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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 5

『ヤラセ大食いチャレンジと、鬼の逆鱗』

「……いい? リーザちゃん。昨日の夜に打ち合わせした通りにお願いね」

 翌日のお昼時。

 シェアハウスのリビングで、ゴッドチューバーのキュララは、テーブルの下に潜り込んでいる人魚姫・リーザに向かって小声で囁いた。

 彼女の目の前には、配信用の魔導通信石スマホが三脚にセットされ、いつでも放送を開始できる状態になっている。

「私がカツ丼を一口食べて、カメラに向かって『美味しいー!』ってポーズを決めたら、自然な動きでテーブルの下に丼を下ろすから。その瞬間に、リーザちゃんが音を立てずに爆速で平らげてね。空になったら、また私が丼を上に持ってきて『完食ー!』ってやるから」

「……本当に、銀貨一枚とカツ丼十杯分のお肉、全部私が食べていいのね?」

 テーブルクロスの下から、リーザが血走った目をギラギラと輝かせながら身を乗り出した。

 普段からパンの耳と雑草サラダで命を繋いでいる彼女にとって、「銀貨(千円)」と「極上のカツ丼十杯」の報酬は、国を売るレベルの悪魔の誘惑だった。

「もっちろん! あのおじさん、昨日『一口でも残したらミンチにする』とか怖いこと言ってたけど、どうせカメラの死角までは見えないって。ヤラセ大食いなんて、ゴッドチューバーじゃ常識中の常識! ラクしてバズって、同接リスナーを取り戻すよーっ☆」

「ふふふ……最高よ、キュララちゃん! 利害が完全に一致したわね!」

 金と再生数バズのために手を組んだ、底辺アイドルと悪徳エージェント配信者。

 食べ物を完全に動画の『小道具』としか見ていないキュララは、自分の完璧なヤラセ計画にほくそ笑んでいた。

 だが、彼女たちは分かっていなかった。

 壁一枚隔てたキッチンで、農作業用のツナギを着た巨漢が、どれほどの『本気』で料理に向き合っているかを。

 ◇ ◇ ◇

 ジュワァァァァァァァァッ!!

 キッチンでは、熱した油が爆ぜる極上のサウンドが響き渡っていた。

 俺――龍魔呂は、頭に巻いたタオルで汗を拭いながら、巨大な中華鍋の中でキツネ色に揚がっていく『シープピッグ(羊毛豚)』の極厚ロース肉を菜箸で見つめていた。

「よし、油の温度は完璧だ。豚の旨味を一切逃さず、衣の中に閉じ込めてある」

 俺が使っているのは、ネット通販機能スマホで取り寄せた地球の『角砂糖』と、この世界で採取した『醤油草』の原液、そして濃厚な『肉椎茸』の出汁をブレンドした特製の黄金つゆだ。

 そこに、エロ本を没収されて煩悩を捨て去り、究極の甘みを獲得した『たまんネギ(賢者モード)』を薄切りにして投入する。

 グツグツと煮え立つ甘辛いつゆの中に、サクサクに揚がった極厚のトンカツを並べる。

 分厚い衣が黄金のつゆを一気に吸い込み、ジュワッと芳醇な香りを立ち昇らせた。

「仕上げだ」

 俺は、ボウルに割り入れた『トライバード』の濃厚な三つ子卵を、あえて完全に混ぜ切らず、白身と黄身の食感が残るようにザックリと溶く。

 それを、煮え滾るカツの上から、円を描くように回し入れた。

 ――フワァァァッ。

 一瞬で卵が半熟状に膨れ上がり、黄金のベールとなって極厚のトンカツを優しく包み込む。

 火を止めるタイミングは、秒単位のシビアな見極めが必要だ。余熱で卵が固まりすぎる前に、炊きたての『米麦草(銀シャリ)』がパンパンに盛られた十個の巨大なすり鉢型どんぶりの上へ、流れるような動作でカツ煮をスライドさせた。

「……完成だ。極道特製・十連ジャンボ黄金カツ丼」

 俺は真鍮製のライターでマルボロ赤に火をつけ、紫煙を吐き出した。

 農家として、そして料理を作る者として、一切の妥協はない。ただの小娘の戯言だろうが、十杯と言われたからには、十杯すべてを『最高の一杯』として仕上げた。

「さて。あの羽虫が、ちゃんと最後まで腹に収めるか見物だな」

 俺は、ずらりと並んだ十杯の巨大カツ丼を配膳用のお盆に乗せ、リビングへの扉を蹴り開けた。

 ◇ ◇ ◇

「はーいみんなーっ! お待たせしました、今日はお約束通り、『超特大ジャンボカツ丼・十杯大食いチャレンジ』をやっちゃいまーす! わー、パチパチパチ☆」

 リビングでは、キュララが生配信を開始し、カメラに向かってあざとく拍手をしていた。

 画面の端には、リスナーからのコメントが猛スピードで流れている。

『キュララちゃん細いのに十杯も食えるの!?』『無理しないでね!』『絶対ヤラセだろw』『昨日のおっさんの顔がトラウマで見にこれなかったわ』

「ヤラセなんかじゃないよー! 私、こう見えてすっごく食べるんだから! ……あっ、おじさん! カツ丼持ってきてくれたのね!」

 キュララが俺の方を振り返り、わざとらしく手を振る。

 俺は無言のまま、十杯の巨大カツ丼が乗ったお盆を、ドスッ! とテーブルの上に置いた。

「ひぃっ……!?」

 その瞬間、キュララの顔が引きつった。

 映像越しでは伝わりきらないかもしれないが、目の前に並べられた十杯の丼は、冗談抜きで『洗面器』ほどのサイズがあったのだ。

 さらに、そこから立ち昇る暴力的なまでに食欲をそそる醤油と出汁の香り、そして黄金色に輝くトロトロの卵と極厚のカツ。

(ヤ、ヤバい……これ、本当に十杯ある……。しかも匂いだけで胃袋が爆発しそうなくらい重たい……っ! でも大丈夫、私にはテーブルの下にリーザちゃんがいるし!)

 キュララは気を取り直し、カメラに向かってウインクをした。

「それじゃあ、さっそくいただきまーす! まずは一杯目ぇっ!」

 キュララは箸を手に取り、一番手前にある丼から、カツを一切れだけ摘み上げた。

 そして、カメラに向かって「あーん♡」と口を開け、ハムッ、と極小の一口だけをかじった。

「んん〜っ♡ 美味しい〜っ! お肉がすっごくジューシー! これなら十杯なんてペロリだよぉ☆」

 キャピキャピと媚びるような声で食レポをした後、キュララはカメラの死角になるように、丼をスッとテーブルの下へと下ろした。

 テーブルクロスで隠れた暗がり。そこで待ち構えているリーザに、丼ごとパスして一気に食わせる算段だ。

「(ほら、リーザちゃん、早く食べて!)」

「(任せなさ……ふぐっ!?)」

 キュララが小声で囁いた、その時だった。

 テーブルの下から、何か重たいものが『ドンッ!』と床に落ちる音が響いた。

「え?」

 キュララが不審に思い、テーブルの下を覗き込んだ瞬間。

 ――カチッ。

 背後から、凍りつくような冷たい金属音が響いた。

 リビングの空気が、急激に重力を増したように沈み込む。

「……おい」

 地獄の底から這い出してきたような、低くドス黒い声。

 キュララが恐る恐る振り返ると、そこには、農作業用のツナギを着た俺が立っていた。

 俺の左手は、テーブルの端を万力のような力で握りしめ、右手には使い込まれた『鉄板入り手持ちペッタンコ』が握られている。

 そして俺の背後には、昨日キュララがネット越しに見て失神者を続出させた、あの『赤黒い極道の闘気』が、巨大な阿修羅の如き幻影となって立ち昇っていた。

「てめぇ……今、何しようとした」

「ヒィィィィッ!?」

 キュララは悲鳴を上げ、パイプ椅子から転げ落ちた。

「龍魔呂様。やはり、私の『心音感知』の通りでしたわ」

 部屋の隅で、特注の安全靴を履いたヤンデレ村長・キャルルが、冷ややかな視線をキュララに向けていた。

「カメラに向かってカツをかじった瞬間、彼女の心臓からは『これで騙せる』という狡猾な偽証のビートが鳴り響きました。そしてテーブルの下では、あの泥棒人魚の『肉が食える!』という強欲な心音が完全に見事にシンクロ。……龍魔呂様が手塩にかけて作ったお料理を、動画の『絵面』のためだけに利用し、あまつさえ他人に食わせるという万死に値するヤラセ工作です」

 テーブルの下からは、「あうぅ……おじさんの鞄潰しが、私の顔面に……」というリーザのうめき声が聞こえてくる。俺が丼を下ろすより早く、テーブルの下のリーザを鞄で物理的に制圧していたのだ。

「あ……あ、あの、ち、違うの! これはその、ちょっと手が滑って……っ!」

 キュララは後退りしながら、必死に言い訳を並べ立てた。

 だが、俺の赤黒い闘気は収まるどころか、ますます密度を増していく。

「極道のルールその四。食い物は大事にする」

 俺は、真鍮製のライターを持った手で、並べられた十杯のジャンボカツ丼を指差した。

「俺は昨日、てめぇに言ったはずだぞ。俺が作った飯を頼んだからには、米一粒、汁の一滴まで、お前自身の胃袋に収めてもらうとな」

「だ、だって! こんな量、普通の女の子が食べられるわけないじゃん! これは配信の『企画』なの! 絵面が面白ければそれでいいの! 食べ物をどうしようが、私が自分のお金で頼んだんだから、私の自由でしょ!?」

 恐怖のあまりパニックになったキュララが、ゴッドチューバーとしての歪んだ常識を喚き散らした。

 その言葉を聞いた瞬間。

 パキィィィィンッ!!

 俺から放たれた極道のオーラが臨界点を突破し、リビングの窓ガラスにピキピキと亀裂を走らせた。

「……自由、だと?」

 俺はゆっくりと、キュララの目の前まで歩み寄った。

 190センチの巨躯が見下ろすその圧力は、天界の神々すら震え上がるほどの『ガチの殺意』だ。

「てめぇが動画のネタにするために、どれだけの命と汗がここにあると思ってんだ」

 俺のドス黒い声が、キュララの鼓膜を直接殴りつける。

「土を耕し、日照りと闘いながら『米麦草』を育てた農家の汗。山を駆け回り、自らの命を糧として差し出した『シープピッグ』の肉。そして、灼熱の油の前で火と向き合い、てめぇが美味く食えるようにと技術を注ぎ込んだ料理人の時間」

 俺はキュララの胸ぐらを、聖騎士の鎧ごと軽く掴み上げた。

「そのすべてを、てめぇは『絵面が面白ければいい』の一言でゴミ箱に捨てるって言ったんだ。……命を、食い物を舐めんじゃねぇぞ、羽虫」

「あ……あ、あひぃ……っ」

 キュララの目から、ポロポロと恐怖の涙がこぼれ落ちた。

 彼女は理解した。目の前にいるこの男は、ただの怖いおじさんではない。

 食べ物という『命のやり取り』において、一切の妥協も言い訳も許さない、本当の『鬼』なのだと。

「……食え」

 俺はキュララを椅子に座り直させ、十杯の丼を彼女の目の前に押し付けた。

「お前が頼んだ十杯だ。配信だろうがヤラセだろうが知ったことじゃねぇ。お前は今から、この十杯のジャンボカツ丼を、残さずすべて食い尽くすんだ。……一口でも残したり、吐いたりするようなら」

 俺は鉄板入りの手持ち鞄を、テーブルの上にドンッ! と置いた。

「てめぇを俺のUR草刈り鎌でミンチにして、明日の豚汁の具材にしてやるからな」

「ヒィィィィィィィッ!! た、たべばしゅ!! だべばしゅぅぅっ!!」

 キュララは号泣しながら、震える手で割り箸をパチンと割った。

 画面の向こうでは、リスナーたちが『ヤバい、マジで怒られてる』『キュララちゃんガチ泣きじゃん』『ヤラセ大食いバレて極道農家に詰められる神回』と、異常な盛り上がりを見せている。

「い、いただきますぅぅっ……!」

 絶対に逃げられない極道コンプライアンスの密室。

 キュララは恐怖に震えながら、巨大なカツの一切れと、トロトロの黄金卵が絡んだ白米を、箸で大きくすくい上げた。

 そして、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、その一口を無理やり口の中へと押し込んだ。

 ヤラセや見栄など一切通用しない。

 彼女の舌に、龍魔呂の本気の料理が、初めて『直接』触れた瞬間だった。

「……あ、れ……?」

 次の瞬間、号泣していたキュララの動きが、ピタリと止まった。

 見開かれた瞳の奥で、恐怖の涙とは全く別の『何か』が、爆発的な勢いで弾けようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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