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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 12

「ただのお裾分け。国境警備隊への『炊き出し』」

「おい、ちゃんと一列に並べ。横入りする奴や、小競り合いを起こす奴はメシ抜きだぞ」

「「「ハッ! 列を乱すな! 覇王様の御前であるぞ!」」」

 三国の国境が交わる緩衝地帯。

 そのど真ん中に、俺はスマホ通販で買ったタープテントを張り、巨大な業務用寸胴鍋を三つ並べていた。

 頭にはタオルを巻き、腰には「豚神屋」とプリントされた黒い前掛け。俺の前にできている長蛇の列は、本来なら血みどろの殺し合いをしているはずのルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の完全武装した兵士たちだ。

 なぜこんなことになったのか。話は数時間前に遡る。

 作りすぎた作物を消費するため、俺は『肉椎茸と豚バラの焦がし醤油炊き込みご飯』の弁当を大量に作り、リバロンに引かせたリアカーに積んで国境付近へとやってきた。

 極道のルールその六。『居る地域は守る対象。ご近所付き合いは大切に』だ。

 俺のシマ(畑)の近くで、腹を空かせた連中が不味そうな飯を食っているのは、どうにも座りが悪い。

 国境警備隊の陣地に近づくと、ルナミス帝国の若い兵士が、黄色いスポンジのような四角い塊(通称:ゲロオムレツと呼ばれる第3型戦闘糧食らしい)をかじり、涙目で嘔吐していた。

「おい、兄ちゃんら。こんなところで何やってんだ」

「ひっ!? あなたは、ポポロ村のドーム要塞の……! お、お命だけは!」

「やかましい。命なんか取らねぇよ。……なんだ、その腐った靴下みてぇな匂いのする塊は」

「こ、これは我が軍の誇る……うっ、げぇぇぇ……最新型の戦闘糧食であります……」

 あまりの不憫さに、俺はため息をついた。

 どんな理由があれ、飯が不味いのは世の中で一番の不幸だ。

「まぁ、いい。これでも食え。ウチの畑で採れすぎた余りモンだ」

 俺がリアカーから温かい弁当のパックを一つ取り出して渡すと、若い兵士は震える手でそれを受け取った。

 蓋を開けた瞬間、閉じ込められていた湯気がフワリと立ち昇る。

「――――ッ!?」

 兵士の目が、あり得ないほど見開かれた。

 醤油と豚脂が焦げた暴力的なまでの香ばしさ。そして、分厚く切られた『肉椎茸』から溢れ出す濃厚なダシの香りが、ゲロオムレツの悪臭を完全に駆逐したのだ。

 彼はスプーンをひったくるように手に取り、炊き込みご飯を狂ったように口へと掻き込んだ。

「あ……あぁぁぁ……っ!」

 一口食べた瞬間、若い兵士は地面に両膝をついた。

 米麦草のひと粒ひと粒に、肉椎茸の旨味と豚バラの脂が極限までコーティングされている。肉厚の椎茸を噛み締めれば、まるで最上級のステーキ肉のような弾力と、ジュワッと溢れる肉汁が口内を蹂躙する。

「あひぃっ! う、うまいっ! なんすかこれ、肉!? キノコ!? しょっぱくて、脂が甘くて、脳みそがトロトロになるっすぅぅ!」

 兵士は号泣しながら、顔を弁当箱に突っ込まんばかりの勢いで咀嚼を続ける。

「あはぁぁっ♡ もうダメっす……俺、あんなゴミみたいな黄色い塊、二度と食えねぇっす! このお弁当のためなら、国だって裏切れる……しあわせぇぇ……」

 完全に語彙力が崩壊し、恍惚の表情で空のパックを舐め回す兵士。

(……少し味が濃かったか? まぁ、若い男にはこれくらいがちょうどいいだろう)

 その光景と、風に乗って陣地中に拡散した『焦がし醤油と豚脂の匂い』が、ルナミス帝国の兵士たち、さらには少し離れたレオンハート獣人軍やアバロン魔軍の兵士たちまでもを完全に狂わせた。

「お、俺にも食わせてくれ!」

「ルナミスの連中だけズルいぞ! ワフッ! 俺の尻尾がちぎれる前にその肉を寄越せ!」

「どけ! 俺は魔皇国軍の小隊長だぞ! 金なら払う、その弁当をよこせぇぇ!」

 飢えた獣のように群がってくる三国の兵士たち。

 俺はドスゥゥゥンッ! と赤黒い闘気を放ち、彼らを威圧して一列に並ばせた、というのが現在の状況である。

「はい、次。大盛りだな」

「あ、ありがとうございます、覇王様ぁぁ!」

 俺が寸胴鍋から飯をよそうたびに、受け取った兵士たちは泣きながらその場でしゃがみ込み、恍惚の表情で昇天していく。

「しゅごいっ……お米が、お米が光ってるぅぅ!」

「あはぁっ♡ こんな美味い飯が毎日食えるなら、俺、明日から覇王様の畑で堆肥運びのバイトしますぅ……」

 ルナミスも、レオンハートも、アバロンも関係ない。

 今、この瞬間、国境地帯の兵士たちの胃袋は、俺の『極上男飯』によって完全に一つに統一されていた。

「龍魔呂様。見事な采配でございます。血の一滴も流さず、敵兵の士気と忠誠心を完全に我が方へ書き換えるとは……」

 隣で弁当箱を組み立てていたリバロンが、感極まったように眼鏡を押し上げた。

「ん? ただ余りモンを近所に配ってるだけだぞ。作りすぎたからな」

「ククッ……ご謙遜を。『作りすぎた(計画的な兵站支配)』ですね。理解しております」

(……またこいつ、一人で納得してやがるな)

 俺はマルボロの煙を吐き出しながら、空になった寸胴鍋の底を叩いた。

「よし、今日の炊き出しはここまでだ。食い終わった奴は、ちゃんとゴミを分別して俺のリアカーに乗せとけ。その辺にポイ捨てした奴は、次からメシ抜きだからな」

「「「ハハァーッ!! 御意のままに!!」」」

 三国の兵士たちが、俺に向かって一斉に最敬礼の土下座を放った。

 まぁ、ご近所の連中と顔見知りになれたなら、とりあえずは成功だ。

 俺は空になった寸胴鍋を片付けながら、マイペースに帰り支度を始めた。

 だが、この『炊き出し』が引き起こした波紋は、俺の想像を遥かに超えた絶望的な恐怖となって、三国の上層部へと伝達されていくことになる。

「おい、お前ら。明日は残った野菜の出荷で忙しくなるぞ」

 俺はリアカーを引きながら、のんきに明日の予定を組んでいた。

お読みいただきありがとうございます!


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