第3話「接触点」
夜の住宅街は、もう“場所”として成立していなかった。
ななの足元の感覚が曖昧になる。
「ここ……ほんまに地面?」
ゆたかは短く答える。
「たぶん、な」
神父が静かに言う。
「空間情報が再構成されています」
人面犬が鼻を鳴らす。
「境界が溶けてるな」
その瞬間。
“カッ”
音がした。
だが今回は、誰も振り向かない。
もう慣れてしまっている。
ななが呟く。
「……またか」
ゆたかが小さく首を振る。
「違う」
一拍。
「今のは“来た”んちゃう」
神父が補足する。
「位置が確定しました」
ななが眉をひそめる。
「どういうこと?」
ゆたかは前を見る。
暗闇の中。
そこに“線”があるように見えた。
いや、線ではない。
境界。
空間の歪みの“切れ目”。
人面犬が言う。
「やっと“形”が出てきたか」
その時だった。
ななの視界の端に、白いものが映る。
細い。
長い。
そして、歪んでいる。
ななが息を呑む。
「……あれ」
ゆたかが言う。
「見えたな」
一拍。
「それが“接触点”や」
神父が静かに分析する。
「現象が固定化される座標です」
ななが一歩下がる。
「つまり……そこに近づいたら……」
ゆたかが答える。
「終わる」
短く。
その瞬間。
“カッ”
音が真横で鳴る。
ななが反射的に振り向く。
何もいない。
だが違う。
“そこにいる”
距離が壊れている。
近いのに遠い。
遠いのに近い。
神父が声を強める。
「干渉点が増加しています」
人面犬が笑う。
「囲まれてきたな」
ゆたかが一歩進む。
だが——
止まる。
「……くそ」
ななが気づく。
「動けへん?」
ゆたかは答えない。
ただ視線を動かす。
空間そのものが“重い”。
その時だった。
桃太郎が前に出る。
ゆっくりと。
何も考えずに。
“接触点”へ向かって歩く。
ななが叫ぶ。
「ちょ、待って!!」
神父が言う。
「危険です!」
しかし止まらない。
桃太郎はそのまま進む。
“カッ”
音が重なる。
だが、桃太郎には届いていない。
ななが呟く。
「なんで……当たってないみたいに見えるん……」
ゆたかが言う。
「当たってへんのちゃう」
一拍。
「当たる概念がないだけや」
神父が静かに言う。
「無心状態では接触が成立しません」
その瞬間。
白い“線”が揺れた。
接触点。
それが、わずかに歪む。
人面犬が目を細める。
「効いてるな」
ななが呟く。
「これ……止めてるん?」
ゆたかが答える。
「ちゃう」
一拍。
「“成立させてへん”だけや」
空気が一瞬だけ静かになる。
“カッ”
音が遠くなる。
そして——
近くにもなる。
ななが震える。
「もうわけわからん……」
神父が言う。
「空間が折り重なっています」
人面犬が笑う。
「接触点ってのはな」
一拍。
「境界そのものだ」
白い線が、ゆっくり揺れる。
まだ“完成していない何か”。
ななが小さく言う。
「これ、壊したら終わるやつ?」
ゆたかは短く答える。
「壊すんちゃう」
一拍。
「通すか、止めるかや」
夜は続く。
だがその夜は、もう一つの“境界”に触れていた。
■ 第12章 第3話 終




