EP 2
懸賞のミスリル装備と、札束のエルフ
ポポロ村の第三区画。広大な『太陽芋』の畑。
初夏の日差しが照りつける中、ポポロ村の防衛力強化(シマの警備)のために月給三十万で雇われたはずのA級冒険者、フェイト・ラックは、なぜかクワを持たされて泥まみれになっていた。
「うぅぅ……。なんでこの俺が、こんな泥臭い農作業を……。俺のステータスは剣術A、体術Aだぞ! 農作業スキルなんてGマイナスだ!」
フェイトは、全身を覆う銀色の『ミスリルアーマー』を泥で汚しながら、泣き言をこぼしてクワを振るっていた。
魔物を一刀両断するはずの二振りの『ミスリルソード』は、ヤンデレ村長キャルルによって没収され、今はただの農具による純粋な肉体労働を強制されているのだ。
「……チッ。ガタガタ抜かしてねぇで手を動かせ。極道の給料は、汗と泥の結晶なんだよ」
畑のあぜ道にドカッと座り込んだ極道農家・鬼神龍魔呂が、パジャマ姿のままマルボロの紫煙を吹かし、ドス黒いオーラでフェイトを監視している。
「龍魔呂様、あのようなサボり魔の泥棒猫男、私が安全靴で蹴り飛ばして、もっと深く土に埋めて差し上げましょうか?」
その隣では、キャルルがダブルトンファーを素振りしながら、いつでも『月影流・破衝撃』を放てる態勢で待機している。
「はーい、みんな見てるー? 初日からバックレようとして極道おじさんに捕まったクズ冒険者が、今、半泣きで芋を掘ってまーす! これぞ究極の罰ゲーム!」
上空では、天使族のキュララがドローンをホバリングさせ、全世界に向けてその無惨な姿を生配信していた。
『A級冒険者の末路www』
『ミスリルアーマー着て芋掘りとかシュールすぎる』
『給料泥棒には極道おじさんの物理制裁が一番効く』
『でもこいつ、なんであんなすげぇ装備持ってんだ?』
コメント欄の疑問を代弁するように、タッパーに無料の麦茶を詰めてきた底辺ポイ活アイドルのリーザが、フェイトの銀色の鎧をマジマジと見つめた。
「それにしてもフェイトさん。貴方、どう見てもポンコツでギャンブル中毒ですのに、どうしてそんな一級品の『ミスリル装備一式』なんて持ってますの? ミスリルなんて、王国の騎士団長クラスがようやく支給されるような超高級品じゃありませんこと?」
リーザの言葉に、フェイトはピタリとクワを持つ手を止めた。
そして、泥だらけの顔に不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てて胸を反らした。
「ふっふっふ……。よくぞ聞いてくれた、ポイ活のねーちゃん! このミスリルアーマーとソードはな……俺が稼いだ金で買ったもんじゃねぇ!」
「稼いでないなら、まさか盗品ですの!?」
キャルルがトンファーを構える。
「違う違う! これはな……『ルナミス新聞社』が主催した、創立百周年記念の『大懸賞キャンペーン』で、見事一等賞を引き当てた戦利品なんだよ!」
フェイトは懐から、一枚の銀色のコインを取り出し、親指でピンッと弾き上げた。
「応募総数、なんと三百万通! その中から最終選考に残った二人が、新聞社の本社で『コイントス』の決打を行ったんだ。表が出れば俺の勝ち。裏が出れば相手の勝ち……。その極限のプレッシャーの中、俺の弾いたコインは……見事『表』を出しやがったのさ!」
チンッ……。
コインをキャッチしたフェイトの顔は、かつての栄光(ギャンブルの快感)を思い出して恍惚に染まっていた。
「あの時の脳汁が爆発する感覚……! 三百万分の一の奇跡を、たった一枚のコインで掴み取った俺の『運気』! それ以来、俺は確信したんだ。真面目に働くなんてバカバカしい。人生はコイントス一つで、一瞬にして最高(UR)のステータスに跳ね上がるんだってな!」
彼がなぜ、あのような下らない理由で仕事をサボり、宝くじサイト(ガチャ)を回し続けるクズになってしまったのか。
その原体験こそが、この「懸賞でのミスリル装備当選」という、ビギナーズラックの極みであったのだ。
「どうだ、すげぇだろ! 俺の運勢は常に最強なんだよ! だから月給三十万なんて、俺が本気でガチャを引けば一瞬で……!」
フェイトが鼻高々に自慢話を締めくくろうとした――まさにその時だった。
「……ふふっ。あははははは!」
畑の端から、高貴なエルフの絹を裂くような、見下しきった高笑いが響き渡った。
「なんだぁ? エルフのねーちゃん」
フェイトが訝しげに振り返る。
そこに立っていたのは、最高級のシルクのドレスを泥も気にせずに着こなし、扇子で口元を隠した金満エルフ――ルナであった。
「三百万分の一? 懸賞でミスリル? ……あぁ、可哀想に。下等な人間というのは、そのような運任せの薄っぺらい奇跡にすがらなければ、良い装備一つ手に入らないのですわね」
ルナの赤い瞳が、冷酷なまでの『財力マウント』の色を帯びてフェイトを射抜く。
「な、なんだと!? てめぇ、俺の奇跡のコイントスをバカにしてんのか!」
「バカにしているのではなく、哀れんでいるのですわ。……いいこと、貧乏人。私のような『真のセレブ』にとって、奇跡や運などという不確定要素は、ただのノイズに過ぎません」
ルナは、空間収納に手を突っ込んだ。
「懸賞で一つだけミスリル装備が欲しい? ……私なら、そんな面倒な抽選など待ちませんわ」
ズドォォォォォォンッ!!!!!
ルナが取り出した『純度百パーセント・重さ百キロの純金ブロック』が、畑の柔らかい土の上に重々しい音を立てて鎮座した。
フェイトの目が、スイカのように丸く見開かれる。
「る、ルナミス新聞社が主催したのなら……その新聞社ごと、この純金で『買収』してしまえばいいだけの話。社長の首をすげ替え、懸賞の景品であるミスリル装備の製造ラインを完全に独占し、私専用のミスリル工房を作らせますわ。……運? 抽選? 笑わせないで。金(純金)さえ積めば、確率など『百パーセント』に書き換えられるのですから」
「き、新聞社ごと買収……っ!? ひ、百パーセントだとぉぉっ!?」
フェイトは、圧倒的なスケールの違い(金銭感覚のバグ)を見せつけられ、持っていたコインを取り落とした。
だが、ルナの容赦のない札束での殴打は止まらない。
「あら? 貴方、その程度の純金で驚いていますの? では……これならどうかしら」
ズドン! ズドン! ズドン!
ルナはアイテムボックスから、レンガを積むように次々と純金ブロックを取り出し、太陽芋の畑の中に『純金のピラミッド』を築き上げ始めた。
「ひぃぃぃぃっ!? な、なんだこれぇぇっ!? 目が、眩しいっ!」
フェイトが両目を押さえて後ずさる。
「貴方のそのミスリルアーマー、確かに良い品ですが……デザインが少し庶民的ですわね。私なら、それに純金をコーティングして、さらに高位の魔力石を百個ほど散りばめさせますわ。……ふふっ、運にすがるギャンブラーのプライドなど、私の財力の前では、紙くず以下の価値もありませんのよ!」
オーホッホッホ!と高笑いするルナ。
ギャンブルで得た栄光を心の支えにしていたフェイトのちっぽけなプライドは、エルフの暴力的なまでの『圧倒的財力』によって、完全に粉砕されてしまったのである。
配信のコメント欄も、ルナの無慈悲なマウントに大盛り上がりだ。
『懸賞(運) VS 買収(財力)』
『新聞社ごと買収は草』
『エルフ様、容赦なさすぎぃ!』
『クズ冒険者のプライドが音を立てて折れたww』
『ポイ活アイドルが純金の裏側でヨダレ垂らしてるぞ!』
「ルナ様! この純金ブロック、私が新聞屋のポイントカードを作ってから支払いに使ってもよろしいですわよね!? ポイント還元で、私の一生分の生活費が……っ!」
リーザが純金に頬を擦り付けながら狂喜乱舞している。
「……おい」
ピタッ。
純金のピラミッドの奥から、底冷えするような極道の声が響いた。
ルナの高笑いも、リーザのポイ活の計算も、フェイトの絶望も、すべてを一瞬で凍りつかせる、阿修羅のプレッシャー。
龍魔呂が、マルボロを指に挟み、ゆっくりと立ち上がっていた。
「……チッ。ルナ。俺のシマ(畑)に、勝手にデカい鉄の塊(金塊)を置きやがって。土が固くなって、太陽芋の発育が悪くなんだろうが」
「りゅ、龍魔呂……っ。こ、これはその、この下等な男に教育を……」
ルナのエルフ耳がシュンと垂れ下がる。
「フェイト。てめぇもだ」
龍魔呂は、放心状態のフェイトの胸ぐらを片手で軽々と持ち上げた。
「懸賞だの、新聞社だの、くだらねぇことベラベラ喋ってねぇで……とっととクワを振れ。てめぇの着てるミスリルが、運で手に入れたモンだろうが金で買ったモンだろうが、俺には関係ねぇ。俺のシマで価値があるのは、泥にまみれて『芋』を掘り出す、てめぇ自身の肉体の労働だけだ」
ドサッ。
龍魔呂はフェイトを土の上に放り投げ、冷たく見下ろした。
「……日が暮れるまでに、その畝の芋を全部掘り出せ。終わらなけりゃ、明日の朝飯の豚汁は抜きだからな」
「ひ、ひぃぃぃっ……! やります! 掘ります! 掘らせていただきますぅぅっ!」
フェイトは涙目になりながら、慌ててクワを拾い上げ、狂ったように土を掘り返し始めた。
ギャンブル中毒のクズ冒険者にとって、極道農家の『労働コンプライアンス』は、いかなる強敵よりも恐ろしい地獄のスパルタ教育であった。
だが、彼の持つ「A級のステータス」と、狂気のユニークスキル『コイントス』が、この後、ポポロ村に思わぬ騒動(と爆笑の結末)をもたらすことになろうとは、まだ誰も予測していなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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