第十六章 クズ自警団の着任と、呆れた言い訳
ポポロ村は今、かつてないほどの好景気に沸いていた。
極道農家・鬼神龍魔呂が丹精込めて育て上げた『お祈りレタス』や『太陽芋』、そして魔性の『極上メロロン』は、帝都ルナミスの市場で飛ぶように売れ、村の財政は潤いまくっている。
だが、富があるところには、それを狙う野盗や魔物も集まってくるのが世の常(ファンタジーの定石)である。
そこで俺は、村の防衛力(シマの警備)を強化するため、ルナミス冒険者ギルドから一人の男をスカウトした。
名は、フェイト・ラック。年齢25歳。人間族の男。
剣術A、体術A、魔法適性B、さらに極道にも通じる『闘気』の扱いがAランクという、申し分のないステータスを誇るA級冒険者だ。
雇用契約は月給三十万円。危険手当や福利厚生(俺の美味い三食の飯)つきという、冒険者としては破格の好待遇(ホワイト極道コンプライアンス)である。
そして迎えた、フェイトの着任初日の朝。
「……チッ。どういうことだ、これは」
村長宅の広い縁側で、俺はパジャマの上にドカジャンを羽織り、真鍮製のライターでマルボロに火をつけながら、ドス黒いオーラを放っていた。
目の前の庭には、ヤンデレ村長のキャルル、底辺ポイ活アイドルのリーザ、セレブエルフのルナ、配信天使のキュララが整列している。
だが、肝心の新入り(フェイト)の姿がどこにもない。
時計の針は、すでに始業時間の午前八時を回っていた。
「初日から無断欠勤とは、いい度胸してんじゃねぇか。あいつ、どこ行きやがった」
「あ、あのですね、龍魔呂様……」
リーザが、手元の魔導通信石(スマホのような端末)を操作しながら、気まずそうに手を挙げた。
「先ほど、新入りのフェイトさんから、私宛てに欠勤の連絡が入っておりまして……。『身内に不幸があって、急で申し訳ありませんが、お休みを下さい』とのことですわ」
「……あぁ?」
俺は眉間に深いシワを寄せた。
「身内に不幸だぁ? あいつ、昨日の面接の時も『今日は身内の葬式が……』って言って遅刻してこなかったか?」
「え、ええ。実はその……今日のメッセージには続きがありまして」
リーザは画面をスクロールし、額に汗をかきながら読み上げた。
「『親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んだから、どうしても葬式に行かなくちゃいけないんだ。ゴメンね☆』……と、最後に犬のスタンプが添えられていますわ」
ピキッ。
俺の額に、明確な青筋が浮かび上がった。
「……もう関係ねぇじゃん。ただの他人の犬じゃねぇか」
「しかも、犬のスタンプって舐め腐ってますわね……!」
「龍魔呂様のシマ(畑)を守るという、月給三十万の神聖な契約を、そのような下らない言い訳で反故にするとは……っ!」
隣で聞いていたヤンデレ村長キャルルのウサギ耳が、ピンと怒りで直立した。
「許せませんわ! 龍魔呂様、私が今すぐあの男を探し出し、月影流・破衝撃で粉微塵にして、ポポロ村の新しい肥料に変えて差し上げますわ!」
キャルルが腰のダブルトンファーを引き抜き、タローマン製の特注安全靴に紫色の電撃をバチバチと纏わせる。
「はーい、みんなおっはよー! 今日の配信は『初日からバックレた月給三十万のクズ冒険者を、極道おじさんがカチコミに行く回』でーす! 絶対神回になるからチャンネル登録よろしくねー!」
キュララが、ウキウキとドローンを起動して生配信を開始する。
「ふふっ、たかか月給三十万で雇われるような下等な冒険者ですもの。所詮はその程度の責任感ですわ。……私の純金百キロを積めば、もっとマシな奴隷がいくらでも……」
ルナが扇子で口元を隠して笑うが、俺は無言で縁側から立ち上がった。
「……てめぇら、ガタガタ騒ぐな。契約を破った若い衆には、雇い主(組長)が直々に『勤怠管理』をつけてやるのが極道のコンプライアンスだ」
俺はドカジャンの襟を直し、安全靴の踵を鳴らした。
「行くぞ。あいつの魔導石のGPS反応は、村の裏手(倉庫の裏)を指してやがる」
ポポロ村の裏手にある、巨大な農業用倉庫の陰。
そこには、全身を銀色に輝く『ミスリルアーマー』で包み、背中に二振りの『ミスリルソード』を背負った、金髪で無駄に顔の良い25歳の青年――フェイト・ラックが、木箱に腰掛けていた。
「……ふぅ。朝の一服は最高だぜ」
彼は、ポポロ村特産の煙草『ポポロ・シガレット』を美味そうに吹かしながら、片手に魔導通信石を持ち、もう片方の手で『一枚の硬貨』を弄んでいた。
チンッ……。
親指でコインを高く弾き上げ、手の甲でキャッチする。
「よし、表だ! 今日の俺の運気は絶好調! この波に乗って、魔導通信石の宝くじサイト(ガチャ)を引くぜ!」
フェイトは、親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬の死を悼む素振りなど微塵も見せず、画面を狂ったようにタップし始めた。
「来い来い来い来い……URの伝説の剣、来いっ! ……ああっ! クソッ、またレア度の低い『銅の剣』かよ! もう一回! 次こそ絶対に出るはずだ!」
ガチャ。ポチポチポチ。ガチャ。
完全なる『ギャンブル中毒(ガチャ廃人)』の姿がそこにあった。
ザクッ、ズドスッ……。
背後から響く、圧倒的に重く、ドス黒い足音。
「ひゃっほーい! ……ん?」
フェイトがスマホから目を離し、背後を振り返る。
そこには、顔の半分に暗黒の影を落とし、赤黒い『阿修羅の闘気』を間欠泉のように噴き上げている極道農家(雇い主)と、その後ろで殺意を剥き出しにするヤンデレのウサギ、そしてカメラを回す天使が立っていた。
「ひぃッ!?」
フェイトはビクッと肩を跳ねさせると、咄嗟にスマホを懐に隠し、額を押さえてわざとらしく苦悶の表情を浮かべた。
「あ、あいたた……。いやぁ、龍魔呂の旦那。すんません、急な訃報に胸が締め付けられて、どうにも動けなくて……。親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬の『ポチ』の顔が思い浮かんじゃって……うぅっ、悲しいぜ……」
「……ポチ、だと?」
俺は真鍮製のライターをカチリと鳴らし、ゆっくりとフェイトに近づいた。
「てめぇ、さっき魔導石の画面見ながら『UR来い』とか叫んでなかったか?」
「い、いやっ! それはその……ポチの冥福を祈るための、お経みたいなもんでして!」
「ふざけるなですわぁぁっ!」
俺が手を出すより早く、キャルルが猛烈な勢いで飛び出した。
「親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬なんて、赤の他人以下の関係ではありませんか! そんな下らない言い訳で龍魔呂様との神聖な契約をサボる泥棒猫以下のクズ男は、私の安全靴で脳天をカチ割って差し上げますわぁっ!」
バチィィィィッ!
キャルルのタローマン特注安全靴に、一億ボルトの紫色の電撃が走る。
「ひぎゃぁっ!? や、やめろウサギ娘! 俺のこのミスリルアーマーに傷がついたらどうすんだ!」
フェイトは慌てて背中のミスリルソードに手をかけようとする。
だが、それよりも早く、俺の左手がフェイトの胸ぐらをガッチリと掴み上げ、巨体を中空へと持ち上げた。
「……てめぇ。月給三十万の契約を何だと思ってやがる」
俺の声が、地を這うような重低音で響く。
「極道ってのはな……『義理(契約)』と『人情(給料)』で動く生き物なんだよ。俺の出した三十万を受け取るってことは、俺のシマのルール(労働)に命を懸けるってことだ。……犬の葬式だかガチャだか知らねぇが、俺の面子を潰すようなふざけた真似は、金輪際許さねぇぞ」
「ひ、ヒィィッ……! あ、あんた、本当に農家かよ……っ。ただの反社の親分じゃねぇか……っ」
フェイトは、俺の放つプレッシャーに顔面を蒼白にさせ、ガタガタと歯を鳴らした。
「おい、ウサギ。こいつの武器を没収しろ」
俺はフェイトを地面に投げ捨てると、クワを片手に持ち直した。
「今日からてめぇの仕事は、自警団のパトロールじゃねぇ。……第三区画の『太陽芋』の畑の開墾だ。日が暮れるまで、ひたすら泥にまみれて芋を掘り続ける、純粋な肉体労働を命じる」
「い、芋掘り!? 冗談じゃねぇ! 俺はA級冒険者だぞ! こんな高価なミスリルアーマーを着て、泥まみれになんてなれるか!」
「……やるか、ウサギのトンファーの錆(肥料)になるか。どっちか選べ」
「……イモ、喜んで掘らせていただきます……」
配信のコメント欄は、爆笑の渦に包まれていた。
『初日からバックレるA級冒険者www』
『犬の葬式(赤の他人)』
『ポイ活アイドルとガチャ廃人の冒険者……ポポロ村はどうなってるんだww』
『極道おじさんの勤怠管理(物理)こわすぎぃ!』
かくして、月給三十万で雇われたはずのA級冒険者フェイト・ラックの初日は、魔物との戦闘ではなく、極道農家による容赦のない『スパルタ労働コンプライアンス(強制芋掘り)』によって幕を開けたのである。
だが、彼の真の厄介さ(致命的なコイントス依存症)が明らかになるのは、もう少し先の話であった。




