EP 13
「兵站支配。胃袋を握られた軍隊」
[幕間:三国合同・極秘通信会議]
「……諸君。単刀直入に言おう。我がルナミス帝国の国境警備隊は、事実上、完全に崩壊した」
重苦しい沈黙が支配する通信会議の場。
ルナミス帝国の内務官オルウェルは、疲労の色が濃く滲む顔で、ホログラム越しに他国の幹部たちへ告げた。
『崩壊だと!? 馬鹿な、ポポロ村のドーム要塞から、覇王の軍勢が出撃してきたというのか!』
レオンハート獣人王国の内務官サイラスが、犬耳を逆立てて立ち上がる。
『いや、そうではないのなら……先日観測された精神汚染ガス(メロロンの匂い)による被害か?』
アバロン魔皇国の諜報幹部も、冷や汗を流しながら身を乗り出した。
「……どちらでもない。我が軍は、一滴の血も流さず、魔法による洗脳すら受けずに陥落したのだ。……『炊き出し』という名の、悪魔の侵略兵器によって」
『タキダシ……? なんだそれは。聞いたこともない古代兵器か!?』
オルウェルは震える手で、前線から送られてきた報告書を読み上げた。
「昨日、ポポロ村の覇王は、我が軍の陣地へ単身で乗り込んできた。そして、腹を空かせた兵士たちに、謎の容器に入った『弁当』を無償で配り歩いたのだ」
『敵軍に食料を配るなど……狂っているのか? 毒でも入っていたのだろう!』
「……毒などという生ぬるいものであれば、どれほど良かったか」
オルウェルは、報告書に記された兵士たちの異常な様子を語り始めた。
「その弁当には、『肉椎茸』と呼ばれる極上の食材と、豚の脂、そして『焦がし醤油』なる未知の魔薬調味料が使われていたらしい。それを一口食べた我が軍の兵士たちは、次々と地面に膝をつき……」
オルウェルは、信じられないものを見るように書類に目を落とした。
「『あひぃっ! しょっぱくて脂が甘くて、脳みそがトロトロになるっすぅぅ!』『しあわせぇぇ!』などと叫びながら、完全な恍惚状態に陥り、語彙力を喪失したそうだ。……そして、弁当を食い終わった後、彼らはあろうことか覇王に向かって最敬礼の土下座を放ち、忠誠を誓ったのだ」
『なっ……!?』
「それだけではない。今日になって、兵士たちは我が軍の誇る第三型戦闘糧食(通称:ゲロオムレツ)の配給を全力で拒否。『あんなゴミみたいな黄色い塊、二度と食えるか! 俺たちは覇王様のお弁当が食いたいんだ!』と、指揮官にゲロオムレツを投げつける暴動が起きている」
その報告を聞き、サイラスもまた、絶望的な顔で天を仰いだ。
『……ルナミス帝国だけではない。我がレオンハートの獣人部隊も同じ状況だ。誇り高き狼の戦士たちが、「あの豚脂とニンニクの匂いが忘れられない! ワフッ! 覇王様の畑で堆肥を運ばせてください!」と、尻尾を千切れんばかりに振ってポポロ村へ脱走しようとしている……』
『我がアバロン軍もだ。美食には一家言ある魔族の将校すら、「我が軍の最高級糧食(MODULE)すら、あの男のタキダシには遠く及ばない」と涙を流して崩れ落ちた……』
ホログラム越しの三人は、底知れぬ恐怖に総毛立っていた。
覇王の恐るべき真の軍略が、ついにその全貌を現したのだ。
『武力による制圧でも、魔法による洗脳でもない。敵国の兵士の「胃袋」を物理的かつ圧倒的な快楽で満たし、自国の劣悪な兵站に対する不満を爆発させ、内部から軍の規律を崩壊させる……!』
『なんて恐ろしい男だ……。あのタキダシは、「お前たちの国は、兵士にまともな飯すら食わせられない三流国家だ」という、我々に対する死の宣告……!』
『すでに、国境部隊の忠誠心は完全に覇王の側へと書き換えられている。このままでは、三国は軍隊からドミノ倒しのように崩壊し、あの男の手に落ちるぞ!!』
三国の頭脳たちは、もはや一刻の猶予もないことを悟った。
このまま手をこまねいていれば、国が滅ぶ。
「……こうなれば、手段は選べん。各国の首脳陣と最強の近衛部隊を率い、直接ポポロ村へ乗り込むしかない。あのドーム要塞ごと、覇王を討ち取るのだ!」
『賛成だ。もはや三国間の牽制などと言っている場合ではない。覇王という絶対的な災厄を前に、我々は一時的に同盟を結ぶべきだ!』
かくして、三国の司令部は、未曾有の危機感に突き動かされ、歴史上かつてない『三国合同・覇王討伐(視察)軍』の結成を決断したのである。
ターゲットは、ポポロ村のドーム要塞。
各国の精鋭たちが、決死の覚悟で武器を取り、死地へと向かう準備を始めていた。
◇ ◇ ◇
「……くしゅんっ!」
巨大ビニールハウスの前。
俺は大きくくしゃみを一つして、鼻をすすった。
「誰か俺の噂でもしてんのかね。まぁいい」
俺の目の前には、丸太のように太く立派な『ロックバイソン』の骨付き肉が、ドンッと置かれていた。
今朝、畑の隅っこで野草を食い荒らそうとしていた野生のロックバイソンを、URスコップの峰打ちで気絶させ、リバロンに解体させた極上の肉だ。
「龍魔呂様。肉の血抜きと下処理、完璧に済ませておきました。……して、この大量の肉をいかがなされるおつもりで?」
泥だらけのスーツを着たリバロンが、純白のハンカチで手を拭きながら尋ねてくる。
「決まってんだろ。明日は『大収穫祭』だ。野菜も大量に採れたし、極上の肉も手に入った。ご近所さんも呼んで、盛大にバーベキュー(BBQ)をやるぞ」
「バァベ、キュゥ……? それは、いかなる儀式で?」
「ただの外メシだ。炭火で肉と野菜を豪快に焼いて、ビール(麦酒)と一緒に流し込む。漢のロマンってやつだ」
俺は真鍮製のライターを鳴らし、マルボロに火をつけた。
極道のルールその六。居る地域は守る対象。
せっかくポポロ村でシノギ(農業)をさせてもらってるんだ。村長のキャルルや、ゴルド商会のニャングル、それに昨日知り合ったばかりの国境警備隊の連中も呼んで、パーッと宴会をやるのも悪くねぇ。
「おじしゃま! お肉! お肉焼くの!?」
「あぁ、お前にも食わせてやるよ。だから今日は、ハウスの周りの草むしりをしっかりやっとけ」
「うんっ! ルナ、お肉とお砂糖のために頑張るぅ!」
ルナが目を輝かせて畑へと走っていく。
「ふむ……覇王様主催の『大収穫祭』。これは、他国に対する明確な『力の誇示』と『戦勝祈願』の儀式というわけですね。承知いたしました。このリバロン、宰相として完璧な設営を行ってみせましょう!」
「お、おう。炭火の準備と、テーブルのセッティング頼むわ」
またリバロンが一人で納得して熱くなっているが、仕事が早いから助かる。
俺は紫煙を空に吐き出しながら、スマホ通販で『特製焼き肉のタレ(ニンニク醤油味)』と『アウトドア用コンロ』をポチる準備を始めた。
「明日は忙しくなりそうだな。極上の炭火焼きで、ご近所さんを唸らせてやるぜ」
三国合同の討伐軍が、悲壮な覚悟でポポロ村へ進軍を開始していることなど、欠片も知らないまま。
俺はただ純粋に、明日のバーベキューの火起こしのことだけを考えていた。
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