第五話『準超越騎士』
先生の助手として生活する事になってから約三週間たった。
私による書籍の翻訳はすでに終わっていて、現在はお互いの言語を勉強するだけになっている。
先生は直訳された文を元に、数学や物理を得意とする者を尋ねた方がいいかもしれないと考えている。
私はといえば、先生の書斎にある小説をゆっくりと読み進めていた。
分からない単語があれば調べて読むを繰り返している為、まだ一冊の半分も進んでいない。
先生は書斎の作業机を使い、私はソファとその近くの机を使っている。
ソファから、作業机で本に向かっている先生を眺める。
左手にある窓から差し込む光は先生を照らし、風は先生の癖毛をフワフワと躍らせる。
心地がいい。ソファから、先生の、石鹸のような匂いがする。
変態かな……とも感じながら、読書が疎かになっている私に先生は気づく。
不思議な顔をした後で、ニコッと微笑むとまた机に向かう。
天使だ……
慣れとは早いもので、何千年と一人が普通だった私でも、今では先生がいるこの生活の方が普通と思えてしまう。
生物の適応とは恐ろしいものだ。
サクラノトス王国、首都、ソウゾウ都市
都市の中心には身を寄せた双子のように、同じ背の高さ、外観をした建物が二つ存在する。背
一つは聖人を主として信仰するリース教の総本山、聖リース教皇庁。
もう一つは神を主として仕える騎士達の総本部、赤十字騎士団。
二つの建物は高さ三分のニに当たる場所で連絡通路にて繋がれており、上部の者だけが行き交う仕組みらしい。
赤十字騎士団は元々、リース教の一部であり、異教徒を律する立場であったが、教徒の支持を得て規模を拡大。
リース教は法や医療、布教活動を行い、赤十字騎士団は学問や金融、法を犯した者への刑罰の執行を行っていた。
ちなみに「魔女狩り」はリース教に属する聖職者達が異端審問を行い、赤十字騎士団が裁判するという順で行われる。
魔女狩りの最盛期においては、この手順が疎かになる事もあったが、今では比較的緩やかである。
とはいえ、魔女狩りが無くなる事はなく、あらゆる場所で異端審問により魔女と判定された者達が拷問され死んでいく。
リース教は大陸を支配し、大陸に存在する国々には赤十字騎士団から選ばれた最上位の騎士が、国王としてその場所を治める。
サクラノトス王国に関しては、ソウゾウ都市に聖リース教皇庁があることで、教皇自らが王として君臨している。
赤十字騎士団では、サクラノトス以外の国を治める資格を得た騎士を「準超越騎士」と呼び、王の職に就く者、王の職に就かず、赤十字騎士団本部で職に就く者でわかれる。
本部では、「準超越騎士」の座が七つ存在し、一から七の位が与えられた。
その中で最も権力を持った者が準超越騎士一位であり、二位から六位がそれに属する。
現在、四位は空席であり、前任の部下達だけが騎士団本部に残されていた。
準超越騎士二位であるクラウス・ハクスリーは赤十字騎士団本部、最上階にて部下からの報告に耳を傾けていた。
豪華な装飾が施されたハクスリーの部屋にはハクスリーを除いて、側近の騎士一名と報告する騎士一名しかおらず、三名が使う部屋としては余りにも広い。
「オーウェルの所に?」
「はい、数日前、オビノスエに配属されている騎士団の報告係が怪しい人物を目撃したとの事で」
「で? どうしたと? 仮にオーウェルの元に、その怪しい人物がいたとして、アレが対象しないとなれば問題なかろう」
ですがと、準超越騎士二位であるハクスリーにオドオドしながら続ける。
部下である騎士も、数万といる騎士の中では本部に勤める事のできる実力者であるが、それも位持ちの前となると話は異なる。
全ての騎士は一位から七位の準超越騎士が統括する軍団のどれかに属しており、上から「準超越直属部隊」「赤十字騎士旅団」「赤十字騎士大隊、中隊、小隊、分隊」の階級がある。
現在報告している騎士は「赤十字騎士旅団長」だが、本来は上官である「準超越直属部隊」に報告する筈であり、こうしてハクスリーに直接報告するという事はない。
だが、オーウェルに関係するという情報をハクスリーが掴んだ為に呼び出された訳である。
「オビノスエに配属された小隊の騎士数名が、その人物を調査した所、消息不明になってしまい……」
「ふむ……オーウェルがそのような事を見逃すとは思えないが……」
「オーウェルさんという人物を存じ上げないので何とも言えませんが、巷では「魔女に魅了された」と……」
フハハハと豪快に笑うハクスリーは聞いたかと、側近である騎士に呟く。
「儂なら美人の魔女に魅了されるかもしれんが、オーウェル『が』魅了する事はあっても、オーウェル『を』魅了する者などいない」
呆れたように側近がため息をつく。
どうやら、日頃から上官のスケベには苦労しているらしく、ハクスリーの代わりに念の為、もう一度調査するように伝えると、旅団長は退室していった。
その後、ハクスリーが本部の廊下を歩いていると、一人の騎士がハクスリーに声をかけた。その男はハクスリーの側近と同じ格好をしているが、胸元にある装飾品に刻まれた番号は四であり、ハクスリーの側近はニである。
彼等は同じ「準超越直属騎士」であるが、所属する軍団が異なる。
言わずもがな、第二位であるハクスリーの側近はニであり、声をかけた男は四だ。
四を身につけた男は容姿端麗で、その身体は男でも見惚れる程の逞しく筋肉で覆われていた。黒い短髪に甘い顔をした男の首筋から頬にかけて酷い傷があり、彼が大きな争いを生き抜いてきた事がうかがえる。
男は低く心地良い声でハクスリーに尋ねる。
「オーウェル様が魔女に魅入られたと……」
「そんな事はないと、お前が一番良く知っているだろうに……」
「そうですね……」
元上官の現在を憂いた彼には、何より真っ直ぐな忠誠心があり、一つ一つの所作から上官の格が目に浮かぶ程だった。
なんなら、会いに行けばいいとハクスリーは言う。
「ですが……あの方は去り際に、一人にしてくれと」
どれだけ真面目なんだと、ハクスリーと側近は目を合わせる。
銀の長髪を後ろで結び、四を身につける男とは正反対に思える中性的な側近は、愚かな考えはよせと男に言う。
長髪の男は四を身につける男とは苦楽を共にし、貧困を抜け出す為に切磋琢磨した仲だった。だからこそ、彼が誇りに思う上官が、そんな意味で言ったのではないと否定する。
「それこそ、お前が一番よく知っている筈だヴァルキヤ……オーウェル様がお前を歓迎しない事など無かっただろうに……」
ヴァルキヤと呼ばれた男は、準超越騎士四位の側近だった。天真爛漫で少年のような上官と、その上官にのみ笑顔を見せる無口で容姿端麗な側近の組み合わせは、その様子を見た女性達の口角を自然に吊り上げたものだ。
口には決して出せない事だが、神に背いてでも、彼は上官に従うと決めていた。
それ故に、彼にだけ見せる笑顔があった。
ルーク・ヴァルキヤ。
ハクスリーの側近と並び、なぜ上に立つのではなく、何者かの下につくのだと、人々に疑問を抱かせる程の男であり、今は空席である元四位の側近。
彼が全てを捧げ、仕えた主人。
それが元準超越騎士第四位、
『アーサー・オーウェル』であった。




