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ARROGANT  作者: co
そして
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 気付くと、ぐずって泣いていた陽真が京香さんの膝の上でもう寝ている。

「疲れたねー。もう家帰って寝よう」

 君島が立ち上がって身体を伸ばして言った。

「そうね。もう遅くなっちゃったわね」

 橘母も立ち上がる。

「本当にいろいろとご迷惑とご心配とお世話をお掛けしました」

 原田も立ち上がって改めて頭を下げる。

 健介も立ち上がって、ありがとうございました、と礼をする。

「どういたしまして。うちはちゃんとお礼の言葉は受け取るわよ」

 橘母はそんな嫌味を言って原田に顔を向けて笑った。


「そうだ。お礼って言えばあちこちに言って回らなきゃ」

 君島がコートを羽織りながらそう言った。

「森口君から山のように着信もメッセージも来てるんだよ。行かなきゃね」

「うーん。後は?」

 原田もバッグを持って玄関に向かいながら訊く。

「学校。どうもいろいろあったようだし」

「うーん……」

「それと大沢さん。いっぱい心配メールが来てた」

「誰それ?」

「旧姓浅井さん」

「誰?」

「……学生の頃知り合いになっただろ?君が唯一タンデムした女性だよ」

「俺はバイクに女乗せたことはないよ」

「忘れたの?」

「乗せてない」

「君の記憶力の無さには恐れ入るよ」


「仕事も穴開けたんだからあちこち挨拶しておけよ」

 大和が口出した。

「……はい」

「特に桃山さんが心配してた」

「あぁ……。明日行きます」

「僕も明日出勤しよう」

「僕も明日学校に行く」

 原田に続いて君島も健介も明日日常に戻ることを決めた。



 橘一家に見送られて玄関を出ると、冷え切った夜空にオリオン座が瞬く。

 あれが三角形なんだよね?と健介が原田に訊く。

 うん。星の名前は知ってるか?と訊かれ、えーっとね、と考えている間に君島が

「デネブアルタイルベガ!」

 と叫んだので、

「それ夏の三角だし!シリウスプロキオンベテルギウスだよ!」

 と大威張りで訂正した。

 きゃー、ムカツクー!と君島が健介を捕獲して関節技を掛けようとしたので走って逃げた。

 置いて行くぞ、と原田が運転席に乗ってしまった。

 またまたー、と笑っているうちにエンジンが始動したので、慌てて二人で車に駆け戻った。



 車が動き出してすぐ君島が運転席に訊ねる。

「星が綺麗だねー。ねぇそういえば今年はクリスマスどうするの?」

「クリスマス、……あ!クリスマス!」

 その言葉で、健介がひらめいた。

「そっか!クリスマスだ!」

「……何?」

 原田が怪訝そうに訊くが、後ろの健介は嬉しそうに宣言した。

「教えない!誰にも言わない!サンタさんにしか言えない!」

「欲しいプレゼントがあるの?」

「教えない!」



 サンタさんにお願いしよう。

 欲しいものがある。

 健介はサンタさんにもらうクリスマスプレゼントを決めた。


 マックスを探した夜の住宅街でイルミネーションを見た時、もう楽しいクリスマスなんか来ないと思った。

 あんな幸せな日は終わったんだと思った。


 終わらない。終わらせない。

 僕はずっと幸せに暮らしていく。

 父さんと秋ちゃんと朱鷺ちゃんとみんなと、ずっと幸せに生きていく。


 僕が忘れなければ、ずっと幸せが続いて行く。


 忘れないために、

 全部のことを忘れないために、


 サンタさんにお願いしよう。

 サンタさんにあれをプレゼントしてもらおう。

 僕を助けてくれたあの匂い。




 ARROGANT





 そして、5分もせずに自宅に到着し、健介は急いで部屋に戻って机に向かい、引き出しからレターセットを取り出し要望書を書いて封筒に入れて、ダイニングに駆け下りてきた。

「父さんこれお願い!」

 そう言って、封書を差し出す。

「サンタさんに渡しておいてね!」

「わかった」

 原田が頷きながら受け取った。

「ありがと!」

 そう笑って、また自分の部屋に駆け上がって行った。


 原田の手には『サンタさんへ』と下手な字で書かれた封書。

 サンタさんへのプレゼントのお願いは、原田家では父を通すことになっている。

 父だけがサンタさんとの直接交渉権を持っているので。

 そして封を剥がして中を引きだして見てみると、


『アロガンください』


 と下手な字で書いてある。

 横から覗いた君島が爆笑している。

「陽水の歌にありそうだよね!」

 そんな言葉に原田も笑う。



 しかし原田は少し複雑な気持ちにはなる。

 あれは犯人と事件に繋がる匂いだと健介自身が言っていたのに。

 ただ、父さんの匂いだとも言っていた。確かに日頃自分の部屋の芳香剤にもしている慣れた匂いではある。


 いいのか?しかも小学生にあれ?


 と悩みつつも、しかし結局用意することになる。

 原田は甘い父親なので。



「いつまでサンタさんを信じてくれるんだろうね?いつかきっと分かっちゃうんだろうけど。分かんなくても困っちゃうけど。世界中の親の悩み事だよね」

 君島が呑気に歌うように語りながら、赤いベッドに寝る猫をつつき怒らせている。



 これまでと何も変わらない風景。

 そして明日から日常に戻る。

 なにごともなかったかのようにとはいかないだろうが、前より悪くなることは何もないだろう。





 やっと終わった。

 と、原田はため息をつき、椅子に座る。


 猫がにやおんと鳴き、その膝に飛び乗った。





「お風呂入りたい。お風呂入れて」

 君島が原田に言った。

「自分でやれよ」

 そう返すと、次にドアを開けて二階に向かって怒鳴った。

「健介ー!お風呂入れてー!」

 返事がないようで、どかどかとやかましく階段を登って行き、じきに健介の悲鳴が響いた。




 元に戻ったんだなぁ……、と猫の首を撫でる。

 猫はまた原田の脚を満足気に揉んでいる。







 そして、それまでと変わらず一家はそれからも、あまり平均的ではないけれどきっと世間並みには幸せに平穏に過ごしていった。









 しばらくは。











           終








長い間お付き合いいただきありがとうございました。

スタートが2012.11.15なので、3年と3か月ほどの連載になりました。

原田と君島の初登場は『JOY』なので、このシリーズとしては『JOY』スタートの2011.10.31からの4年と4か月足らずになります。

そして、最後の一言とか作品中の置き去りの伏線でもお気付きかと思いますが、これで終わりではないです。続きます。


次の作品はタイトル『INFINI』で、健介が高校生になります。

今回より長くなりそうです。

もしお見かけになったらお付き合いください。

ではまた! (*^ー^*)ノ゛

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