その階段から眺める景色は 3
佐倉たち新兵部隊員の集団は、料理を提供する店を探して、来た道を引き返した。
昼街ならば数歩歩けば、大衆食堂も酒場も屋台も、その時の胃と懐の気分次第で選び放題なのに、夕街だとそういうわけにもいかないらしい。新鮮な野菜(調理前)を提供する市場や石畳の脇にある野菜(調理前)をいっぱい詰め込んだ荷車はあるが、配膳を待つのみの昼街脳筋ギルドの野郎どもは、自然とイグランの駅辺りまで戻ってきていた。
バルフレア・ハイン周辺の夕街のメイン通りやイグランの駅周辺は、飲食店(調理済み)がある。特別営業区域とかなんとか言われてたから、何か特別なルールがあるらしいけど、佐倉としてはご飯(調理済み)がいただけるのであれば、どんな場所でも別にいい。
夕街に来る時はここで飯、という大衆食堂は、昼の混雑を極めていた。もはや絶望の混雑具合である。昼街ならば混雑しているなら、別の店に行こうとなるが、夕街ではそうはならない。皆、待つ覚悟を決めた。腹を空かせた野郎どもは、耐えた。食べている客に難癖つけて席を譲らせる野蛮な輩はいなかったが、待っている隊員同士の間にはルールが一切存在していなかった。席が空けば腕を唸らせ、人を転ばせ、我先にと滑り込む。佐倉も芳しいご飯の匂いとお腹の音に耐え続け、そして、ついに、食べ終えた集団が席を立った直後、足をかけようとする先輩隊員を飛び越えて、隣の細い腕をがっちり掴んだまま食事席へと滑り込んだ。
すぐさま、空の木製食器の山が、どすんと卓上に載せられる。持ち主は、下町のお母さん風の給仕の女性だ。彼女は「何枚?」とぶっきらぼうに訊ねた。答えようとしたのは、同席に滑り込んだ同班の梯子係の2の男だった。そこで彼は、飯にありついた幸運な隊員を再確認し、あからさまに、困惑した顔をした。
「この面子で飯かよー!」
佐倉は頭を抱えた隊員と同席者を見比べた。佐倉が滑り込んだ席は全員席を立ったから、この卓を囲むのは飢えた5人。
「いいから頼めよ。俺、皿4、熱1、棒3、あと水」
さらりと答えたのはラックバレー。
「俺は、それを皿2と棒2に変更。それから水じゃなくて冷1で。おら、ガキども、どれくらい食べれんだ?」
当然のように聞かれたから、佐倉は当然のように頷いた。
「チロと同じもので」
梯子の2隊員さんは、この答えに佐倉が引っ張ってきた細い腕の持ち主、チロを見た。発言を促される視線に、気弱な少年は慌てて声をあげる。
「あ、えっと、じゃあ、僕は、皿1の棒が半分、あとううんと、ササヅカ君、スープ、飲む?」
「スープ、ああ、熱が、スープ? 飲む、めっちゃ飲む!」
「じゃあ、熱を1。それからお水をください」
梯子の2さんは、一度こちらに確認の目を向けた。同意。チロに全く持って同意であると目に力を込めて頷いておく。
「お前、注文の仕方知らねえから乗っかっただろ」
ご指摘の通りである。
昼街だとメニュー表から自分の食べたいものを選ぶのだが、この食堂はどうやらやり方が違うらしい。知らんときは、「チロと一緒で」。佐倉が使い慣れすぎてもはや息を吐くのと同じくらい自然と行う処世術だ。
「ハヅィはどうする」
話を振られたミカエルは、その整った顔立ちで給仕の女性の頬を染めさせた。
「同じものを」
あ、これは、ミカエルも注文の仕方を知らなかったに違いない。
佐倉は満面の笑みを浮かべて同志を見つめ、
「なんだ、ミカエルも一緒―――」
「黙れササヅカ、さっき同じパターンで頭突き合い展開になっただろうが」
2さんはこちらを鋭く黙らせ、呻きながらでラックバレーに窮状を訴えた。
「この面子でどうやって楽しく飯が食えるってんだよ!」
ラックバレーはにやりと笑って、口笛を吹いた。
「ようこそようこそ、地獄の役職、世話係の道に目覚めたばかりのお前を、心底歓迎する。その役職はな、生まれた土地と同じくらい自分の生涯にこびりついて離れねえ。違ぇ、違ぇと反論するほどに事実として周囲に認知されて、首元を締められていくような絶望感を味わう辛ぇ役職だ。なぁに、しばしの辛抱だ。お前のようにこうやって仲間がすこーしずつ増えていく。俺やお前の心が折れるのが先か、仲間が増えるのが先か―――」
「なにそれすげえ怖い、そんな呪われた役職に身を投じはじめてんの俺!?」
楽しそうな会話が飛び交う中、注文した空の皿が円卓に置かれていく。空の平皿に、回ってきた大鍋係の女性がたっぷりと食事を盛りつけた。野菜炒め。なんかの葉っぱとなんかのお肉の。ここに来てから何度も食べたことがある安心安全の謎葉っぱとなんかよく口に入れている気がする謎肉の野菜炒めである。卓を囲む全員の平皿に同じもの。大人の2名の前にはまだ空いた平皿がある。続いて回ってきたお姉さんが、先程注文したスープ用のお椀にスープを注ぎ込む。ごろごろと根菜類の入ったどろっとしたシチュー的なスープだ。フランスパンのような棒状の黒パンが半切れ置かれて、そうこうする間に別の女性がお水やお酒を注いでくれていた。ここまでくれば佐倉にもなんとなくこのお店のシステムがわかる。なるほど、このお店、メニューからお客様に選ばせて、注文から熱々のおいしいご飯を作って提供するとかの、上等で手間のかかるサービスは一切取り入れていないらしい。
「ササヅカ、もう試験は受けたか?」
焼き固められた黒パンを千切るために格闘していると、2さんから声をかけられた。ぎょ、とした。たぶん、円卓囲む全員が、かすかに身体を強張らせたと思う。2さんはこっちの戸惑いを感じとったように唸った。
「話題作りだ、協力しろよ。どうせ、お前は今回は次回のための参考に受けるんだろ? 受かる落ちるで悩んでねえだろうが」
「そうなんだけど、でも、」
佐倉は言い淀む。こちらはいいのだ。その話題はいくらされても平気なのだが……。
視線の先に、痩身猫背の男がいた。ラックバレー。目が合って、次の瞬間、鼻で笑われた。
「延々と受からねえ俺へのお気遣いをどーも」
いつも通りの気の抜ける態度で、気張った様子がどこにも感じられない。ラックバレーは試験を終えた? それともまだなんだろうか。
グレースフロンティアは、今、昇格試験の時期を迎えている。
渦中の身としては、非常に、「微妙」だ。
昇格試験の期間が二週間ほど続く間、いつ受けるのかは個人の自由なこともあって、とにかく「微妙」な気の使い方を強いられる。この期間中は、隊の集合訓練もいつも以上に強制感がないし、誰がどこを受けたのか、受かったのか落ちたのかも口外禁止の空気がなんとなくあって、笑い合っていた集団が何かの拍子で試験の話になったりすると、気まずい空気でみんなの口が重くなる。
先輩隊員たちと一緒になったご飯で、何度かそんな場面に出くわすと、状況がわかってない佐倉でも口を閉ざすようになるというものだ。
「俺は明日以降、夕街部隊長の都合が空いたら、即試験だな」
ラックバレーは、パンの表面の薄皮をこぼしながら黒パンを嚙み千切った。食べながら喋り、テーブルに落ちた欠片も骨張った細い親指でなぞり上げ、指のはらを舐めとる。病的に細いこの男が、意外にも食い意地が張っていると再認識させられる仕草でもあった。
「ってことは今日から、ラックバレーは夕街暮らしか」
「そう。仮眠室暮らし。今日の応援が終わった直後から、軟禁生活が始まるってわけだな。この仕事が終わったら、俺はそのまま夕街の奴らと支部に戻って、あとは支部から外出禁止措置になる。試験が終わるその時までな」
「試験を受けるだけなのに、なんでそんな仰々しいことになってんだ……」
「ここ数年、試験会場にすら辿り着いてねえからなあ……」
昇格試験に嫌われている。
もはや、呪いを疑うレベルである。
不吉さしか感じなかったが、試験前の受験者にかける言葉としては不適切なものしか浮かばないから、卓を囲む全員が食べ物を口に詰め込んで、言葉を呑んだ。
「ササヅカは?」
2さんに促されて、佐倉は今度こそ近況を話し始めた。
「新兵部隊員は期日の最後のほうに受ける人が多いって聞いたから、最終日に受けようかなって」
佐倉は隣のチロを見た。
「チロが一緒ならなぁ。一緒に行こーって言えたんだけど、チロ、王城試験があったしね」
「あ、うん、ごめ、」
「え、ううん、謝られることじゃないよ。こっちが心細いなぁってだけで。王城騎士団、チロの夢だもんね。めちゃくちゃ応援する」
「……うん、ありがとう」
控えめな笑顔に、佐倉も笑顔を返した。
今回、チロと、ついでにミカエルが王城試験を受けたから、同期組でグレースフロンティアの昇格試験を受けるのは佐倉だけだった。トイレも群れて連れ立つ集団出身の身としては、ひとりで試験会場に行って試験を受けるのは心細い。でも、まあ、もし仮に、チロが昇格試験を受けることになったとしても、佐倉とチロは一緒の部隊試験は受けられなかったに違いない。佐倉が知っているところでは、佐倉と同じ夕街部隊の試験を受ける隊員は、今ここで同じ円卓を囲んでいるラックバレーだけだ。なんとなく、試験の話がタブーになっていて、先輩たちの話も全然聞けていないけれど、たぶん、夕街部隊の試験を受ける隊員はものすごく少ないんだと思う。
「ササヅカみたいに今回の試験、様子見してるヤツ、山ほどだよなあ。俺、今回、早めに受けようって思ってたんだけど、二の足踏んじまって」
「……?」
2さんに様子見、と言われて戸惑った。いったい何の様子を見るというのか。佐倉からすれば、ただ案内カウンターでそういう話が出たから、じゃあ、最終日でいっかぁ、くらいの気持ちだったのだが……。
食事の手を止めた美少年が、珍しくも会話に割り込んだ。
「やはり、昼街ですか」
「そう。今は俺らの試験なんかしてる場合じゃないだろ。女王様は自分の王冠に手をかけてくる輩の腕を切り落とすのにご執心って感じ」
「連日、と耳にしましたが、事実、そうなんですね」
「連日どころか、一日に何度もって感じだろ。俺、こんなに部隊長戦を挑まれてる部隊長、見たことねえよ。ラックバレーは見たことあるか?」
「あー……今の夕街部隊長の時くらいじゃね? アレで部隊長になれるくらいなら俺が、ってそれこそ新兵部隊も含めて有象無象、山のように挑戦者が沸いてはずだ」
「ああ、そっか、そうだ! それでグレースフロンティア屈指の名言が生まれたんだもんな!」
二人は頷いた。
「「夕街部隊長は後に残すな。最初に潰せ」」
頭おかしい団体の頭おかしい迷言を満足気にのたまう二人を、白い目で見つめるのは佐倉だけじゃなかったらしい。むしろ、佐倉が通常通り「うちの団体、やっぱり頭おかしいなあ」と感想を抱いている間、美童は虫でも見るかのような目で二人を見ていた。たぶん、佐倉より数段、穏やかではない感想を抱いているに違いなかった。しかし、どこまでも完璧に整った顔立ちをしているな、となんとなく見つめていれば、目が合った。なぜか、継続して虫でも見るかのような目で見つめられた。解せぬ。
美童はこちらを見つめたまま、再び口を開いた。
「夕街部隊長がどれほどの実力かは知りませんが、今回の件で、部隊長とはそれほど実力がなくともなりえる、と理解しました」
ミカエルの言葉に、青くなったのは2さんで、噴き出したのはラックバレーだった。
「え、今、おま、どっちに喧嘩売ってんの。昼街? 夕街? それとも両方?」
「喧嘩を売る? いえ、そんな低俗なことは何も? 夕街部隊長はまだ関わったことがないので知らないと事実を言ったのみですし、夕街部隊長の能力を疑っている、と言ったわけではありませんが?」
「…………」
2さんは、困惑の視線をラックバレーに投げた。
「つまり、言いたいのは、昼街部隊長の実力はすでに知っていて、そんで、もう、その実力がないって理解してるってこと?」
周囲の困惑を余所に、ミカエルはなぜかこちらを見続けている。目力が強すぎて、こちらも動きを止めて見返すしかない。なんで、ガン見、続けてんの、こいつ?
「格下には大きな声で吠えてみせ、格上には尾を丸めるような矮小さとくだらない虚栄心。底辺部隊の最下層、地を這う虫より価値もなさそうな隊員の頬を張り上げ、何の権威が示せると考えているんでしょうね――誰がなろうと、アレよりはまともな能力がある――」
「はいはいはーーーーーい、終わりーーーーー! この話、終わりーーーーーー!」
大きな声で2さんが遮った。
「ついに、アレ呼ばわりにまで至ったんだけど! え、怖すぎる!」
「まあ、本人、場所弁えて話してんだろ。昼街でこういった話してるの、見たことねえし。わかってるだろうから、いいんじゃねえの? まあ、うん、万が一昼街で堂々言ったとしても、こいつならどうとでも対処できるだろうし、な」
ラックバレーの言葉を受けて、2さんは、なんだか感嘆といった感じの声音で呟く。
「ハヅィって、どんどん切れ味研ぎ澄まして、すっぱり、相手の喉元を掻っ切っていこうとするんだな」
「すっぱり相手の喉元掻っ切っても許される実力と、選ばれた血筋だからできることだな」
「――レナ部隊長、昼街部隊長を辞めちゃうの?」
ようやく美童のガン飛ばしから解放されて、佐倉は四ツ又フォークでなんかの葉っぱを突き刺しながら、疑問を口にした。ガン飛ばしバトルしていたのもあって、さっきから話の流れがさっぱりわからない。唯一、なんとなく分かったのは、昼街部隊がごたごたしてて、ミカエルが、ホントよく分からんけど、昼街部隊長のことが好きじゃないってことだけだ。
恐ろしいほどの沈黙が広がって、扱いにくい四ツ又フォークとなんかの葉っぱから顔を上げる。
円卓には、青い顔で店を見回す2さんと頭を抱えるラックバレー、そして、呆れたような顔をしたミカエルと心配そうなチロ。
「え、何……」
2さんが、ほとほと、感心したように言った。
「ササヅカって、すげえ破壊力で、がつんと一発、鈍器で頭ぁかち割っていくのな」
「がつんと頭ぁかち割っても許される実力も、選ばれた血筋もねえんだけどな」
「いやいやいや実力があっても選ばれた血筋でも、頭ぁかち割るのは許されないでしょ……」
「ササヅカ、黙れ、鈍器語で喋んな」
「鈍器語」
鈍器語って、なに。
「そんな大振りの鈍器語で喋ってたら、昼街部隊員に殴り殺されるぞ」
重ねて言われた。
いやだから、鈍器語って、なに。
鈍器語使いが押し黙ったことで満足したのか、鈍器語使いじゃない人たちと咽喉元掻っ切る言語使いの輩が再び会話の主導権を握って喋り出す。
「まだまだ部隊長戦は増えそうだし、最終日が受験者で大混雑ってことありそうだよなあ。それでも俺もやっぱり、最終日かなあ」
「朝街部隊と夕街部隊から出てきてたが、まだ夜街部隊側が誰も名乗り上げてねえよな?」
「そう。実力で言えば夜街だろ。ハンスの兄弟が出てくるっていう噂もあるが、出てくるなら兄だろ。でもあんな頭のネジが盛大に飛んでる奴が昼街部隊長とか、俺、もう、万事が白天祭みたいなことになりそうで、マジで怖い―――あ、こっちの卓、酒、追加で!」
2さんの声に続いて、ラックバレーも皿を一枚追加する。
そんな二人を見ながら、佐倉はうっかり鈍器語で話さないように、食べ物で口の中をいっぱいにした。
咽喉からすでに出かかっていた「部隊長戦」って何? という、鈍器語を口走らないように気を付けていたのだ。話の流れを追っていくと、昼街部隊長のレナ部隊長が、他部隊の隊員に挑まれているらしい。
「部隊長戦」で昼街部隊長が負けると、上が変わって、昼街の体制が変わることになる?
つまり、あれか。佐倉は結論に至り、愕然とした。
部隊長って、決闘の末、決まるってことか。
いやもう納得。激しく納得。殴り合いも殺し合いも自由、ただし備品を壊したら処罰がくだる「力」こそ全てという脳筋ギルド感が全面に出ている。むしろそれ以外の何で決まるんだ的な感じですらある。
それなら確かに「部隊長戦」が終わってもないのに、レナ部隊長が辞めるのかを尋ねるのは、昼街部隊に殴り殺されかねないめちゃくちゃ危険な行為だと理解できる。鈍器語なのかどうかはわからないけれど、めちゃくちゃ煽りが効いていた。というか、煽りでしかない。怖い。昼街部隊員の前では決して部隊長戦の話はしない。絶対に。
そもそも、どうしてレナ部隊長が大量の部隊長戦を挑まれているんだろう。佐倉は過去を振り返った。――やっぱりアレかなぁ。レナ部隊長と結びつく権力が失墜しそうな騒動といえば、白天祭のあの地獄絵図である。皆、片足に棺桶を引っ掛けて、それなのに安易に棺桶に両足収めて惰眠を貪ることも許されず、最終的に片足突っ込んだままの棺桶を引きずって駆けずり回るという、地獄の業務体制。業務、業務、休日と見せかけて業務、昼に業務、夜も業務、朝は失神、叩き起こされてまた業務! ひゃっほぃ業務、息絶えろ昼街部隊!
昼街部隊の采配、つまりはその頂点に君臨する女王様に振り回され続けた他部隊の恨みつらみ……。そんなふうに反感を買ったから、昼街部隊長は今、下剋上されかかっているのかもしれない。
何にせよ、円卓を賑やかすその話題は、佐倉にとってはだいぶ他人事であった。
もし今回の試験先が昼街部隊だったら、佐倉も2さんみたいに、この一連の動向を注視したのかもしれないが、佐倉が受けるのは昼街部隊ではなく夕街部隊だ。その夕街部隊試験だっていつかのための模擬試験で、佐倉も周囲も受かるなんて考えてない。昇格試験についての話ですら、人生賭けて試験に挑む隊員たちより数段、他人事なのに、昼街部隊長の人事異動の話なんて、さらに遠い話題だ。
しかも佐倉にとってレナ部隊長は、いつだってあんまり会いたくないお相手だ。能動的に嫌い宣言するわけではないけれど、道の先にいるのを発見したらそっと道をそれる。同性のレナ部隊長が筋肉野郎だらけこの団体で先陣切って職務をこなす姿は応援したいけど、怒られたあの時のことを思い出すと、今や、怖いというより居心地が悪いのだ。そんなレナ部隊長との関係もあって、あまり積極的に話題に参加しようという気も起きない。
対岸の火事、ってこういうことを言うのかなぁ。
この一連の話題を薄情にも、そう脳内で処理しながら、鈍器語使いは皿の中を空にするべく、大人しくもぐもぐに徹した。
「今になって思えばさぁ」
ぽつり、と切り出したのは、2さんだった。
「あの時、グリム部隊長はこうなるって分かってたわけだよなあ」
そんな言葉が卓上に投げられた。
「考えようによっちゃ、あれはグリム部隊長からレナ部隊長への死刑宣告だったってことだろ?」
2さんの言葉に、ラックバレーは答えなかった。ラックバレーも佐倉以上にかっこんでもぐもぐ中だったから。
だが佐倉のもぐもぐは完全に停止していた。
自然に皿から顔が前を向く。
なんで、今、グリム部隊長の話になった?
対岸で燃え盛る火の勢いが増した気がして、佐倉はなんとか食べ物を嚥下した。
「あの、2さん?」
「……ん、にぃさん? って、んん、兄さん? え、俺? いや、いつから俺、お前の兄弟になった――」
「2さん、グリム部隊長の死刑宣告ってなんのこと」
2さんは、この質問の意図が分からなかったのか小首を傾げた。
「何のことって、そりゃ、白天祭の復路のパレードに決まってるだろ」
「復路のパレード」
佐倉は、呟きながら過去を振り返った。
白天祭の復路のパレードって言ったらアレだ。
昼街ギルドの人たちが城方向へ向かって昼街の大通りを練り歩く、白天祭の一大イベント。
そして昼街ギルドのトップ、グレースフロンティアからすれば、この先頭を歩く人がグレースフロンティア及び昼街ギルド全体の顔ってことになる、めちゃくちゃ重要な対外アピールの場。
そんな権力誇示の場で、出張るとは一切言ってなかった男がお株を奪い去っていったことは佐倉以外の関わった全ての人の記憶にこびりついているに違いない。
無関心みたいな顔で道の真ん中を歩いてみせて、引き連れている人にも見ている人にも信者を大量生産した。あんなこと、あの人じゃなければ文句しか出なかったはずなのに、あの人だから皆が認めざるを得なかった、あの最悪で最高のパレード―――
「あー……」
あのパレードは、本当は、レナ部隊長のものだったのか。
耳の奥で、自分の声がした、気がした。
『これはあなたの仕事であって、私の仕事じゃない! ってやつだよね?』
続いて、重低音。
『――俺の仕事かもしれないが、手伝ってくれればいいのに?』
なんだろう、気のせいかなぁ。頬に火の粉の熱を感じる気がする。
『――なら、見てろ』って言われて、あの時、思ったんだよなあ。意気揚々と「よし、じゃあ見ててやろうじゃんかよ!」と。
あの頭がおかしいパレードジャック、全力で阻止、とかしなかったよなぁ自分。
むしろ、自分も巻き込まれそうな面倒事だったし、あなたの仕事です! とかって言って、実行犯を焚きつけて、その後、見ててやんよ! みたいな感じで実行犯の後押しを――あ、これ、
レナ部隊長の、現状の窮地、超、超、超、間接的だけど、自分も、関わってない……?
「…………」
対岸。
これ、対岸の火事、で合ってる、よね?
本当にかすかではあったが生まれた罪悪感とそこはかとなく生じ始めた嫌な予感を打ち消すのに必死になっていた佐倉は、その背後、店の出入口付近で、ぺこぺこと頭を下げながら順番を譲ってもらった大きな大きな人影が、その、人に会釈する動作と出入口上部を避ける動作でどれくらい屈めばいいのか訳が分からなくなって、出入口上部に下から激しくぶち当たり、周囲も絶句するような光景を作り出していたことに、この時、全く、気がついていなかった。