EP 9
「海からの刺客。空飛ぶマグロと極上ヅケ丼」
「……見えたぞ。あれが忌まわしき覇王の要塞、ポポロ村か」
上空数千メートル。
雲を突き抜けてポポロ村の上空へと現れたのは、巨大なヒレを羽ばたかせて空を泳ぐ、全長数十メートルの魔獣『空挺マグローザ』の群れだった。
その先頭を泳ぐ特大のマグローザの背に立ち、眼下の農園を睨みつけているのは、海中国家シーランの近衛将軍ガトーである。
彼は女王リヴァイアサンの悲痛な命を受け、洗脳されたリーザ姫を救出するために、精鋭の海獣部隊を率いてやってきたのだ。
「将軍! 見下ろしてください! 姫様が……姫様が、泥だらけのジャージ姿で、みかん箱の上に立たされております!」
副官の悲鳴のような報告に、ガトーは魔導双眼鏡を覗き込んだ。
そこには、強風が吹き荒れる中、涙目で歌い踊るリーザ姫の姿があった。
そしてガトーの視線は、姫のすぐ背後――テントの支柱を固定している『尋常ではないサイズの純金塊』に釘付けになった。
「……おのれ、覇王めッ!!」
ガトーは血の涙を流し、拳を強く握りしめた。
「姫の背後に国家予算レベルの金塊を置き、『お前はこの黄金の鎖に縛られた奴隷だ』と、全世界に見せつけているのだな! なんという悪逆非道! 海中国家の誇りにかけて、今すぐあの覇王を討ち取り、姫を奪還するのだ!」
ガトーの号令とともに、数百匹のマグローザが牙を剥き出しにし、弾丸のような速度でポポロ村の農園へと急降下を開始した。
◇ ◇ ◇
「あかーん! 兄さん、空からでっかい魚の魔獣が降ってきたで! このままやと配信機材がペチャンコや!」
ゴルド商会のニャングルが、黄金の算盤を盾にして悲鳴を上げている。
「ちょっとぉ! 今、一番スパチャが飛び交う最高のサビの途中だったのにぃ!」
みかん箱の上に立っていたリーザも、空を覆い尽くす巨大なマグロの群れを見て、烈火の如く怒り狂った。
「私の稼ぎを邪魔する奴は、海中国家の兵士だろうが許さないんだから! ダーリン! あいつら、サクッとやっつけちゃって!」
リーザは人参マイクを空に向け、怒りに身を任せて『Love & Money』のサビを絶叫した。
『世界中が私の為に愛を叫ぶ! 全部抱きしめるわ!』
『貴方の全てを背負って生きていけるぅぅ〜!』
――ピカァァァァァァッ!!
その瞬間、リーザの歌声から黄金色の粒子が溢れ出し、パイプ椅子に座っていた俺の身体を包み込んだ。
人魚姫の真の力。対象のステータスを青天井に引き上げる、奇跡のバフ魔法である。
「……なんだこのピカピカしたの。パチンコ屋のネオンサインみたいで鬱陶しいな」
俺は全身から黄金のオーラと赤黒い闘気を混ざり合わせながら、面倒くさそうに立ち上がった。
空からは、口を大きく開けた巨大マグロが、俺たちを丸呑みにしようと迫ってきている。生臭い潮の匂いが、俺の手塩にかけた極上農園に撒き散らされていた。
「極道のルールその六、居る地域は守る対象。……俺の畑に、魚の生臭い血をこぼすんじゃねぇぞ」
俺は腰のベルトから『UR草刈り鎌』を抜き放った。
柄を逆手に握り、膝を深く曲げる。
「空飛ぶ魚ってことは、運動量も豊富で鮮度は抜群だな。ちょうど昼飯に、海鮮が食いたかったところだ」
ズドォォォォォォォォンッ!!
大地が爆発したかのような踏み込み。
俺はバフによって極限まで跳ね上がった身体能力を解放し、空中のマグローザの群れに向かって、一気に跳躍した。
「極道流・解体ショーだ」
空中で、UR草刈り鎌の刃が煌めいた。
赤黒い闘気の斬撃が、網の目のように上空を覆い尽くす。
巨大なマグローザたちは、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にしてエラ、内臓、中骨を完璧に抜き取られ――空中で『美しいルビー色の切り身』へと解体されていった。
血の一滴すら畑に落とさない、神業の如き三枚おろしである。
「ば、馬鹿なッ!? 我が軍の誇る重装甲マグローザが、ただの草刈り鎌で……っ!」
先頭のマグローザごと解体され、空から真っ逆さまに落ちてきた将軍ガトーは、受け身を取りながら信じられない光景を目にしていた。
空から降ってくるのは、血肉の雨ではない。スーパーの鮮魚コーナーに並ぶような、完璧に切り分けられた極上のマグロのサクだったのだ。
「よし、大漁だ。リバロン、受け皿を用意しろ」
「ハッ! 直ちに!」
地上に着地した俺の号令に合わせ、リバロンが巨大なタライを持って走り回り、降ってくる切り身を次々とキャッチしていく。
「おのれ、覇王め! よくも我が精鋭たちを刺身にしてくれたな! このガトーが、姫様の無念を晴ら――」
剣を抜いて突進してこようとしたガトーの口に、俺はドカッ! と『巨大な丼』を押し込んだ。
「あ?」
ガトーの動きが、ピタリと止まった。
「四の五の言ってねぇで、鮮度が落ちる前に食え。俺のシマを荒らした詫びは、残さず食うことで許してやる」
俺が突き出したのは、たった今空中で解体したばかりの空挺マグローザの切り身を、特製の『ニンニク醤油ダレ』にサッと漬け込み、炊きたての熱々のご飯(米麦草)の上に山盛りにした『極道特製・マグロのヅケ丼』だった。
普通の海鮮丼なら酢飯を使うが、マグロの濃厚な脂を溶かして食うなら、熱々の白飯に限る。仕上げに、畑で採れた青ネギと胡麻をたっぷりと散らしてある。
「な、なんだこれは……。私に毒を食えと言うのか……っ!」
ガトーは丼を押し付けられたまま、ワナワナと震えた。
だが、ニンニクの効いた甘辛い醤油ダレの香ばしさと、熱々の米の湯気が、彼の理性を一瞬で焼き切った。
「もぐっ……」
たまらず一口、ヅケマグロとご飯を掻き込んだ瞬間。
ガトーの瞳孔が、限界まで開いた。
「――――ッ!!?」
ねっとりとしたマグロの赤身が、熱いご飯の熱でほんのりと溶け出し、極上の脂の甘みを舌の上に爆発させる。
そこへ、ニンニク醤油の暴力的なパンチ力が容赦なく襲いかかり、海獣特有の臭みを完全に消し去って、無限に米を欲する悪魔のサイクルへと彼を引きずり込んだ。
「あ……あひぃぃぃっ!!? な、なにこれぇぇ!?」
将軍ガトーは、剣を放り捨ててその場に泣き崩れた。
「ま、マグロが……お口の中で溶けるぅぅ! ニンニクの香りが、海の幸を陸の暴力に変えてりゅぅぅ! お米が、熱々のお米が止まらないぃぃっ!」
もはや自分が姫を救出に来た将軍であることなど完全に忘れ去り、彼は顔をご飯粒と醤油だらけにしながら、一心不乱にヅケ丼を掻き込んでいる。
「しゅごいっ! 我が国の宮廷料理でも、こんな悪魔的なドンブリは食べたことない! もう国になんか帰りたくない! ここで一生、お魚を食べて暮らすぅぅっ♡」
語彙力を完全に喪失し、恍惚とした表情で丼を舐め回す将軍。
その横では、バフをかけ終えたリーザもまた、自分用の巨大なヅケ丼を抱え込んでいた。
「んんんっ! お肉もいいけど、お魚も最高ぉぉ! 私、やっぱりアイドルやめておじさんの畑で海鮮丼屋さんになるぅぅ!」
「……お前ら、食うたびに人生設計変えるのやめろ」
俺は呆れながら、自分用のヅケ丼に箸を伸ばした。
空飛ぶマグロは適度に身が引き締まっていて、確かに極上の味わいだ。
◇ ◇ ◇
平和な昼食の風景。
だが、その一部始終――「空飛ぶマグロの群れをスコップで空中で三枚おろしにし、敵の将軍にヅケ丼を食わせて洗脳(陥落)させた」という信じられない映像が、魔導配信を通じて『全世界へ生放送されていた』という事実を、俺はすっかり忘れていたのである。
『……おい、見たか今の』
『覇王、空飛んでる魔獣を一瞬で刺身にしたぞ……』
『しかも、あんな凶悪な海獣を、美味そうなドンブリに変えやがった……!』
『胃袋だ……! 覇王は武力でねじ伏せるだけじゃなく、どんな敵でも「飯の美味さ」で強制的に味方に引き入れてしまうんだ!』
『逆らえば刺身! 従えば極上の飯! これが覇王の絶対支配かぁぁぁっ!』
チャリン、チャリーン! ジャラジャラジャラッ!!
画面を覆い尽くすほどのスパチャの嵐が、再び巻き起こった。
ゴルド商会の算盤が火を噴き、天界のシステムすらもバグり始める中、俺はマイペースに熱いお茶をすすっていた。
「食った食った。午後からは、残った魚の骨で極上の魚粉(肥料)を作るぞ」
極道農家のスローライフは、今日も全くブレることはなかった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




