EP 14
「全世界同時配信・害虫駆除」
「いけぇぇぇ! ダーリン! 私のスパチャ(金脈)の邪魔をする害虫どもを、一匹残らず消し飛ばしてぇぇっ!」
巨大ビニールハウスの前。臙脂色の芋ジャージを着た地下アイドル・リーザの強欲な絶叫が、ポポロ村の極上農園に響き渡る。
彼女の放った『Love & Money』の奇跡のバフ――術者の金への執着心に比例して対象のステータスを青天井に引き上げる魔法によって、俺の全身は黄金色と赤黒い極道の闘気が入り交じった、禍々しくも神々しいオーラに包まれていた。
「……たく。ガキの小遣い稼ぎのために、俺が本気で害虫駆除をやらされるハメになるとはな」
俺は首をゴキリと鳴らし、右手に握った『UR草刈り鎌』の柄を軽く回した。
だが、農家にとって畑を荒らす害虫は万死に値する。俺のシマの野菜たちを囓ろうとするなら、死蟲軍だろうがなんだろうが、一匹残らず肥料に変えてやるだけだ。
「やれ、我が愛しき蟲どもよ! その黄金に光る農家ごと、畑を喰らい尽くせ!」
上空の巨大ムカデに乗った魔人ギアンが号令を下す。
数万の巨大バッタ、カマキリ、這い回るムカデたちが、不快な羽音と顎の摩擦音を立てながら、津波のように俺へと襲いかかってきた。
「極道のルールその六、居る地域は守る対象」
俺は腰を深く落とし、大地を強く踏みしめた。
――ズドォォォォォォォォォンッ!!
踏み込んだだけで、周囲の空間がガラスのようにヒビ割れる。バフによって極限まで跳ね上がった身体能力が、俺の肉体を砲弾のような速度で空中へと射出した。
「なっ……!?」
ギアンが目を見開く。
「草刈りの基本は、根元から一気に刈り取ることだ」
空中で、俺はUR草刈り鎌を大上段に振りかぶった。
刃の周囲に、黄金と赤黒の闘気が巨大な竜巻となって渦を巻く。その圧倒的な質量を持つ闘気の刃を、俺は迫り来る数万の害虫の群れに向かって、一閃の横薙ぎで放ち切った。
「極道流・害虫駆除」
バァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
音が、消えた。
あまりにも巨大な衝撃波が、大気の振動そのものを置き去りにしたのだ。
俺の草刈り鎌から放たれた極太の斬撃は、空を黒く染めていた数万の巨大害虫の群れを、文字通り『一瞬』で飲み込んだ。
「ギィィィィィィッ!?」
巨大バッタも、装甲のような殻を持つカマキリも、悲鳴を上げる間すらなかった。
UR農具の隠しスキル『絶対農地化』と、俺の極道の闘気が融合した一撃は、害虫の身体を細胞レベルで粉砕し、空中で一切の毒素を浄化。
次の瞬間、数万の害虫の群れは、サラサラとした極上の『有機肥料(魚粉ならぬ蟲粉)』へと変換され、農園の畑に向かってキラキラと黄金色の雪のように降り注いでいったのである。
「ば、馬鹿な……ッ!? 我が精鋭の死蟲軍が、ただの草刈り鎌の一振りで、全滅だと……!?」
巨大ムカデの上で、魔人ギアンが絶望の声を上げた。
彼の乗っていたムカデの頭から下も、すでに美しい有機肥料に変わっている。
「次はお前だ、羽虫の親玉」
俺は空中で体勢を立て直し、ギアンの目の前へと着地した。
「俺の畑に湧いたんだ。お前も立派な土の肥やしにしてやるよ」
「ひ、ひぃぃぃっ! ば、化け物めッ! 覚えておけ、我が死蟲軍の恨みは――」
ギアンが捨て台詞を吐いて逃げようとしたが、遅い。
俺はスコップの平面で、ギアンの顔面をフルスイングで打ち抜いた。
カキィィィィィィンッ!!
「あべばぁぁぁぁっ!?」
ギアンの身体は、綺麗な放物線を描いて空の彼方へと吹っ飛び、キラリと星になって消えた。
「ふぅ。これで風通しが良くなったな」
俺は草刈り鎌を肩に担ぎ、空から降り注ぐ極上の有機肥料を満足げに見上げた。
これで明日の大根は、さらに甘くデカく育つだろう。
◇ ◇ ◇
だが、その圧倒的な害虫駆除の一部始終が、リーザの魔導通信石を通じて『全世界へノーカットで生配信されていた』ことを、俺はまたしても気にかけていなかった。
『……おい、見たか今の』
『数万の魔獣の群れが、一瞬で光の粉(肥料)になったぞ……』
『しかも、あの覇王の背中から出てる黄金のオーラ……あれ、神気じゃねぇか!?』
『間違いない! ただの農家のフリをしてるけど、あいつがこの世界の真の神なんだ!』
ゴッドチューブのコメント欄が、熱狂と恐怖で完全にバグり始めた。
ただでさえ「山を消し飛ばす暴力」と「金塊を重石にする財力」を見せつけられていた世界中の視聴者たちは、今回の「圧倒的な神の如き力(害虫駆除)」を見て、完全に理性を失った。
『覇王様! どうか我々の国も、その黄金の力でお守りください!』
『リーザちゃん! 俺の口座残高、全部持ってってくれ! これで覇王様の怒りを鎮めてくれぇぇ!』
チャリン、チャリーン! ジャラジャラジャラジャラッ!!!
もはやスパチャの嵐というレベルではない。大瀑布だ。
ゴルド商会の算盤システムから煙が上がり、天界のサーバーの冷却装置が限界を超えて悲鳴を上げている。
各国の王や貴族たちまでもが、国庫を開いて「ポポロ村の覇王」への貢物として、システム上に莫大な金貨を投げ込み続けていた。
その光景を、カメラの死角で静かに見つめている男がいた。
三つ揃えの高級スーツを着た人狼族の執事、リバロンである。
彼は純白のハンカチで額の汗を拭いながら、もはや恐怖を通り越して、狂信的なまでの恍惚の表情を浮かべていた。
「……あぁ、なんという完璧な永久機関か」
リバロンは両手を胸の前で組み、祈るように呟いた。
「敵対する軍勢を物理的に粉砕し、己の領土(畑)を豊かにする『極上の肥料』へと変える。そして、その圧倒的な蹂躙劇を世界中に配信することで、愚民どもから莫大な『富』を搾取する……」
リバロンの眼鏡が、狂気でギラリと光る。
「戦えば戦うほど、領土が豊かになり、世界の富が覇王様の下へと集まってくる。もはや武力も経済も、覇王様の手のひらの上で踊る玩具に過ぎない! このリバロン、己の小ささを恥じるばかりです!」
「ぷはぁ、終わった終わった! ダーリンたち、応援ありがとねーっ!」
リーザが満面の笑みでカメラに向かって手を振り、配信の終了ボタンを押した。
彼女の目の前には、ゴルド商会のニャングルが白目を剥いて気絶している。あまりのスパチャの額に、黄金の算盤がショートして爆発したのだ。
「おじさん、見て見て! 今日の配信で、私、一生遊んで暮らせるくらいのお金を稼いじゃったわ! これで毎日、お肉もお魚も揚げ物も食べ放題よ!」
リーザが俺の足元に駆け寄り、芋ジャージの裾を引っ張って飛び跳ねている。
「おう。だが、いくら金があっても、飯を食うならまずは働け。極上の野菜を作るには、人手がいくらあっても足りねぇからな」
俺は草刈り鎌の汚れを拭き取りながら、鼻で笑った。
空を見上げると、先ほどの騒ぎで目を覚ました天使セラフと海軍将軍ガトーが、慌てて「我々も肥料撒きを手伝います!」と飛び起きてきた。
農園の隅では、女神ルチアナと女王リヴァイアサンが「コロッケのソースが服についたじゃないの!」とまだ低レベルな口喧嘩を続けている。
「よし。大仕事の後は、盛大に打ち上げだ」
俺は真鍮製のライターでマルボロに火をつけ、紫煙を吐き出した。
「今日の夕飯は、世界一美味い『締め』を作ってやる。お前ら、腹空かせて待ってろ」
天と海と世界中を巻き込んだ前代未聞の配信騒動は、こうして一旦の幕を下ろした。
だが、この一件によって『天界の経済システム』が致命的なエラーを起こした事実が、のちにさらなる神々をポポロ村へと引き寄せることを、俺はまだ知る由もなかった。
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