EP 10
「ハゲたぬきのポンポコ節と、天界の焦り」
「おらっ! 海からの客人だ、遠慮せずにガンガン食え! 今日はマグロ尽くしの大宴会だぞ!」
巨大ビニールハウスの前に、猛烈な炭火の熱と、魚の脂が焦げる香ばしい匂いが充満していた。
空挺マグローザの襲撃を返り討ち(三枚おろし)にした日の夜。俺は特大のドラム缶コンロを引っ張り出し、マグロの頭を丸ごと豪快に焼き上げる『カブト焼き』を仕込んでいた。
極上の腐葉土から採れた巨大なネギと一緒に煮込んだ『ネギマ鍋』や、大トロ部分をバーナーで炙り、岩塩と柑橘の果汁でさっぱりと仕上げた『大トロの炙り刺し』が、テーブルの上に所狭しと並んでいる。
「う、うおおぉぉっ! これが、あの凶悪なマグローザの頭だというのか!?」
昼間に俺のヅケ丼で完全に胃袋を掴まれた海中国家の将軍ガトーが、カブト焼きの巨大な目玉の周りの肉を箸でほじくり出し、口に放り込んだ。
「――――ッ!!?」
ガトーの目が、頭頂部まで突き抜けんばかりに見開かれた。
「あひぃぃっ! と、トロけるぅぅ! ゼラチン質のコラーゲンと、脳天の脂が、炭火の香ばしさを纏ってお口の中で爆発しているぅぅ!」
ガトーは涙と鼻水を流しながら、テーブルをバンバンと叩いて悶絶した。
「我が国の女王陛下すら食べたことのない、絶対的な美味……! 覇王様! 私、もう海には帰りません! ここで一生、あなたの焼いた魚の頭をしゃぶって生きていきますぅぅっ!」
「ワォォォォォンッ! この大トロの炙りもヤバいぞぉぉ!」
すっかり農夫として定着したレオンハートの獣人ハガルが、大トロを口に入れて遠吠えを上げている。
「脂が! 獣の肉とは違う、サラサラとした上品な脂が舌の熱で溶けていくぅぅ! 岩塩のしょっぱさと柑橘の酸味が、無限に食欲を刺激するんだぁぁっ♡」
ルナミス帝国のキュロスも、アバロンのルーベンスも、もはや誰がどこの国の要人か分からないほどに泥酔し、肩を組んで「覇王様、万歳!」と狂乱の宴を繰り広げている。
「ぷはぁっ」
俺はパイプ椅子に深く腰掛け、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。
平和なご近所付き合い(宴会)だ。獲れたての食材をみんなで囲み、美味い酒を飲む。これこそが、極道農家のスローライフの醍醐味ってもんだ。
「おじさん! 今日は最高のご飯と、私の配信の護衛、本当にありがとう!」
宴もたけなわとなった頃、臙脂色の芋ジャージを着たリーザが、ほろ酔い顔(飲んでいるのはリンゴジュースだが)で俺の前にやってきた。
昼間の配信でのスパチャの嵐によって、彼女の口座には一生遊んで暮らせるほどの金額が振り込まれたらしい。だが、貧乏性が抜けないのか、相変わらずダサい芋ジャージと健康サンダルのままだ。
「おう。家賃も無事に払えそうだし、良かったな。だが、浮かれてタダ飯食らいのニートに戻るんじゃねぇぞ」
「もー! そんなことしないわよ! 私は世界を救うアイドルなんだから!」
リーザは胸を張り、えへへとだらしなく笑った。
「でもね、今日は特別! おじさんとみんなに、私から最高のお礼のパフォーマンスを見せてあげるわ! ミュージック、スタート!」
リーザはみかん箱のステージに駆け上がると、あろうことか『五円玉』を二枚取り出し、自分の両方の鼻の穴にスポッ! と詰め込んだ。
「……は?」
俺は咥えていたマルボロを落としそうになった。
人魚姫で、世界中からスパチャを巻き上げたトップアイドルが、鼻に小銭を詰めている。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン〜!」
リーザは鼻声を響かせながら、ジャージをまくり上げて自分の白いお腹をポンポコと叩き始めた。
「♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
「お前、アイドルが人前で何やってんだ!」
俺のツッコミなど意に介さず、リーザは満面の笑みで腹鼓を打ち、お尻をフリフリと振っている。
ルナミス帝国のシェアハウスで極貧生活を送っていた時、ご近所の寄り合いで教え込まれたという、伝統的な宴会芸『ハゲたぬきのポンポコ節』だ。
「ソレ! ヨイヨイ!」
「ア、ドッコイ!」
驚くべきことに、泥酔した三国の要人たちや海中国家の兵士たちが、リーザのポンポコ節に合わせて手拍子を打ち、大合唱を始めてしまった。
キャルルは「リーザちゃん……もうお嫁にいけないわね」と遠い目をし、ルナは「たぬきさんだー!」と喜んで飛び跳ねている。
そして何より恐ろしいのは、この光景が『ゴッドチューブで全世界に生配信されたまま』だったことだ。
ニャングルが切り忘れていた魔導通信石のカメラが、鼻に五円玉を詰めたアイドルの姿と、その背後でカブト焼きを喰らう覇王の姿を、しっかりと捉え続けていたのである。
◇ ◇ ◇
遥か上空。雲海を越えた先にある、神界の管理センター。
全宇宙のエンタメと信仰(PV)を管理する『ゴッドチューブ』の中枢サーバー室で、天界の神々は顔面を蒼白にしてディスプレイを見つめていた。
「ル、ルチアナ様! ダメです、アナステシア大陸のサーバーが熱暴走を起こしています! 同時接続数とスパチャのトラフィックが、神界の処理上限を完全に突破しました!」
下級神のオペレーターが、悲鳴を上げながら計器を叩く。
「どういうことなの!? たかが下界の一つの星で、なぜこんな天文学的な数字が叩き出されているのよ!」
豊穣と美の女神ルチアナは、自らの金髪を振り乱しながらメインモニターを睨みつけた。
そこに映し出されているのは、鼻に五円玉を詰めて腹を叩く芋ジャージの少女と、その背後で煙草を吹かしながらマグロを焼いている巨漢の男だ。
「し、信じられません! この『ハゲたぬきのポンポコ節』という謎の儀式によって、視聴者の脳内麻薬が限界まで分泌され、『可愛さと狂気のギャップがヤバい』と、さらにスパチャが倍増しています!」
「馬鹿な……っ! 神である私たちが何百年もかけて集めた信仰(PV)を、たった一日の配信で、しかも鼻に小銭を詰めた芸で超えるというの!?」
隣にいた武神オリンも、冷や汗を流しながら震える声で言った。
「ルチアナよ。問題はあの少女だけではない。背景にいるあの男……龍魔呂とかいう農家だ。あいつの放つ『赤黒いオーラ』と『圧倒的な飯の暴力』が、画面越しに視聴者の無意識(生存本能)を支配しているのだ。あの男の存在自体が、世界の法則をバグらせる特異点となっている!」
神々は、震える手で互いの顔を見合わせた。
このままでは、天界の経済システムそのものが、下界の一農家と一人の地下アイドルによって完全に崩壊してしまう。
「……こうなったら、直接介入するしかないわね」
ルチアナは、神としての威厳を取り戻し、冷酷な目でモニターの中の龍魔呂を指差した。
「あの『覇王』と呼ばれるイレギュラーを、天界の力で直接排除(BAN)するわ。特級天使の討伐部隊を編成しなさい!」
神界の静かなる怒りと焦りが、頂点に達しようとしていた。
◇ ◇ ◇
「♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜! ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!」
「うおおぉぉっ! リーザちゃん最高ぉぉっ!」
「覇王様、万歳! 芋ジャージ、万歳!」
ポポロ村の極上農園では、世界が滅亡の危機に瀕していることなど露知らず、狂乱の大宴会が夜更けまで続いていた。
「……ったく、どいつもこいつも馬鹿騒ぎしやがって」
俺は空になったビール缶をゴミ箱に放り投げ、パイプ椅子から立ち上がった。
まぁ、美味い飯と笑い声があるなら、それはそれで極上スローライフの形だ。
「おい、明日は早起きして畑に新しい肥料を入れるぞ。二日酔いで遅刻した奴はメシ抜きだからな」
俺の言葉に、兵士たちから「ハハァーッ!」と最敬礼が返ってくる。
明日もまた、平和な農作業が始まる。
まさか天界の神々が、俺のアカウント(命)を直接BANしに降臨してくることなど、俺の常識的な頭では予想もつかないことだった。
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