第二章 極道農家 と 貧乏地下アイドル
「三国合同農作業。畑を耕すエリートたち」
「……なんで俺のシマ(畑)に、フルアーマーの騎士やら毛玉やらが並んで鍬を振ってんだ?」
雲一つない、抜けるような青空。
ポポロ村の北側に広がる俺の極上農園では、朝から異様な熱気と金属音が響き渡っていた。
「そぉれ! ルナミス帝国の誇りにかけて、この畝は我々が完璧に仕上げるぞ! 覇王様に極上の腐葉土をお見せするのだ!」
「ワォォォォンッ! 負けるな獣の戦士たちよ! 俺たちの強靭な足腰は、この日のためにあった! 堆肥運びなら誰にも負けん!」
「フッ、力任せの馬鹿どもめ。魔族の誇る繊細な闇魔法を見よ。これなら作物を傷つけず、地中の害虫だけをピンポイントで仕留められる……!」
白銀の鎧を泥だらけにしながら鍬を振るう、ルナミス帝国の近衛騎士団長キュロス。
上半身裸になり、巨大な肥料袋を両肩に担いで爆走する、レオンハート獣人王国の近衛騎士団長ハガル。
そして、優雅に日傘を差しながら、ブツブツと詠唱して畑の害虫を駆除している、アバロン魔皇国の貴公子ルーベンス。
その背後では、三国の精鋭部隊数万人が、武器を農具に持ち替え、信じられないほどの一体感で農作業に精を出している。
「あのなぁ……俺は『飯を食うなら働け』とは言ったが、お前ら一応、自分の国の要人だろうが。とっとと帰らなくていいのか」
俺が真鍮製のオイルライターでマルボロ・赤に火をつけながら尋ねると、キュロスが鍬を置き、感動の涙を流しながら振り返った。
「な、何を仰いますか覇王様! 我々は昨夜の宴で、覇王様の振る舞う極上の肉と酒に……っ、この命を救われたのです!」
「あぁ! あんな『げろおむれつ』なんぞ食わされていた俺たちに、生きる喜びを教えてくださった! この御恩に報いるためなら、我々は一生、覇王様の畑の肥やしとなっても構いません!」
「国境の警備など、もはや些末なこと。このポポロ村の農地を守ることこそが、大陸の平和に繋がるのです!」
三国のトップたちが、顔を泥だらけにして輝くような笑顔を向けてくる。
(……完全に頭がハッピーセットになってやがるな)
昨夜のバーベキュー(大収穫祭)と、締めのソース焼きそばの威力が効きすぎたらしい。
胃袋を完全に掌握された彼らは、もはや自国に帰る気など毛頭なく、「覇王様のシマ(畑)の若い衆」として働くことに至上の喜びを見出していた。
極道のルール、『居る地域は守る』『カタギは守る』を実践しただけなのだが、まさか軍隊が丸ごと農協の青年部みたいになるとは思わなかったぜ。
「おじしゃまー! お水、いっぱい撒いたよ! えへへ、だから『白い四角いの』ちょうだい♡」
ルナが泥だらけのドレスで駆け寄ってくる。その後ろから、村長のキャルルとゴルド商会のニャングルも「お疲れさんでーす」とやって来た。
「おう、ご苦労。ほらよ」
俺はルナの口に角砂糖を放り込み、冷やした麦茶の入った巨大なジャグと、塩分補給用のタブレット(塩飴)を用意した。
「おい、お前ら! 休憩だ! 倒れる前に水分と塩分を摂れ!」
俺のドスの効いた号令に、数万の兵士たちが「「「ハハァーッ!!」」」と最敬礼で応え、整然と並んで麦茶を受け取っていく。
◇ ◇ ◇
[幕間:人狼族の執事 リバロン 視点]
(……恐るべき光景だ。歴史上、これほどまでに洗練された『精神改造』があっただろうか)
私は純白のハンカチで眼鏡を拭きながら、冷や汗を流してその光景を観察していた。
かつて大陸の覇権を争い、血みどろの殺し合いを演じていた三国の最高戦力たち。彼らが今、揃いも揃って鍬を握り、泥に塗れ、覇王様から下賜された「茶」と「塩の塊」に涙を流して感謝しているのだ。
これは単なる農業ではない。
労働という肉体的負荷を通じて過去のアイデンティティ(国家への忠誠)を破壊し、その後に『圧倒的な美味』と『水分』を与えることで、覇王様への絶対的な依存を植え付ける、究極の再教育キャンプである。
昨日まで誇り高き騎士や魔族であった者たちが、今や「覇王様の畑の肥やしになりたい」と口走るまでになっている。
(血の一滴も流さず、敵国のエリートたちを自らの『農奴』に落とし込む。いかなる兵法書にも記されていない、神の如き支配術……!)
私は己の主の底知れぬ深淵に触れ、背筋に走る快感と恐怖に震えながら、深く、深く頭を垂れた。
◇ ◇ ◇
「よし、昼飯にするぞ」
太陽が真上に昇り、気温が上がりきった頃。
俺は巨大な野外調理台の前に立ち、スマホ通販で取り寄せた大量の食材を並べていた。
炎天下での農作業。体力と塩分を根こそぎ奪われた男たちに食わせるなら、これしかない。
「今日のまかないは『豚神風・冷やし塩豚うどん』と、俺が握った『極上塩むすび』だ」
俺はスマホで取り寄せた讃岐うどんの乾麺を、巨大な寸胴鍋で一気に茹で上げる。茹で上がった麺を井戸の冷水でガンガンに締め、強烈なコシを生み出す。
そこへ、極薄にスライスした豚バラ肉をサッと茹でて乗せ、白ネギ、みょうが、そして大量の『刻みニンニク』をトッピング。
仕上げに、鶏ガラスープをベースに強烈な塩気とレモンの酸味を効かせた『特製・冷やし塩ニンニクダレ』をぶっかけた。
サイドメニューには、極上の米麦草をふっくらと炊き上げ、海水塩で強めに握ったシンプルな塩むすびだ。
「さぁ、冷てぇうちに食いな。塩分をしっかり補給しねぇと、午後のシノギでぶっ倒れるぞ」
俺が紙皿に盛り付けたうどんとおむすびを渡すと、キュロス、ハガル、ルーベンスの三人が、震える手でそれを受け取った。
「冷たい……! この炎天下で、これほどキンキンに冷えた麺が……っ!」
キュロスが箸で麺を持ち上げ、勢いよく啜り込んだ。
ズズズッ! ズバーーッ!!
「――――ッ!!?」
キュロスの目が、信じられないほどに見開かれた。
冷水で極限まで締められた麺は、まるでゴム毬のような暴力的なまでのコシと弾力で、歯を跳ね返してくる。
そこへ、キンキンに冷えた塩ダレの鋭い塩味とレモンの爽やかな酸味が、熱り立った身体に染み渡る。だが、ただサッパリしているだけではない。豚バラの濃厚な脂の甘みと、ガツンと脳髄を蹴り上げる『生ニンニク』の強烈なパンチ力が、後から爆発的に追いかけてくるのだ。
「あ……あひぃぃっ! な、なんだこれはぁぁっ!? ち、冷たいのに、熱いっ! 爽やかなのに、悪魔のように濃厚っ!」
キュロスがその場に崩れ落ち、うどんの汁を顔に浴びながら悶絶した。
「旨いぃぃ! 炎天下でカラカラになった身体の全細胞が、塩とニンニクを吸収して歓喜の歌を歌っているぅぅ!」
「ワォォォォォンッ! この白い塊(塩むすび)もヤバいぞぉぉ!」
ハガルが塩むすびにかぶりつき、涙と鼻水を流しながら地面を転げ回っている。
「ただ塩を振って握っただけの米なのに、噛めば噛むほど米の甘みが爆発するぅぅ! うどんの汁を飲みながら米を食う……炭水化物と炭水化物の禁断の交配……あはぁっ♡ 脳みそが溶けるぅぅ!」
「美しい……」
ルーベンスに至っては、うどんの器を両手で掲げ、後光が差したような恍惚の表情で天を仰いでいた。
「労働の後の塩と炭水化物。これぞ生命の根源。我が愛するポポロシガーすら及ばぬ、絶対的な快楽……っ♡ 覇王様、私はあなたに一生ついていきます……っ!」
ズズッ、ハフッ、ムシャムシャ。
数万の兵士たちが、無我夢中で麺を啜り、塩むすびを頬張る音が、畑中に響き渡る。
誰も彼もが語彙力を喪失し、だらしない笑顔を浮かべながら、炭水化物とニンニクの暴力に完全に屈服していた。
「おう、おかわりはいくらでもあるからな。しっかり食って、午後も頼むぞ」
俺はマルボロの煙を吐き出しながら、冷たい麦茶で喉を潤した。
農作業の後のまかない飯は、何を出しても五割増しで美味く感じるもんだ。こいつらも、これで立派な農家の仲間入りだな。
◇ ◇ ◇
午後。
満腹になって昼寝を始めた三国の兵士たちをリバロンに任せ、俺は買い出しのついでに、ポポロ村の中央広場近くにある公園へと足を伸ばしていた。
農業には息抜きも必要だ。少しのんびり歩いて、村の風を感じるのも悪くねぇ。
そんなことを考えながら公園の入り口に差し掛かった時、ただならぬ殺気を感じて足を止めた。
「……ん? なんだ、ありゃ」
公園の砂場。
そこで繰り広げられていたのは、目を覆うような凄惨な死闘(?)だった。
「シャァァァッ! 渡さないわよ! これは私が先に見つけたんだから!」
「グルルルルッ!」
ルナミスデパートの特売品らしき、絶妙にダサい『臙脂色の芋ジャージ』を着た小柄な少女。足元には健康サンダル。
その少女が、ゴミ箱の横に落ちていた『廃棄弁当(中身は残飯)』と『パンの耳』の入ったビニール袋を両手で抱え込み、一匹の凶暴な野良犬(というより小型の魔獣)と、本気の取っ組み合いの喧嘩をしていたのである。
「あぐっ! 噛んだわねこの駄犬! アイドルは顔が命なのに! でも負けない! これを取られたら、今日の私の夕ご飯が……夕ご飯がぁぁっ!」
少女の頭には、美しい海を思わせる水色の髪と、人魚のようなエラ飾りが見えた。
可愛い顔をしているが、目は完全に血走っており、パンの耳を死守するためなら命も惜しまないという野生のプレッシャーを放っている。
「……おいおい」
俺は思わず咥えていたマルボロを指に挟み、呆れた声を漏らした。
カタギの女子供が、道端で野良犬と残飯を奪い合って泥まみれになっている。
極道のルールその一、カタギは守る。
極道のルールその二、女には手を出さない(守る)。
極道のルールその四、食い物は大事にする。
「……そんな残飯の奪い合いなんざ、俺の目の前でやってくれるな」
俺は重いため息をつきながら、真鍮製のライターを鳴らした。
カチッ……。
極道農家と、極貧の地下アイドル。
この遭遇が、後に世界規模のエンタメ洗脳騒動を巻き起こすことになろうとは、俺の常識的な頭では予想もつかないことだった。
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