EP 6
「放送事故。背景で山を消し飛ばす農家」
「はい、全世界のダーリンたち! 今日も私の配信に集まってくれてありがとう! 絶対無敵の地下アイドル、リーザの公式初ライブ、いっくよー!」
巨大な『魔導通信石』のレンズに向かって、リーザが泥のついた芋ジャージ姿で元気よくポーズを決める。
ニャングルが裏でセッティングした魔導配信ネットワークを通じ、この映像は大陸中の都市、さらには神界の配信サイト『ゴッドチューブ』へとリアルタイムで流されているらしい。
「ええで、ええで嬢ちゃん! 配信開始一分で、同接(同時接続数)がすでに十万超えとる! スパチャの嵐やぁ!」
カメラの死角で、ニャングルが黄金の算盤を弾きながら狂喜乱舞している。
そんな騒騒しい連中を背に、俺はパイプ椅子から立ち上がり、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。
カチッ……。
紫煙を吐き出しながら、俺が見上げていたのは、極上農園の北側にそびえ立つ『巨大な岩山』だった。
「……邪魔だな、あの山」
昨日から気になっていたのだ。あの岩山があるせいで、北側の畑の日当たりが著しく悪い。極上の野菜を育てるには、十分な太陽の光が不可欠だ。
アイドルの配信だろうがなんだろうが、俺の農作業を止める理由はねぇ。
俺は背中に背負っていた『URスコップ』を引き抜き、岩山へと向かって歩き出した。
『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』
『銅でもない 銀でもない、狙い打つのは真鍮のゴールド!』
背後で、リーザのパワフルで強欲な歌声が響き渡る。
人魚族特有の美声にバフ効果が乗り、聴く者の財布の紐を物理的に破壊する恐るべきメロディーだ。
「よし、気合入れるか」
俺は岩山の麓に立ち、両足で大地をしっかりと踏みしめた。
ズォォォォォォォォ……ッ!!!
全身から、赤黒い極道の闘気が間欠泉のように噴き上がる。大気が軋み、足元の小石が重力に逆らってフワフワと浮き上がった。
「日陰を作る石っころは、砕いて土に還すのが農家の基本だ」
俺はURスコップを大上段に振りかぶった。
刃先に闘気を極限まで圧縮し、岩山の中心核を正確に見据える。
「土均しだ、オラァァァァァッ!!」
ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
世界が、爆発した。
スコップの刃が岩肌に触れた瞬間、数百万トンという質量の岩山が、まるでビスケットのように内側から粉砕された。
強烈な衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒し、天を衝くほどの土煙が舞い上がる。だが、UR農具の『絶対農地化』スキルにより、飛散した岩の破片は瞬時に極上の腐葉土へと変換され、ドサドサと静かに降り注いでいった。
わずか一撃。
たった一振りのスコップで、日照を遮っていた巨大な岩山は、広大で平坦な極上の農地へと姿を変えたのである。
◇ ◇ ◇
[幕間:ゴッドチューブ 視聴者たちの反応]
その光景は、ニャングルがセッティングした魔導カメラの広角レンズによって、全世界へと『ノーカット』で生放送されていた。
画面の手前では、水色の髪の美少女が芋ジャージ姿で『スパチャよろしく!』と可愛らしく歌って踊っている。
だが、その【背景】で。
赤黒いオーラを放つ百九十センチの巨漢が、スコップを一振りしただけで、巨大な岩山が消滅したのだ。
爆風でリーザのジャージがバサバサと煽られているが、彼女はプロ根性(強欲)で一切歌を止めない。
そのあまりにもシュールで、かつ絶望的な映像のコントラストに、ゴッドチューブのコメント欄は一瞬だけ完全にフリーズし――次の瞬間、滝のような勢いで爆発した。
『……え?』
『今、後ろの山消えなかった!?』
『CG!? これ高度な幻影魔法か何か!?』
『いや、俺ルナミス国境警備隊だけど、あれマジの映像だ! 後ろにいる巨漢、三国を無血開城させたポポロ村の覇王様だぞ!!』
『は!? アイドル配信の背景で地形変えるなwww』
『笑い事じゃねぇ! あんな一撃で山が消えるなら、俺たちの住んでる街なんかスコップの素振りで消し飛ぶぞ!!』
『やべぇ……これ、「スパチャ(貢ぎ物)」を払わないと、あの覇王がウチの国を消し飛ばしに来るって脅迫だろ!!』
『ひぃぃぃっ! 俺の全財産持っていってくれ! だから命だけはぁぁ!』
チャリン、チャリーン! ジャラジャラジャラッ!!
恐怖と熱狂。
アイドルの美声による『バフ(洗脳)』と、背景で繰り広げられた『圧倒的な暴力の提示』が完全に融合し、世界中の視聴者が狂乱状態に陥った。
彼らは命乞いをするように、己の全財産をスパチャとして画面に投げつけ始めたのである。
◇ ◇ ◇
「……なんという、悪魔的放送か」
カメラの死角で、泥だらけのスーツを着た執事・リバロンが、ワナワナと肩を震わせていた。
「前面に愛らしい少女を配置して耳と目を奪い、背景で『逆らう者はこうなる』という絶対的な恐怖(暴力)を無言で刻み込む。飴と鞭を同時に、全世界の脳髄へと叩き込む究極の広域洗脳……!」
リバロンは、純白のハンカチを握りしめ、天を仰いだ。
「あぁ、覇王様! あなたはエンタメすらも、国家制圧の兵器へと昇華なさるのですね! このリバロン、一生ついてまいります!」
……もちろん、俺はそんなこと微塵も考えていない。
ただ単に、日当たりが悪かったから山を崩しただけだ。
「ふぅ。これで極上の大根が育つぜ」
俺はスコップの土を払い、満足げにマルボロの煙を吐き出した。
「おじしゃまーっ!」
配信を終えたリーザが、興奮冷めやらぬ様子で駆け寄ってくる。
「すごいの! みーんな、私にいっぱいお布施を投げてくれたわ! これで私、大金持ちよ!」
「おう。そりゃ良かったな。騒がしいのが終わったなら、俺はそろそろ昼飯の準備をするぞ」
俺が調理台の方へ向かおうとすると、リーザは「お金は入ったけど、アイドルは無駄遣い厳禁なの!」と宣言し、あろうことか畑の隅に生えていた『雑草』をむしり取って、ムシャムシャと齧り始めた。
「……おい、何やってんだ、お前」
「もぐもぐ……え? お金は貯金して、私はその辺の草を食べて生き延びるの。これが地下アイドルの節約術よ! おじさんのご飯は美味しいけど、タダ飯は申し訳ないし……」
やせ我慢と、極貧生活の悲しい習性が染み付いているらしい。
だが、俺の目の前で育ち盛りのガキが雑草を食うなんてことは、極道の矜持が許さねぇ。
「吐き出せ、馬鹿野郎」
俺はリーザの首根っこを掴み、雑草を吐き出させた。
「ガキが草なんか食ってたら、デカくなるモンもならねぇだろうが。……とびきり重てぇ『カツ丼』を作ってやるから、そこで大人しく待ってろ」
「カ、カツ丼……!?」
俺はスマホ通販の画面を開き、極厚の豚ロース肉と、最高級のパン粉をポチった。
節約志向の貧乏アイドルを、油とカロリーの暴力で完全に沈めてやる。極道特製のドカ盛りカツ丼の準備が、今始まった。
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