↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァージン・エピローグ  作者: シキ
アリス編
PR
21/23

第十四話『マクスウェル・後編』


 天の川銀河系、太陽系、第三惑星地球。


 ????年


 無機質な部屋の片隅にあるメタスクリーンには受信メッセージの通知が一件届いていた。

 この部屋の主人が居なくなってからどれくらいの年月が流れただろう。

 人の音声や挙動を検知して、空間に映し出した映像を操作するメタスクリーンも今や古い時代の発明品だ。

 この部屋の主だけでなく、この部屋を含めた居住区一体の主すら、どこの誰だかわからない。

 この居住区一体に住んでいる者はおらず、まだ電気が通っているのは不思議なくらいだ。


 だが、今の地球において、これはそこまで不思議ではない。

 肉体に依存する生き方を辞めたのはそう最近の話では無かった。


 どのくらい前になるだろう、千九百五年に行われた『ダートマス会議』にて、予想されたAIによる技術的特異点が到来した。


 そこからの人類を語る者はもういない、過去の話に何かの感情を揺さぶられるような存在は、この地球上では絶滅危惧種だろう。


 よってメタスクリーンに通知を示したそのメッセージも、誰の目に触れる事なく情報の波に消えていくのが当然だった。


 私、俺、自分、?、もはや自身の存在をどう呼べばいいかも分からないが、偶然見つけたそのメッセージを私は現実、仮想現実、暗闇、光の中、ゼロ秒、もしくは無限の時間で読んだ。


 from天ノ明日香(あまのあすか)

 to自宅メタ


 件名 幸福論とは。


 あぁ、何て可愛いのだろう……。


 私の胸に顔を埋め、寝息を立てる男の子を撫でる。

 彼の自慢の癖毛が首筋に当たってくすぐったい。


 この星に辿り着くまで約150光年、予定より30光年長くかかったけれど、その時私の中の感情を制御する系統が恐らく誤作動を起こした。

 ここでいう感情制御とは、旧人類が人工知能によって新人類に至った過程で、人類は抗死を獲得した時まで遡る。


 事故で脳や身体の大部分を失ってはさすがに生きてはいけないけれど、老衰や病気で死ぬ事はなくなった。

 だからこそ『不死身』ではなく『抗死』と呼ばれる。


 長い時を生きる中で、感情とは百年ばかりの人生とは比較にならない程の影響を与える。

 それは人類の性なのか、急な進化にまだ対応出来ていないだけなのか、判断は付かない。


 その過程で変えが効く身体と共に感情制御の上方修正が行われた。

 言い方を変えればそれはホルモンの奴隷に成り下がる事で、不幸に鈍く、幸福に敏感になる事だ。


 『抗死』が実現された世の中において、人類史における酷い災害や紛争などは滅多に起こらなかったので外的要因における、不幸に鈍感になった影響はそこまで感じれなかったように思う。


 だが、長い時間を生きる人々の心の内では鬱病等の精神疾患が急増した。

 その対策において、不幸に鈍感になった事が何よりも役に立った。


 何も、不幸の鈍感化と幸福の敏感化が成される事によって自由意志が消滅するという事は無かった。

 適量の食事で満足できたり、過激なポルノが無くても性的欲求を解消、よく眠れて、人同士が憎み合うと言う事が減った。


 旧人類の争いは、全員の幸福が底上げされる事により激減したのだ。


 要するに、飢えにおける『欲』が減った事で。


 ただ新人類において自由意志は確かに存在したが、旧人類においてそれが自由意志と呼べるものなのかという疑問に関しては沈黙せざるを得ない。

 

 旧人類は『幸せを求める欲』もしくは『不幸を解消する為の欲』がある故に行動し、その結果としてあらゆる発展や、戦争を繰り広げた。


 食欲を例にして考えてみると、その欲は大きく二種類に分けられる。


 恒常的欲求と快楽的欲求だ。


 人が食事をするのは栄養を摂取する為であり、生命活動を恒常的に行う為である。

 これが恒常的な欲求。


 そして、それを円滑に進める為に人は『美味しい』物を食べると幸せだという紐付けを行う、これが快楽的欲求である。


 幸福の敏感化によって、この快楽的欲求が働きづらくなる、皮肉な事ではあるがそれでは結局鬱病等の精神疾患が蔓延してしまう。

 もちろん、不幸に鈍感になる事によってそれは幾らか軽減される、だが根本的な解決にはならない。


 『抗死』によって増えた思考時間が鬱病を呼び、その鬱病を解消する為に行われた幸福の敏感化と不幸の鈍感化が鬱を再発させるという負のループが起きたのだ。

 ここで幸福に敏感になったのであれば、その様な心配はないのでは、という疑問が浮かぶ。


 だが、恒常的な欲求だけを消費して生きていくには人は快楽を知りすぎていた。

 そこから快楽を取り上げると人は恒常的な欲求を幸福に思えるという名の虚無に陥る。

 これを『虚無的な幸福』と呼んだ。

 

 先にも言ったが自由意志は存在するのだ、自由意志を消してしまえばそれは解消される、ただそれでは単なるディストピアだとAIは判断した。

 その判断により少しの自由意志は必要とされ、この問題に衝突したのだ。

 故に、何をしても幸福という状態は自由意志を持つ人間に対して『生きる意味』を失うに等しかった。


 つまり人は『幸福でありすぎても生きられない』のだ。


 AIはその事態を解消する為に人の『快楽を起こす行動に対する好き嫌い』を把握し、とある行動を好きな個体と、もう一方のそれとは別の行動が好きな個体とでペアにした。

 もちろん、全てにおいて補完し合える個体のペアは存在しない、だがその補完し合えない部分の摩擦こそが『虚無的な幸福』を解消した。


 あるペアの個体は『美味しい食事』という快楽が好きであり、もう一方はそうでもない、ただそのもう一方は『性的営み』という快楽が好きな個体だ。


 『美味しい食事』が好きな個体aと『性的営み』が好きな個体b。

 それらは『円滑な意思疎通』というペア同士の能力により、お互いをリードし合う。

 aとbの好きは違うが、嫌いという訳でもない、もしaとbの好きが同じであるなら確かに完璧な相性になるが、それでは現実を見ない『虚無的幸福』から逃れられない関係へと陥ってしまうからだ。


 こうして『虚無的幸福』を回避した新人類はペアで行動するのが基本になり、限りなくゼロに近いストレスと適切な幸福に辿り着いた。


 ここで、一人が好きという快楽的欲求のある個体はどうしたのかというと、それは比較的スムーズに解消した。

 何故なら彼等彼女等は人間という集団で生活する種に属しているだけで適度な摩擦を得ているし、そこから離れる事により快楽的欲求を消化できていた。


 集団から見た一人を好む個体というのは異常というわけではない、むしろ生物的にありがたい存在だったりするのだ。

 前提として、他者との関わりを好きな個体の方が多いし、そうなると集団で行動するのが基本になる。


 その中でもし、一つの集団に病気が蔓延して絶滅してしまっても一人を好む個体は生き残り、別の集団と交配してその遺伝子を残す事に貢献する。


 集団が好きな個体には程よい摩擦を、一人が好きな個体にはただ一人の時間の幸福を。

 それぞれに適した幸福を付与する事によってこれらの問題は幕を閉じた。


 長々と書いたが本来、私もペアが存在していてその幸福の恩恵を受けていた。

 だが、私の感情的な制御が消えた事によりペアとの接続も途絶えた。


 そうして、今胸の中で目を瞑る彼に出会ったのだ。


 彼は新人類の文化からすれば、あり得ない程の『不幸』を運んでくる。


 でも、新人類の文化からは得れない程の『幸福』も同時に。


 彼に無遠慮な事を言って怒らせた時、私の心は何よりもどん底に落ちる、それは新人類には無縁なもので、合理的に考えるなら必要のない苦痛だった。

 だけれど、そんな風に怒らせたり、時には喧嘩をしてまで仲良くなる過程とその結果は何よりも幸福だった。


 私達、新人類は不幸や苦痛をとにかく無くそうとした、それはきっと人の営みには欠かせない願いであり、決して間違いなどではなかっただろう。


 でも、様々な不幸は時に、幸福を得る為の手段になるという事を思い出しても良いかも知れない。


 時に煩わしく、時に生理的に臭かったり、時に鬱陶しく、時に苛立ちを覚える。


 でも、不幸の原因に成りうるそれらを含めて、私はこの人の事が大好きだった。


 不幸と呼ぶには大それたものかも知れない、だが新人類がそれを不幸の原因として排除したのも事実だ。


 初めて口付けを交わした日のことを今でも鮮明に覚えている。

 不確かな恋が形を成したあの瞬間の事を。

 それまでに感じた様々な不安の答え合わせが、その口付けで解消された日の事を。


 この先、彼等から見た私個人が記憶に残る事は無いだろう。

 私達という一括りの存在だけが彼等の歴史に記されて、私はその情報の中に埋もれていく。


 彼が覚えていてくれるだけで私は嬉しいけれど、もし彼が忘れてしまえば、この事実すら消えてしまう気がして、私はこれを残す事にした。


 この先、彼はきっと私達のせいで苦しむ事になる、その対抗策として彼の左腕に贈り物として残そうと思う。

 それは私達の『人類』では不可能だったもの。

 正確に言うなら、この世界では不可能だった悪魔の限定的な再現。


 『マクスウェルの悪魔』と呼ばれるそれは、増大するエントロピーを整理し、減少させる。


 『抗死』の補完として開発された『外套』は殆どの物理攻撃を受け付けない、これはその外套を無効化する確実な手段になるだろう。


 この世界の『精霊』と呼ばれる概念は、不完全な仕組みも補完し、実行してくれるから。


 私がこの人と居れる時間は後どのくらいだろうか、『量子もつれ』のような意思疎通が途切れた事で、ペアには何かの異常が伝わっているに違いない。

 もし、私の居場所が突き止められたりするのなら、私の中のエラーを治そうとするのかも。

 そうなるとこの人との幸せに、今のような感動を見出すのは不可能かもしれない。

 ただの幸福ではなく、心に痛みが伴う『愛』とは、彼等彼女等からすれば『不幸』の源だろう。


 それまで存分に、この人に甘えて、匂いを嗅いで、ハグをして、抱き合っておこう。


 今までの人生が不幸ではなかった、いや、不幸になる事なんてあり得なかった。


 でも、その長い長い時間よりも、傷つきながら得た、実に短い中での幸福が、私には何よりも価値があった。


 どうかどうか、私が居なくなった後でも、この人の幸せが続きます様に。


 そうだ……彼等の人類にはまだ対抗策があるのだ。


 私達が束になったとしても、敵うかどうか分からない、そんな圧倒的な『存在』が。


 だから、左腕の刻印の中にそれを仕込んでおこう。

 『畏怖や嫌悪』を感じずに『彼等彼女等』と意思疎通が出来る様、私からの『大好きだよ』という言葉と共に。

 

 このメッセージは誰にも見られないかも知れない、でももし見たのなら、もし見ているのなら、どうか覚えていてほしい。


 アーサー・オーウェルに恋をして、心の底から愛し合った私という存在を。


 天ノ明日香が残した未来への願いを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。