EP 11
「国家予算に匹敵する資金源(ルナのお小遣い)」
「おい、嬢ちゃん。お前の実家、どうなってんだ?」
巨大ビニールハウスの前。
俺は咥えていたマルボロを落とし、目の前にゴトリと置かれた『それ』を呆然と見下ろしていた。
太陽の光を反射して、暴力的なまでの輝きを放つ直方体。
世界樹の森からエルフの次期女王へ、毎月送られてくるという「お小遣い」。
純度100パーセントの、純金塊(100キログラム)である。
「えへへぇ、おじしゃま、これで新しいお道具買ってね!」
ルナはニコニコと笑いながら、恐ろしい額の富を俺に向かって押し出してきた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」
その光景を見たゴルド商会のニャングルが、泡を吹いてひっくり返った。
「ひゃ、百キロの純金やとぉぉ!? あかん、あかんで! こんなモンがいきなり市場に流れたら、アナステシア大陸の貨幣価値がバグってハイパーインフレが起きるわ! 経済が崩壊してまうぅぅ!」
「……だろうな」
俺は農業系大学生(経済学部併修)としての知識を総動員し、冷静に頷いた。
こんなもの、おいそれと両替できるわけがない。トラクターを買う足しにでもしようかと思ったが、目立ちすぎるし、そもそもこの異世界にトラクターは売っていない。
「龍魔呂様。いかがなされますか?」
泥だらけのスーツを着たリバロンが、額の汗を拭いながら尋ねてきた。その目は、尋常ではないモノを見るように俺の顔と金塊を交互に窺っている。
「どうもこうもねぇよ。こんなモン放置しといたら盗っ人の的になるだけだ。……ちょうどいい、秋に向けて大根の漬物でも作ろうと思ってたところだ。重石として使うから、ハウスの裏に穴掘って塩漬けにしとけ」
「……は? つ、漬物石、ですか? 国家予算レベルの金塊を?」
「あぁ。重さといいサイズ感といい、完璧だろ。早くしろ」
俺は『URスコップ』を軽く振るって地面に数メートルの地下室(穴)を即席で作り、そこに純金塊を蹴り落とした。
上から塩と糠を被せ、とりあえず放置する。
「おじしゃま……私のお小遣い、土に埋まっちゃった……」
「金は天下の回り物だ。今は土の中で寝かしとけ。それより嬢ちゃん、昼飯は『肉椎茸』たっぷりのうどんにしてやるから、手ェ洗ってこい」
「うどん! 食べるぅ♡」
ルナは金塊のことなど一秒で忘れ、よだれを垂らしながら井戸へと走っていった。
(……まったく。田舎の農業は、予期せぬトラブルばっかりだぜ)
俺は新しいマルボロに火をつけ、紫煙を吐き出しながら空を見上げた。
◇ ◇ ◇
[幕間:三国合同・極秘通信会議]
『――報告は以上だ。世界樹の森からポポロ村へ、純金100キログラムという規格外の質量が転送されたことが確認された』
薄暗い空間に、三つのホログラム映像が浮かび上がっている。
ルナミス帝国のオルウェル内務官、レオンハート獣人王国のサイラス内務官、そしてアバロン魔皇国の諜報幹部。互いに覇権を争う三国の頭脳たちが、今日ばかりは一時休戦し、冷や汗を流しながら一つの『未知の脅威』について情報共有を行っていた。
『純金100キロだと……!? 馬鹿な、世界樹を擁するエルフたちとはいえ、それほどの流動資産を一度に動かすなどあり得ない!』
獣人王国のサイラスが、犬耳を逆立てて吠えた。
『だが、事実は事実だ。我がルナミス帝国の魔導通信網も、ポポロ村における莫大な富の集中を感知している。……問題は、あのドーム要塞に陣取る「覇王」が、その資金を何に使うかだ』
オルウェル内務官の重苦しい言葉に、場は水を打ったように静まり返った。
昨日、三国の国境警備隊は『未知の幻惑ガス(メロロンの匂い)』によって一夜にして部隊を無力化された。
さらに、裏社会を牛耳るゴルド商会が、突如として覇王と専属契約を結んだという情報も入っている。
『軍事要塞の建設、精神汚染兵器による無力化、巨大商会を抱き込んでの兵站網の構築。そして……国家を買えるほどの「軍資金」の調達』
アバロン魔皇国の幹部が、震える声で結論を口にした。
『間違いない。奴はあの莫大な金塊で、大陸全土から「傭兵団」を掻き集める気だ。我々の軍隊が幻惑ガスで足止めされている間に、数万規模の軍勢で三国を同時に飲み込むつもりだ……!』
『なんという男だ……! 我々が睨み合っている隙を突き、たった数日で世界の首根っこを完全に掴むとは!』
『もはや手遅れかもしれん……。我々は、とてつもない化け物を目覚めさせてしまったのだ……!』
三国の頭脳たちは、迫り来る「血で血を洗う大陸全土の侵略戦争」の足音に恐怖し、完全な絶望の淵に立たされていた。
まさかその「軍資金」が、今この瞬間、巨大な漬物樽の中で大根を美味しくするための『ただの重石』として活躍していることなど、彼らの優秀すぎる頭脳では想像もつかないのであった。
◇ ◇ ◇
「ぷはぁ、食った食った」
俺は肉の旨味がたっぷり染み出た『肉椎茸』のうどんを平らげ、箸を置いた。
ルナとキャルルは「お腹ぽんぽこりーん♡」とアホ面を晒して縁側で昼寝している。リバロンとニャングルも、食後のブラック缶コーヒーを飲んで「ビジネスのアイデアが止まらへん!」と何やら書類仕事に没頭していた。
「それにしても……」
俺は、ハウスの裏に山積みになっているコンテナを見下ろした。
UR農具の育成スピードが異常なせいで、『肉椎茸』や『米麦草』といった主食系の作物が、俺たち五人では到底食いきれない量にまで増殖してしまっていたのだ。
「ちょっと作りすぎちまったな。商人に卸す分を引いても、まだ余る」
極道のルールその四。『食い物は大事にする』。
せっかく丹精込めて育てた極上の野菜を、腐らせて捨てるような真似は絶対にできねぇ。
「……仕方ねぇ。ご近所付き合いってやつだ。ちょっと『炊き出し』にでも行ってくるか」
俺はスマホ通販で業務用の巨大な炊き出し鍋とパックを注文した。
村の境界線の向こう――国境付近で睨み合っている三国の兵士たち。あいつら、いつも不味そうな顔をしてメシを食ってたからな。
腹を空かせた連中に、極上の男飯を食わせてやる。
それが、農業を営む者としての『カタギの情』ってもんだ。
俺が余った食材で「炊き出しの弁当」を作り始めたことが、結果的に三国の軍事司令部を完全に崩壊(胃袋制圧)させる致命的な最後の一撃となることなど。
地下の漬物石(純金)と同じく、俺は微塵も気付いていなかったのである。
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