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第三章


 フライヤー研究所ウドラ支部の前に一台の自転車が停まった。

 なんてことないごく普通の自転車だが、「自転車=電気で動いちゃうモーターつきの自転車」であるこの時代において、モーターのないごく普通の自転車はとても珍しいものである。特に、ツーリング用のロードバイクでもなく、山岳スポーツ用のMTBでもない、本当の意味で普通のシティサイクルにモーターがついていないのは非常に珍品である。

 つまるところ、そんなものに乗っているのはとてつもない変わり者である。

 たしかに地球以外の惑星に初めて移住した人類の中には、「モーター駆動の乗り物すらエコロジカルではない」と熱弁したエコロジストもいたようだが、発電に化石燃料をまったく使わなくなって久しい今現在、そんな人間は普通いない。

 だからこそ、いまどき普通の自転車にのっているアシュトン・クシィという青年は、変人集団であるウドラ星系第三惑星の住人達からも一目置かれるおかしな人間なのである。 類は友を呼ぶ。

 彼はその言葉が好きだ。

 人間、なにか物事を興そうとするときは絶対に仲間が必要だ。そのことを、「人間は弱い生き物だ」と断罪するような人もいるが、誰かと一緒に苦労をするのはとても良いことだと彼は思っている。同じ目的のために努力していける友がいるというのは幸せなことだ。弱いから仕方がなしに手を組むのではなく、より強大な相手に立ち向かうために積極的に手を組んでいるのが人間だ。

 加えて彼は思う。なにも、友でいる必要はないのだと。たとえ立場が違うとしても、なにかしら新しいことを興そうとする人間が存在することは良いことだと思う。

 自分の邪魔をするかもしれない。自分の意見を聞き入れてくれないかもしれない。自分に危害を加えてくるかもしれない。それらの不安はある。だが、不安がない日常などどこにあるのだろうか。

 生きているその日その日に大小様々だが、人間、いや、生物すべてが何かしら不安を感じている。外的がいることに不安を感じるのは生物として当たり前で、さらに人間の多くは自分の気持ちにすら不安を覚える。自分が生きるために罪を背負うことにすら不安を覚える。

 人間は絶対的な〝なにか〟を求める。それが、彼の場合は神の存在だった。

 しかし、神という存在こそ一番不安定で不確かな存在だとも彼は思っている。だからこそ、信仰するに足る存在なのだろうとも。

 不安定で不確かな神という存在は、それ以外のよくわからないもの、特に感情に関するものを逆に安定した確かなものにしてくれる。

 スコールの後に雲間から覗く太陽の光が美しいこと。風によって動かされているだけの木々でしかないのに、それがふれあうことによって様々な音を生み出しているという不思議さ。愛しい人が何気ないいつもの仕草をしただけなのに、なぜかそれに対して不安感を覚えてしまう恐怖。

 それらはすべて神によって確定されたものだとしたらどうだろうか。よくわからないものの欠けた部分を、よくわからないものが補完する。それによってもたらされる心の安定。だからこそ人間というものは、信じられないものに対してのみ、信仰しようとするのだろう。

 信じられないものを信じられると言うことは、世界のすべてを信じられると言うことだ。無論それは最終的な結果だが、すべての存在が互いを理解し合い、信じられるという世界とは、人類が描いてやまない永久不変の理想郷の一つではないのだろうか。

 自分はそのための一つの捨て石にでも慣れれば良い。

 一人で世界の人々を変えられるなどとは思わない。だからこそ、自分と同じ志を持つものや、自分たちとは別のアプローチで新しい価値を生み出す存在がほしい。新しい価値というのは軽々しく手に入れられるものではない。阻害する存在はもちろん、競争相手がいて当たり前。むしろ、彼らをも巻き込み、新しい考えをさらに発展させていくのが大切なのである。

 だからそうだ。このドアの向こう側にいるアズマ博士のように、竜神教の教えを理解しない人というのは大事な存在だ。

 無論、彼は竜神教の教えを阻害するわけではなく、違う立場で新しい物事を興そうとしている人であり、どちらかというと同志に近い。互いの理解はないだろうが、人類の繁栄に関わる者同士、彼とは仲良くやりたい。厚かましく言えば、友でありたいと思っている。

 クシィ導師は自分がこの惑星で布教活動を任されたのは運命だと信じている。

 運命。

 人がまだ宇宙に住むことが許されていなかった時代、ある音楽家が作った交響曲がある。彼は曲の冒頭で、大きな音を鳴らすことにした。その音を何であるかと問う弟子に対して、彼は「運命はこのように扉を叩く」と教えたという。

 そんなことを考えながら、クシィ導師はいつものようにノックを四回して扉が開くのを待った。

 扉の奥から聞こえたのは、品格を備えながらも、どこか間延びした返事だった。

「お待たせしましたーと……クシィ導師でしたか」

「アポ無しの訪問をお許し下さい、ネヘラシアン博士」

 彼は彼女の姿を見るたびにいつも思う。なぜ上流階級にいるこのような麗しい人が銀河最外縁惑星になどで働いているのかと。だが同時にそのことを詮索したいと思う心は封印する。この惑星にいることを認め、協力し合う隣人として、未来を切り開く同志として受け入れるだけだと強く考える。このような辺境の惑星にいる人は、誰しもが何らかの理由をもっている。それを聞くのは野暮であるし、逆に何も理由なしに住んでいることもあるのだ。

「ここではなんですから、ひとまず上がってください」

「あー、お邪魔する前に一つ確認を取りたいのですが、よろしいですか?」

「はい?」

「二週間ほど前に野生生物を保護したと小耳に挟んだのですが、事実でしょうか?」

 確認はいらない。教団関係者による報告はすでに済まされている。ただ、この研究所にいる三人が彼に対して隠し事をしないか、それを知りたいだけの行動だろう。

「ええ。両生類のような水生生物を保護しましたわ」

 表情には出さないが、ホッと胸をなで下ろしたい気分となる。

 彼はこの研究所に住む三人に少なからず好意を抱いている。自分が好意を抱いている相手に嘘をつかれるというのは、いくら彼が宗教家であり、人に教えを説く立場であったとしても、心に黒いものがわき出てしまうのだ。たとえそれが普通の人と比べれば非常に微量だったとしても、彼にとっては自分を許せなくなるほどの汚点なのだ。

 あとは、その野生生物を実際に見せてもらえれば、彼は心にモヤモヤしたものを抱え込まなくて済む。

「それで、もしよろしければ――」

「おや、クシィくんか」

 彼の言葉を遮ったのはこの研究所の主であるアズマ博士だった。玄関ドアの前に立っているイルムートの肩に手を置いて隙間を作り、その隙間から頭を突き出すように彼の顔を見つめた。

 女性を邪魔者のように扱う行為に少しばかり教えを説きたくなるが、肩に手を置かれている本人がまんざらでもないと言いたげにその白磁のような頬を赤くしているので、やめることにした。

「アズマ博士もお元気そうで何よりです」

 彼はこのアズマ博士という男を信用に足りる人物だと思っている。考えこそ竜神教の教えにそぐわないのかもしれないが、理知的で子煩悩で研究熱心で、なにより正直者であると分析している。

「残念ながらそんなに急かしても11号はできていないよ」

 11号とはフローター試作機11号のことだろう。クシィ導師とアズマ博士は仕事上の関係しか持っていない。だからこのような会話になるのだが、クシィ導師はそれを少しだけ寂しいと思った。

 宗教人だから関わりを避けるという人間が多いのはわかる。だが、尊敬の念を抱きかけている人にそのような態度をされると傷つくものだ。

「まさかそんなことは思っていませんよ」

「だったらなぜ? また娘を竜神教に勧誘しようとでも?」

「それは良いことですが、それもまたの機会に。今日は、あなた方が保護した生物をこの目で見たいと思いまして来訪しました」

 話を聞くとアズマ博士の行動は早かった。「そのことならば遠慮なく入りなさい」とだけ言うと、一人でズカズカとラボの方へ歩いていってしまう。

 肩すかしを食らったようなクシィ導師は、その場で苦笑しているイルムートに話しかけた。

「これは、ついてこいと言う意味でよろしいのですか?」

「うふふ……それで正解だと思いますわ。ささ、どうぞお入り下さい」

 二人はアズマ博士の後を追うように廊下を歩いていく。

 ラボに足を踏み入れるがアズマ博士は足を止めようとしないで、さらに奥へと進んでいく。

「一体どこへ?」

「別棟の実験プールに向かっているのですよ」

「なるほど、そこで飼育しているというのですか」

「はい」

 役所に張ってある網にかかった申請書類のデータには、その両生類を保護する理由も書かれていた。生物がいるのをわからずにスキャン装置を使ってしまったことによる影響の有無を確かめるためであり、また、フローター試作機8号がなにかしら生命に悪影響を与えていないかを調査するためとなっていた。

 ようするに、「今のところ何も問題がないけど、自然に帰して死んじゃったりしたら寝覚め悪いな」とかそういう程度の理由である。早急に対応しなければならないような、生命の危機を感じての保護ではないらしい。だとすれば、保護制度を使った観察を行うことが大切だろう。

「できる限り自然の姿のまま保護しようとするとは流石ですね。やはり観察も目的の一つなのですね」

「もちろんです。学者たるもの、常に探求心を持たなければならないのですから」

 保護した本人達もそれを認めているが、彼はそれを批判しようとはしない。野生動物に危害を加えようとしている輩ならば暴力に訴えてでも止めてやろうとするが、アズマ博士達にそのような気がないことはよくわかっているからだ。

 イルムートはそんなことを考えているとは露とも知らず、「といいつつ」と言って言葉を続けた。

「ヨシエさんのためでもあるのですよ」

「ヨシエさんの? どういうことですか、それ?」

「あの子、もう15だというのにいつまでも博士に甘えてばかりなのです。生き物を世話する大変さを教えさせ、少しでも彼女の自立心につながれば良いと思っていますの」

 確かに、ヨシエが甘えん坊だと言うことはよくわかっている。ウドラに来てからアズマ博士親子とはずっと付き合いがあるが、いつまでたってもあの娘は親から離れようとしない。もちろん、一人で勝手に出かけたりとかそういうことはあるが、修学旅行などを除けば、一日以上父親と離れると言うことをしていないように思える。

 普通ならば反抗期があり、異性の親に対しての行動が変化する。何か困ったことがあれば誰かに頼ろうとして、それが大抵父親なのでおかしな少女だと思っていた。だが、それを研究所の助手であるイルムートにまで思われているとは考えていなかった。

「ネヘラシアン博士、あなたも大変なお立場ですね」

「はい?」

「その若さであのような大きな子供ができてしまっては、という意味で大変だなと」

「わっ、わたくしはべつに博士のことをそのような風に見たことは……ない……とはいえませんが……かっ、からかうのはおやめ下さい!」

 イルムートはそうやって大きな声を出すと、彼を廊下において先に走っていってしまった。

 クシィ導師は思う。自分には、ヨシエの自立心を養うために何かできることはないのかと。導師という立場故、彼は多くの人間を神々に依存させる活動をしてきた。自立とは神々からの自立ではないにしても、自分ができることはさほどないだろうと思う。だが、それでも何かしら役に立ちたいと思っているのは確かだった。

 一人となった彼は色々と思いを巡らせながら実験プールへと降り立つ。

 彼を迎えたのは、この研究所の三人はもちろん、例の保護された野生生物もであった。

「ぴぃ」

 波打ち際で顔を持ち上げるピンク色の生物は、クシィ導師に向かって何か言いたげに鳴いた。

「おおっ! この子が例の野生生物なんですね!」

 彼はかなり感動していた。

 野生生物を保護したついでに観察をしていると言われてはいたが、野生であるが故に実際に間近で目にすることはできないと思っていた。それが、自分の視線の先、すぐそこにいる。しかも、人間に興味を持っているかのような仕草。

 彼は未知の生物を目にして、竜神教に入信する前の自分のことを少しだけ思いだした。

 昔はヨシエのようなことをしていた。彼が興味を示すのは自然のものばかりであり、人工物にはほとんど興味がなかった。それでも人付き合いをする上で必要になるので、周りに話を合わせて興味を持っているようなそぶりを見せることもあった。

 当時の彼はそれを苦痛だとは思わなかった。自分の好きなことを邪魔されなく楽しむには、そのように他人に合わせて自分の本性を見せないようにしなくてはならない。本性が多くの人間の像と違うのであれば、よりいっそう本性を見せてはならない。彼が被っていたその仮面のおかげで、彼は変人扱いされずに済んでいた。

 また、その達観したものの見方が、彼の生来の美貌と相まって人々を引きつけていた。やがて彼の周りの集団は、彼と同じ趣味を持つようになっていった。だがそれでも、本当にやりたいことをやることはためらっていた。

 そんな彼を変えたのはエーテルフィッシュの存在である。

 あまりにも巨大すぎる自然の姿に見せられた人類は、それを神の使いだとした。

 賛同する人間は多かった。

 当時の人類は、かつては夢でしかなかったほかの銀河への進出を目の前にして、自分たちの技術の高さに驚いていたのだ。もしや自分たちは神にも等しい力を、宇宙航行という点においてはすでに手に入れてしまったのではないかと。

 それはまた、自分たちには神のように世界を創造、存続して行かなくてはならない責任があるのではないかという不安を持たせた。これまでは神の庇護の元で自分たちの力の限り活動できた。だが、自分たちが神に追いついてきてしまっていると考えた人間は、自分たちの力を加減しなくてはならないと思った。だが、その加減というのがわからない。もし、その加減が足りなければ世界を破壊してしまうし、加減しすぎれば人類は衰退する。それはもう不安ではない。恐怖だ。

 だから、人類の多くは、今まで信じてきた神よりも偉大な力を持った神の存在を欲した。それがエーテルフィッシュを遣わした神である。当時まだ学生だったクシィも、自分の本当にやりたいことができないでいる閉塞感を、新たなる神の存在を理由に打ち破ることができた。

「ははは……実に可愛らしい生き物ですね。鳴き声などは本当、幼い子供達が夢中になるほどの可愛さです」

 率直に思ったことを口にした。かつて少年であった頃の自分のような、何も飾らない、素直な言葉だった。だから、いまの大人になってしまった自分の心に深く突き刺さる。

「ふむふむ。両生類が成体になる過渡期でこのような容姿になることは私も知っています。しかし、海に住む両生類とは、実に興味をそそります」

 彼は記憶をたどってみたが、本で読んだり、自分自身で観察した両生類の中では、海に生息している両生類は珍しかった。全くいないというわけではなかったが、成体になっていない状態や、もしくはネオテニーの個体が海にいることはなかったはずだ。

 この研究所の二人の博士も同意見のようで、うれしそうに頷いてくれる。

「クシィくんもそう思ってくれるか。もともと自然のものに興味を持っているようなフシは感じていたのだが、キミがそこまでこの子に興味をそそられるとは良い驚きだよ」

「あはは。私にだって竜神教の信徒になる前の人生があることを忘れないでください」

「それは済まなかったね」

 クシィ導師の言葉にさほど真面目に謝らないアズマ博士。だが、彼は悪い気にはならない。彼に対して悪気があって言ったわけではないことがわかるからだ。

「よかったぁ。クシィ導師もこの子を気に入ってくれたんですね」

 そういって近寄ってくるヨシエは、ウエーダーを着用していて、いつもよりも野暮ったい少女になっていた。

「ヨシエさん、その格好は?」

 疑問に思うクシィ導師に彼女は自分の身体を見下ろし、恥ずかしそうに乾いた笑いをした。

「ピィちゃんのうんちを砂と混ぜ合わせたんです。あ、ピィちゃんっていうのは、この子のとりあえずの名前ね」

「……ものすごく安直な名前ですね。まあ、しばらくしたら野生に帰るのですから、そのような呼び名が丁度良いのかもしれません」

「微妙な褒め言葉、ありがとうございます」

 ヨシエは乾いた笑いをやめ、顔を引きつらせた。

「排泄物を処理していると言うことは、きちんと餌を食べているということですよね。いったい何を食べているのですか?」

「海底にいる虫ですよ。時々頭を砂に潜り込ませていますので、そのときに食べているとアタシは考えています」

 クシィ導師は彼女の考えを聞き、それを補完すべく二人の博士に目を向けた。彼らは笑顔で頷く。ふと、ピィを観察するようになったのはヨシエのためでもある、とイルムートが言っていたことを思いだした。

「なるほどなるほど。ヨシエさんはしっかりピィの世話をしているのですね。偉いです」

 まさかクシィ導師が褒めてくるとは思わなかったのだろう、ヨシエは驚いたし、赤面もした。

「そ、そうかな? あ、でも、わからないことはイルナちゃんに聞いているから、アタシだけが偉いわけじゃないですよ」

「自分を卑下する必要はありません。ピィちゃんがあなたに懐いているその姿を見れば、あなたが頑張って世話をしていることがよくわかります。大丈夫です」

 クシィは、自分の言葉によってヨシエが赤面から満面の笑みに変わるのを見て、自身も満足そうに微笑んだ。

 人の弱みを責めて入信させるだけでなく、こうやって若者を褒め、自信を付けさせて前へ歩かせることもできるのだとわかり、彼は心が晴れやかになっていった。

 そして、彼女のような夢を追いかけていく若者達が間違った道に進まないよう、守って行かなくてはならないと、決意を改めた。宗教人である彼にとっての正義や間違いの定義は、一般的には受け入れられないのかもしれない。だが、今この瞬間にヨシエの未来を明るいものにしたいという願いは本物であった。


◆◇◆◇◆◇◆


 クシィ導師の突然の来訪が過ぎ去り、研究所の三人はお茶を飲んでくつろいでいた。

 ピィも宙に浮きながらリビングへとやってきている。これで保護をしているというのだから、辺境惑星では役人すらルーズなのだろう。

「プールの清掃お疲れ様でした」

 イルムートがふと思いだしたかのようにヨシエを労った。

「なんで今更そんなことを?」

「クシィ導師が来てごたごたしていまして、ついつい労いの言葉が遅れました」

「そういえば、どうやら彼は生物についてある程度の知識を持っているようだね」

 彼女の言葉にアズマ博士が反応する。だが、ヨシエはそれに驚くこともせずに、何を当たり前なことを言っているのだろうと思った。

「まあ、電気自転車すらエコではないというぐらいのエコ人間だし、アタシは何となく気付いていたよ」

「おおっ! ヨシエも頭を働かすようになったのか……僕はうれしいよ」

「わたくしも感極まっていますわ」

「……なんか素直に喜べない褒め言葉をありがとう」

 大人二人のどことなくからかっているような言葉に軽く礼を言うと、「でもさ」と言葉をつなげた。

「クシィ導師はかなりの動物好きと見た! 動物好きには悪い人はいないっていうし、ちょっとは信用してあげても良いんじゃない?」

 ヨシエの言葉に二人は難色を示すが、彼女を擁護するかのようにピィは鳴いた。そしてヨシエの携帯電話に文字チャットのデータを送信してくる。

『僕 みんな 好き』

 ニンマリとした笑みを見せ、そのディスプレイを二人につきだしてくる。

「ほらほら。ピィちゃん自身も信じているみたいだよ」

 続けてピィから送信があり、そこには『僕 みんな 信じる』と書いてあった。

 アズマ博士はそれらの様子に少しだけ考えるそぶりを見せ、頭を軽くかいた。

「ヨシエ……全くお前という奴はなんて単純、もとい、純粋なんだ。しかしな、動物好きでも人間嫌いだったら、それは信用できないんだよ。彼が人間を好きかどうかなんて、僕たちにはわからないことなんだから」

 補足するようにイルムートも口を挟む。

「そうですわね。あの方も一応は宗教人ですし、好き嫌いはあるはずですから」

 大人二人はまた自分の考えを否定する、とヨシエは心の中でいじけた。

 無理もない。母親が亡くなってからヨシエは、ウドラ星系第三惑星に来るまでずっと家に引きこもっていたので、ほとんど人との交流もなかった。この惑星に来たら来たで、人、特に悪人と言われるような人も少なく、ヨシエが学ぶべき裏切りという社会経験が同年代の少女よりも格段に低い。

 誰からも大切に可愛がられている少女、それがヨシエ・アズマである。例外としてヘムがそれなりに意地悪をする大人であったが、彼もからかうことはあるが、彼女を傷つけようとは思っていない。

 そのほかに怖い人言えば、銀河中央からやってくる竜神教幹部ぐらいだろうか。

 そのようなわけで、彼女は人間の心の裏を見たことがないし、なによりそういうものがあると言うことすら理解していない。だから、自分と同じような趣味をもっていることがわかると、クシィ導師を余計に信用してしまった。まだまだ精神が子供なのだ。

「なんか最近の二人、アタシの言うこと聞き入れてくれないね」

 口を尖らせてすねてみせるが、二人はそれに対して微笑んだ。

「そりゃぁ、ヨシエももう15歳。すぐに大人だからね」

「いつまでも甘えてはいけないと言うことですわ」

 二人のことは嫌いではない。二人の言うことならば本当なのだろうと思う。だが、同時に自分の考えを理解してほしいとも思っていた。これが大人になると言うことなのだろうか、と自分に問いを投げかける。

「アタシはただ、もっとピィちゃんのことを守ってくれる人がほしいだけなんだけどね」

「うん。だから僕たち四人だけの秘密だと――」

 テーブルの上の携帯電話が鳴り、会話を邪魔する。この携帯電話はアズマ博士のものだ。

「ちょっとまってね、ヨシエ」

「いいよ。誰から?」

「……クシィくんからだ。珍しい。もしもし、アズマだが」

 話題に上がっていた人からの電話だったため、アズマ博士もやや驚きながら電話に出る。

 その様子を見て、イルムートがヨシエの耳元で話しかけた。

「噂をすれば影がさす、というやつですね」

「うん。でもなんだろう。さっき来たときに言えば良かったのに。ピィちゃんに感激してド忘れしちゃったとか?」

「ふふふ……あのクシィ導師がそんな可愛い人ならば信用しても良いかもしれませんね」

 二人で楽しそうにコソコソと話しているのとは逆に、アズマ博士の声と顔は緊張したものになっていた。

「なるほど、わかったよ。……うん、忠告ありがとう。そちらも無茶をしないように」

 通話終了のボタンを押してテーブルの上に携帯電話を戻すと、彼は大きなため息をついた。

「どうしたの? スポンサー関係?」

 ヨシエは以前にあった突然の査察を思いだした。

 それは、彼女が唯一怖いと思った人間達である竜神教幹部による開発状況の査察だった。いや、あれは査察と言うよりも家宅捜索と尋問だろう。宗教なのだから、むしろ異端審問と言っても良いのではないか。すぐにイルムートが弁護士と共に研究所に現れてくれたおかげで大事にならずに済んだが、あれがまた来るとなると少し寒気を覚える。

「いや、そういうのじゃない。〝W&M社〟が調査隊を送り込んでくると、竜神教のネットワークに引っかかったらしい」

「W&M社?」

 ヨシエは初めて聞く言葉に首をかしげた。隣にいたイルムートが「知らないんですか!?」と驚いているので、よほど有名な会社なのだろうと思った。その会社のおかげでこの惑星がちょっと都会らしくなったりしたら、自分は悲しいなとも考えたが、それは杞憂に終わる。イルムートの説明は彼女の予想をさらに上回っていたのだ。

「ワイズマン&モントーヤ社、略してW&M社。軍事兵器の開発から生産を自社で行う兵器会社です」

「なっ!?」

「それに、通常の資源開発や貿易に工作を施して、戦争状態を引き起こしているとも言われています」

 イルムートは何かに取り付かれたかのように次々と説明する。

「加えて、その戦争の当事者の両方に兵器を売り渡すダブルブッキング行為はよくあること。代金の支払いが悪い国に対しては、戦争すれば武器を売ると言っておきながら実際には売らずにその国を滅亡させるような土壇場でのキャンセル行為など、まさに資本主義の悪を体現した組織です」

 W&M社がやっていることに驚いたが、それにしてもどうしてイルムートがそれほど詳しく知っているのかとヨシエは不安を覚える。

「でもなんで、イルナちゃんがそんな企業のことを詳しく知っているの?」

 父親に視線を送るが、彼は首を横に振って知らないと返事をした。

「以前、わたくしには尊敬していた大学時代の先輩がいると言いましたよね」

「うん」

「ああ」

 なんとなくわかってきたが、それをこちらが言うのは無粋だろうと思い、ヨシエはイルムートの話を素直に聞くことにした。アズマ博士も同じ気持ちだろう。

「リリッシュ・バイアヘルト先輩は、お二人の予想通りにW&M社の開発スタッフです。何を開発しているかですか? 動物を利用した軍事兵器ですよ」

 本当に、ヨシエにとっては予想の上を行く展開だ。

「きっとそのW&M社の調査スタッフの中に先輩が入っているはずです。エーテルフィッシュ関連の論文を執筆しているように、彼らを兵器に転用するための調査をするのかもしれません」

「ぴぃ」

 自分が呼ばれたと思ったのだろうか、ピィがイルムートの周りを旋回しだした。まさか、彼女が悲しんでいると理解し、慰めようとしているわけではないだろう。

 アズマ博士はそこまで聞くと、疑問を口にした。

「エーテルフィッシュのエーテル海面下深度は今の人類では到達できない深海部だ。それをどうやって捕獲する? しかも、どうやって操ろうとしているんだ?」

「先輩にはきっと、捕獲も操作も必要ありません。彼女の博士論文は、〝農作物を病害虫から効果的に守るための忌避行動原理の一考察〟というものでしたから。つまり、エーテルフィッシュがどうして既知宇宙に出現しないのかを解明して、攻撃を仕掛けたい座標から彼らが忌避する要素を消し、彼らが出現できるようになれば、とりあえずは兵器利用が可能と言えるでしょう」

 イルムートが言っていることの技術的な内容に関しては、ヨシエには全く理解できない次元のものであったが、一つだけ強く確信できるものがあった。

「そんなのだめっ!!」

 久しぶりに大きな声を出した。癇癪に近いものだ。

「絶対にだめっ!! エーテルフィッシュはそんなことに……生き物はそんなことの為に生きているんじゃないよっ!」

 子供が言うことは間違いで、大人が言うことは正解。

 それが本当で、それによって世界が成り立っているのだとしたら、なんという絶望だろうか。子供が言うことが正解のときもあるじゃないか。論理なんてそこには存在しなく、損得なども存在しない。ただ単純な感情の発散でしかない発言。

 だが、それが正しいこともあるのではないか。


◆◇◆◇◆◇◆


 ウドラ星系第三惑星唯一の宇宙港〝ウドラ宇宙港〟。何の変哲もない、恒星の名前を取っただけの名前が付くのは、辺境惑星ではよくあることである。また、この宇宙港は惑星大気圏内を飛ぶ航空機のための空港としても整備されているが、今回、フライヤー研究所ウドラ支部の二人の研究員が幼児があるのは、宇宙港のほうである。

 アズマ博士の助手であるイルムートは、かつて尊敬していた先輩とどのように顔を合わせて良いのか考え込み、少し鬱に入っていた。

「……はぁあ」

 大きなため息がでても仕方がない。

 彼女とリリッシュが所属していた研究室は、野生生物との共生を目指すための研究を行っていた。建物などの人工物だけではなく、農作物などを病害虫から守るための研究をしていた。薬を病害虫をむやみやたらに殺すのではない。それら病害虫が自然界にて当たり前の死ぬことを探し、その死をもたらすのを研究していた。

 結果は同じだ。だが、その過程が違う。

 偽善ではない。人間が自然環境の中に無意味な薬物を放出しないための学問だった。

 その研究室でもひときわ才能を見せつけていたのがリリッシュ・バイアヘルトである。

 大学の教授はリリッシュならばどの一流企業に入っても十分にやっていけると自慢していた。本人もそのつもりだったのだろうが、その企業の選択を間違ったのかもしれない。

 いや、彼女にとってはそれは正解か。彼女の父もまた生物学者としてその名をとどろかせる人物ではあったが、彼が研究しているのは細菌兵器であった。リリッシュは兵器産業のトップ達が奪い合うようなサラブレットなのだ。W&M社にスカウトされるのは当然だろう。

 イルムートはそれでも彼女を尊敬しようとした。彼女は人間に対しても優しかったのは当たり前で、実験動物の取り扱いも残酷なことはできるだけ避けていた。W&M社も戦争用の兵器だけを作っているわけではない。未開惑星での探査業務を補助する為の武器、道具、動物の生体パーツを使った探査ロボなどもある。きっとリリッシュはそのような道に進むに違いない。イルムートはそう思っていた。

 就職してから一年ほどは忙しかったのか、音信不通のような状態になった。少しはイルムートも不安になっていたのだが、リリッシュの方から連絡が来て、一緒に食事をするというので安心した。一緒に食事をしたのは二人だけではなかった。リリッシュは婚約者も連れてきたのだ。

 W&M社の同部署の研究員同士だという。研究内容は企業秘密で直接教わることはできなかったが、二人で執筆中の論文の草稿を見せてもらえた。リリッシュとその婚約者は未知宇宙へと進出するためにエーテルフィッシュの研究をしているのだと知った。エーテルフィッシュを排除するのではなく、彼らの忌避する要素を見つけ出し、宇宙船が襲われないようにするのだという。

 夢を持つのはなんと素晴らしいのだろう。尊敬していた先輩が未だ尊敬できる先輩で、そして自分のことを未だに気にかけてくれていた。イルムートはリリッシュの幸せを自分の幸せのように思え、心の奥底から涙を流して祝いの言葉を述べた。

 結婚式でも同じように泣いてしまうのだろう。涙の似合うドレスってどんなものがあるのだろうか。そんなことも考えていたが、無意味となった。

 涙を流したのは葬列の中。

 彼女の服装は喪服だ。悲しみの涙しか似合わない服。

 リリッシュの婚約者は、エーテルフィッシュの調査の途中で宇宙船の事故にあったという。宇宙船は大爆発して宇宙の塵となってしまい、遺体の回収は不可能。近くを航行中の宇宙船がなかったら、彼が乗った宇宙船が爆破したことすら知られなかっただろう。ひっそりと宇宙船がいなくなる。それはまるでエーテルフィッシュに補食されたみたいじゃないか。

 そこからまた一年間、イルムートはリリッシュと音信不通になる。

 そして連絡が付いたとき、リリッシュはエーテルフィッシュへの復讐に燃えていた。

 イルムートは宇宙船爆破がエーテルフィッシュによるものではないと説明を繰り返したが、リリッシュにとって大事なのはそんなことではなかった。彼女の婚約者がエーテルフィッシュの調査中に死んだことには変わりなく、その原因はエーテルフィッシュがやったことだとしか考えられなくなっていた。ただ、復讐したいと願うだけだった。

「イルナくん……ついたみたいだよ」

「あ、はい!」

 アズマ博士の言葉に意識を覚醒させたイルナは、自分で自分の声の大きさに驚いた。

 声をかけてくれた彼の横顔を見る。すると、勇気が出てくる。

 復讐に取り付かれている先輩に対して、夢を持つのはなんと素晴らしいのだろうと声を大にして言えるほどの勇気だ。

 次は前を、入星審査を終えた人々が降りてくるゲートを見る。

 黒いスーツを着た女を先頭に、その横には体の大きな女ボディーガードが左右に一名ずつ、後ろにはそのボディーガードよりも大きい男達が十人ほど並んで歩いてくる。

 自分たちが見つめていることに、先頭の女が気付いてほっそりとした手を挙げた。

 細いが、すらりとした肢体というのは不適切だ。もっともらしい表現で言えば、幽鬼のような身体の女だ。髪は荒れている金髪、肌は異様に白く、頬の骨が強調された顔をしている。昔は綺麗だと思っていた笑顔が、今では威嚇のために歯をむき出しにしているように見えてしまう。

 それが、久しぶりに会うリリッシュ・バイアヘルトへの感想だった。

「はぁい、イルナ」

「お久しぶりですわ、リリッシュ先輩」

 親しい者同士なので、ここでは抱擁する。そこでまた驚く。

「先輩、また痩せましたね」

「ダイエット中なのよ。気にしない、気にしない。それよりあなたの身体の調子はどう? こんな日差しの強い辺境惑星じゃ大変じゃない?」

「手袋と日傘があればなんとか生きていけますのよ。空気と水も身体に合っているようで、今のところ大きな病気はありませんわ」

 ほぼ、いつもの挨拶。学生時代の先輩と後輩という設定では当たり障りのないような会話。だが、恋愛の話は絶対にしてはならない。

「さて、挨拶はこのへんで終わりにしてっと……私がここに来ることを知っていたと言うことは、理由もある程度はわかっているのでしょう?」

 ストレートな物言いだが、昔から変わらない口調なので、少しだけイルムートはうれしかった。

「エーテルフィッシュの調査ですよね」

「ご名答♪」

「でもそれにしては……調査用の宇宙船がないようですけど?」

 イルムートからの質問に、舌を鳴らしながら指を振って陽気に答えるリリッシュ。

 ちらりとボディーガードの女に目を向けると、少しだけ驚いた顔をしていた。その様子を見てイルムートは結論づけた。昔と同じ口調で話してくるのは、きっと学生時代を思い出させて協力を仰ごうとしているのだろうと。

「調査はこの惑星で行うわ」

「はい?」

 相手の思惑を読んだイルムートだが、彼女の先輩は彼女の予想を上回ることを口にした。

「不思議に思わないの? このウドラ星系第三惑星のような、生態系を保有する銀河最外縁惑星の特殊な存在の理由を」

 惑星の炭素量の不足のために生態系が貧しいことはすでに調査されてわかっている。だが、そこまでしか調査はなされていない。

「うーん、あまり強く考えたことはありませんでした」

「やっぱりイルナはイルナのままね。ああ、怒らないでね。良い意味でも変わってなくて……本当に羨ましいとも思っているから」

 リリッシュが彼女自身の言葉に戸惑いを覚えている隙を見て、イルムートは思考を走らせる。

 エーテルフィッシュの調査に来ていながら、この惑星で調査を行う。そして、炭素量の少ない理由になんらかの仮説を立ててそれを実証するためにやってきた。それはエーテルフィッシュに関することであり……

「どう? 詳しい話を聞きたいなら私に協力しなさい。フライヤーの研究なんてしなくてもいい世界に、私とあなたで変革するのよ」

 なるほど。だったら答えは決まっている。

「お断りします。自分の研究を放り投げるようなこと、わたくしは好きではありませんから」

「あらそう、残念」

 拒絶されたのになぜか笑っているリリッシュ。なにをもって残念だというのだろうか。研究を途中で投げ出すことを一番嫌っていた先輩が人にそれを勧めるだなんて、その変わりようがイルムートにとっては残念だった。

 リリッシュはイルムートに興味をなくしたように、横にいるアズマ博士に声をかけた。

「タケロウ・アズマ博士ですね。エーテルフィッシュの研究をする素材として、博士の論文を隅から隅まで読ませていただきました」

「それはありがとう。キミの非凡ぶりは、助手のイルナくんから良く聞いている」

 妙にへりくだる様子を見せたことにアズマ博士は顔をしかめたが、あまり刺激してはいけないと思ったのだろうか、ごく普通に挨拶を返した。

「博士の論文を読むまで、私はエーテル浮上計算式に懐疑的でした。しかし、フローター用に改造した特殊エーテル浮上計算式を見たときは鳥肌が立ちました。それもやはり質量コントロールの発展版として――」

 機嫌良さそうに話を続けるリリッシュだったが、突然顔をしかめた。

 彼女のボディーガード達も何かに気付いたようで、彼女を守るように、イルムートとアズマ博士の間に割って入った。

「失礼を博士。無粋なカルト共が群がってきたようです」

 彼女が引き連れてきた男達も臨戦態勢に入っていく。

 イルムートは半ば予想しながら後ろを振り返り、その視線の先に集団を見つけた。集団の先頭には美貌をもった黄色人の青年がいた。クシィ導師だ。空港のロビーは騒然としていく。

「死の商人よ! ウドラから立ち去れーっ!」

 彼が口を大きく開けて叫ぶと、彼の後ろにいたプラカードを持った信徒達も同じように「立ち去れーっ!」と叫ぶ。

 彼らが手に持っているプラカードには色々なW&M社への抗議がかかれている。惑星開発において自然を破壊しすぎているという柔らかなものから、戦争で金儲けをしていることに対する風刺画を乗せたものなどだ。だが、一番多いのは「神罰が下る」というストレートなものだった。

 イルムートは近づいてくる彼らを見てため息が出た。

 彼女はヨシエに対して、大人は論理を重んじているので、子供よりも正解に近い答えを知っているといった考えを教え込んでいる。だが、これは何だ。片方は戦争で金儲けをしている死の商人で、片方は神の名を語って罰を口にする死の天使か。両方とも大人であり、正解に近い答えの持ち主であるというのに、この対立は何だ。

 疲れてしまい、その場に座り込もうとすると、腕をアズマ博士に抱えられた。

「僕たちも移動しよう」

「え……」

 そのまま手を握り、ぐいぐいと引っ張るように歩いていくアズマ博士。彼は前を見ながらデモ隊に巻き込まれない場所を探しながら歩いているので、イルムートが顔を真っ赤にして照れていることに気付かないだろう。

 彼女がアズマ博士の手の感触を楽しめるほどに落ち着いてきたときには、彼は手を握らなくなっていた。少しだけ名残惜しいが、いつまでも握っていては変だと考えて、彼女も指の力を抜いた。

「ここまで来れば巻き込まれないだろう」

「はい。そうですね」

 自分のことなど一瞥もせずに竜神教デモ隊を見ている彼に、少しだけ不機嫌そうに返事をした。すると、突然振り返ってきたのでかなり驚いた。

「イルナくん」

「は、はいっ!」

 あからさますぎだったろうかとわずかに考えたが、アズマ博士の表情がごく普通の顔だったので、真面目に話を聞くことにした。

「バイアヘルト博士が言っていたこと、キミは理解できたのかな?」

「はい。かなり雲行きが怪しくなってくるような気がします」

「雲行き……ピィの保護に関してかな?」

「もちろんですわ」

 アズマ博士もぼんやりとだがわかってきたようで、表情に余裕がなくなってくる。

「エーテルフィッシュはこの惑星にて通常の炭素生命体として幼体時期を過ごす。成体になるとき、炭素を自分の身体を構成するものとして宇宙空間へ持って行ってしまう。だから銀河最外縁惑星は炭素が減少していく。

 先輩が主張したいのは、そういうことでしょう」


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