EP 12
「海と天のトップ降臨。極上カニクリームコロッケ」
「おい、鳥人間。3番の畝の農薬が薄いぞ。もっと均等に散布しろ」
「ハッ! 申し訳ありません、直ちに修正いたします、ボス!」
ポポロ村の極上農園に、平和な朝の風景が広がっていた。
上空では、昨日『堕天』した特級天使セラフとその部下たちが、純白の翼を羽ばたかせながら見事な編隊飛行で農薬を散布している。
地上では、海中国家の将軍ガトーが、上半身裸で汗だくになりながら鍬を振るい、新しい畑を耕していた。
「ダーリンたち、おはよー! 今日もポポロ村は活気にあふれてるわよ! 天使さんも将軍さんも、みーんな私の配信の立派な背景なんだからっ!」
そしてそのど真ん中では、臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、魔導通信石のカメラに向かって強欲なウインクを飛ばし、朝からスパチャを巻き上げている。
「……どいつもこいつも、すっかり農家に馴染みやがって」
俺は麦わら帽子を深く被り、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。
紫煙を吐き出しながら、順調に育つ野菜たちを見渡す。極道農家としてのシノギは、今日も完璧に回っていた。
だが、その平穏は、突如として破られた。
ゴゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!
突然、大地が激しく揺れ、上空の雲が不自然なほど黒く染まり始めた。
空からは、雷鳴とともに目を眩ませるような黄金の光の柱が降り注ぐ。それと同時に、ポポロ村の近くを流れる大河から、天を衝くほどの巨大な『水柱』が竜巻のように立ち上がったのだ。
「な、なんだぁ!?」
ガトーが鍬を落として叫び、上空のセラフたちも強風に煽られて墜落しそうになっている。
光の柱と水柱の中から現れたのは、二人の女だった。
一人は、神々しい金髪をなびかせ、光の衣をまとった豊穣と美の女神・ルチアナ。
もう一人は、煌びやかな珊瑚のティアラを戴き、海水をドレスのように纏った海中国家の女王・リヴァイアサンである。
「「おのれ、下界の罪人(覇王)め!!」」
神と女王。天と海の最高権力者が、全く同じタイミングで声を揃えて怒鳴り込んできたのだ。
「よくも私の可愛い娘をみかん箱に立たせ、下賎な見世物にしたな! 今すぐリーザを返しなさい!」
女王リヴァイアサンが、手にした三叉の矛を突きつけて激怒する。
「貴様ですね! 我が神界の誇る特級天使を農奴に堕とし、天界の信仰(PV)を根こそぎ奪い取ったバグの根源は! 今日こそ貴様のアカウント(命)をデリートしてやります!」
女神ルチアナも、美貌を怒りに歪ませて俺を睨みつけた。
「お、お母様!? それに、神様まで!?」
配信中のリーザが目を丸くしている。コメント欄は『ヤバい! 海の女王と女神が同時にキタ!』『配信のスケールが神話レベルwww』と、さらなる熱狂の渦に包まれ、スパチャが滝のように流れ始めた。
「……あー、五月蝿ぇな。朝っぱらから近所迷惑だぞ」
俺はマルボロの煙を細く吐き出し、ため息をついた。
娘の家出にキレる母親と、部下の不始末にキレる上司。極道の世界でもよくあるクレーム対応だが、ヒステリーを起こした女ほど面倒なもんはない。
「ええい、黙りなさい! 海と天の裁きを同時に受け、その穢れた畑ごと消し飛びなさい!」
「神罰と海嘯のコラボレーションです!」
二人のトップが同時に力を解放した。
ルチアナの放つ『超絶神罰レーザー』と、リヴァイアサンの巻き起こした『大陸を飲み込む大津波』が融合し、一つの巨大な破壊の奔流となって、俺の農園へと襲いかかってきた。
「キャァァァッ! 私の配信機材が流されちゃうぅぅ!」
リーザが悲鳴を上げる。
「極道のルールその六、居る地域は守る対象」
俺は咥えていたマルボロを指に挟み、背中の『URスコップ』を片手で抜き放った。
「俺の手塩にかけた大根畑を、水浸しにされてたまるかよ」
ズォォォォォォォォ……ッ!!
俺の全身から、赤黒い闘気が爆発的に噴き上がる。
迫り来る神罰と大津波の融合攻撃に向かって、俺はただ一振り、スコップを横に薙ぎ払った。
バァァァァァァァァンッ!!
空間そのものが削り取られたかのような轟音。
神のレーザーはあっけなく霧散し、大陸を飲み込むはずだった大津波は、モーゼの十戒のごとく真っ二つに割れて両脇へと逸れていった。
その直後。
割れた津波の中から、トラックほどの大きさがある超巨大なカニ(エンペラー・クラブ)が、俺の目の前にドサァッ! と落ちてきた。
海から水を引っ張ってきたせいで、魔獣まで一緒に流れてきたらしい。
「ば、馬鹿な……!? 神と女王の合体魔法が、ただのスコップ一振りで……っ!」
ルチアナとリヴァイアサンが、信じられないものを見るように目を剥いた。
「よし。ちょうどいいサイズのカニが手に入ったな。お前ら、朝からヒステリー起こして喚いてんのは、腹が減って血糖値が下がってる証拠だ」
俺はピチピチと跳ねる巨大カニの甲羅をスコップの峰で叩き割りながら、二人の女トップを睨みつけた。
「そこに座ってろ。今、極上のモンを食わせてやるからな」
俺は野外調理台に立ち、凄まじい手際で巨大カニの身をほぐし始めた。
カニの殻から濃厚な出汁を取り、スマホ通販で取り寄せた最高級の小麦粉と、極上農園で採れた牛乳、そしてたっぷりすぎるほどの『URバター』を使って、ベシャメルソース(ホワイトソース)を練り上げる。
鍋の中で焦げないように木べらで混ぜ続けると、バターの暴力的な香りと、牛乳の甘み、そしてカニの強烈な旨味が渾然一体となり、ネットリとした黄金色のクリームが完成した。
粗熱を取って俵型に丸め、小麦粉、卵、生パン粉をまぶす。
そして、180度に熱した極上の油の海へ、静かに投下した。
ジュワァァァァァァァァッ!!
「な……っ!? なんなのですか、この匂いは!」
パイプ椅子に無理やり座らされていた女神ルチアナが、鼻をヒクヒクさせて身悶えした。
「神界のネクタルよりも甘く……そして、この油が跳ねる音……私の神聖なる理性が、溶かされていく……っ」
「こ、これは私が呼び寄せたエンペラー・クラブ……。あんな無骨な男が、海の至宝をこんな凶悪な料理に変えるなんて……っ」
女王リヴァイアサンも、ゴクリと生唾を飲み込んでいる。
「お待ちどお。特製・極上カニクリームコロッケだ」
俺はきつね色に揚がった熱々のコロッケを、千切りキャベツを添えた皿に乗せ、二人の前にドンッ! と置いた。
「火傷に気をつけて食いな」
ルチアナとリヴァイアサンは、顔を見合わせた後、抗いきれない食欲に負けてコロッケを手に取った。
そして、小さく口を開け、かぶりつく。
サクッ……トローリ。
「――――ッ!!?」
二人の瞳孔が、限界まで開いた。
完璧な温度で揚げられたパン粉の心地よい食感を破った瞬間。中から、マグマのように熱く、暴力的なまでに濃厚なカニクリームが溢れ出した。
圧倒的なバターのコクと牛乳の甘み。そこに、巨大カニの身から溢れ出る凝縮された海の旨味が加わり、脳の処理能力をはるかに超える『旨味の大津波』が彼女たちの味覚を蹂躙した。
「あ……あひぃぃぃっ!!? な、なにこれぇぇ!?」
豊穣と美の女神ルチアナが、コロッケを持ったままパイプ椅子からずり落ちた。
「あ、あつっ! 熱いのに、止まらないぃぃ! 衣がサクサクで、中のクリームが私の舌をドロドロに溶かしていくぅぅ! 神界の果実なんか目じゃない! 私、このクリームの海で溺死したいぃぃっ♡」
「いやぁぁぁっ! お口の中で、カニさんがバターと一緒に狂喜乱舞しているわぁぁ!」
海の絶対者であるはずの女王リヴァイアサンも、ティアラを落として地面を転げ回っている。
「私、海の中で生魚ばっかり食べてたのが馬鹿みたい! 油で揚げるって、こんなに罪深くて素晴らしい魔法だったのね! もう海には帰らない! ここで毎日、揚げ物を食べて太るぅぅっ♡」
悶絶、語彙崩壊、そして完全なる恍惚。
ほんの数分前まで世界を滅ぼそうとしていた天と海のトップは、顔をソースとクリームだらけにしながら、残りのコロッケを奪い合うように貪り食い始めた。
「こら、海産物! その最後の一個は私のものです!」
「黙れハト女! カニは元々私の海のものよ! 私が食べるの!」
「……お前ら、少しは落ち着いて食え」
俺は呆れ果てながら、真鍮製のライターを鳴らしてマルボロに火をつけた。
少し離れた場所で、泥だらけのスーツを着た執事・リバロンが、純白のハンカチで冷や汗を拭いながらワナワナと震えていた。
「……なんという恐るべき手腕か」
誰に聞かせるでもなく、彼は一人で戦慄の声を漏らす。
「敵の大津波から食材を奪い取り、それを極上の爆弾(揚げ物)に変えて胃袋へ叩き込む。天界の女神と海界の女王すらも、たった一皿の料理で飼い犬へと貶めてしまうとは……! 覇王様こそ、宇宙の理を統べる真の創造主!!」
リバロンは、もはや恐怖を通り越して、熱烈な祈りを捧げるように両手を組んでいた。
「見て見て、ダーリンたち! 女神様とうちのお母様が、コロッケ一個でマジ喧嘩してるわよー! 世界一の放送事故よね! スパチャよろしくーっ!」
リーザがカメラを二人に向けて、ゲラゲラと笑いながら実況を続けている。
『女神がソース顔につけてコロッケ奪い合ってるwww』
『海の女王も完全にポンコツ化してるぞ!』
『覇王の飯、マジで宇宙最強だろ……全財産投げるわ!!』
チャリン、チャリーン! ジャラジャラジャラッ!!
天界のサーバーが完全に悲鳴を上げ、スパチャの雨が降り注ぐ中。
俺の極上スローライフは、神も海も巻き込んで、ますますカオスな大所帯へと膨れ上がっていくのだった。
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