EP 11
「天界からの警告(BAN)。特級天使と極厚ベーコンエッグ」
「おはよー、全世界のダーリンたち! 今日もポポロ村は快晴よ! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザの朝活配信、元気にスタートなんだから!」
マグローザの大宴会から一夜明けた、ポポロ村の極上農園。
臙脂色の芋ジャージを着たリーザは、魔導通信石のカメラに向かってウインクを飛ばし、朝から強欲全開で世界中の視聴者に愛嬌を振りまいていた。
コメント欄には『朝から眼福!』『今日も口座残高を捧げます!』という狂乱のメッセージと、チャリンチャリンというスパチャの音が鳴り止まない。
「……朝っぱらから五月蝿ぇガキだな」
俺は首にタオルを巻き、麦わら帽子を深く被り直しながら、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。
二日酔いで畑の隅に転がっている三国の要人たちや海中国家の兵士たちを跨ぎながら、朝の農作業の準備を進める。
今日は新しく広げた北側の畑に、種を蒔く予定だ。
だが、俺が鍬を手に取ろうとしたその時だった。
――カッ!!
突然、上空の雲が真っ二つに割れ、目が眩むような黄金の光が農園全体を照らし出した。
「な、なに!? 私の美しさに天が嫉妬したの!?」
リーザが芋ジャージの袖で目を覆う。
光の中から現れたのは、純白の翼を生やし、神々しい白銀の鎧を身にまとった数十人の集団だった。
先頭に立つのは、ひときわ巨大な六枚の翼を持つ、金髪の美しい男。その手には、燃え盛る光の剣が握られている。
「……見つけたぞ。世界の法則を乱すバグの根源、そして我らが神界のサーバーを熱暴走させた大罪人よ」
六枚羽の男が、空中に浮かんだまま、俺を見下ろして冷酷な声を響かせた。
「我は神界より遣わされし特級天使、セラフ。貴様のアカウント(命)をこの世界から永久凍結(BAN)しに降臨した!」
セラフが光の剣を掲げると、背後の天使たちも一斉に弓を引き絞り、俺の畑に向けて神聖なる光の矢を構えた。
「……あ?」
俺はマルボロの煙を細く吐き出し、眉間に皺を寄せた。
「おい、鳥人間。コスプレして空飛ぶのは勝手だがな、俺のシマ(畑)にそんな眩しい光を当てんじゃねぇ。ビニールハウスの温度管理が狂うだろうが」
「愚かな下等生物め! 神の裁きを前に、ハウスの温度などと抜かすか! 消え去れ、『天罰の光』!!」
セラフが剣を振り下ろすと、太陽そのものが落ちてきたかのような極太のレーザーが、俺の頭上へと真っ直ぐに降り注いだ。
「だから、五月蝿ぇって言ってんだろ」
俺は背中に背負っていた『URスコップ』を抜き放ち、野球のバットのように軽くスイングした。
カキィィィィィィンッ!!
乾いた金属音が響き渡り、URスコップの平面で弾き返された『天罰の光』は、そのままセラフの顔面を直撃した。
「……へ、ぶっ!?」
セラフは間抜けな声を上げ、きりもみ回転しながら農園の極上腐葉土にドサァッ! と墜落した。
背後の天使たちも「セ、セラフ様ぁぁ!?」と悲鳴を上げ、慌てて地上へと舞い降りてくる。
「いててて……ば、馬鹿な。神の光を、泥にまみれた鉄の板で弾き返すなど……貴様、一体何者だ!」
泥だらけになったセラフが、震える指で俺を指差す。
「ただの農家だ。それよりお前ら、朝っぱらからそんなに殺気立って、腹減ってねぇのか」
俺はURスコップを土に突き刺し、呆れた声で言った。
どんな神聖な存在だろうが、俺から見ればただの腹を空かせたヒョロガリの鳥人間にしか見えない。
極道のルールその一、カタギ(客人)は守る。
「イライラしてんのは、朝飯をちゃんと食ってねぇ証拠だ。そこに座ってろ。胃袋にガツンと来るモンを作ってやる」
「ふ、ふざけるな! 我々高貴なる天使は、神界の清らかなる『神酒』しか口にしない! 下界の穢れた食事など――」
俺はセラフの喚き声をガン無視して、野外調理台に巨大な鉄のフライパン(スキレット)を乗せ、強火にかけた。
取り出したのは、俺の農園で育てた極上の豚から作った『自家製・極厚燻製ベーコン』だ。厚さ三センチはあろうかという肉の塊を、熱したフライパンに放り込む。
ジュワァァァァァァァッ!!
その瞬間、ベーコンの暴力的な脂が溶け出し、スモークウッドの芳醇な香りが爆発的に立ち昇った。
「なっ……なんだ、この目に染みるような強烈な匂いは……っ!」
セラフが翼をバサバサと震わせ、鼻を押さえる。
カリカリに焼き上がった極厚ベーコンを端に寄せ、フライパンに溜まった豚の脂の海へ、URニワトリが産んだばかりの新鮮な卵を二つ、割り入れた。
パチパチと音を立てて白身が焦げ、縁がチリチリのキツネ色に変わっていく。だが、中心の黄金色の黄身は、完璧な半熟のトロトロ状態を保っている。
そこへ、極上の醤油を数滴だけ垂らす。
醤油が熱い脂と交わり、焦げた香ばしさが朝の空気を完全に支配した。
「お待ちどお。特製・極厚ベーコンエッグ・オン・ザ・ライスだ」
炊きたての『米麦草』をよそった丼の上に、分厚いベーコンと、完璧な目玉焼きをドサリと乗せた。
俺がドンッ! とセラフの前に丼を置くと、天使は顔を青ざめさせた。
「こ、こんな脂まみれで、塩気の強そうな下界の汚物……! 口にするだけで、私の純白の羽が穢れてしまう……っ!」
「四の五の言わずに食え。冷めるだろうが」
俺が低くドスを効かせ、微量に赤黒い闘気を漏らすと、セラフはビクッと肩を跳ねさせ、震える手で箸を握った。
恐る恐る、ベーコンと、黄身を崩した目玉焼きを、下のご飯と一緒に口に運ぶ。
サクッ、ジュワァァァ……。
「――――ッ!!?」
セラフの動きが、時を止められたように完全に静止した。
背中の六枚の翼が、衝撃でパァンッ! と弾けるように羽ばたく。
神界の薄味な神酒しか知らなかった天使の味覚に、極限まで燻製された豚の旨味と、暴力的なまでの塩気、そして溢れ出す『脂の暴力』が、隕石衝突のごとき威力を伴って直撃したのだ。
さらに、濃厚な黄身のまろやかさが脂のしつこさを包み込み、醤油の香ばしさを吸った熱々のご飯が、全てを完璧なオーケストラへと昇華させる。
「あ……あひぃぃぃっ!!? な、なにこれぇぇ!?」
特級天使セラフは、箸を持ったまま地面に膝から崩れ落ちた。
「あ、脂がっ! 豚の脂が、私の清らかなる魂をドス黒く染め上げていくぅぅ! しょっぱくて、香ばしくて、卵の黄身がお米の一粒一粒に絡みついて……脳みそが、脳みそが弾け飛ぶぅぅぅ!」
ガツガツ、ハフッ、ムシャムシャ。
高貴な天使の面影など一秒で吹き飛び、セラフは顔を卵の黄身と醤油だらけにしながら、一心不乱に丼にがっついていた。
「しゅごいっ! 神界の神酒なんか、ただの薄味の泥水じゃないか! 下界には、こんなにも罪深く、悪魔的な食べ物があったなんて……っ! あはぁっ♡ 私、もう天界には帰らない! 堕天して、このお肉と卵の奴隷になりますぅぅっ!」
語彙力を完全に喪失し、恍惚とした表情で空になった丼を舐め回すセラフ。
その背後で見ていた部下の天使たちも、「我々にもその罪深き餌を与えてくださいぃぃ!」と、涙を流しながら俺に土下座を始めていた。
◇ ◇ ◇
その信じられない光景を、少し離れた場所から静かに見つめている男がいた。
三つ揃えの高級スーツを着込んだ人狼族の執事、リバロンである。彼は純白のハンカチで冷や汗を拭いながら、主の恐るべき所業に打ち震えていた。
(……なんという、悪逆非道にして完璧な精神汚染)
神に仕える純潔なる天使たち。彼らを武力で打ち倒すことは、天界との全面戦争を意味する。
だが、龍魔呂は違った。
彼は天使たちを殺すことなく、その純白の魂に『豚の脂と塩気』という原罪を直接叩き込み、彼らの味覚とアイデンティティを根底から破壊したのだ。
もはや彼らは、天界の薄味な食事には絶対に戻れない。豚の脂なしでは生きていけない『堕天使(メス豚)』へと成り下がってしまったのである。
(天界の刺客すらも、たった一杯の朝飯で己の軍門に下らせる。覇王様は、地上のみならず、天の法則すらもその胃袋でねじ伏せようというのか……!)
リバロンは泥だらけのスーツのまま、神をも超える存在となった己の主に対し、狂信的なまでの忠誠を誓い直していた。
さらに恐ろしいことに、この天使たちの陥落(堕天)の様子は、リーザの魔導カメラを通じて、ゴッドチューブで全世界へと生配信されていた。
遠く離れた宿屋で画面を見ていた勇者ゼロスは、神界の最強戦力が『ただのベーコンエッグ』に泣き叫んで降伏する姿を見て、「もう俺、勇者やめるわ……」と完全に心が折れ、布団を被って引きこもってしまったのである。
◇ ◇ ◇
「ぷはぁ、食った食った。やっぱり朝はベーコンエッグに限るな」
俺は自分の分の丼を平らげ、熱い緑茶をすすった。
周囲では、特級天使セラフとその部下たちが、満腹の多幸感に包まれて「あはぁ……豚さん最高ぉ……」と地面でだらしなく溶けている。
「おい、鳥人間ども。食ったからには働いてもらうぞ」
俺は空の丼を片付けながら、天使たちに声をかけた。
「お前ら、羽が生えてて空飛べるんだろ? ちょうど上空から肥料と農薬を散布したかったんだ。今日からお前らは、俺のシマの『空中散布部隊』だ。しっかり働けよ」
「ハッ! ベーコンエッグのためなら、この翼、農薬まみれになろうとも構いません!」
セラフが泥だらけの顔で、見事な敬礼を放った。
「おじしゃまー! 天使さんたちもコラボしてくれて、今日の配信も大バズりよ! スパチャが止まらないわ!」
リーザが芋ジャージ姿で飛び跳ねて喜んでいる。
「おう。稼いだ金はちゃんと貯金しとけよ」
俺はマルボロの煙を吐き出しながら、青く晴れ渡った空を見上げた。
天界からの刺客すらも農協の若手に加えてしまった俺の極上スローライフは、まだまだ果てしなく続いていくのだった。
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