EP 13
「害虫軍団の襲来と、奇跡の強欲バフ」
「ふはぁ……もうお腹いっぱい……。お口の中に残るカニとバターの余韻だけで、百年は幸せに眠れそうですわ……」
「ダメよ、ルチアナ……私の方がもっと太るの……。揚げ物って、本当に人を駄目にする魔法ね……むにゃむにゃ……」
ポポロ村の極上農園。
天界の女神ルチアナと海中国家の女王リヴァイアサンは、顔にソースをつけたまま、巨大ビニールハウスの壁に寄りかかってだらしなく溶けていた。
ほんの数十分前まで世界を滅ぼそうとしていた絶対者たちが、ただのカニクリームコロッケ一皿で完全に陥落し、満腹の多幸感に包まれて昼寝を始めている。
「……たく、どいつもこいつも食うだけ食って寝やがって。片付けくらい手伝いな」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、空になった皿とフライパンを井戸の洗い場へと運んだ。
周囲では、天使たちや海軍の兵士たちもすっかり農作業をサボって大いびきをかいている。
唯一元気なのは、魔導通信石のカメラに向かって「スパチャありがとうございまぁす!」と愛嬌を振りまいている芋ジャージの小娘、リーザくらいのものだ。
俺が真鍮製のライターで食後のマルボロに火をつけようとした、その時だった。
――ジリリリリリリッ! ブォォォォォォォォォンッ!!!
空気を不快に震わせる、重低音の羽音が響き渡った。
太陽の光が急激に遮られ、農園の周囲が薄暗くなる。見上げると、青かった空が『黒と茶色の蠢く何か』によって完全に覆い尽くされていた。
「ひぃっ!? な、なにこれ! 空がキモい虫だらけよ!?」
リーザがカメラの前で悲鳴を上げた。
空を覆っていたのは、体長三メートルはあろうかという巨大なバッタ、カマキリ、そして地面から這い出してきた巨大ムカデの群れだった。
その数、ざっと数万。農園の周囲を取り囲むように、禍々しい羽音と顎を鳴らす音を響かせている。
「ククク……ハハハハハッ! 見事な隙だ、ポポロ村の覇王よ!」
巨大な空飛ぶムカデの背に乗って現れたのは、黒い甲殻に身を包んだ不気味な男だった。
第一章の終わり頃にチラリと気配を感じた『死蟲軍』の幹部、魔人ギアンである。
「天界の女神も、海中国家の女王も、まさかただの飯で満腹になって眠りこけているとはな。我ら死蟲軍がこの大陸を喰らい尽くす、これ以上の好機はない! 神も海王も堕ちた今、貴様らの命と、その『極上の作物』は全て我々の胃袋に収めてくれるわ!」
ギアンが高らかに笑い声を上げると、巨大害虫たちが一斉に俺の畑へと向かってよだれを垂らし始めた。
「行け、我が愛しき蟲どもよ! その見事な大根も、キャベツも、根こそぎ喰らい尽くすのだ!」
「……あ?」
俺はマルボロを携帯灰皿に揉み消し、ゆっくりと首を鳴らした。
農家にとって、手塩にかけて育てた作物を荒らす『害虫』は、絶対に許してはならない最大の敵だ。
極道のルールその一、カタギは守る。そして、俺のシマ(畑)を荒らす野郎は、何者であろうと生かしてはおかねぇ。
「おい、羽虫野郎」
俺の全身から、ゆらりと赤黒い闘気が漏れ出した。
「俺の畑に土足で踏み込んで、野菜を囓ろうってのか。随分と舐められたモンだな」
「強がるな、覇王! 数万の蟲の群れを前に、貴様のスコップ一つで何ができる!」
ギアンが嘲笑する。
だが、俺が動くより先に、爆発したのは別の方向だった。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
魔導カメラの前で、リーザが髪を振り乱して激怒していた。
「あんたたちのせいで、コメント欄が『虫キモい』『画面閉じるわ』って荒れて、同接(視聴者数)がガンガン減ってるじゃないの!! 私のスパチャが! 私の大事な大事なシノギが減っちゃうじゃない!!」
リーザの目は完全に血走り、アイドルのそれから『狂気の守銭奴』の目へと変わっていた。
彼女は芋ジャージの袖をまくり上げ、俺の方をビシッと指差した。
「許さない……私の稼ぎを邪魔する害虫どもなんて、一匹残らず駆除してやるわ! おじさん! 私、本気出すから! 絶対無敵のバフをかけるから、あの虫どもを全部ミンチにしてちょうだい!」
「……おう。言われなくても、害虫駆除は農家の基本だ」
リーザは深く息を吸い込み、両手でマイク代わりの人参を強く握りしめた。
今までみかん箱の上で歌っていたのとは桁が違う、海と星の魔力が彼女の周囲に集束していく。
これが、海中国家の第一王女にして、世界を熱狂させる人魚姫の『真の歌声』。
『今夜も私の為に星が降る! 全部手に入れるわ!』
『ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪』
『だから……もっともっと、愛して(課金して)ね? 覚悟はいい?』
――ピカァァァァァァァァァッ!!!
リーザの口から放たれた歌声は、目に見える黄金の波動となって、一直線に俺の身体へと注ぎ込まれた。
その瞬間。
俺の細胞という細胞が、あり得ないほどの熱とエネルギーを帯びて爆発的な膨張を始めた。
『貴方の全て(人生)を背負って生きていけるぅぅ〜!』
『だから、何処までもついて来てね♡ ダーリン!』
対象者のステータスを、術者の『強欲さ』に比例して青天井に引き上げる奇跡のバフ魔法。
リーザの金に対する執着心は、控えめに言って宇宙規模だ。その無限の強欲が、そのまま俺の『力』へと変換されていく。
「……なんだこれ。身体の芯から、無駄に力が湧いてきやがる」
俺の周囲に漂っていた赤黒い極道の闘気に、眩いばかりの黄金のオーラがブレンドされ、猛烈な竜巻となって渦を巻いた。
俺が軽く拳を握りしめただけで、大気がバリバリとガラスのようにひび割れる音がする。
「な、なんだあの輝きは……!? 馬鹿な、ただの農家の分際で、魔王すら超える魔力数値を叩き出しているだと!?」
ムカデの上で、魔人ギアンが顔を引きつらせた。
「おい、羽虫」
俺は黄金と赤黒のオーラを纏ったまま、背中の『UR草刈り鎌』をゆっくりと抜き放った。
「俺の畑に湧いた害虫は、根こそぎ駆除する。それだけだ」
その言葉と同時に、少し離れた場所で泥だらけのスーツを着た執事・リバロンが、純白のハンカチで眼鏡を拭きながら狂喜の声を漏らした。
「……あぁ、これこそが究極の戦争経済! アイドルの熱狂によって兵士の限界を突破させ、敵対勢力を一瞬で蹂躙する! 覇王様は、エンタメを最強の軍事力へと変換なさったのだ!」
リバロンがまた勝手に納得して震えているが、今はどうでもいい。
「いけぇぇぇ! ダーリン! 私のスパチャの邪魔をする害虫どもを、一匹残らず消し飛ばしてぇぇっ!」
リーザの絶叫が、畑に響き渡る。
「よし、害虫駆除の時間だ」
俺はUR草刈り鎌の柄を固く握りしめ、数万の巨大害虫の群れに向かって、大地を蹴り飛ばした。
極道の刃が、空を黒く染める蟲どもを、まとめて肥料に変える準備が整った。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




