EP 4
『映えと極道。赤黒い闘気はフィルター不要』
「ちょっと、おじさん! 配信画面が赤黒い煙で霞んじゃうじゃん! それ何、安物のマジックアイテム? バエないからマジでやめてくんない?」
俺の全身から噴き出す赤黒い極道の闘気を前にしても、ゴッドチューバーのキュララは全く怯む様子がなかった。
それどころか、魔導通信石のカメラを俺に向けたまま、不満げに頬を膨らませている。
「まったく、田舎の農家のおじさんはこれだから困るよねー。空気が読めないっていうかさー」
キュララはスマホの画面を器用にタップし始めた。
「あ、そうだ! リスナーのみんなー、この怒ってるおじさんに『可愛い犬耳フィルター』かけちゃおっか! 今、天界のアプリで流行ってるやつー☆」
ピロンッ、という間の抜けた電子音が鳴った。
キュララが俺に向けているスマホの画面の中で、恐ろしい形相で闘気を放っている俺の頭の上に、キラキラと輝く『垂れ下がった犬の耳』と『骨のマーク』がポンッと合成された。
『ギャハハ! おっさんウケる!』
『犬耳農家爆誕www』
『キュララちゃんナイスー!』
画面の端を、リスナーたちからの草(w)と投げ銭のエフェクトが滝のように流れていく。
天界の最新技術である『AR(拡張現実)フィルター』というやつらしい。対象の顔を自動認識し、リアルタイムで可愛く加工する魔導アプリだ。
「あはははっ! ちょーウケる! 『激おこワンワン農家』だって! おじさん、もっと怒ってー! 再生数伸びるから!」
キュララは腹を抱えて笑い、寿司の醤油をテーブルにこぼしながら俺を煽り立てた。
「あの泥棒天使、龍魔呂様になんてことを……! 許しません、今すぐ私の安全靴でそのスマホごと頭蓋をカチ割って――」
「キャルル、手出しは無用だ」
俺は、殺気を放って飛び出そうとしたヤンデレ村長を左手で制した。
極道のルールその二、女には手を出さない。
どれだけナメた口を利かれようと、俺がこのペッタンコの鉄板入り鞄で小娘の頭をフルスイングすることは決してない。
「……羽虫。てめぇのそのオモチャで俺をどう加工しようが勝手だ。だがな」
俺は右手で持っていた真鍮製のオイルライターの蓋を開け、親指で弾いた。
――カチッ。
「他人の家で飯を食い散らかし、居候を泣かせた挙句、そのオモチャで人のシマを荒らすってんなら……俺なりの『ケジメ』の付け方がある」
カチッ、カチッ、カチッ。
俺がライターを鳴らすたび、室内の温度が急激に低下し、逆に重力が数倍に跳ね上がったかのような錯覚がリビングを支配した。
赤黒い極道の闘気が、陽炎のレベルを超え、ドロドロとしたタールのようになって俺の背後に巨大な『鬼』の幻影を形作る。
俺はそのまま、キュララのカメラのレンズを真っ直ぐに見据えた。
「――ナメた真似してんじゃねぇぞ、ガキが」
その瞬間だった。
キュララのスマホ画面に合成されていた『可愛い犬耳フィルター』が、突然「ピギィィィッ!」という電子的な悲鳴を上げたのだ。
俺から放たれる圧倒的で純粋な『殺意』と『暴力のオーラ』のデータ量に、天界の最新ARアプリの処理能力が完全に追いつかなくなったのである。
キラキラしていた犬耳はノイズに塗れてドロドロに溶け落ち、画面全体に「ERROR」「処理不能」「致命的な恐怖を検知」という赤い警告文がびっしりと表示され始めた。
「えっ……? ちょ、なにこれ!? アプリが壊れ……きゃあああっ!?」
キュララが悲鳴を上げた。
なんと、魔導通信石のレンズを通じて、俺の赤黒い闘気が『物理的な圧力』となってネットの海を逆流し始めたのだ。
『な、なんだこの圧は……っ!?』
『息が……画面見てるだけなのに、息ができない……っ!』
『ヒィィィィィッ! ご、ごめんなさい! 私が悪かったです! 許してぇぇぇ!』
先ほどまで草(w)を生やして俺を馬鹿にしていたコメント欄が、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
遠く離れた場所で画面を見ているだけのリスナーたちが、俺の闘気にあてられて次々と失神、あるいは失禁して倒れていく。
『石油王ピエール:ヒィィィィッ!? ち、ちびった! 最高級シルクのズボンにお漏らししてしまったザマス! た、退却ぅぅぅ! こんな恐ろしい配信、二度と見ないザマスーッ!』
「やったぁぁぁっ!!」
そのコメントを見たリーザが、パンの耳を握りしめたままガッツポーズで飛び上がった。
「ピエールさんが逃げていく! 私の太客が、あの泥棒猫の配信から離脱していくわ! ざまぁみなさい! これがうちのおじさんの『フィルター不要の極道オーラ』よ!」
リーザの言う通り、キュララの配信の同時接続数は、数百万から一気に数万、数千へとナイアガラの滝のように大暴落していった。
残っているのは、恐怖のあまり気絶してスマホを落としたリスナーのアカウントだけだ。
「う、うそ……私の、私のリスナーさんが……っ!」
キュララはガタガタと震えながら、スマホを取り落としそうになった。
彼女は初めて俺の目を見て、そこにある『本物のカタギの農家(?)』の凄みに触れ、腰を抜かして床にへたり込んだ。
「ひ、ひぃぃ……っ! な、なんなの、おじさん……っ! ごめんなさい、もう犬耳つけないから、命だけは……っ!」
「安心しろ。殺しはしねぇよ」
俺はフッと闘気を収め、赤黒いオーラを霧散させた。
途端にリビングの空気が正常に戻る。
「だが、お前が自分のリスナー(金づる)に奢ってもらったその特上寿司。……一粒でも残してみろ。その時は、漆塗りの桶ごと丸呑みさせるからな」
「ヒィィィィッ! た、食べます! 残さず食べますぅぅっ!」
キュララは涙と鼻水を流しながら、大トロもウニも関係なく、両手で寿司を掴んで泣きながら口に詰め込み始めた。
「ふん。リーザ、お前もいつまでもパンの耳かじってねぇで、俺の作った出汁巻き卵を食え。冷めるだろうが」
「う、うんっ! おじさん、ありがとう! 私、一生おじさんについていくわ!」
リーザは現金なもので、太客を奪われた恨みが晴れた途端、ニコニコ顔でテーブルに戻り、残っていた豚汁と卵焼きを美味そうに食べ始めた。
◇ ◇ ◇
数分後。
泣きながら特上寿司を完食したキュララは、部屋の隅で体育座りをしながら、ひび割れたスマホの画面を見つめていた。
「うぅ……私の同接が……最盛期の百分の一以下になっちゃった……」
ルナミス帝国のエージェントとして、そして何よりトップ・ゴッドチューバーとしてのプライドがズタズタである。
だが、この女はただのアホな天使ではなかった。異常なまでの図太さと自己顕示欲こそが、彼女をトップに押し上げた原動力なのだ。
「……このままじゃ終われない。減ったリスナーを呼び戻すには、もっと過激で、もっとバズる『特大企画』をやらなきゃ……っ!」
キュララはブツブツと呟きながら、立ち上がった。
そして、まだカメラが回っているスマホに向かって、無理やり笑顔を作って見せた。
「み、みんなー! ちょっと通信トラブルがあったけど、キュララは元気だよーっ! えっとね、同接が減っちゃったお詫びに、明日はなんと! 『超特大ジャンボカツ丼・十杯大食いチャレンジ』の生配信をやっちゃいまーす!」
その言葉に、皿洗いをしようとしていた俺の手がピタリと止まった。
「……なんだと?」
「あっ、い、いや、その……ネットで一番バズる鉄板ネタだから……」
キュララは俺の鋭い視線にビクッとしつつも、得意げに胸を張った。
「私、いくらでも食べられるもん! カツ丼十杯なんてペロリだよ! (……まぁ、一口だけ食べて、あとはカメラの死角でリーザちゃんに食べさせたり、最悪捨てちゃえばいいしね。ヤラセ大食いなんて、ゴッドチューバーの常識だし☆)」
キュララは心の中で、とんでもなく腐った『ヤラセ』の計画を練っていた。
だが、相手の心音が分かるキャルルの耳がピクリと動き、さらに俺の『料理人(農家)』としての勘が、その言葉の裏にある不純な響きを敏感に察知していた。
「……ほう。カツ丼十杯を、ペロリと食うか」
俺は濡れた手をタオルで拭き、ゆっくりとキュララに近づいた。
「よし。お前がそこまで言うなら、明日の『ジャンボカツ丼十杯』……この俺が、特別に作ってやる」
「えっ? お、おじさんが……?」
「ああ。うちで採れた極上の米と、最高級のシープピッグのロース肉を使って、とびきり美味い黄金のカツ丼を用意してやるよ」
俺はニコリと、極めて穏やかな(そして最も恐ろしい)笑顔を浮かべた。
「だが、よく覚えておけよ、羽虫」
俺の背後で、再び赤黒い闘気がチロチロと炎のように燃え上がる。
「俺が作った飯を『頼んだ』からには……米一粒、カツの衣の一片、丼の底の汁一滴まで、お前自身の胃袋に収めてもらう。万が一、一口食って残すような真似をしてみろ」
俺は真鍮製のライターを、再びカチリと鳴らした。
「……その時は、俺のUR草刈り鎌で、お前を物理的に『ミンチ(豚肉)』にして、カツの具材にしてやるからな」
「ヒィッ!?」
食べ物を粗末にするヤラセ大食いなど、極道農家のコンプライアンスが許すはずもない。
大衆の目を欺く情報兵器は今、完全に逃げ場の無い『地獄の美食(飯テロ)チャレンジ』へと自ら足を踏み入れたのだった。
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