EP 6
村の危機! S級魔物と、奇跡の『縁立ち(100倍)』
給料の月給三十万円を握りしめて隣町の地下カジノへ逃亡し、パンツ一丁になるまで毟り取られた挙句、極道農家・鬼神龍魔呂の圧倒的な『脅迫(丁半博打)』によってカジノごと潰されて連れ戻されたクズ冒険者、フェイト・ラック。
彼は今、奪還してもらったピカピカのミスリルアーマーを再び身に纏い、涙目で太陽芋の畑の開墾(お仕置きの居残り労働)に励んでいた。
「ううぅ……すんません旦那。もう二度とカジノのイカサマディーラーに全財産をショートさせたりしません。だから、その背後からの赤黒い闘気を収めてください、マジで心臓が止まりそうです……」
「……チッ。若い衆のケジメ(反省)にしちゃあ、まだクワを振るスピードが遅ぇな。俺のシマの労働コンプライアンスをナメんじゃねぇぞ」
あぜ道の特等席にドカッと座った龍魔呂は、パジャマ姿のまま真鍮製のライターをカチリと鳴らし、マルボロの紫煙を吐き出していた。
「そうですわ、フェイトさん! 龍魔呂様がせっかくお給料を命がけで回収してくださったというのに、その程度の労働でへたばるなんて怠惰の極み! 私が安全靴でそのミスリルごと踏み潰して差し上げましょうか!?」
ウサギ耳を激しくピコピコと揺らしながら、ヤンデレ村長のキャルルがダブルトンファーをシュバババッと素振りして威嚇する。
「はーい、みんなお昼のゲリラ配信だよー! パンツ一丁から奇跡の生還を果たしたクズ冒険者が、今日も極道おじさんのスパルタ教育で限界を迎えていまーす!」
上空では天使族のキュララがドローンを巧みに操作し、フェイトの情けない労働風景を全世界に生配信していた。
――だが、その平和(?)なポポロ村の日常は、突如として訪れた大地の激しい咆哮によって、一瞬にして打ち砕かれることとなった。
ズズズズズズズズズズズンッ……!!!!!
「な、何事ですの!? 地鳴り……!? それも、ただの地震ではありませんわよ!」
タッパーに無料の麦茶を並々と注いでいた底辺ポイ活アイドルのリーザが、激しい揺れにグラスを取り落としそうになって叫んだ。
「あら、不快な地響きですこと。私の純金のピラミッドが倒れたらどうしてくれますの」
セレブエルフのルナが優雅に扇子を広げるが、その赤い瞳は村の境界線である北側の森を鋭く見つめていた。
森の巨大な木々が、まるでマッチ箱のように次々とドゴォォォン! バキィィィィン!と音を立ててへし折れ、吹き飛んでいく。
土煙の向こうから姿を現したのは、体長五十メートルを超える、山のような巨体を持った漆黒の魔獣であった。頭部には禍々しい四本の巨角が生え、その鋭い牙からは周囲の地面をドロドロに溶かす酸のヨダレが滴り落ちている。
「ギ、グオォォォォォォォォォォォォォォッ唱!!!!!!」
大気を引き裂くような凄まじい咆哮。その音圧だけで、太陽芋の畑の葉が一斉にむしり取られ、虚空へと舞い上がった。
「た、大変です! リスナーのみんな、大変な映像が撮れちゃいました!」
キュララのドローンが、その巨大な魔獣の姿をズームアップで捉える。
「ルナミス冒険者ギルドの危険度指定、最高ランク『S級』! 一国を滅ぼす災厄とされる伝説の魔獣――【古代暴獣ベヒーモス】です! なんでこんなクソ田舎の芋畑に現れるのよぉぉぉっ!」
ゴッドチューブのコメント欄は、一瞬で恐怖とパニックの弾幕で埋め尽くされた。
『S級魔獣キターーー(゜∀゜)ーーー!!』
『ベヒーモスとかマジで笑えないやつじゃん!』
『ポポロ村、今日で更地になるなwww』
『いくら極道おじさんでも、ベヒーモス相手は無理だろ!』
『避難しろ! 全員全滅するぞ!』
「S級……! あんなデカい魔物の体内にある『S級魔石』、ゴルド商会のオークションに出せば、一発で金貨数万枚のポイントになりますわ……! でも、戦ったら私、一瞬で消し炭(0円)になりますわぁぁっ!」
リーザが、損得勘定と生存本能の板挟みになってジャージの裾を震わせる。
「ふん、災厄の魔獣ですか。目障りですわね。……おい、キュララ。私のアイテムボックスから純金五百キロを取り出しなさい。今すぐ帝国の近衛騎士団を三個師団ほど金で雇って、あいつの前に人間の壁を築いてやりますわ!」
ルナが相変わらずの圧倒的財力による力技を提案するが、そんな猶予などどこにもない。ベヒーモスは真っ直ぐに、龍魔呂の命である太陽芋の畑へと向かって突進を開始していた。
「……チッ。どいつもこいつもガタガタ騒ぎやがって」
ズドスッ。
俺はゆっくりなあぜ道から立ち上がると、咥えていたマルボロを地面に捨て、安全靴でキッチリと踏み消した。
そして、羽織っていたドカジャンを無造作に脱ぎ捨て、パジャマの袖を肩まで捲り上げる。
ズウゥゥゥゥゥゥンッ……!!!!!
俺の全身から、これまでとは次元の違う、空間そのものをドス黒く歪ませるほどの圧倒的な『阿修羅の闘気』が爆発的に立ち昇った。畑の土が、俺の足元を中心に円状にめくり上がり、周囲の空気が重力に耐えかねたようにミシミシと悲鳴を上げる。
「神だろうが、伝説の獣だろうが、関係ねぇ。……俺の敷いたシマ(畑)を踏みにじる外道は、一粒残らず細切れにして、明日の大根畑の有機肥料に変えてやるよ」
俺が本気のカチコミ(武力行使)を仕掛けようと、右の拳に赤黒い闘気を極限まで収束させ、一歩を踏み出そうとした――まさにその時だった。
「――待ちなぁ、旦那」
ガシッ。
俺のドカジャンが脱ぎ捨てられたあぜ道の前に、白銀の輝きを放つミスリルアーマーが、スッと滑り込んできた。
クズ冒険者、フェイト・ラックである。
彼は泥だらけの顔を袖で拭うと、背中から二振りの『ミスリルソード』を静かに引き抜き、鋭い眼光で迫り来るベヒーモスを睨み据えた。
「フェイト? てめぇ、邪魔する気なら、その魔物ごとてめぇを肥溜めに沈めるぞ」
「へっ、手厳しいねぇ。……だがな、旦那。俺はカジノに逃げて旦那の面子を潰し、おまけに月給三十万の給料を命がけで回収してもらった身だ。……極道の世界じゃ、そういうのを『重大な不始末』って言うんだろ?」
フェイトは不敵な笑みを浮かべ、双剣をクルリと手の中で回転させた。
「A級冒険者、自警団リーダーとしてのケジメ……ここでキッチリと、月給三十万分以上の働きで見せてやるよ! ここは俺に任せてくれ!」
「……ほう」
俺は少しだけ闘気の出力を下げ、新入りの背中を見つめた。普通に戦えば、こいつは剣術A・体術Aの実力者だ。S級魔物が相手でも、時間稼ぎくらいは……。
だが、ギャンブル中毒の男の脳みそは、どこまでも『ロマン(一発逆転)』を追い求めるように作られていた。
フェイトは右手のミスリルソードをカチャリと鞘に収めると、おもむろに懐から『一枚の金貨』を取り出した。
「おい、てめぇ……! まさかこんな緊急事態に、またあのフザけた真似を……っ!?」
俺の額に青筋が跳ねる。
「い、いや! ここで普通に戦って勝っても、ただの『真面目な仕事』だろ! だが、ここで奇跡のダイスを振ってS級をワンパンしたら……俺は歴史に名を残す本物の『大英雄』だ! ここで決めなきゃ男じゃねぇ! 決めてやるぜぇぇっ!!!」
「普通に戦えっつってんだろ、このクズ野郎があぁぁっ!!」
俺の怒号を無視し、フェイトは親指の爪に金貨をセットした。
「ユニークスキル――『コイントス』!!!!」
キィィィィィィン……ッ!!!!!
フェイトの指によって弾き上げられた金貨が、ベヒーモスの放つ圧倒的な暴風の中を、キラキラと黄金の輝きを放ちながら空高く舞い上がった。
外れたら強制睡眠で即座にベヒーモスの踏み付けを食らってミンチになる、完全なる命懸けのデス・ギャンブル。
「来い……! 俺の、三百万分の一の……いや、世界の運命を変える、最強の『表』があぁぁっ!!」
ベヒーモスが咆哮を上げ、目の前まで迫る。突進の衝撃波で、フェイトの目の前の地面が爆発的にめくれ上がった。
そして、空中で激しく回転していた金貨が、そのめくれ上がった地面の、平らな『一枚の岩』の上へと落下した。
カラン……。
カラン、カラン……。
岩の上で激しくスピンする金貨。
フェイトは手の甲でキャッチする暇もなく、ただ地面の金貨を血走った目で見つめた。
表か、裏か。
――ピタッ。
金貨の回転が、完全に停止した。
「……あ、あれ?」
フェイトが間抜けな声を漏らした。
リーザも、ルナも、キャルルも、そしてドローンの向こうの数百万人のリスナーも、一斉に地面の金貨を凝視した。
そこにあったのは、輝かしい太陽の浮き彫り(表)でも、不吉なドクロの模様(裏)でもなかった。
金貨は、そのわずか数ミリしかない『縦の縁』の部分で、岩の上に寸分の狂いもなく、完璧に、真っ直ぐに直立していたのである。
ごうん……。
世界が一瞬、停止したかのような錯覚。
直後、フェイトの魔導通信石から、機械的な、だがどこか神々しいシステム音声が爆音で鳴り響いた。
『――イレギュラー判定を確認。確率、ゼロ・コンマ・ゼロゼロゼロ一パーセント。奇跡の【縁立ち】が発動しました』
『ユニークスキル隠しバフ適用:鬼神モード。フェイト・ラックの全ステータスを【100倍】、および全運気を【100倍】に書き換えます』
「……は?」
フェイトが呟いた、その瞬間。
ッドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
フェイトの身体から、ポポロ村の全域――いや、アナステシア世界の天界すらも突き破るほどの、凶悪なまでに眩い『白銀の神聖な闘気』が、巨大な光の柱となって天空へと爆発した。
その圧倒的なエネルギーの余波だけで、突進してきていたS級魔物ベヒーモスが「ブヒャッ!?」と間抜けな悲鳴を上げ、凄まじい風圧で数十メートルも後方へと消し飛ばされてズザーッと横転した。
「な、何ですのあの光の柱はぁぁぁっ!? スカウターの数値が、エラーを起こして爆発しましたわ!」
リーザがジャージの袖で目を覆いながら絶叫する。
「100倍……っ!? 私の総資産(純金)に匹敵するほどの、暴力的な魔力量ですわ……っ!」
ルナのエルフ耳が、あまりのエネルギーの衝撃波で激しくバタバタと震えている。
「ふは……ふはははは……っ! あはははははははははっ!!!」
白銀の光柱の中から、完全に『無敵の神』と化したフェイト・ラックが、ゆっくりと宙に浮き上がりながら現れた。
その全身からは、触れるものすべてを蒸発させるほどの高密度の白銀オーラが噴き出しており、泥だらけだったはずのミスリルアーマーが、まるで太陽のように目映く輝いている。
「見ただろ、旦那ぁっ! これが俺の、ギャンブル中毒の果てに行き着いた、究極のロマン砲だぜぇぇっ! 今の俺は、世界のすべてを指先一つでひねり潰せる……完全なる超戦士(神)だ!」
フェイトは、ゆっくりと地面に降り立つと、起き上がって恐怖に体をガタガタと震わせているS級魔物ベヒーモスに向かって、優雅に歩み寄った。ベヒーモスは、完全に格上の捕食者を前にした小動物のような目で、涙を流して後ずさりしている。
「おい、伝説の災厄さんよ。……俺のシマ(畑)の芋を踏もうとした罪、その身で購いな」
フェイトは、双剣すら抜かなかった。
彼は、右手の『中指』を親指に掛け、ベヒーモスの巨大な鼻先へと向けた。
能力100倍のデコピンである。
「食らいな。……『アルティメット・デコピン・コンプライアンス』」
パシィン。
ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
ただの指先の弾き。
それだけで、大気圏が真っ二つに裂け、ベヒーモスの巨体は一瞬にして重力の束縛を失い、マッハ50を超える光速の弾丸となって天空へと跳ね上げられた。
「グボァァァァァァァァァッッッ!!!!」
ベヒーモスは、雲を突き抜け、大気圏を突破し、ルナミス帝国の青空の彼方――完全なる『宇宙空間(星)』へと消し去られ、二度とこの大地に戻ってくることはなかった。
静寂が、太陽芋の畑に視覚的な静けさと共に戻ってきた。
一国を滅ぼすはずのS級魔物が、クズ冒険者の指先一つで、文字通り宇宙ゴミにされてしまったのだ。
キュララのドローン配信のチャット欄は、完全に機能停止の一歩手前まで大爆発していた。
『100倍ワロタwwwww』
『デコピンで宇宙まで飛んでったぞおいww』
『縁立ちって本当に起きるんだな……』
『クズ冒険者が完全に人類最強のヒーローになった瞬間』
『普通に戦うより強いの草』
「……ふぅ。ケジメ、完了だぜ、旦那」
白銀のオーラを全身から神々しく立ち昇らせたフェイトは、ミスリルアーマーの襟を正し、俺に向かってドヤ顔でサムズアップを決めた。
「……ほう。やるじゃねぇか、新入り」
俺は脱ぎ捨てていたドカジャンを拾い上げ、肩にかけながら、フッと口角を上げた。
カジノでパンツ一丁になった大バカ野郎だが、この『100倍』の力だけは、認めざるを得ねぇ。月給三十万の働きとしては、お釣りが来るレベルだ。
だが、無敵のパワーというものは、人間の『傲慢さ』をこれ以上ないほどに肥大化させる。
「ひっひっひ……! 見たかよ! これが俺の実力よ! おい旦那、これだけの大手柄だ、明日からの俺の給料……月額【百万円】にアップしても文句はねぇよなぁ!? これからは俺様を『ポポロ村の守護神』って呼びな!!」
フェイトは、100倍の力を完全に我が物顔で誇り、腰に手を当てて天に向かって傲慢に笑い始めた。
俺の眉間に、先ほどよりも深い『ドス黒いシワ』が、ギチギチと刻み込まれていく。
「……おい、新入り。調子に乗るのも、大概にしとけよ」
カチリ。俺は真鍮製のライターを鳴らし、拳の闘気を再び赤黒く滾らせ始めた。
奇跡の100倍バフでヒーローとなったフェイトだが、その傲慢な態度が、極道農家の『絶対的な理不尽の逆鱗』に触れ、次なる時間のタイマン制裁(お仕置き)へと発展することになるのを、狂喜乱舞するクズ冒険者はまだ気づいていなかったのである。




