第八話『魔女の外套』
「それは、オーウェル様がまだ準超越騎士だった頃の話だ」
ルーク・ヴァルキヤは先生の過去から魔女と呼ばれる存在について説明を始めた。
まだレイピアには手をかけており、油断はしていないようだった。
ただ警戒を長く続ける事への躊躇いもあるのか要点をかなり絞っていた。
魔女とは、生態系が殆どわかっていない生物らしく、女とつくが女性とも男性とも区別がつかないらしい。あくまで人間史の物語における魔女の容姿に似ていたことが呼び名の由来だ。
魔女は遥か昔、人類が文明というものを築き始めた辺りから存在を確認できていて、今現在確認が出来ている魔女は四例、二例に関しては消滅、その他の二例は所在不明である。
魔女達の目的は判明しておらず、そもそも目的があるのかすら分からない。
だが、人類に友好的ではないらしく、基本的には出会えば戦闘になるらしい。
魔女はとにかく手強いらしく、準超越騎士が率いる一部隊でも勝てるかどうか分からないらしく、一例の魔女を撃退、消滅に成功したのは先生こと準超越騎士第四位が初めてとの事だ。
先生が元四位な事にも驚くけれど、その魔女を撃退した事にも驚く。
先生に何らかの戦闘経験がある事は、おおよそ分かっていた。
だが、今目の前にいる側近、ルーク・ヴァルキヤの方が圧倒的に強い。
もし、この人が先生と戦うなら先生は手も足も出ずに敗北するだろう。
「貴方がその魔女を倒したのですか? 先生にそれが出来るとは思いません」
「……いや、倒したのはオーウェル様だ、私達は相手の攻撃を相殺するのに必死で、その隙をつく事でオーウェル様が撃退した、だがその際に惜しくも左手を失われた」
実力不足と言ったように捉られたのだろうか、主の実力不足を否定するように少し怪訝な顔をしたが、すぐにまた口を開いた。
もちろん、私も先生の事を貶しているつもりはない、あくまでも戦闘に対して、騎士の中では弱い方だと思ったのだ。一般市民よりは断然動けるだろうが。
「左腕はその時に……」
「あぁ、オーウェル様の力が上手く発散できなかったみたいでな……」
「それで、私に伝えてほしいという情報は何でしょうか? 魔女という生物は理解できたのですが」
力が上手く発散出来なかった?
どう言う事だろう、聞く限りでは致命傷を与えるだけの力を持っている様だが、想像がつかない。
詳しく掘り下げたい所だけれど、いつまでこの会話が持つか分からないので早めに聞いておく。
今までの人生において、会話をするという経験が無いわけではない、目の前の彼の様に、力を持ち、冷静さを失わずに私を観れる者は嫌悪感には逆らえないものの、害を与えてはいない事を把握できるからだ。
ただ、嫌悪する対象を凝視する行為はいかに冷静であれ、懐疑的な心を育ててしまう。
恐怖や嫌悪を感じる存在を、別の場所にただ置いておけるなら、人々の間に差別など生じない。
「私が言いたいのは、巻き込まれる前に逃げてくれという事だ」
「巻き込まれる? それは私への魔女狩り的な行為からという意味でしょうか?」
「! ……大雑把に言えばそうだが、正確には少し違う」
先生が巻き込まれる。
それは郵便物の件で真っ先に私が考えた事だった。
魔女狩りは、その本人だけに限らない。
魔女を匿ったりする行為も異端と見做され罰せられる。
例え私が無害で、先生が私を匿っていないとしても、民衆や協会が異端と判断すれば異端なのだ、先にこの男が言ったように、魔女に魅入られたなどと、いくらでも理由をつけれる。
「魔女は人に敵対している、そしてオーウェル様は人類で唯一、魔女を殺した人だ」
「……それって、魔女が私の魔女狩りを利用して先生を殺すと!?」
こくりとルーク・ヴァルキヤは頷く。
てっきり、魔女というのは猛獣のような存在だと思っていた。
各地に出没しては狩をするように、人を傷つける、そんな存在だと。
でも、そうではなく、明確な意思で敵対し、人類の力を削ごうとしている。
一体何のために、それに、魔女狩りに乗じて先生を殺すというプロセスは人に溶け込む、もしくは操る事が出来ると言う事を意味している。
「どうして、先生だけが魔女を殺せたんですか?」
「私もオーウェル様の力の詳細までは分からないが、魔女には『外套』と呼ばれる防御手段がある、それを突破できたのが人類で唯一、オーウェル様だけなんだ」
魔女の外套、先生以外には歯が立たない、鉄壁の防御手段。
「つまり、先生がいなくなれば、魔女達はやりたい放題だと……」
「そうだ、魔女がどうソレに関わるかは分からない、ただ魔女は『擬態』できる、二例ある内の一例、殺した方とは別の魔女はそうして懐に入ってきた」
『擬態』に『外套』なぜ今まで人類が生き残っているか分からないくらいだ、でも『私達』が人を支配しなかったのも、不思議といえば不思議か。
私の先祖はなぜソレをしなかったのだろうか、個として優秀でも、集団には叶わないから?
もしくは、その必要性が無かったからか。
「あなたの言い分だと、敵は教会内にいる事になる、それに、もしそうだったとしても私への魔女狩りに便乗する必要もわかりません」
教会内に魔女が潜んでいる、擬態できる以上それはありうる、ただ私のついでに先生を殺すというのは引っかかる。
人類で唯一、魔女を殺せる天敵なら手段何て選ばずに殺してしまえばいい、天敵がいなくなれば、この世界は魔女のものだろうからだ。
先生は山奥に一人暮らし、いつでも機会はある。
「オーウェル様は自ら一人になった、そして協会内に魔女がいると思ったのは最近の事だ」
「誘き出すために?」
「私はそうじゃ無いかと思っている、教会内に魔女がいると疑ったのはお前が騎士の配達係に出会した後でだ」
魔女を誘い出し、殺す、そんな単純な理由なんだろうか、少なくとも魔女は残り二体以上いる、準超越騎士が率いる一部体でやっと隙をつき撃退できた存在が、同時に来る可能性を考えなかったのだろうか。
「配達係の件に関しては、自分で言うのも何ですが、普通なのでは?」
「すまないが、お前単体になら、わかる……ただオーウェル様は元でも準超越騎士だぞ?」
確かにそうだ、私だけを見かけて、私だけに調査員が来るなら分かる。でも配達係は私だけじゃなく、先生も見ている、先生の元に来る騎士の配達係が先生をしらない? きっとそんな事はないだろう。
つまり、配達係は準超越騎士である先生と私を含めて報告している筈だ。
襲撃までが早すぎたのか。
襲撃に関しては私単体を狙ってきたものだった。仕事帰りの帰路で待ち伏せされていた、私の「人に嫌われる性質」のせいだと、その時は思っていた。
でも、その火種は元準超越騎士の家から始まっている。
たとえ異端を許さない協会と騎士達でも急すぎたのだ。
「それで、この騒ぎに便乗して先生をも……少し引っかかる気はしますが、私が先生の元を離れれば解決、というわけには行かなそうですね」
「嬉しそうだな……お前を信用している訳ではない、ただお前がオーウェル様を殺すのならとっくに殺している筈だ、それほどの力をお前は持っている」
おっといけない、先生から離れるべきかもと、悲しみに浸りそうだったけれど、そうしなくて良いかもと思うと自然に笑顔になっていた。
「あなたは冷静ですね、私を前にそこまで理性が強い人と会った事がありません」
「私はこの世で最もオーウェル様を信用している、あの方が気を許す相手なら信じる事は出来ずとも、水を差すつもりはない」
こんなに優秀な部下がいて、何故先生は危険を冒してまで一人になったのだろう。
孤独を選んだ理由についてモヤモヤしていると、ルーク・ヴァルキヤは数歩だけ私の方を向いて後ずさり、背を向けて去ろうとしていた。
「オーウェル様に何かしてみろ、例えお前が強かろうと、死んでも殺す」
「何もしません、冷静さを欠かない貴方に敬意を……」




