EP 5
極道流・勤怠管理。スパルタ労働コンプライアンス
深夜のパトロールをサボり、倉庫の裏でガチャを回そうとした挙句、ヤンデレ村長のトンファーで泥沼に沈められたA級冒険者フェイト・ラックと、底辺アイドルのリーザ。
翌朝、彼らを待ち受けていたのは、極道農家による容赦のない『更生プログラム』であった。
「……チッ。いいか、てめぇら。極道の世界じゃな、博打に狂ってシノギ(仕事)をおろそかにする若い衆は、指を詰めるか、タコ部屋で一生強制労働かの二択なんだよ」
ポポロ村の第三区画、太陽芋の広大な畑。
パジャマの上にドカジャンを羽織った鬼神龍魔呂が、真鍮製のライターをカチリと鳴らし、紫煙を吐き出しながらドス黒いオーラを放っていた。
「ひぃぃぃっ! す、すんません! もう深夜にポイント目当てのガチャ同盟なんて組みませんわぁっ!」
リーザは土下座しながら、涙目でタッパーを抱え込んでいる。
「……リーザ。てめぇは今日一日、鶏舎のフン掃除だ。終わるまで一切のポイント活動(ポイ活)を禁ずる」
「そ、そんなぁぁっ! 今日のログインボーナスがぁぁっ!」
泣き叫ぶリーザを無視し、龍魔呂は泥だらけのミスリルアーマーを着たフェイトを冷酷に見下ろした。
「フェイト。てめぇの病気(ギャンブル依存)は重症だ。月給三十万分の働きをさせるためにも、今日から俺の『極道流・勤怠管理(スパルタ労働コンプライアンス)』を適用する」
「き、勤怠管理……?」
フェイトが嫌な予感に身を震わせる。
「第一条。就業時間中の『コイントス』の全面禁止」
「なっ!?」
「第二条。てめぇが流していいのは、博打の時の脳汁じゃねぇ。太陽芋を掘るための純粋な『汗』だけだ。……日没までに、この区画の芋をすべて掘り起こせ。少しでもサボる素振りを見せたら、即座に『物理的な指導』が入るからな」
それは、ギャンブル中毒の男から唯一の精神安定剤を奪い、ひたすら単調な肉体労働を強いるという、地獄の更生プログラムの開始宣言であった。
◇ ◇ ◇
「うぅ……っ。クソッ、手が……手が震える……っ」
炎天下の太陽芋畑。
A級のステータスを持つフェイトにとって、芋を掘るという肉体労働自体は、実はそれほど過酷なものではない。剣術A、体術Aの彼なら、本気を出せばクワ一本で畑を更地にすることなど造作もないのだ。
だが、彼の『精神』はすでに限界を迎えていた。
ギャンブル中毒特有の禁断症状である。
「コイントスしてぇ……。コインを親指で弾き上げて、表か裏か、あの極限の運試しをしてぇ……っ! 脳汁を出さないと、死んじゃう……っ!」
フェイトは滝のような汗を流し、泥だらけの手をガタガタと震わせていた。クワを持つ手が定まらず、目の前の景色が歪んで見える。
(……一回だけだ。バレなきゃいい。一回だけ、ポケットの中の銀貨を弾いて、キャッチするだけなら……!)
フェイトは周囲を見回した。
龍魔呂は少し離れた畝で大根の様子を見ている。今ならいける。
フェイトはクワをそっと置き、ポケットから銀貨を取り出した。
親指の爪に乗せ、力を込める。
「(行くぜ……! 俺の、三百万分の一の奇跡……っ!)」
チンッ……!
微かな金属音と共に、銀貨が太陽の光を浴びて空高く舞い上がった。
「(おおおおっ! これだ! この空中を舞うコインの輝き! 俺の脳髄が歓喜で震えて……!)」
フェイトが手の甲でコインをキャッチしようとした、まさにその時。
ブォンッ! ガキンッ!!
「あッ!?」
突如、上空からマッハの速度で急降下してきた『超高性能ドローン』が、空中の銀貨に完璧なタイミングで激突し、遥か彼方の森の奥へと弾き飛ばした。
「はーい、みんな見てるー? 就業時間中に隠れてコイントスしようとした給料泥棒のコイン、私のドローンアタックで粉砕してやったよー!」
ドローンのスピーカーから、天使族キュララの無慈悲な実況音声が響き渡る。
「龍魔呂おじさんのコンプライアンス(規則)違反は、ゴッドチューブの規約違反よりも重いんだからねー! スパチャ(投げ銭)ありがとー!」
「お、俺の銀貨ぁぁぁっ! 今日のお昼ご飯代があぁぁっ!」
フェイトは頭を抱えて泥の上に崩れ落ちた。
配信のコメント欄は爆笑の嵐だ。
『見事な迎撃システムww』
『ドローンが完全に監視カメラ(物理)になってる』
『禁断症状出てるA級冒険者とか草生える』
『労働の尊さを思い知れ!』
「……チッ。クソッ、天使の野郎、上空から監視してやがったのか」
フェイトは歯ぎしりしながら立ち上がった。
だが、禁断症状は治まらない。むしろ、直前で邪魔されたことで、コイントスへの渇望はさらに肥大化していた。
(……コインがダメなら、別の丸いモノなら何でもいい! 表と裏さえ分かれば……!)
フェイトの血走った視線が、足元の泥の中に落ちていた『平べったい小石』を捉えた。
(これだ……! 片面に泥を塗って『裏』とする! これならドローンにバレずに……!)
フェイトは震える手で小石を拾い上げ、胸の高さで小さく弾き上げた。
「(さぁ、来い……! 表か、裏か……!)」
シュンッ……!
ドゴォォォォォォンッ!!!!!
フェイトが小石をキャッチするよりも早く、彼の右手のすぐ横(数ミリの距離)を、一億ボルトの紫色の電撃を纏った『タローマン特注安全靴』が、空間を切り裂くような上段蹴りで通り過ぎた。
蹴りの風圧だけで、空中の小石がチリとなって消滅する。
「ひぎゃぁぁぁっ!?」
「……見つけましたわ。龍魔呂様の神聖な就業規則を破ろうとする、薄汚い泥棒猫(サボり魔)を」
フェイトがへたり込んだ目の前に着地したのは、瞳孔の開いた漆黒のヤンデレオーラを立ち昇らせる、ウサギの村長キャルルであった。
「龍魔呂様は『コイントスを禁ずる』と仰られましたわ。石だろうが木の実だろうが、運を天に任せて弾き上げるその行為自体が、龍魔呂様への反逆(コンプライアンス違反)ですのよ」
「ヒィッ! わ、悪かった! もうやらねぇから、そのトンファーをしまってくれ!」
「ふふっ、次やったら、貴方のその『A級の首』を弾き上げて、表か裏か占って差し上げますわね♡」
キャルルは不気味に微笑みながら、パトロール(監視)に戻っていった。
上空からはドローン、地上からはヤンデレ。
完全に逃げ場を失ったフェイトは、滝のような汗を流し、虚ろな目でクワを握りしめた。
「……ははっ。金貨だ……。あんなところに、金貨の山が……」
ついに幻覚が見え始めたらしい。
フェイトはフラフラと歩き出し、畑の隅にあった黄色い石に向かって手を伸ばそうとした。
「あら、貧乏人。金貨の幻覚でも見ていますの?」
そこへ、優雅に扇子を扇ぎながら近づいてきたのは、セレブエルフのルナだった。
「コイントスがしたいなら、私が付き合って差し上げてもよろしくてよ。……ほら、これで弾いてみなさいな」
ズドォォォォォォンッ!!!!!
ルナがアイテムボックスから取り出した『重さ百キロの純金ブロック』が、フェイトの足元に叩きつけられた。
「弾けるものなら弾いてみなさい。表が出たら、その純金ごと貴方に差し上げますわ。裏が出たら、貴方の命(奴隷契約)を頂きますけれど」
「無理だろぉぉっ!! 百キロの金塊なんて親指でトスできるかぁぁっ!」
「あら、A級冒険者なのに、その程度の腕力もありませんの? 口ほどにもないですわね」
オーホッホッホ!と高笑いして去っていくルナ。
物理的な妨害、精神的なプレッシャー、そして財力によるマウント。
フェイトの心は、完全にポキリと折れかけていた。
(……ダメだ。もう、無理だ……。コイン……俺にコインを……)
フェイトは、ついに完全に狂った。
彼は手の中に『見えないコイン』があると思い込み、虚空に向かって親指を弾き上げる動作を始めたのだ。
「へへっ……。エア・コイントスなら、誰にも邪魔されねぇ……! さぁ、来い……表か、裏か……!」
フェイトが虚空を見つめ、満面の笑みで『見えないコイン』をキャッチしようとした――その瞬間。
ズドスッ……。
彼の目の前に、極道農家の巨大な安全靴が踏み込まれた。
「……あ」
フェイトが見上げると、顔の半分にドス黒い影を落とし、阿修羅のような闘気を放つ龍魔呂が、真鍮製のライターをカチカチと鳴らしながら見下ろしていた。
「……チッ。エア・コイントスだぁ? てめぇの頭は、完全にイカれちまってるようだな」
「りゅ、龍魔呂の旦那……! ち、違うんだ、これはただのストレッチで……!」
「極道流・就業規則の最終通達だ」
龍魔呂は、咥えていたマルボロを指に挟み、低く重い声で言い放った。
「俺のシマで弾き上げていいのは、畑の『土』だけだ。……てめぇが空中に舞い上げたいモンがあるなら、クワを使って、この畝の太陽芋を全部空に舞い上げてみせろ。……それができなけりゃ、明日の給料は出ねぇと思え」
「ひぃぃぃぃっ!! やります! やらせていただきますぅぅっ!」
フェイトは涙と鼻水を撒き散らしながら、猛烈な勢いでクワを振り下ろし始めた。
ザクッ! バサァァッ!
A級の体術と剣術のすべてが、土を掘り返すための力へと変換され、次々と巨大な太陽芋が宙を舞い始める。
「ふん。やればできるじゃねぇか」
龍魔呂は満足げに煙を吐き出し、その場を立ち去った。
極道流・勤怠管理(物理)。
それは、ギャンブル中毒の男の精神を一度完全にへし折り、労働の尊さ(恐怖)を骨の髄まで叩き込む、完璧な更生プログラムであった。
だが。
明日は待ちに待った『給料日(月給三十万)』である。
極道の恐怖で抑えつけられたフェイトのギャンブルへの欲望が、三十万という大金を手にした瞬間に大爆発し、隣町の『地下カジノ』への逃亡劇を引き起こすことになるとは、この時の龍魔呂はまだ知る由もなかった。
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