第十二話『マクスウェル・前編』
都市と都市をつなぐ山道は整備されているものの人通りはそこまで多くない、三日に一度くらいの頻度で商人の集団が馬車をひいて通り過ぎて行く。
私がいる事で怪訝な顔をされるけれど、だからといって何かをされる事もない、もしかすると先生だけなら襲われていたかもしれない、皮肉な話だが私の「人に嫌われる」という性質がそのまま人避けに適している。
北に進むにつれ寒さが増し、行く先には雪がちらほら見え始めた。
眠る時は洞窟があれば洞窟に、なければ木々の開けた場所に陣取って早めに火を炊く。
日が沈む頃には食事を終えて、日が上ると同時に動けるように早く眠る。
出来るだけ大きな旅行用鞄に日持ちのする食料を入れて来てはいるものの、移動中に食べれるモノがあればそれを捕獲、採取し夕食にする。
先生はもっと良いものを食べさせてあげたいと言ってくれたけれど、私には十二分だった。
朝起きると先生と一緒に朝日を眺めて移動の準備をする、お昼になれば手頃な岩に腰をかけ食事をして、他愛もない会話をしながらゆっくり、ゆっくり進んでいく、夜になれば腹持ちのする硬いチーズを数枚切り、塩漬け肉やドライソーシージと一緒に食べる。
満腹鶏やトロイノシシがいれば、それらが夕食に出る事もあって、満腹鶏は寒い地域を生き抜くために多くの肉をつけるし、トロイノシシは体の肉の至る所に油を張らせており、食べた瞬間に美味しい油とともに口から消える。
トロイノシシは保存に向かないので一日二日で食べ切ってしまうが、満腹鶏は脂質がすくなく保存に向くので先生が背負っている小さめのカバンにぶら下げて干し肉を作ったり、食べ切って空になった瓶の中で塩漬けにしたりしている。
狩で獲物があったとき、食べれる果物を見かけて甘味を味わえた時、焚き火を眺めながら星について教えてもらった時、先生が読んできた本の中で、影響をうけた色んな作品を教えてくれた時。
私はなんて幸せなんだろうと思った、会話で得られる知識は何も、文章に表されるモノだけではなく、間や声色、表情であったりと、様々な情報がそこには含まれていて数千年の孤独のサビがゆっくり研磨されていく。
毎日毎日寝るのがもったいなくて、焚き火が周囲を照らす間は星や、先生の寝顔をうっとりと眺める。
先生の、衣類で作った枕にぷにっと顔を押し付けた寝顔は赤子のようで穏やかな気持ちを運んでくれた。
できれば雪道に入る前に、野草や豆類、果物なんかを多めに取っておきたいなと思う。
野菜から取れる成分が何だか分からないけれど、きっと体に必要な成分が入っていると母は言っていた。
私はどうにでもなるけれど、先生が弱ってはダメだ。私の精神衛生上、先生が弱ってしまうのは耐えられない。
いざとなればピクルスがあるけれど、手をつけるのは旅の終盤あたりか緊急時にしたい。
「もう日が沈むし、そろそろ火を焚こうか」
「はい!」
今日は行く道に沿って川が流れていた事もあり、水場の近くで夜を越す事になった。
私たちは鞄を下ろして一息つく。
焚き火用に枝を探しに行こうとした時だった。
確実に首を狙い放たれたナイフを私は弾き返す。
まずい、俊敏に動きすぎただろうか。
できればこれ以上は動きたくないものだが。
「先生! 大丈夫ですか?!」
「おぉー、カッコいいね助手ちゃん!! もう一回やってもう一回!!」
「そ、そんな事言ってる場合ですか!!」
キラキラと目を輝かせながら私を見る先生の前に立つとナイフが飛んできた方向を見る。
川に通じる斜面の上に黒いローブに身を包んだ人影がある。
川沿いにいる私達は少し見上げる形でその人物を観察する。
背丈やちらりと見える腕の筋肉から男とわかる。
顔には装飾も何もない無機質な仮面を取り付けていて目の部分以外には隙間がない。
はためくローブの脇には今弾いたナイフがずらりと並んでおり、腰には長剣と短剣がそれぞれ一本ずつ備わっていた。
腕にはローブを包むように肘までの籠手をつけていて、足元にはそれなりの環境に耐えるような質の良いブーツを履いている。
明らかに戦闘を目的とした輩がそこにはいた。
男は何も言わずに長剣をとると、スッと地面を指し、宙を横に線をかく。
「あれは……」
男を捉えながら、先生の呟きに耳を貸す。
それと同じく、低くてガラガラとした相手の声が少しだけ耳に届く。
すると、先生が何か言い終わる前に剣が描いた軌跡に沿って土砂が崩れて来た。
「詠唱技法と刻印技法の組み合わせかな……」
私は咄嗟に先生を片手で抱えて横に飛びのく。
さっきまで私たちが荷を下ろしていた場所が土砂に呑み込まれ、少しだけ川に接触する。
どうしよう、出来るだけ私の『力』は使いたくない。
もちろん、先生の命が危ないなら使うつもりだけれど、私の純粋な身体能力で済むならそうしたい。
先生に『私の種族』を出来るだけ明かしたくはない、先生とは今後もゆっくりと時間をかけて仲良くなりたいし、最終的には秘密なんてない関係を望んでいる。
けれど、今はまだ慎重に事を運びたい。
私が一瞬の間に思考を凝らしていると、脇に抱えた先生が敵を見据えながら癖毛を顔に押し付けてくる。
「戦いたいけど秘密は明かしたくないのかな?」
私の隠し事には当然気づいてるようで、それが何なのかワクワクしているのが癖毛から何故か伝わる。
良い匂い……いや、そんな事を考えている場合ではない。
それにしても。
「先生、落ち着きすぎでは?」
「だって、助手ちゃんならきっと相手を一瞬で片付けられるんだろうなっていう保険があるしね!」
「…………」
こんな状況なのに、満面の笑みを浮かべながら自慢げにそう言う。
私は出来るだけ力について話さないように、それでいて嘘もつかなくて良いように無言になる。
「ふふ、いいよ助手ちゃん、僕がやろう」
「え?」
「君が隠したくて秘密にしてるんじゃないって事は分かってるさ、いつか本当に僕を信頼してくれたなら、その時は聞きたいけれどね」
敵はゆっくりとこちらに向かって来ている。
長剣はそのまま右手に持ち、左手はローブの脇にあるナイフに手を掛けていた。
私に抱えられた先生は足をバタつかせながら、むぎゅっと腕から抜け、地面に降りる。
北国用のローブを地面に下ろすと、丈に金色の刺繍がある、質の良い白シャツが顔を出す。
体に合いすぎた黒いズボンは先生の動きを万全にサポートするため根を張り、足元には程よく使い古されている焦茶色の革靴が、先生の優雅さを演出している。
人間の『力』がどういう仕組みか分からないけれど、敵の男は長剣で指揮を取る様に地面をなぞり、今度はその軌跡の範囲内とも捉えれる地面が宙に浮いた。
「君の秘密だけを知ろうなんて野暮な考えは持ってないからね、先に僕の秘密を教えよう、とはいえ隠してた訳じゃないんだけどね」
「先生!!」
私が叫んだと同時に男が操る地面の塊が先生めがけて飛びかかる。
かなりの速さで、人にあたれば肉塊になる程の威力だ。
それにも関わらず先生は微動だにせず『左手』をその岩に向ける。
え? 左手?
私は目を見開く。
普段、飾りの様にゆらゆらと揺れる左袖には、しっかりとその主人が存在していた。
その左腕に中身はなく、数字や文字の羅列が左腕の形を作っている。
文字達は綺麗な水色を放ち、文字同士の隙間から中身がない事を確認できた。
頭上にはオーロラの様な光が環をつくっていて、全身を目に収めて先生を見ると凄く幻想的だ。
地面の塊が先生を葬ろうとした時、彼は頬を撫でるかのように優しくその塊に触れる。
知性と愛嬌を備え、虹色の冠を飾る彼こそが。
人類唯一の矛を持つ、元準超越騎士第四位。
アーサー・オーウェル。
神をも口説く笑みを浮かべ、その権能を実行する。
「おいで、マクスウェル」




