EP 7
「雑草サラダ vs ドカ盛り極上カツ丼」
「だーかーら! スパチャでお金はたくさん入ったけど、これは全部『万が一の時のための貯金』と『新しい衣装代』なの! 食費に回す余裕なんて、一ミリもないんだから!」
巨大ビニールハウスの前。
臙脂色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザは、拾ってきた空き瓶に入れた『雑草』に、どこからかもらってきたマヨネーズの小袋を絞り出しながら、声高に主張していた。
「見てなさい! この『その辺の草マヨ和え』こそ、地下アイドルを支える究極の節約・美容食よ! お金持ちになったからって贅沢してたら、すぐにまたパンの耳生活に逆戻りなんだから!」
リーザは得意げに胸を張り、マヨネーズまみれの雑草を口に運ぼうとする。
俺はパイプ椅子から立ち上がり、リーザの首根っこを掴んで雑草の入った空き瓶を取り上げた。
「あっ!? 私のランチが!」
「五月蝿ぇ。口座に山ほど金が入ってんのに、その辺の草食って腹満たすバカがどこにいる。貧乏性が骨の髄まで染み付いてやがるな」
極道のルールその一、カタギは守る。そして、女子供にひもじい思いはさせない。
俺のシマ(畑)で、身内のガキが草を齧っているなんて、俺の極道としての矜持が許さねぇ。
「いいか。人間ってのはな、美味い飯を腹いっぱい食うために働いてんだ。金ってのはそのために使うモンだ。……そこに座ってろ。今、お前のその貧乏くせぇ胃袋を、油とカロリーの暴力で完全に書き換えてやる」
俺は腕まくりをして、野外調理台の前に立った。
スマホ通販で取り寄せたのは、分厚くカットされた『極上黒豚のロース肉』だ。まな板に肉を置き、包丁の背でトントンと叩いて筋を切る。こうすることで、揚げた時に肉が縮まず、信じられないほど柔らかく仕上がる。
両面に軽く塩胡椒を振り、小麦粉、卵、そして『生パン粉』をたっぷりとまぶす。
「ひっ……! お、お肉を、そんなに分厚いお肉を、油の海に沈める気……!?」
パイプ椅子に座らされたリーザが、震える声で鍋を指差した。
鍋の中では、極上のラード(豚脂)が180度の完璧な温度で熱せられていた。
俺は衣を纏った分厚い豚ロースを、静かに油の海へと滑り込ませる。
ジュワァァァァァァァァァッ!!
暴力的なまでの爆音が弾け、香ばしい油の匂いが一気に立ち昇った。
ラードの持つ濃厚なコクが衣に染み込み、豚肉の旨味を内側に閉じ込めていく。きつね色に揚がったトンカツを引き上げ、ザクッ! と包丁を入れる。
断面からは、ほんのり桜色の肉汁がキラキラと溢れ出していた。
「こっからが本番だ。よく見とけ」
俺は浅い鍋(親子鍋)に、鰹と昆布の合わせダシ、醤油、砂糖、みりんを合わせた『特製・甘辛ダレ』を煮立てた。そこへ、極上農園で採れた『賢者モードのたまんネギ』の薄切りを投入する。
ネギが甘いダシを吸ってしんなりとしたところに、先ほど揚げたばかりのトンカツをドサリと乗せる。
グツグツ、ジュワァァァ……!
「あぁ……っ、ダメ……! アイドルはカロリーを控えなきゃいけないのに、匂いが……甘くてしょっぱい、悪魔みたいな匂いが……っ!」
リーザがウサギのように鼻をヒクヒクさせ、パイプ椅子の上で身悶えしている。
仕上げだ。
新鮮な卵を二つ、ボウルで軽く溶く。白身と黄身が完全に混ざりきらない、絶妙な粗さがカツ丼の命だ。
煮立つ鍋に、溶き卵を『の』の字を書くように回し入れる。蓋をして、数秒。
卵が半熟のトロトロ状態になった瞬間に火を止め、炊きたての『米麦草』を山盛りにした巨大な丼の上に、一気にスライドさせた。
ズルゥンッ……。
熱々のご飯の上に、甘辛いダシを吸ったトンカツと、黄金色に輝くトロトロの卵が完璧な着地を決めた。
最後に、青々とした三つ葉を散らして完成だ。
「お待ちどお。極道特製・ドカ盛り極上カツ丼だ。草なんか忘れて、思い切り掻き込みな」
俺がドンッ! と巨大な丼をテーブルに置くと、リーザは完全に瞳孔を開き、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「こ、こんなカロリーの塊……食べたら、私、もう元の身体(体重)には戻れない……っ! でも、でもぉ!」
理性の堤防が、たった一秒で決壊した。
リーザは箸をひったくるように手に取り、分厚いカツと、ダシの染みたご飯を一緒に持ち上げ、小さな口を限界まで開けてかぶりついた。
サクッ……ジュワァァァァァ……。
「――――ッ!!?」
リーザの動きが、落雷に撃たれたようにフリーズした。
水色の髪の奥にあるエラ飾りが、ピンと天を突く。
サクサクの衣を噛み破った瞬間、黒豚ロースの暴力的な肉汁が爆発。そこへ、ラードのコクと、甘辛いダシの旨味、そしてトロトロの半熟卵のまろやかさが、怒涛の勢いで押し寄せてくる。
さらに、カツの下に隠れていた『ダシを限界まで吸い込んだ熱々のご飯』が、油の重さを中和し、無限に咀嚼を加速させるのだ。
「あ……あひぃぃぃっ!!? な、なにこれぇぇ!?」
リーザは箸を持ったまま、激しく身悶えし始めた。
「あ、油がっ! 油が甘いぃぃ! お肉が分厚いのに、歯茎で噛み切れるくらい柔らかいぃぃ! それにこのお汁を吸ったご飯……っ! 悪魔的すぎるぅぅ!」
ガツガツ、ハフッ、ムシャムシャ。
もはや自分がアイドルであることなど完全に忘れ去り、彼女は顔を米粒と卵だらけにしながら、一心不乱に丼にがっついている。
「しゅごいっ! 草なんか食べてる場合じゃない! お口の中で、豚さんと卵さんとお米が、カロリーのオーケストラを奏でてりゅぅぅ! 私、もうこのカツ丼なしじゃ生きられない身体になっちゃうぅぅっ♡」
語彙力が完全に崩壊していた。
カロリーと油の暴力は、草を食んで節約しようとしていた貧乏アイドルの悲しい習性を、物理的に根こそぎ叩き潰したのである。
「ぷはぁぁぁっ! ご、ごちそうさまでしたぁっ♡」
顔の半分ほどもある巨大な丼を、わずか数分で空にしたリーザは、パンパンに膨らんだお腹をさすりながら、パイプ椅子の上でだらしなく溶けていた。
「あはぁ……幸せ……。私、もうアイドル引退して、毎日おじさんの揚げたカツ丼を食べて暮らすニートになりたい……。油で揚げられたい……♡」
「……お前、飯食うたびに引退宣言してんな」
俺は呆れながら、真鍮製のライターを鳴らして食後のマルボロに火をつけた。
「まぁ、美味い飯を食ったなら、明日の配信も気合入れて稼げよ。俺のシマの家賃と食費、きっちり払ってもらうからな」
「はーい……ダーリンの油、最高ぉ……ムニャムニャ……」
リーザは幸せそうな寝息を立てて、パイプ椅子の上で丸まってしまった。
これで、少しは貧乏性が治ればいいが。
◇ ◇ ◇
ポポロ村の極上農園が、油とカロリーの多幸感に包まれていた頃。
世界は、全く別の感情——底知れぬ恐怖と混乱の渦に飲み込まれていた。
海中国家シーラン。
海底にそびえ立つ壮麗な珊瑚の宮殿で、世界中の海を統べる絶対者、女王リヴァイアサンは、玉座に備え付けられた巨大な水晶(ゴッドチューブの画面)を睨みつけ、ワナワナと肩を震わせていた。
「……私の愛娘リーザが、泥だらけの服を着せられ、みかん箱の上で下賎な歌を歌わされているだと……!?」
画面の中では、娘が狂ったように「ダイヤが欲しい!」と叫び、世界中の愚民どもからスパチャを巻き上げている。
そして何より女王を戦慄させたのは、娘の背後で、赤黒い闘気を放つ巨漢が『ただのスコップ一振りで、巨大な岩山を跡形もなく消し飛ばした』という、常軌を逸した映像だった。
「なんという恐るべき怪物……! あの男、私の娘を洗脳して人質にとり、私への脅迫として山を消し飛ばして見せたのだ!」
女王リヴァイアサンは、怒りと恐怖で美しい顔を歪め、海水を激しく震わせた。
「許さん……! 海中国家の誇りにかけて、あの覇王の首を獲り、リーザを奪還する! 全軍、出撃の準備をしろ!」
カツ丼の油で幸せに眠る人魚姫と、世界を揺るがす軍事衝突の危機。
俺の極上スローライフは、魔導配信の電波に乗って、いよいよ海の世界へとその波紋を広げようとしていた。
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