第2話「間の崩壊」
夜は、まだ終わっていないはずだった。
だが今は、時間の感覚が曖昧だった。
ななが立ち止まる。
「……今、何分経った?」
ゆたかは時計を見る。
針は動いている。
だが、信用できない。
「分からん」
一拍。
「時間が“流れとらん”」
神父が静かに補足する。
「局所的時間異常です」
人面犬が鼻を鳴らす。
「空間だけじゃねぇな」
その瞬間。
“カッ”
音がした。
ななが振り向く。
何もいない。
だが——
今度は“少し遠い”。
さっきよりは距離がある。
ななが呟く。
「……離れた?」
ゆたかが首を振る。
「違う」
一拍。
「“離れたように感じとるだけ”や」
神父が言う。
「距離情報が分離しています」
ななが混乱する。
「どういうこと……?」
ゆたかは短く答える。
「近いと遠いが同時に存在しとる」
その言葉と同時に。
また音。
“カッ”
今度は真横。
ななが叫ぶ。
「いや、近すぎるやろ!!」
振り向く。
何もいない。
だが——
“気配だけがある”
呼吸の距離。
でも触れない。
神父が言う。
「認識が分裂しています」
一拍。
「距離の概念が維持できていません」
人面犬が低く笑う。
「距離バグってるな」
ゆたかが前に出る。
だが——
一歩目で止まる。
「……くそ」
ななが気づく。
「動きにくい?」
ゆたかは小さく頷く。
「進んでる感覚がない」
その瞬間。
“カッ”
音が重なる。
前、後ろ、横。
全部から聞こえる。
ななが息を呑む。
「どこにおんのこれ……」
神父が静かに言う。
「位置情報が崩壊しています」
一拍。
「“存在の座標”が固定できません」
人面犬が笑う。
「追いかけてるんじゃねぇ」
一拍。
「こっちが追われてることにも気づけてねぇだけだ」
その時だった。
桃太郎が一歩動く。
ただ歩く。
その瞬間。
音が止まる。
“カッ”
消える。
ななが目を見開く。
「止まった……?」
神父が言う。
「認識が収束しました」
ゆたかが呟く。
「また無心か」
空気が戻る。
だが完全ではない。
まだ“ズレ”が残っている。
ななが小さく言う。
「これ……戻ってないよな」
ゆたかが答える。
「せやな」
一拍。
「壊れたままや」
遠くで、また音がする。
“カッ”
今度は、はっきりしている。
でも距離は分からない。
近いのか、遠いのか。
もう意味がない。
ななが呟く。
「これ……戦いちゃうやん」
ゆたかが言う。
「現象や」
一拍。
「逃げられん現象や」
夜は続く。
だがその夜は、もう“時間”では測れなかった。
■ 第12章 第2話 終




