EP 3
『ゴッドチューバー・キュララ降臨! 寿司と雑草サラダ』
バンッ!!
ポポロ村の村長宅の玄関扉が、遠慮のかけらもない蹴りによって景気よく開け放たれた。
「はーいみんなー! 今日はなんと、ネットで一番ヤバいって噂の辺境の村に、突撃ロケに来ちゃいましたー! チャンネル登録と高評価、よろしくねっ☆」
カメラ付きの魔導通信石を自撮り棒の先に取り付け、ド派手な聖騎士の鎧(装飾過多で防御力は皆無)を着込んだ金髪の天使・キュララが、ズカズカと土足でリビングへと上がり込んでくる。
「ええっ!? な、なんでアンタがうちに!?」
朝飯の豚汁の余韻に浸っていたリーザが、目をひん剥いて悲鳴を上げた。
だが、キュララはリーザの顔を見るなり、あざとい笑顔をパァッと輝かせた。
「あーっ! いたいた! 皆さーん、見てくださーい! 昔はちょっとだけ人気だったけど、今はすっかりオワコンになっちゃった地下アイドルのリーザちゃんでーす! わぁ、相変わらず貧乏くさい芋ジャージ着てるウケるぅ☆」
「お、オワコンじゃないわよ! 私は絶対無敵のスパチャアイドルなんだから!」
「えー? でも昨日、リーザちゃんのランキング1位だった『石油王ピエール』さん、私のチャンネルのメンバーシップに入ってくれたよー? 今も私の配信見て、いっぱい赤スパ投げてくれてるし♡」
キュララの言葉に、リーザの顔からスッと血の気が引いた。
「ぴ、ピエールさんが……私のピエールさんが……っ!」
「ピエールさんだけじゃないよー? 不動産王のゴンザレスさんも、男爵のアンドレさんも、みーんな私の太客になっちゃったもーん☆ ねー、ピエールさーん? リーザちゃん、悔しがってて可哀想だねー?」
キュララがカメラに向かってウインクを飛ばすと、彼女のスマホの画面には、信じられない速度で大量の金貨(投げ銭)のエフェクトが滝のように流れ始めた。
『キュララちゃん可愛い!』『リーザとかいうオワコンは草』『キュララちゃんのためなら国庫も開けるよ!』
狂気的なコメントとスパチャの嵐。
それを目の当たりにしたリーザは膝から崩れ落ち、ワナワナと肩を震わせた。
「私の……私のシノギが……! 泥棒猫ぉぉぉぉっ!!」
「あははっ! 泥棒じゃないよ、実力の世界だもーん! あーっ、歩いて村まで来たらお腹すいちゃったなー」
キュララはリーザの血涙を完全に無視して、カメラに向かって自分のお腹をさすってみせた。
「誰か、優しいリスナーさん! キュララに美味しいご飯、ルナイーツでご馳走してくれませんかぁ? QRコード、画面に出すねっ♡」
ピロンッ、という軽快な音とともに、画面に決済用のQRコードが表示される。
すると、ものの数秒で『石油王ピエール様から、特上寿司セット(金貨5枚)のご注文が入りました!』という電子音声が鳴り響いた。
「わーい! ピエールさん、ありがとーっ! キュララ、ピエールさんのことだぁーいすきっ♡」
そして数分後。
本当にポポロ村の入り口から、ルナイーツの配達用バッグを背負ったロード(始祖竜クロノの世を忍ぶ仮の姿)が、マッハの速度でシェアハウスまで走ってきた。
「毎度おおきに! ルナイーツでっせ。特上寿司セット、お届けに上がりやしたー!」
「ありがとー! さっそくいただきまーす!」
キュララはロードから豪華な漆塗りの寿司桶を受け取ると、リビングのテーブルのど真ん中にドンッと置いた。
蓋を開けると、そこにはルナミス帝国の超高級料亭から空間魔法で転送されてきたばかりの、極上の海の幸が燦然と輝いていた。
分厚く切られたピンク色の大トロ。光り輝く黄金色のウニ。宝石のように弾ける大粒のイクラ。
キュララは箸を手に取ると、カメラに大トロを大写しにして、これ見よがしに口へと運んだ。
「んん〜っ♡ おーいしーい! 大トロの脂が、舌の上でとろけちゃうぅ〜っ! ウニも甘くて濃厚ぉ〜っ♡ ピエールさんのお金で食べるお寿司、最高でーすっ!」
「アアアアァァァァァァッ!!!」
隣で、リーザが髪を振り乱して絶叫した。
キュララが金貨5枚(約5万円)の特上寿司を頬張っているすぐ横で、リーザの目の前には、朝飯のおかずを食べ尽くした後に近所の公園で摘んできた『雑草サラダ』と、タローソンでもらってきた『パンの耳』しか置かれていないのだ。
「それ! それ昨日まで私に投げられてたお金で買ったお寿司なのよぉぉっ! 私の! 私のピエールさんのお金ぇぇぇっ!!」
リーザはボロボロと大粒の涙を流しながら、パンの耳を齧り、雑草サラダをヤケ食いし始めた。
その圧倒的な経済格差と地獄のような絵面は、ゴッドチューブの視聴者たちを大いに沸かせ、キュララの配信はさらなるバズりを見せていた。
◇ ◇ ◇
「……おい」
その時、リビングの入り口から、地を這うような低い声が響いた。
声の主は、農作業用のツナギを着て、首にタオルを巻いた俺――龍魔呂だ。
朝飯の後片付けを終えてパンアメリカの整備をしようと思っていた矢先、リビングから聞こえてくる騒ぎと、見慣れない女の声に気づいて戻ってきたのだ。
「朝っぱらから、他人の家で土足で上がり込んで、随分と好き勝手やってくれてるじゃねぇか」
俺は右手に握った真鍮製のオイルライターを、親指でゆっくりと弾いた。
カチッ。
カチッ。
冷たい、処刑の合図のような金属音が、リビングの空気を少しずつ重くしていく。
俺の背後から、赤黒い極道の闘気が陽炎のように立ち上り始めた。
極道のルールその一、カタギには手を出さない。
極道のルールその二、女には手を出さない。
だが、極道のルールその六、居る地域は守る対象だ。
俺の平穏な家の中で、うちの居候を泣かせて、あまつさえ他人の金で買った寿司をこれ見よがしに食らい散らかす。
それは、カタギの農家として、そして元・鬼龍爆速愚連隊の総長として、到底見過ごせる所業ではなかった。
「あ?」
しかし、そんな俺の静かなる怒気に気づく様子もなく、キュララは寿司を頬張ったまま、あからさまに不機嫌そうな顔でこちらを振り向いた。
「えー、何このおっさん。農家の人? ツナギとか超ダサいんだけど。キュララの配信に映ったらバエないから、ちょっとそこどいてくんない?」
カメラのレンズを俺に向けながら、キュララはシッシッと手を振った。
「私、今ピエールさんたちと大事な時間過ごしてるの。底辺の農家のおじさんは、外で泥遊びでもしててよー」
「……」
俺の眉間が、ピクリと動いた。
「なるほどな。天界の羽虫は、随分と口の利き方を知らねぇらしい」
俺はオイルライターの蓋をカチンと閉め、ゆっくりとキュララに向かって一歩を踏み出した。
「おじさん、やっちゃって! そいつ、私のピエールさんを寝取った泥棒猫よぉぉっ!」
「龍魔呂様……あの女、龍魔呂様が手塩にかけて育てたお野菜やご飯を差し置いて、下品なお寿司を自慢していますわ! 万死に値します!」
リーザが雑草を口から飛ばしながら叫び、キャルルが安全靴のつま先をコンコンと鳴らしながら殺気を放っている。
「安心しろ。俺はカタギだ。女子供に手を上げるような無粋な真似はしねぇよ」
俺は極めて冷静な声でそう言いながら、腰に提げていた『鉄板入り手持ち鞄(学生鞄を極限まで薄く潰した、愚連隊必須の鈍器)』の持ち手をギュッと握りしめた。
俺の全身から噴き出す赤黒い闘気が、リビングの天井を突き破らんばかりに膨張していく。
「ただ、少しばかり『教育』が必要なだけだ。飯の食い方と、他人のシマでの挨拶の仕方をな」
「えっ、ちょ、何その赤いオーラ!? キモいキモい! 画面がノイズだらけになっちゃう!」
キュララがスマホを庇うように後退るが、もう遅い。
「配信だか何だか知らねぇが、俺の家で好き勝手やっていいのは、行儀良く飯を食える奴だけだ」
俺の静かな、だが絶対的な極道の凄みが、カメラのレンズ越しに全世界のリスナーへと放たれた。
ルナミス皇帝が放った『最強の情報兵器』は、今まさに、最恐の『極道コンプライアンス』の洗礼を受けようとしていた。
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