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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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20/62

EP 5

「世界解禁。ニャングルの企みと魔導配信」

「ええか、兄さん。この『魔導通信石・特大放送用モデル』を使えば、我がゴルド商会のネットワークを通じて、大陸中の主要都市……いや、神界が運営する配信サイト『ゴッドチューブ』にまで直接映像と音声を流し込めるんや!」

「ホントに!? じゃあ、世界中の人が私の歌を聴いて、お布施スパチャを投げてくれるってこと!?」

「せや! 嬢ちゃんのその顔と声、それにその強欲さ(プロ意識)があれば、一瞬でトップに立てるでぇ!」

 巨大ビニールハウスの前。

 すっかり日が暮れようとしているというのに、商人のニャングルと芋ジャージの地下アイドル・リーザは、何やら青白く光る巨大な水晶の前で意気投合し、キャッキャと騒いでいた。

 ニャングルの神眼(瞳孔)は完全な『¥』マークになり、リーザもまたヨダレを垂らしながら架空の金貨の山を抱きしめる仕草をしている。

(……どいつもこいつも、金の話になると動きが早ぇな)

 俺はパイプ椅子に座り、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。

 飯代の代わりに歌うと言い出した小娘のステージが、どういうわけか「ゴッドチューブでの世界同時配信」という大掛かりなプロジェクトに発展してしまったらしい。

「龍魔呂様。通信のセキュリティと、スパチャ(投げ銭)の資金洗浄ルートの構築、すでに完了いたしました。いかなる国家や神界の査察が入ろうと、我々ポポロ村の口座シマには一切足がつかない完璧なマネーロンダリングです」

 泥だらけのスーツを着たリバロンが、どこから取り出したのかタブレット端末のような魔道具をタップしながら、恭しく一礼してきた。

「……お前、執事のくせになんで裏金作りのプロみたいな動きしてんだ」

「覇王様の『広域洗脳経済』を支える宰相として、当然の務めにございます」

 相変わらず話が通じねぇ。

 俺はため息をつき、紫煙を夜空に吐き出した。

「まぁ、勝手にやる分には構わねぇよ。だが、俺の農作業の邪魔だけはするなよ。明日は北側の畑をもう一丁広げる予定だからな」

「御意。覇王様の聖域(畑)には、指一本触れさせません」

「おじしゃまぁ、配信のテストするから、ちょっと静かにしててねー!」

「誰に向かって口きいてんだ、この居候が」

 俺のツッコミをガン無視して、リーザはみかん箱のステージに立ち、咳払いを一つした。

 ニャングルが巨大な魔導通信石のスイッチを入れると、空中にホログラムのカメラのようなものが浮かび上がり、リーザの姿を捉えた。

「よっしゃ、テスト配信スタートや! タイトルは……『絶対無敵の極貧人魚姫! スパチャで世界を救う配信♡』でええな!」

「ばっちりよ! いくわよぉ、全世界のダーリンたち!」

 リーザが人参マイクを握り締め、カメラに向かってウインクを放つ。

 そして、あの暴力的なまでに透き通った歌声で、強欲全開の『Love & Money』を歌い始めた。

『さぁショーの始まりよ! のんびりな私は 1LDKに置いて行くわ!』

『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ 貴方のとキャッシュで生きていけるぅぅ〜!』

 芋ジャージに健康サンダル、マイクは泥付きの人参。

 視覚的な情報だけなら完全に放送事故の類だが、スピーカーを通して流れ出るその『声』の魔力は、魔導通信石のネットワークを介しても一切減衰することなく、大陸中の電波塔へと拡散されていったのである。

 ◇ ◇ ◇

[幕間:アバロン魔皇国 魔王城 視点]

「……なんじゃこりゃあ!?」

 豪奢な天蓋付きベッドの上で、ポテトチップスをかじりながらゴッドチューブをダラダラと視聴していたアバロン魔皇国の魔王・ラスティアは、画面に突如現れた『おすすめ配信』を見て奇声を上げた。

 永遠の十七歳を自称する彼女は、地球のアイドル「朝倉月人」の熱狂的なファンであり、エンタメに対する審美眼は神界の女神たちに匹敵するほど厳しい。

 だが、画面の中で歌い踊る水色の髪の少女を見た瞬間、ラスティアの手からポテトチップスが滑り落ちた。

『今夜も私の為に星が降る! 全部手に入れるわ! 夢も金貨も輝くもの!』

『だから……もっともっと、愛して(課金して)ね?』

「な、なんだこの女は……! 服装はダサさの極み(芋ジャージ)なのに、この画面越しに伝わってくる圧倒的なオーラ(強欲)は……っ!」

 ラスティアはベッドから跳ね起き、画面に釘付けになった。

 魔王である彼女には、直感で分かった。

 この少女の歌声には、聴く者の財布の紐を物理的に破壊し、理性を溶かして『お布施』を投げさせようとする恐るべきチャーム魔法(本人は無自覚のバフ)が乗っている。

 事実、画面の端を流れるコメント欄は、配信開始から数分しか経っていないというのに、異常なスピードで加速していた。

『なんだこの天使!?』『芋ジャージなのに歌声が神すぎる!』『口座番号を教えろ! 俺の全財産を貢がせてくれ!』『ダイヤ欲しいって言ってるぞ! 誰か鉱山権利書を投げろ!』

 世界中の愚民たちが、一人の少女の歌声に狂乱し、システムを通じてチャリンチャリンと架空の金貨スパチャを投げ続けている。

「ま、まずいぞ! このままでは、大陸中の経済がこの女の配信一つで吸い上げられてしまう! これほどの広域洗脳エンタメを仕掛けてくるなんて、一体どこの組織が……」

 ラスティアが画面を食い入るように見つめ、発信元を特定しようと目を細めた、その時だった。

「……ん? ちょっと待て。あの背景……」

 カメラのピントは、みかん箱の上で踊るリーザに合っている。

 だが、その背後にぼんやりと映り込んでいる風景。

 巨大な半透明のドーム要塞。そして、その前に置かれたパイプ椅子。

 そこには、身長百九十センチの巨漢が、真鍮製のライターで煙草に火をつける姿が映っていた。

「あ、あいつは……! 我が軍の精鋭を『タキダシ』の暴力で洗脳し、三国国境を無血開城させたという、ポポロ村の覇王……っ!」

 ラスティアの顔から、スゥッと血の気が引いた。

「間違いない……。この『洗脳アイドル』の背後で糸を引いているのは、あの男だ! 武力と兵站で三国を黙らせた後は、大衆演脳エンタメを用いて、世界中の民衆から富と精神を根こそぎ奪い尽くす気だ!」

 魔王はガタガタと震えながら、自らの端末を握りしめた。

「なんて恐ろしい男だ……。あの覇王、ただ腕っぷしが強いだけじゃない。エンタメの力まで掌握しているとは……っ!」

 三国の首脳陣は「胃袋」を掴まれて降伏した。

 そして今、世界中の民衆は「歌声」によって洗脳されようとしている。

 覇王の魔の手は、すでに世界中へと伸びていたのだ。

 ◇ ◇ ◇

「ぷはぁ、最高! 見ておじさん! 配信始めて数十分なのに、こんなにたくさんの人たちがお布施を投げてくれてるわ!」

 配信を一時中断し、みかん箱から降りたリーザが、ホログラムの画面を指差して興奮の面持ちで跳ね回っている。

「凄いでしょ! これで家賃も払えるし、明日はおじさんの豚汁じゃなくて、最高級のステーキ弁当が食べられるわね!」

「……俺の豚汁に不満があるなら、二度と食わせねぇぞ」

「ひぐっ!? う、うそうそ! おじさんのご飯が宇宙一美味しいですぅ!」

 俺が低くドスを効かせると、リーザは一瞬で土下座の体勢に戻った。相変わらず反射速度だけは一丁前だ。

「よし、兄さん! 明日は本番の『公式初ライブ』や! カメラの台数も増やして、大々的に宣伝打ちまっせ!」

 ニャングルが算盤を弾きながら、鼻息荒く宣言する。

「勝手にしろ。だが、俺は明日、畑を北側の山際まで拡張する予定だ。機材の配線とかで俺の邪魔をすんじゃねぇぞ」

「ハッ! 覇王様のご意向、しかと承りました。明日のライブは、覇王様が新たな『領土シマ』を切り拓くその偉大なる背中を、世界中に見せつける絶好のプロパガンダとなりましょう!」

 リバロンがまた勝手に納得して深く一礼している。

(領土だのプロパガンダだの、相変わらず大げさな野郎だ)

 俺は携帯灰皿にマルボロを揉み消し、パイプ椅子から立ち上がった。

「まぁいい。明日は少し本気を出して、あのクソデカい岩山を平らにならしてやるか」

 俺は背中に背負った『URスコップ』を軽く叩いた。

 アイドルの配信だろうが何だろうが、俺の極上スローライフ(農業)を止める理由はねぇ。明日は俺の気合で、あの山を極上の畑に変えてやる。

 だが俺はまだ知らなかった。

 明日のリーザの「公式初ライブ」の配信中に、俺が背後で繰り広げる『ただの農作業(無双)』が、そのまま全世界へノーカットで放送されてしまうという、致命的な放送事故カタルシスを引き起こすことを。

お読みいただきありがとうございます!


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