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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 8

「テントの重石は純金100キロ。狂乱の配信ライブ」

 ビュォォォォォォォッ!!

 ポポロ村の極上農園に、朝から容赦のない強風が吹き荒れていた。

 今日は、芋ジャージの人魚姫・リーザの『ゴッドチューブ公式初ライブ』の日だ。ゴルド商会のニャングルが総力を挙げて手配した特設の野外テントと、魔導通信石のカメラ機材が畑のど真ん中にセットされている。

 だが、この強風のせいでテントの支柱がバタバタと煽られ、今にも空の彼方へ飛んでいきそうになっていた。

「あかーん! 兄さん、このままやとテントが飛んでまうで! これじゃ放送事故や!」

 ニャングルが黄金の算盤を抱きしめ、風に吹き飛ばされそうになりながら叫ぶ。

「そんなぁっ! せっかくの私の晴れ舞台なのにぃ! 世界中のダーリンたちがお財布を開いて待っててくれてるのにぃぃっ!」

 リーザも芋ジャージの裾を必死に押さえながら、涙目で抗議の声を上げている。

「朝っぱらから五月蝿ぇな。テントが飛ぶなら、重石おもしをすりゃいいだろうが」

 俺は麦わら帽子が飛ばないように手で押さえながら、ため息をついた。

 風が強い日の農業なんてのは、日常茶飯事だ。ビニールハウスの補強と同じ要領で、風上に重しを置けばいいだけの話である。

「そうは言うても、兄さん! この暴風を抑え込めるような手頃な重石なんか、その辺に転がってまへんて!」

「あるだろ。ちょうどいいサイズの『漬物石』がよ」

 俺は真鍮製のライターをポケットに突っ込み、ビニールハウスの裏手へと回った。

 以前、ルナの実家(世界樹)から「毎月のお小遣い」として送られてきた、あの厄介なシロモノだ。市場に流せばハイパーインフレを引き起こすため、俺が『大根の漬物用の重石』として地下に塩漬けにして埋めていたやつである。

 俺はURスコップで地面を軽く掘り返し、土と塩にまみれた『それ』を片手で軽々と引き抜いた。

「……よし。洗えばまだまだ使えるな」

 俺は井戸の水でその塊の汚れを洗い流すと、ドンッ! とテントの風上にある一番重要な支柱の根元へ置いた。

 ロープでしっかりと縛り付けると、暴れ馬のように揺れていたテントが、ピタリと動きを止めた。

「ほら見ろ。これで飛ばねぇだろ」

 俺が手をパンパンと払うと、ニャングルがテントの足元に置かれた『重石』を見て、目を剥いて硬直した。

「に、兄さん……それ、前にルナ嬢ちゃんが持ってきた……!」

「あぁ。百キロの純金だ。重さといい形といい、テントの重石には完璧だろ」

「ひ、ひぃぃぃっ! 国家予算レベルの金塊を、ただのテントの重石に……っ!? ワテ、そんな恐ろしいモンが足元にある思うたら、震えが止まらへんわ!」

「大げさな野郎だな。金なんて、使わなきゃただの重たい石っころだ。ほら、風が収まってる間に、とっとと配信の準備を済ませろ」

 俺はパイプ椅子にどっかりと腰を下ろし、マルボロに火をつけた。

 紫煙が風に乗って流れていく中、ニャングルは冷や汗を流しながら震える手で魔導通信石のスイッチを入れた。

「こ、公式初ライブ、配信スタートやぁ……っ!」

 空中にホログラムのカメラが展開され、リーザを捉える。

「はい、全世界のダーリンたち! お待たせしましたぁ! 絶対無敵の地下アイドル、リーザのライブが始まるわよーっ!」

 リーザは強風で芋ジャージをはためかせながら、マイク代わりの泥付き人参を握りしめ、強欲全開の『Love & Money』を歌い始めた。

『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ 貴方のとキャッシュで生きていけるぅぅ〜!』

『全部手に入れるわ! 夢も金貨も輝くもの!』

 彼女の人魚姫としてのバフ効果(洗脳の魔力)が乗った歌声は、通信網を通じて全世界の視聴者の脳髄を直接殴りつけていく。

 だが、今回の配信で世界中を狂乱させたのは、彼女の歌声だけではなかった。

 遠く離れた勇者の村。

 高級宿屋のスイートルームで、白金色の鎧を着た勇者ゼロス・ディバインは、己の持つスマートフォンで配信画面を睨みつけていた。

「チッ、どこのポッと出の地下アイドルか知らねぇが、調子に乗りやがって。俺の課金スキル【マネー】で、圧倒的な資金力スパチャを見せつけて、こいつの配信を乗っ取ってやるぜ」

 ゼロスはニヤリと邪悪に笑い、課金ボタンに指を伸ばした。

 だが、その指は画面に触れる寸前で、ピタリと止まった。

「……おい。なんだ、あれ」

 ゼロスの視線は、画面の中で踊るリーザではなく、その後ろ——テントの支柱の根元に釘付けになっていた。

 太陽の光を反射し、暴力的なまでの輝きを放っている巨大な直方体。

 それはどう見ても、メッキなどではない。純度100パーセントの純金。しかも、大人が両手で抱えるほどの尋常ではないサイズだ。

「じゅ、純金だと!? あのサイズ……少なく見積もっても百キロはあるぞ!? 小国の国家予算を丸ごと持ってきたような額じゃねぇか!」

 ゼロスだけではない。

 世界中のゴッドチューブ視聴者たちが、その異常な光景に気づき、コメント欄が滝のような速度で流れ始めた。

『おい見ろ! テントの足元にあるの、全部金塊だぞ!?』

『嘘だろ!? ただのテントの重石に、純金百キロを使ってるのか!?』

『この前、背景で山を消し飛ばしてた覇王のシマだろ!? 武力だけじゃなくて、資金力も無限大ってことかよ!』

『俺たちの投げてるスパチャなんて、あの覇王からしたら、その辺に落ちてるゴミ以下の価値しかねぇってことか……!』

 その事実が、視聴者たちの心を完全にへし折った。

 と同時に、彼らの脳内で『極限の勘違い』が連鎖爆発を起こしたのである。

『いや、待て! これは覇王からのテストだ! 「俺はこの程度の金、重石にしか使わない。お前らの忠誠心スパチャはいくらだ?」って脅されてるんだ!』

『ひぃぃぃっ! 俺の全財産持っていってくれ! だから命だけはぁぁ!』

『覇王様! リーザ様! どうか我々から搾取してくださいぃぃ!』

 チャリン、チャリーン! ジャラジャラジャラッ!!

 画面が、金貨のエフェクトで完全に埋め尽くされた。

 先日の「岩山粉砕」の恐怖と、今回の「圧倒的な財力の誇示」が完璧な掛け算となり、世界中の視聴者が狂乱状態に陥ったのだ。

 彼らは命乞いをするように、己の全財産をスパチャとして画面に投げつけ始めたのである。

「ば、馬鹿な……っ!」

 勇者ゼロスは、スマートフォンの前でガクンと膝をついた。

「俺のスキル【マネー】は、あくまで常識の範囲内の資金を操るものだ……。だが、あんな国家予算レベルの金塊を『ただの重石』として使うような化け物に、金で勝てるわけがねぇ……っ!」

 最強の課金勇者は、覇王の底知れぬ財力を前に、完全に心をへし折られてしまった。

 一方、配信現場のテントの裏側。

 三つ揃えのスーツを着た執事・リバロンが、純白のハンカチで冷や汗を拭いながら、一人で深く頷いていた。

「……完璧だ。大衆の前で、あえて無造作に『富の暴力』をひけらかす。これを見た愚民どもは己の矮小さを悟り、もはや反逆する気すら失い、ただひたすらに搾取されることを喜ぶようになる。覇王様、あなたの経済支配の深淵……もはや神すらも及ばない!」

「ぷはぁ」

 俺はパイプ椅子に座り、コーヒーを一口飲んだ。

「お、風が収まってきたな。やっぱり重めの漬物石を置いといて正解だったぜ」

 俺の呟きは、誰の耳にも届くことなく風に溶けていった。

「に、兄さん! スパチャの額が、ゴルド商会の計算システムの上限を突破しそうや! こりゃ大陸の経済がひっくり返るでぇ!」

 ニャングルが白目を剥きながら叫んでいる。

「おう、そりゃ良かったな。これで芋ジャージの家賃も払えるだろう」

 俺はのんきに煙草の煙を吐き出しながら、ふと、空の彼方へ視線を向けた。

 ポポロ村のすぐ近くを流れる大河の向こう――海の方角から、黒い雨雲のような『巨大な影の群れ』が、猛烈な速度でこちらへ向かって飛んでくるのが見えたからだ。

「……ん? なんだあのでかい魚の群れ。空飛んでんのか?」

 よく見れば、それはマグロを数十倍に巨大化させ、凶悪な牙を生やしたような魔獣の群れだった。

「おじしゃまぁ、あれ何ー?」

 ルナが角砂糖を舐めながら、無邪気に指を差す。

「さぁな。だが、明日のオカズが向こうから泳いできやがったみたいだな」

 俺は傍らに置いていたURスコップを手に取り、ゆっくりと立ち上がった。

 極上の海鮮丼にするか、それともカブト焼きにするか。

 俺の農園の平和を乱す客には、極道の流儀で手厚く「料理」してやるのが礼儀ってもんだ。

お読みいただきありがとうございます!


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