第四話『ビター嫌悪デコレーション』
完全に失敗だった。
いつもなら、もう少し慎重だった筈だ。
先生と出会って、少し気が緩んでいた。
ノックされた玄関の扉を開けると、そこには騎士の情報や郵便物を運ぶ、配達係であろう青年が立っていた。
青年は完全に固まり、恐怖に怯えるような顔をしている。
「ご、ごめんなさい! 郵便ならそこに置いて貰えますか?」
私は完全に動揺してしまい、取り敢えず一定以上の距離は保つようにした。
だが、もう近づいてしまった、距離をとったままならまだしも、相手に恐怖を感じさせてしまった以上、この一瞬でそれを拭い去るのは不可能だろう。
「な、何者だ君は……オーウェルさんをどこにやった!!?」
「どうにもしてません、先生は今外出中で!!」
「う、嘘をつけ! 君のような人は見た事がない!!」
まずい、完全に私が先生に何かをしたと思われているし、街に戻って騎士を呼ぶ気配すらしている。
私は全力で、その疑いを否定したが、伝わるわけもなく。
先生以外の人物と喋る事に慣れていない私の動揺は彼に不信感を抱かせるのに充分だろう。
「あ、手紙来てたんだね! それなら街で受け取れば良かったねぇ」
わざわざ、こんな遠いところまでごめんねと、買い出しから帰ってきた先生が、彼の後ろから顔を覗かせた。
「お、オーウェルさん!! 知らない女が貴方の家に!!」
「ん? 彼女は僕の助手だよ?」
「へ? 助手ですか? それは……」
なんでこんな奴をと少年が怪訝な目で私を見る。慣れている視線だが、なぜこうも露骨に出来るのだろうと不思議に思う。
私の体質のせいではあるが、もう少し考えてくれてもいいのに。
「最近雇ったんだー! 彼女はすっごい優秀なんだよ!」
えっへんと腰に手をやる、お気に入りのポーズを披露すると満面の笑みで先生は言う。
青年は疑問を先生に投げかけようとしたが、先生の満面の笑みに納得して郵便物だけを置いて逃げるように帰って行った。
「おはよう助手ちゃん!!」
「お、おはようございます先生……助かりました……」
「何事もなくて良かったよ、僕も完全に油断してた…」
そんな事はない、完全に私の落ち度で、先生が気に病む必要なんてないのに、先生は頬を膨らませるとこっちに近づく。
「それにしても、助手ちゃんが何をしたっていうのさ! あんな目で見て、酷い奴だ!」
「……! ふふ、ありがとうございます」
「何を笑ってるのさ! もう!」
私の為に怒ってくれている先生を見て、思わず顔を綻ばせる。
先生の膨らんだ頬を突っつきたい衝動を抑えると、片腕の先生から持ちづらそうな荷物を手にとると台所に運んでいく。
「ありがとう、ご飯の材料を一杯買ってきたよ!」
「本当ですね、腐らずに食べ切れるでしょうか……」
「大丈夫! 僕はまだまだ成長期だから!」
おそらく、もう伸びない筈の身長に冗談を言いながら、私の身長を抜くつもりさ! と笑顔を浮かべる。
「可愛いすぎるな……」
「? 何か言った?」
「いえ!何でも!! 朝ごはんにしますか?」
思わず呟いてしまった私は慌てて別の話題に切り替える。
いつもなら、嫌悪を向けられると暫く落ち込むけれど、先生の笑顔をみると、それだけで和やかになった。
「そうだね! 今日は助手ちゃんがびっくりするだろう食べ物も買ってきたんだ!!」
「?」
先生は買い物袋から一つの包み紙を出すと、きてきてと書斎の机へと向かう。
私はソファに腰をかけ、先生は向かいで床に座るようにすると、机に置いた包み紙から食べ物を取り出した。
それは、パン生地の上に白くフワフワの何かが塗られた食べ物で、パン生地の間とその上には、カットされた色とりどりのフルーツが使われていた。
上には大きなイチゴが乗せられていて、パン生地の間にはブルーベリーやキウイが挟まっている。
宝石のように鮮やかな色彩に私の胸は高鳴る。
「なんですか!? この食べ物!」
「ふっふっふー、これは「ケーキ」って言ってね、馴染みのパン屋が都市部から流れてきたレシピを使って作ったらしいんだ!」
「ケーキ! すっごい綺麗!!」
何でも、その白いフワフワは生クリームというらしく、砂糖がふんだんに使われたそれは癖になる甘さがあるらしい。
この生クリームは溶けにくく作られており、徒歩で四時間ほどかかる、この場所でも大丈夫なように作られているらしい。
本来の生クリームはもっと素早く溶けてしまうらしく、それはそれで絶品らしかった。
「コーヒーとお茶を用意して、先に食べてしまおうか、溶けにくいとはいえ、早く食べるように言われたんだ」
「はい! 楽しみです」
コーヒーとお茶を用意した後で、私達はゆっくりとケーキに舌鼓をうった。
贅沢な料理がなくても幸せな先生との時間は、この時はより一層輝いていた。




