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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 3

A級の実力と、致命的なコイントス依存症

 ポポロ村の第三区画。

 夕焼けが空を赤く染め始める頃、広大な太陽芋の畑には、絶望的な疲労困憊で泥の海に沈みかけている一人の男の姿があった。

「ぜぇ……ぜぇ……っ。ほ、掘ったぞ……。これで、今日のノルマは達成だろ……。俺の月給三十万……」

 ルナミス新聞社の懸賞で当てたピカピカのミスリルアーマーを全身泥だらけにしたA級冒険者、フェイト・ラックは、力なくクワを放り出してへたり込んだ。

「……チッ。遅ぇよ。極道の若い衆なら、その倍の面積は耕してる時間だぞ」

 あぜ道に座り、パジャマ姿でマルボロを吹かしていた極道農家・鬼神龍魔呂が、忌々しげに煙を吐き出す。

「龍魔呂様! あのような給料泥棒、私が安全靴で踏み潰して、太陽芋の堆肥にして差し上げましょうか!?」

 隣でヤンデレ村長のキャルルが、ダブルトンファーを素振りしながら物騒な提案をしている。

 その時だった。

 ジリリリリリリリリリッ!!

 ポポロ村の中央監視塔から、けたたましい魔導警報のベルが鳴り響いた。

「なっ!? なんだこの音は!?」

 フェイトが跳ね起きる。

「大変ですわ、龍魔呂様!」

 上空でドローンを飛ばしていた天使族のキュララが、慌てた声で高度を下げてきた。

「村の北側の森から、魔物の群れが接近しています! 下級魔物の『ゴブリン』ですが、その数、およそ五十匹! 一直線にこの太陽芋の畑と、極上メロロンのビニールハウスを狙ってきてますーっ!」

「……あぁ?」

 龍魔呂の顔の半分に、ドス黒い影が落ちた。

「俺のシマ(畑)のシノギを荒らそうってのか……。いい度胸してんじゃねぇか、外道どもが」

 ギリッ……と、龍魔呂が極道の闘気を立ち昇らせようとした、その瞬間。

「おい、ウサギの村長さんよ。俺のミスリルソードを返しな」

 泥だらけのフェイトが、立ち上がって手を差し出していた。

 その瞳には、先ほどまでのガチャ廃人の濁った光はなく、一流の闘争を求める『本物の冒険者』の鋭い眼光が宿っていた。

「……龍魔呂の旦那。俺は芋を掘るために月給三十万で雇われたわけじゃねぇ。村の防衛(自警団リーダー)……それが俺の本当の仕事シノギだろ?」

 フェイトは不敵な笑みを浮かべ、泥にまみれた前髪をかき上げた。

「……チッ。一丁前な口を叩きやがる。おいウサギ、こいつのオモチャを返してやれ」

「……龍魔呂様がそう仰るなら。ほら、受け取りなさいな、この泥棒猫男!」

 キャルルが没収していた二振りのミスリルソードを無造作に投げ渡す。

 ガシッ。

 フェイトは空中で二本の剣の柄を同時に掴み取り、空中でクルリと反転させて鞘から引き抜いた。

 シャキィィィィンッ!

 ミスリルの美しい刀身が、夕陽を反射して白銀の輝きを放つ。

「行くぜ……! A級冒険者、フェイト・ラックの本当の実力、見せてやるよ!」

 ドゴォォォンッ!!

 フェイトが地面を蹴った瞬間、泥が爆発的に吹き飛んだ。

 彼は瞬きする間に、畑の北側に迫っていた五十匹のゴブリンの群れの真っ只中へと突撃していた。

「ギギャァァッ!?」

「双剣技・第一の型――『白銀の乱れ桜』!!」

 ズバババババババババッ!!!

 フェイトの身体から、強烈な青白い『闘気』が噴き出した。

 それは極道の赤黒い闘気とは違う、正統派の冒険者が練り上げる美しく鋭いオーラだった。

 二振りのミスリルソードが、残像すら残さない神速の剣舞となってゴブリンの群れを切り刻んでいく。一振りで三匹、四匹のゴブリンが同時に宙を舞い、絶命して魔石へと還っていく。

「おおっ!? すごい、すごいですわ! あの男、口だけのクズかと思ってましたけど、本当に剣術A・体術Aの動きですわ!」

 タッパーを抱えた底辺ポイ活アイドルのリーザが、目を丸くして驚愕する。

「それに、ゴブリンの魔石! あんなに大量に……! ゴルド商会に売れば、一つ銅貨五十枚のポイントになりますわぁぁっ!」

「ふん、下等な魔物相手にイキって。……ですが、身のこなしだけは評価してあげてもよろしくてよ」

 セレブエルフのルナも、扇子越しに少しだけ感心したように頷く。

「はーい、みんな見てるー!? ガチャ廃人のクズ冒険者が、無双モードに入ったよー! コメント欄も『普通に戦えばクソ強いじゃん!』『顔が良いから余計に腹立つww』って大盛り上がりでーす!」

 キュララのドローン配信も、フェイトの華麗な剣技に沸き立っていた。

 ものの数分で、五十匹の下級ゴブリンは全滅した。

 だが、真の脅威はその後方に控えていた。

「グルォォォォォォォォッ!!!」

 地響きを立てて森から現れたのは、身の丈三メートルを超える巨大な『ボスゴブリン』であった。その手には、大木を丸ごと削り出したような凶悪な棍棒が握られている。

「……チッ。親玉のお出ましってわけか」

 フェイトは双剣を構え直し、ニヤリと笑った。

「おい、新入り」

 背後から龍魔呂の低い声が飛ぶ。

「遊んでねぇで、とっととそいつの首を落としてシノギ(仕事)を終わらせろ」

「あぁ、分かってるぜ旦那! だがな……こういうデカい獲物を仕留める時こそ、最高に『魅せる』のが一流の冒険者ってもんだろ!」

 フェイトは、右手のミスリルソードをカチャリと鞘に収めた。

 そして、空いた右手で、懐から『一枚の銀色のコイン』を取り出した。

「おい、てめぇ……! こんな時に何してやがる!」

 龍魔呂がドカジャンのポケットから手を出して怒鳴る。

「い、いや! ここで決めたら、俺はこの村の完全なヒーローだ! 決めてやるぜぇぇっ!!」

 フェイトの目に、再びあの『ギャンブル中毒(ガチャ廃人)』の狂った光が宿った。

 彼は、ボスゴブリンが巨大な棍棒を振り上げているという絶体絶命のタイミングで、己の最強にして最悪のユニークスキルを発動した。

「ユニークスキル――『コイントス』!!!」

 キィィィィィン……!

 フェイトの親指で弾き上げられたコインが、夕陽の光を反射しながら、スローモーションのように空中を舞う。

 このスキルは、コインの表が出れば『ステータス(能力)と運気が2倍』になるという、強力な自己バフスキルである。

 だが、ハズレが出た場合のデメリットは、あまりにも致命的だった。

「来い……! 俺の、三百万分の一の奇跡……!!」

 フェイトが祈るように手の甲でコインをキャッチし、そっと手を開いた。

 そこにあったのは。

 ――『ハズレ』。

「…………あ」

 フェイトの表情から、一瞬にして全生命力が抜け落ちた。

 直後、彼を包んでいた強力な青白い『闘気』が、プシュゥゥゥッ……と情けない音を立てて完全に霧散した。

 持っていたミスリルソードが重耐えきれなくなったかのように、ポロリと手からこぼれ落ちる。

「……う〜ん」

 フェイトは、突進してくる巨大なボスゴブリンを前にして、両手で自分のお腹をさすり始めた。

「なんだか、急に体調が悪くなってきたわ……。熱っぽくて、関節も痛いし……」

「はぁ!?」

 リーザとキュララが同時に素っ頓狂な声を上げる。

「うん、これ絶対インフルエンザだわ。無理して働いたらみんなに移しちゃうしな。……ごめん旦那、俺、今日はもう早退するわ。お疲れ様でしたー」

 ドサッ。

 フェイト・ラックは、振り下ろされようとするボスゴブリンの巨大な棍棒の真下で、完全に無防備な状態のまま丸くなり、スヤスヤと『眠り(強制睡眠)』に落ちてしまったのである。

 これが、ユニークスキル『コイントス』の真の恐ろしさ。

 ハズレを引いた瞬間、強制的に強烈な『体調不良デバフ』と『睡眠状態』に陥るという、ギャンブル中毒者にとって最悪のペナルティであった。

「グオォォォッ!?」

 ボスゴブリンでさえ、「え、こいつ急に寝たんだけど?」というように困惑し、棍棒を振り下ろすのを一瞬躊躇した。

 だが、その一瞬の躊躇が、ボスゴブリンの命運を決めた。

「…………て、めぇぇぇっ!!!」

 ドズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!

 戦場を、ドス黒い、底なしの殺意が覆い尽くした。

 阿修羅の如き怒りの形相となった鬼神龍魔呂が、パジャマの裾をバチバチと鳴らしながら、一瞬にしてボスゴブリンの眼前にワープしていた。

仕事シノギの途中で……勝手に早退してんじゃねぇぇぇっ!!!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 龍魔呂の極道の右ストレートが、ボスゴブリンの分厚い腹の肉に、マッハの速度で深々と突き刺さった。

 一切のスキルも使わない、純粋な『暴力(極道コンプライアンス)』の炸裂。

「ギ、ゲベッ……!?」

 ボスゴブリンの巨体が、くの字にへし折れ、そのまま後方の森の木々を数十本なぎ倒しながら、遥か彼方へと星になって吹き飛んでいった。

 完全なるオーバーキル。

 だが、龍魔呂の怒りは魔物を粉砕しただけでは収まらなかった。

「……起きろ、このクズ野郎が」

 龍魔呂は、泥の中で幸せそうに鼻提灯を膨らませているフェイトを見下ろし、真鍮製のライターをポケットにしまった。

 そして。

「極道流・目覚まし(タイムカード強制打刻)――『カチコミ・ドロップキック』!!」

 メシャァァァァァッ!!

 体重百キロを超える巨漢の安全靴による、容赦のない脳天直下型ドロップキックが、眠れるA級冒険者の顔面にクリーンヒットした。

「ぐはぁぁぁぁぁぁっ!?」

 強烈な痛みによって、スキルの強制睡眠から無理やり叩き起こされたフェイトが、鼻血を吹き出しながら泥の上をカエルのようにバウンドして転がった。

「い、痛ってぇぇっ! なんだ!? 何が起きた!?」

 パニックになるフェイトの胸ぐらを、龍魔呂がドス黒いオーラと共に再び持ち上げる。

「いいか、若造。俺たち極道の世界じゃな……てめぇのタマが尽きるか、俺が『帰っていいぞ』って言うまでが、契約シノギの時間なんだよ。……職場でコイントスして勝手に寝るようなふざけた真似、二度と俺のシマでやらせねぇぞ」

「ひ、ひぃぃぃぃっ! す、すんません! すんません組長ぉぉっ!」

 フェイトは完全にヤクザの親分に詰め寄られるチンピラの顔になり、ガタガタと震え上がった。

 配信のコメント欄は、かつてないほどの大爆笑に包まれていた。

『普通に戦えよwww』

『コイントス(自爆)』

『ボスゴブリンよりおじさんの方が100倍怖い』

『極道流・強制労働コンプライアンスの完成である』

 圧倒的なポテンシャルを持ちながら、自らのギャンブル中毒によって全てを台無しにする男、フェイト・ラック。

 彼と、規律コンプライアンスを重んじる極道農家との果てしない戦いは、まだ始まったばかりであった。

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