第七話『この心地よさに名前をつけて』
風が心地いい。
何かを羽織らなければ、少し寒いけど、羽織れば程よい冷たさが昼寝に適している。
先生の家から三十分の距離にある滝の側に簡易的な拠点を作った。
適切な木を見つけて、地面から離れた場所に丈夫な枝を並べ、床を作る。
蔦をロープがわりに枝を固定して、その上に苔を敷く。
木々の隙間から寝床に光が差し込む。
足や胸元に当たると暖かい。
孤独とは、生活の全てを暗くする。
食事の時も、寝る時も、余暇すら奪うかもしれない。
あぁ、こんな時を誰かと過ごせたらと。
先生からすれば、私は何も特別な存在ではないだろう。
ただ私からすれば違う。
私は今、長らく続いた孤独が和らいで、余暇を楽しめるようになった。
先生に会えない時間も、また会えるというだけで、ワクワクする時間に変わる。
ウトウトする。
微睡みに落ちようかと悩むけれど、先生との楽しい日々をフワフワとした意識の中で思い返すのも悪くない。
匂いが強いというか、鼻が敏感なのか、寝転がると近くにある手から自分の匂いがする。
あぁ、これは寝てしまうなぁ。
「……!」
はぁ……最悪だ。
少し前、教会から依頼を受けたのか、騎士の下っ端が私の元を訪れた。
訪れたといっても、ほぼ殺す気で、あわよくば拘束して拷問にでもかけるつもりだったのだろう。
正直、殺してもよかったけれど、先生との時間に何だか罪悪感を覚えてしまいそうだったから、意識を奪うと別の場所へと運んでおいた。
しばらくすると誰かが発見して無事だと知るだろう。
ただ原因の解決にはならない、敵意は無いとこちらが証明したとしても、相手からすれば向かわせた使いが暫く帰ってこないという事だ。他の誰かがまた様子を見にきてもおかしく無い。
勘弁してほしい、私は何もしていないのに。
「前回来た人達は殺したりなんかしてませんよ? 数日もすれば見つかると思いますが……」
私は横になったまま、どこからか私の様子を伺っている「誰か」に声をかける。
今回の相手は前の下っ端とは違うな。
冷静だし、場慣れしている。
「お前は、歪すぎる性質を持っているな」
「……そうですね、私の敵意のなさを理解できる強さを持っていても、貴方は私への嫌悪をゼロに出来ない……」
「……そうだ、私はオーウェル様が魔女に魅入られたという噂を聞いてここに来た」
オーウェル様?
私は木の上の寝床から状態を起こすと、遠くから私を見上げる形で現れる人物を眺める。
煌びやかな制服に身を包むのは長身で、短髪の黒髪をもつ男だった。
男の首筋には傷があり、その傷はかなり重症だったと思う。
「オーウェル様……という事は前職での部下でしょうか? 先生の部下なというなら私は手を出したく無い」
「先生か……」
私は柔らかく、刺激しないように飛び降りると相手の前に出る。
「先生に聞いてくれれば、私の事は知ってもらえると思うのですが」
「……そうしたいところだが、私はオーウェル様に安易に近づきたくは無くてな」
男は戸惑ったまま、会話は出来るものの、腰に下げたレイピアはいつでも抜けるように手を添えている。
「私への敵意や嫌悪はそのままで大丈夫です、会話は出来ますか?」
「……実力の差がわからない愚か者ではない、その気になれば私など一瞬で葬れる筈だ、会話に応じよう」
人の中で、この人はかなり腕が立つ者の筈だ。冷静さといい、周りへの警戒や即座に行動に移れるような身体使い。
オーウェル様と呼ぶ事から部下だったのだろうか。
「魔女に魅入られた、という事への考えは?」
私は相手が少しでも楽に会話ができるように、腰を切り株に下ろすと、そう言葉を伝える。
「オーウェル様に限ってそんな事はあり得ないと分かっているし、そもそも『魔女』はその様な存在ではない」
「? 魔女が本当にいるかのような言い方を……そういえばあの本にも同じ様な事が……」
「! 本だと? まさかあの時の……」
男は少し考えると視線を私に戻し、ゆっくりと話し始めた。
「私の名は、オーウェル様の元側近であるルーク・ヴァルキヤである、もしお前に敵意がないというなら、今から言う言葉を伝えてほしい」




