知らずのうちに、世界を揺るがすデジタル情報戦のド真ん中へと引きずり込まれようとしていたのである。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




