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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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第三章『鬼神のメディア支配と大食い炎上』

『覇王の朝飯と、消えた太客』

「……ない。嘘でしょ。私のランキング1位の太客、『石油王ピエール』さんが……メンバーシップ、抜けてる……っ!?」

 朝の清々しい空気が流れるポポロ村。

 その平和な静寂を切り裂くように、臙脂えんじ色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザの絶望に満ちた悲鳴が、村長宅シェアハウスの窓を激しく震わせた。

 俺――鬼神龍魔呂きしんたつまろは、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、キッチンのコンロの前に立っていた。

 身長一九〇センチ、体重八四キロの巨躯に、泥のついた農作業用のツナギ姿。ついさっきまで、俺の持つ『UR草刈り鎌』と『UR鍬』を使って、裏山を三秒で極上の畑へと開拓してきたばかりだ。

「朝っぱらから騒がしいな。せっかくカタギの農大生として平穏な朝を迎えようってのに、近所迷惑だろうが」

 極道のルールその一、カタギには手を出さない。そして迷惑もかけない。

 俺は暴走族『鬼龍爆速愚連隊』の総長を引退し、この異世界で美味い飯とタバコ、愛車のパンアメリカの整備だけを愛する、静かな農業スローライフを求めているのだ。

 だが、うちのシェアハウスに転がり込んできた居候どもは、どうにもその辺の常識が欠けているらしい。

「ほら、朝飯ができたぞ。さっさと席につけ」

 俺は騒ぐリーザを放置して、テーブルの上に大皿と椀をドンッ!と並べた。

 炊きたての銀シャリ(米麦草)、大きな椀にたっぷりと注がれた熱々の『豚汁』、そして湯気を立てる分厚い『出汁巻き卵』だ。

 豚汁には、昨日仕込んだ『シープピッグ(羊毛豚)』の極厚バラ肉を使用している。豚の圧倒的な旨味と羊のコクを併せ持つ肉から染み出した脂が、自家製味噌と完璧に乳化し、表面に黄金色の膜を張っていた。そこに、大地のエネルギーをたっぷり吸い込んだホクホクの『太陽芋』と、脱走しようと走り出したところを捕縛して叩き切った『人参マンドラ』がゴロゴロと入っている。

 そして出汁巻き卵には、ルナミス新聞の袋とじエロ本を没収され、完全な『賢者モード』に入った『たまんネギ』をたっぷりと巻き込んでいる。

 煩悩を捨て去り、刺激成分が消滅して極限まで甘みととろみを増したネギが、フワフワの黄金色の卵の中でトロリと輝いていた。

「いただきます……っ!」

 真っ先に箸を伸ばしたのは、村長であり元・月兎族の姫君であるキャルルだった。彼女は室内だというのに、タローマン製の特注安全靴を履いたまま行儀良く座っている。

「……っ!」

 出汁巻き卵を一口かじった瞬間。キャルルの動きがピタリと止まり、長いウサギ耳がピンと天を突くように直立した。

「こ、これは……っ! 噛んだ瞬間にジュワッと溢れ出す、一番出汁の暴力的な旨味……! 賢者モードになったネギの奥深い甘さが、フワフワの卵と完璧なハーモニーを奏でているわ……! あぁ……龍魔呂様の包容力が、私の心音と完全にシンクロしていく……っ! 好きっ! 好きすぎて、このお箸一本で三カ国の国境守備隊を単独で殲滅できそう……っ♡」

 相手の心音が分かる彼女は、俺が作る飯に込められた『本物の無欲さ(ただ美味いものを食わせたいという農家の情熱)』を感じ取り、語彙力を崩壊させながらヤンデレ特有の物騒な恍惚状態に突入していた。

「はふっ……んん〜っ♡」

 向かいの席では、お嬢様ドレスを着たエルフのルナが、豚汁をすすって長い耳をふにゃりと垂れ下げている。

「シープピッグの濃厚な脂が、お味噌の塩気と絡み合って……胃袋の底から優しく抱きしめられているみたいですぅ……。あぁ、こんなに美味しいものをいただけるなら、今すぐ世界樹の年金(純金一〇〇キロ)を市場にばら撒いて、大陸をハイパーインフレのどん底に落としてもいい気分ですわ……♡」

 こちらもコンプライアンス違反スレスレのアヘ顔を晒し、天然で経済テロを起こしかけている。

 そして、問題のリーザだ。

「うわぁぁぁん! 美味しいぃぃっ! お肉が柔らかいよぉぉ!」

 リーザは両目から滝のような涙を流しながら、豚汁と白米を猛烈な勢いでかき込んでいた。

「お味噌の塩分が、泣き腫らした身体に染み渡るぅぅっ! 卵も甘くて最高ぉぉっ! でも、でもぉぉぉっ!!」

 俺は真鍮製のオイルライターを取り出し、カチリと音を立ててマルボロ赤に火をつけた。

 紫煙を細く吐き出しながら、椅子に深く腰掛ける。

「……で、さっきから何をピーピー泣いてんだ、人魚。飯がマズくなるだろうが」

 極道のルールその四、食い物は大事にする。泣きながら飯を食うのは、美味い食材への冒涜だ。

「おじさんぃぃぃっ! 私の太客が! ランキング上位のリスナーたちが、こぞって私の配信からいなくなっちゃったのよぉぉ!」

 リーザが、自らの命綱である魔導通信石スマホをテーブルに叩きつけた。

「昨日まで、『リーザちゃん愛してる!』『一生ついていく!』って金貨をポンポン投げ銭してくれてた石油王ピエールさんも、不動産王のゴンザレスさんも、みーんなメンバーシップを解約してるの! これじゃまた、公園でハトと米麦草を奪い合いながら、パンの耳と雑草サラダをすする生活に逆戻りじゃないのよぉぉ!」

「いい気味だな」

 俺は鼻で笑った。

「みかん箱の上で愛想振りまいて、他人の金で小銭を稼ぐような真似はいい加減やめろって言ったはずだぞ。そんな水商売みたいな真似に頼らず、畑を耕してカタギの汗を流せば、飯くらいは食わせてやる」

「おじさんには現代のネット経済の闇がわかってないのよぉっ! 私の時間を奪うスパチャシステムは、私のアイドルとしての命そのものなのっ!」

 リーザはギリギリと歯ぎしりをしながら、スマホの画面を血走った目で睨みつけた。

「ピエールさんたちが、私から離れるなんてありえないわ! きっと、どこかの泥棒猫にそそそのかされたんだわ! 私の太客を奪った性悪女を特定して、社会的に抹殺してやるんだから……っ!」

 猛烈な勢いで画面をスクロールし、『ゴッドチューブ』の急上昇ランキングを開く。

「……いた! これよ! 今、アナステシア大陸で一番バズってるっていう新人ゴッドチューバー!」

 リーザが画面を突き出す。

 そこには、やたらとキラキラした光のエフェクトと共に、無駄に装飾の多いド派手な聖騎士の鎧を着た、天使族の少女が映っていた。

 背中には小さな白い羽が生えており、あざとい笑顔でカメラに向かってウインクをしている。

『はーいみんなーっ! 天界から舞い降りた君だけのエンジェル、キュララだよーっ☆』

 画面の中から、鼓膜に直接響くような甘ったるい声が流れてきた。

『ああっ! ピエールさん、赤スパ(高額投げ銭)ありがとーっ♡ キュララ、ピエールさんのことだーいすきっ♡』

「――――ッ!!?」

 リーザの口から、魂がへし折れるような音が漏れた。

「ピ……ピエールさん……? 嘘でしょ……私に投げてくれてた金貨が……こんな、こんな金髪の小娘のところに……っ!」

 リーザは顔を土気色に変え、スマホの画面にヒビが入るほどの力で握りしめた。

 腐っても彼女はシーラン国の王女である。そのプライドと、底なしの強欲が完璧に粉砕された瞬間だった。

「許さない……っ! 私のシノギを……私の愛とマネーを奪うなんて、絶対に許さないんだからぁぁぁっ! 特定班を動かして、こいつの裏垢を全部晒してやるわ!」

「おい、スマホが壊れるぞ。飯を食い終わったらさっさと皿洗え」

 俺が呆れ果てて、携帯灰皿にマルボロを押し当てようとした、その時だった。

 ふと、リーザが握りしめている画面の『背景』に目がいった。

『今日はねー! なんと、今ネットで一番ヤバいって噂の辺境の村に、突撃ロケに来ちゃいましたー!』

 キュララとかいう天使の後ろに映っているのは、見覚えのある古びた木造のゲート。

 そして、俺が昨日UR農具で綺麗に舗装してやったばかりの、石畳の道だった。

「……え? ちょっと待って。これ……」

 リーザも画面の背景に気づき、ポカンと口を開けた。

 どんぶりを抱えていたキャルルとルナも、不思議そうに画面を覗き込む。

『そう! ここが噂の、ポポロ村でーす! 今からこの村の村長さんの家に行って、美味しいご飯おごってもらいに行っちゃうよー☆ みんな、応援よろしくねっ!』

 シェアハウスのリビングに、不気味な静寂が落ちた。

「……」

 俺は、テーブルの上に置いてあった真鍮製のオイルライターを手に取り、ゆっくりと蓋を閉めた。

 ――カチッ。

 冷たい、処刑の合図のような金属音が、リビングに響く。

「……俺のシマに、また鬱陶しい羽虫が湧いたようだな」

 極道のルールその六。居る地域は守る対象。

 俺の平穏なカタギの朝飯を邪魔し、うちの居候のシノギを荒らした挙句、図々しくも俺の庭に土足で踏み込んでタダ飯を食おうとする輩がいるらしい。

 俺の全身から、ゆらりと赤黒い極道の闘気が漏れ出し始めた。

 周囲の空気が重く沈み、パキパキと空間が軋む音が鳴る。

「おじさん……っ! あの泥棒天使、うちの村の入り口にいるわ!」

 リーザが目を血走らせ、箸をへし折る勢いで立ち上がった。

「おう。行くぞ、お前ら。俺の作った飯を食った分、きっちり挨拶ケジメしに行くからな」

 情報化社会の波が、極道農家のスローライフに土足で踏み込んできた朝。

 新たな戦争の火種が、カメラのレンズ越しにポポロ村へと迫っていた。

お読みいただきありがとうございます!


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