EP 15
「極上カニ豚骨ラーメンと、神々の宴会芸」
「よし、害虫の駆除も終わったことだし、盛大に打ち上げをやるぞ。お前ら、そこに突っ立ってねぇでニンニクの皮を剥け」
黄金色の『蟲粉(最高級有機肥料)』が雪のように降り積もったポポロ村の極上農園。
夕暮れの風が吹き抜ける中、俺は巨大な野外調理台の前に立ち、腕まくりをして指示を飛ばした。
俺の目の前では、臙脂色の芋ジャージを着た地下アイドル・リーザと、光の衣をまとった豊穣の女神ルチアナ、そして海水をドレスのように纏った海の女王リヴァイアサンが、三人並んで小さな椅子に座り、せっせとニンニクの皮を剥いている。
「ど、どうして天界の最高位たる私が、こんな臭いのキツい球根の皮を剥かなければならないのですか……っ」
「文句を言わないのハト女。タダ飯は食べさせないって、おじさんが言ってたでしょ。ほら、そのニンニクの根元の部分、ちゃんと切り落として!」
「海の生臭女に指図される筋合いはありません! 大体、なんで貴女のほうが手慣れているんですか!」
「ふふん、伊達にさっきまで農作業させられてたわけじゃないのよ」
天界の女神と海界の女王が、芋ジャージの小娘に指導されながら泥だらけになって下働きをしている。
外から見れば神話崩壊レベルの異常な光景だろうが、俺のシマ(畑)では『働かざる者食うべからず』だ。神だろうが女王だろうが、飯の準備を手伝うのは当たり前である。
「よし、出汁の準備は完璧だな」
俺は真鍮製のライターでマルボロに火をつけ、巨大な寸胴鍋の蓋を開けた。
ブワァァァァァァァッ!!
その瞬間、暴力的なまでの白濁した湯気が、爆発的に立ち昇った。
今日の宴の『締め』は、極道特製・海天豚骨カニ白湯ラーメンだ。
昼間に解体した巨大エンペラー・クラブの殻をハンマーで徹底的に叩き割り、極上の豚骨とともに丸一日かけて強火でガンガンに炊き上げた究極のスープ。
豚骨の髄から溶け出した濃厚なゼラチン質と、カニの強烈なアミノ酸が完全に乳化し、鍋の中はドロドロの黄金色に輝いている。
そこへ、ルチアナたちが剥いた大量の『生ニンニク』をすりおろしてブチ込み、香りづけにごま油と特製の醤油ダレを合わせた。
「あぁ……っ、ダメです……! この暴力的な匂いを嗅いだだけで、私の神聖なる理性が溶けてしまいそう……!」
ニンニクの皮を剥いていた女神ルチアナが、鍋から漂う匂いに当てられ、フラフラと立ち上がった。
「麺を上げるぞ。モタモタすんなよ」
俺は、極上農園で採れた最高級の小麦を強力な力で打ちまくった『自家製・極太ちぢれ麺』を、煮え滾る湯の中に放り込んだ。
平ザルでチャッチャッ! と豪快に湯切りをし、熱々に温めておいた巨大な丼に麺を滑り込ませる。
そこへ、黄金色に輝くドロドロのスープを注ぎ込み、トッピングとして『極厚の炙り豚バラチャーシュー』と『ほぐしたカニのむき身』、そしてたっぷりの青ネギを乗せた。
「お待ちどお。海天豚骨カニ白湯ラーメン、全部乗せだ。熱いうちに食いな」
俺がドンッ! と三人分の丼をテーブルに置くと、ルチアナ、リヴァイアサン、そしてリーザは、ゴクリと生唾を飲み込み、震える手で箸を握った。
ズズズッ……!
「――――ッ!!?」
三人の動きが、落雷に撃たれたように完全にフリーズした。
極太のちぢれ麺が、ドロドロの黄金スープをこれでもかと絡め取り、口内へと雪崩れ込んでくる。
噛み締めた瞬間、麺の強烈な小麦の香りと弾力を突き破り、豚骨の野蛮なまでのコクと、カニの暴力的で上品な旨味が、一切の容赦なく味覚の中枢を蹂躙した。
さらに、生ニンニクのパンチ力と炙りチャーシューの香ばしさが後から爆発し、脳髄に致死量の快楽物質をブチ撒けるのだ。
「あ……あひぃぃぃっ!!? な、なにこれぇぇ!?」
海の女王リヴァイアサンが、ティアラをかなぐり捨てて身悶えした。
「海がっ! 海と陸の覇権争いが、お口の中で完璧な和平協定を結んでいるわぁぁ! スープが濃厚すぎて、麺を食べてるのか旨味の塊を食べてるのか分からないぃぃっ!」
「しゅごいっ……! 神酒なんかただの泥水ですぅぅ!」
女神ルチアナも、完全に顔をスープと脂だらけにしながら、涙と鼻水を流して丼にがっついている。
「豚さんの脂とカニさんのエキスが、私の清らかなる羽をドス黒く染め上げていくぅぅ! しょっぱくて、甘くて、ニンニクがツンときて……あはぁっ♡ 私、もう神様やめて、この丼の底で一生暮らしますぅぅっ!」
「んんんんっ! チャーシューが歯茎でとろけるぅぅ! カニのお肉が甘いぃぃ!」
リーザもまた、アイドルの矜持など完全に忘れ去り、一心不乱に麺を啜り続けている。
ズズズッ、ハフッ、ムシャムシャ!
世界を統べる絶対者たちが、もはや語彙力を完全に喪失し、ただ一杯のラーメンの前にひれ伏し、本能のままに快楽を貪り食っていた。
周囲では、セラフやガトーといった側近たちも、おこぼれのラーメンをすすりながら「覇王様、万歳……!」と泣き崩れている。
「おう、替え玉はいくらでもあるからな。残さず食えよ」
俺は自分の分のラーメンを平らげ、満足げにマルボロの煙を吐き出した。
やっぱり、力仕事の後のこってりラーメンは最高だ。
◇ ◇ ◇
「ぷはぁぁぁっ! ごちそうさまでしたぁっ♡」
丼の底のスープを一滴残らず飲み干した三人は、パンパンに膨らんだお腹をさすりながら、パイプ椅子の上でだらしなく溶けていた。
「ダーリンたちー、見てくれたー? これがポポロ村の最強ラーメンよー!」
すっかり満腹になったリーザが、魔導通信石のカメラに向かって笑顔を振りまく。
今日も今日とて、この狂乱の宴の様子は全世界へと生配信され続けていた。
「おじさん! 今日は害虫駆除と、最高のご飯をありがとう! 私から、お礼に最高のエンターテインメントを見せてあげるわ!」
リーザが突然立ち上がり、懐から『五円玉』をジャラッと取り出した。
「ほら、お母様も! ルチアナ様も! タダ飯食らいは許されないんだから、一緒にやるわよ!」
「え? ちょ、ちょっと、何を鼻に詰めて……ひぐっ!?」
「や、やめなさい! 神の鼻の穴に不浄な硬貨を……あぐっ!」
リーザは有無を言わさず、女神と女王の鼻の穴に五円玉を強引に捻り込んだ。
そして自らも鼻に五円玉を詰め、みかん箱の上に仁王立ちして高らかに歌い始めた。
「ミュージック、スタート! ♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン〜!」
リーザが自分の腹をポンポコと叩き始める。
「な、なんて屈辱……っ! でも、身体が勝手に……!」
「♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
ラーメンの快楽とリーザの強欲バフによって完全に洗脳状態にあるルチアナとリヴァイアサンは、涙目になりながらも、リーザに合わせて光の衣と海水のドレスをまくり上げ、自分たちの美しいお腹をポンポコと叩き始めたのだ。
「ア、ドッコイ! ソレ! ヨイヨイ!」
天と海のトップによる、奇跡の『ハゲたぬきのポンポコ節』のトリプルセッション。
その光景は、もはや放送事故という言葉すら生ぬるい、世界崩壊レベルのカオスとして魔導配信の電波に乗り、全宇宙へとバラ撒かれていったのである。
少し離れた暗がり。
三つ揃えのスーツを着た執事・リバロンは、純白のハンカチで口元を覆い、ワナワナと激しく肩を震わせていた。
(……なんという、凄惨にして完璧な絶対支配の証明か)
リバロンの眼鏡が、夜の闇の中で怪しく光る。
「天界の女神と、海界の女王。二つの世界の頂点に立つ者たちを、極上の飯で完全に骨抜きにした挙句、鼻に小銭を詰めさせて『大衆向けの宴会芸』を強要する。……これこそが『お前たちの神は、俺の前ではただの道化に過ぎない』という、全世界に向けた無言のプロパガンダ!」
リバロンは、神をも凌駕する覇王の冷酷無比な情報戦略に、狂信の涙を流してひれ伏した。
「もはや、このアナステシア大陸のみならず、天と海すらも覇王様の足元にひれ伏した! 龍魔呂様、あなたこそが全宇宙の絶対神に他ならない!」
◇ ◇ ◇
だが、リバロンが狂喜乱舞していたその頃。
遥か次元の彼方、天界の最上層部にある『絶対管理領域』では、かつてない異常事態が発生していた。
「……システムダウン。ゴッドチューブのサーバーが、物理的に融解しました」
真っ白な空間に浮かぶ無数のホログラムパネルが、次々と赤いエラー画面に染まっていく。
その中心にある玉座に座る、顔のない光の存在――天界の経済と理を統べる『絶対神・マモン』が、ゆっくりと目を開いた。
『……ルチアナとオリンの霊波が、完全に下界の快楽に染まり、堕天したか』
マモンの声が、空間そのものを震わせる。
『下界のたかが一農家が、全宇宙の富と信仰(PV)の99パーセントを吸収し、神界の経済システムを破綻させた。……もはや、特級天使や下級神の手に負えるバグではない。この絶対神マモン自らが降臨し、あのポポロ村とかいうエラー領域ごと、世界を初期化せねばなるまい』
神々の頂点に立つ存在が、ついに静かなる殺意を宿して立ち上がった。
天界のシステム崩壊という代償が、新たな、そして最大の影となってポポロ村へ迫りつつあったのだ。
「♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜! ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!」
「うおおぉぉっ! 女神様最高ぉぉっ! 女王様も最高ぉぉっ!」
だが、そんな宇宙規模の危機が迫っていることなど露知らず。
ポポロ村の極上農園では、腹を叩く神々と、泥酔して手拍子を打つ三国の要人たちが、夜更けまで狂乱の宴を繰り広げていた。
「……ったく、毎日毎日よく飽きずに騒ぐ連中だ」
俺は空になったビール缶をゴミ箱に放り投げ、パイプ椅子から立ち上がった。
まぁ、美味い飯と笑い声があるなら、それはそれで極上スローライフの完成形だ。明日は少し寝坊してもいいかもしれないな。
極道農家のブレない日常は、神の怒りすらも包み込み、今日ものんびりと続いていくのだった。
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