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第二章


 ヨシエはエーテルフィッシュの幼体の世話をすることになった。

 彼女が最初に接触した人間であり、非常に懐かれているのが理由だ。また、ウドラ星系第三惑星での野生動物の観察において、アズマ博士やイルムートよりも数をこなしていることも大事なことであった。

 エーテルフィッシュの幼体と言えども、現在は見た目通りの両生類である。電気エネルギーを吸収することはまれで、口を使って海中の虫を食べていることの方が多かったりする。そのため、世話と言うのは実験プール内に落とされた排泄物を砂に埋めることが主だったりする。

 今もその作業をするため、ウェーダーを履いてプールに足を踏み入れているところだ。水着に着替えてやろうとしたこともあったが、イルムートに止められた。いくら小動物のフンとは言え、女の子が素肌に触れるかどうかの瀬戸際を渡ることを許せないというのだ。

 そんなこんなでヨシエは木製のオールのような道具を使い、砂をかき混ぜていた。その作業をしていると、彼女に懐いているエーテルフィッシュの幼体が近づいてきた。

 ぶつけては可哀想だと思った彼女は一旦手を止め、近づいてきたエーテルフィッシュの幼体を水中から抱え上げた。もちろん、彼自身の質量コントロールにより、ほとんど重さはない。

「ピィちゃん、掃除するからちょっとだけ空に浮いていてね」

「ぴぃ」

 そう、それが名前である。

 いつまでも「エーテルフィッシュの幼体」だとか、「この子」と言い続けるのも面倒くさくなってきた三人は名前を付けることにした。その結果与えられた名前というのが、本人の鳴き声そのものというのは非常に都合がよい。

 もともとピィ自身をを外部に発表する気がないので、その名前は内輪だけで通じればいいものである。外部に紹介するならば、そんな鳴き声を使っただけのやる気のない名前などは非常に遠慮したいところだが、内輪だけの名前ならばやる気がなくても通じればそれで良いのだ。犬の名前は人間の名前と似通っているのに比べて、猫の名前は猫らしい名前なのと同じ理由だ。

 掃除を続けるヨシエの周りを旋回するぴぃちゃん。

 その光景は、すでにこのフライヤー研究所ウドラ支部においては日常となりつつある。

 それをイルムートが見つめることもよくあることだ。

「ヨシエさんばっかりいいですわねぇ……」

「んふふー♪ 動物に好かれるのは大の得意だもん」

「ううっ、本気で悩んで良いですか?」

 イルムートもぴぃちゃんに嫌われているわけではない。ただ、警戒されているように思える。

 そもそも彼女はエーテルフィッシュについて何らかの調査をしたいと考えたが故に、このような辺境惑星にいるのだ。だから、ピィに対してそれなりにはアプローチをしている。

 エーテルフィッシュが電気エネルギーを食べるという説の裏付けができたので、次はどのような電気エネルギーが好みなのかを調べようとしているのだ。

 蓄電池そのものをプレゼントしたり、高圧電流を実験プールまで引っ張ってみたりはもちろんのこと、宇宙船の電飾をイメージした色とりどりの電球を飾ったりもした。だが、結果は惨敗。どうしてスキャン装置に取り付いて電気エネルギーを消費したのかわからないでいる。

 ピィの視点では彼女は不可解な行動を続けている存在であって、近寄りがたいのだろう。

「ふぅ……もう一度スキャン装置を動かしてみようかしら」

 コンソールに向かって指を走らしてスキャン装置を立ち上げる。

「やっぱりそれしかないの? 他に試すようなものは?」

 スキャン装置を動かしながら、ヨシエの問いに首を振るイルムート。

「エーテルフィッシュが襲った宇宙船も同様な電気エネルギーを使っているはずなのです。それなのにこうやってピィちゃんが反応するのは決まってスキャン装置……よくわからないです」

 フライヤー試作機8号の残骸をスキャンしていると、ピィが装置に乗って、いつものように電気を食べ始めた。その所為でスキャン装置が電力不足でシャットダウンしてしまうが、天井の照明などには影響が出ていない。彼の為に配電をいじり、スキャン装置だけを太陽光発電システムにつなげたおかげである。

「うーん。8号もこうやって繰り返しスキャンされるとは思ってなかっただろうねー」

 ちなみに8号のレコーダーは全滅しており、暴走後に何があったのか一切不明のままであった。

 もともと無意味だった8号が、ピィという重要な観察対象を連れてきてくれただけでもう十分に恵まれていることなので、三人はそれほど落ち込むことなくいられる。

 8号のレコーダーが全滅した正確な理由はわからない。確かにピィがレコーダーに残されていたデータを食べてしまったというのが一番正しいような気がする。しかし、ピィは海に落ちてからの8号に進入したはずであり、実験中の暴走とは何の関わりもない。そのため、本当に単なる暴走なのだと考えることにして、それ以上を予想する作業をやめた。

 過去の失敗の原因を探ることは重要なことだが、9号と10号を使った実験が成功しているので、その延長で11号を作成すればそれで十分としたのだ。

 ヨシエは組み立てられている11号を見上げ、彼女の父親、アズマ博士が水上機に似せて作っている理由を考えた。

 滑走路を作ることが許可されていないからという理由もあるが、それ以外にもあることをヨシエは知っている。死んで久しい母が水上機を好きだったのも、いくらか父に影響を与えているに違いない。

 母は水上機を操縦するのが好きでしょっちゅう乗っていたらしい。しかし、ちょっとした機器のトラブルと判断ミスによって着水に失敗し、帰らぬ人となってしまった。ヨシエは当時5歳だったので、死んでしまったと言うことがどういうことかわからなかった。ただし、大好きだった母がいなくなってしまったのだと知り、水上機を嫌った。水上機だけではなく、翼の生えた乗り物全般が嫌いになった。

 父親は彼女が飛行機の類を嫌いになっているのを知り、それを当然だと思う一方、母が好きだった物を嫌いになってほしくないと思ったに違いない。それ故、水上機の形を取り続けているのだろう。そして、翼の生えた乗り物でなくすことで、ヨシエが嫌わないようにしているのかもしれない。

 それらの考えはヨシエの考えであって、実際の所はどうなっているのか、知っているわけではない。でも、そんな風に考えた方がヨシエは良いと思っている。

 一人親になった父は忙しいのにもかかわらず、母がいた頃よりもヨシエを構ってくれるようになっていた。愛情を注ぐ者が半分になってしまった分、一人で頑張って注いでくれているのだ。こんな辺境惑星に来ることになったのを了承したのもきっと、住居と仕事場が一緒になっていて、ヨシエの面倒を見続けることができることを理由にしているに違いない。

 自分は愛されているのだ、とヨシエは思いたいのだ。

 そう考えた方がロマンチックだからだ。

「ヨシエさーん、お時間はよろしいんですか?」

 感慨にふけっていると、イルムートが柔らかな声で注意を促してきた。

 腕時計を見るとそろそろ着替えて学校へ向かわないといけない時間だった。

「教えてくれてありがとね」

「いえいえ」

 礼を言うと微笑みを返してくれた。気分は高揚していく。

 ウェーダーを脱いでから自室へ向かい、着替えをしていく中でイルムートのことを考えてみた。

 彼女は自分にとって何なのだろうか。

 8歳からウドラ星系第三惑星に住み続けているヨシエ。アズマ博士との親子水入らずの生活は、慣れるまではなかなか大変なものだった。なにしろこの惑星での生活はほとんど自分でやらなければならないことだらけだったのだ。家事を手伝うロボットもバッテリーの減りが早いので長時間働くことができないし、そもそもその電力を確保するのも一苦労だった。引っ越してきたばかりの頃、よく父が「こんなんじゃなかったはずなのに」とぼやいていた。

 ヨシエが12歳になってすぐ、イルムートが赴任してきた。最初見たときの衝撃は大きかった。人形のように整った顔と、ファッションモデルのようなすらりと細い身体をしていたのに驚いたのだ。そんな彼女の容姿に対して、父がぎこちない態度を取ったりしていたのをイライラしていたような気がする。

 それがいったい、母親以外の女に目がいったことに腹が立ったのか、自分への興味が減ることに対する反発心かどちらかわからなかったが。

 最初こそイルムートの存在を疎ましく感じていたが、彼女が純粋に父自身と彼の研究を尊敬していることがわかり、徐々に好意を抱くようになった。

 ヨシエは着替えをすませると、玄関まで小走りで移動していく。その後ろからイルムートの声が聞こえた。

「ヨシエさーん!」

「なぁに?」

 足を止めて振り返ると、何かを振りかぶって投げつけてきた。

 さほど強く投げられなかったおかげで、難なくキャッチできる。厚めのビニールの袋に何かがぎっちりと詰まっている。

「午後から雨が降るらしいですよ」

 なるほど、雨合羽か。

「そうなんだ。ありがとねー。じゃあ、行ってきます」

「はい、お気を付けて行ってらっしゃい」

 見送りを受けながらヨシエは考えた。

 イルムートは自分にとって姉のような存在なのだろうか。一人っ子であるために比較と言うことができないが、母親というわけではない。だから姉だと思う。しかしまあ、どちらにしても彼女の存在は、ヨシエにとって大切な家族ということだ。


◆◇◆◇◆◇◆


 ヨシエはピィの世話係になってから、学校からまっすぐに帰るようになった。

 以前は現地生物の観察調査を行うのがメインで、ときには学友と一緒に街を散策することもあったので、家に戻るのはそれなりに遅かった。

 もともとウドラ星系第三惑星に住んでいる人間はスローライフ主義者ばかりであり、地球で産業革命が起こったときから始まった大量生産大量消費社会の生き方をしていない。彼女たちの年齢であっても、テレビや雑誌に出てくるような文化に対して強い興味を抱く者は少なく、彼女の生き方も特段おかしなものではなかった。

 それでもマスコミが努力して作り上げたコンテンツというものは非常に人を酔わせるものであり、通常ならばテレビの中で描かれているものを常識であり、真実であると思いこんでしまう。しかし、ウドラ星系第三惑星の住人はそのように操作されないでいる。

 銀河最外縁惑星の生き物で一番変わっているものは、そこに移り住んだ人間なのだというジョークどおりなのかもしれない。

 そんな変わっている人間たちからも「変わった人だなぁ」と言われているのが、警官のヘム・マクスミーである。

 警官という秩序の象徴であるにもかかわらず、その制服を身につけずに勤務をしている。彼はいつでも西部劇のガンマンの格好をしている。胸に付けている保安官バッジは、かつて地球アメリカ大陸の西部開発時代に使われていたデザインをそのまま使った特注品らしい。そこまでこだわるのならば馬に乗れと誰しもが言うのだが、彼は馬との相性がとても悪いので、ごく普通にパトカーに乗っている。

 ヨシエがいつも通りに電気自転車に電源プラグをつないでから玄関へ向かうと、そこにはヘムが乗っているパトカーがあった。

「おじさん、何か用なのかな?」

 パトカー自体はごく普通のものだ。ロケットブースターが付いていて空を飛んだり、リアバンパーにまきびし発射装置が付いていたり、マシンガンや小型ミサイルなどの火器を装備したりはしていない。

 まあ、西部開拓時代には自動車が活躍していなかったからしょうがないのかもしれない、というのは彼の友人であるタケロウ・アズマ博士の弁。ヨシエはどこかに各支部期があるのではないかと疑っている。

「まっ、考えてもしょうがないよね。とりあえず家に入ろう」

 独り言を言いながらヨシエは玄関の戸を開けて帰宅する。

「ただいまー」

 帰ってきたことを知らせると、リビングから彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 自室によらずにリビングへ直接向かう。開いていた扉からはいると、三人がお茶を飲んでいた。

「お邪魔してるぜ」

 陽気に笑って手を挙げて挨拶するヘムは、流石に室内ではテンガロンハットを脱いでいた。

 彼の頭頂は若干寂しくなっているのだが、それは彼の家族ぐらいしか言ってはいけない。ヨシエもそのことはよくわかっているのだが、自分の父と同じ年の男が禿げてきているのを無視することもできなく、彼女は自然とそこへ視線が行ってしまう。

 ヘムは気付くが、大人げなく起こることもなく、自分がここに来た理由をヨシエに説明しだした。

 目の前に書類が突き出される。そこには「現住生物保護許可申請書」と書かれていた。

「ピィちゃんの保護のための書類?」

「そうだ」

 この男は信用できると言うことをヨシエは知っている。法を犯すものを取り締まる警察官という職業には就いているが、なにしろ父の親友なのだ。ヘムがピィちゃんの真実を知ったとしても、自分たちに危害を加えることはないと思う。むしろ、守ってくれる側になってくれると信じている。

 彼自身もアズマ博士親子とイルムートを敵に回すことはないに違いない。彼がエーテルフィッシュを捕獲したと言ったところで、彼は得るものより失うものの方が多いはずだ。親友を失うこともそうであるが、ネヘラシアン財閥の関係者であるイルムートを敵に回すことは、ウドラ星系第三惑星の資本のほぼすべてを敵に回すようなものだ。

 彼もこのウドラ星系第三惑星に住む変人の一人であり、他の変人よりもこの惑星での生活を愛している。西部時代の保安官の格好をしながら仕事をしても問題にならないような惑星は、銀河最外縁惑星でもこの惑星ぐらいしかないだろう。ここでの生活を捨てるようなことはしないだろう。

 あと、この男の他に信用できる人はいるだろうか。ヨシエはそう思案しながら、ヘムが持ってきた書類を受け取る。

「お前が発見者なんだから自分で書け」

「えっ、アタシが書くの?」

「いやいや、僕が書くよ」

 いきなり指示されたヨシエは困惑するが、アズマ博士は苦笑いしながら、彼女の手から書類を抜き取った。

 一方、自分の考えを邪魔されたヘムはつまらなそうに口を尖らせる。

「タケも甘やかさないでこういう書類ぐらい書かせろよ。ヨシエももう15歳になっちまったんだろ?」

「それはそうだけど……イルナくんはどう思う?」

 話を振られたイルムートは、少しだけ考えるそぶりを見せて口を開いた。

「最初のことですし、わたくしが見守りながら書かせますわ。こう見えても生物学者の端くれ。生物に関する申請関係書類はよく書いていたのですよ」

 イルムートの新たな一面を見たような気分だったヨシエは、その人がいきなり書類とペンを差し出してくるのでまた驚いた。

「善は急げ。今ここで書きましょう」

「ええっ!? なんか、イルナちゃんの目が燃えているように見えるよ」

 渋々書類とペンを受け取り、書類に書かれている内容を読んでいく。いくらかも読み進めないうちに横からイルムートが話しかけてきた。

「その辺りは読み飛ばしても結構ですよ」

「そうなの? でも、保護しているんだから、やたら生物に干渉してはならないとか、これこれこういう薬物に近づけてはいけないとか、そう言うことが書いてあるんだよね」

「もちろんそうですわよ」

「だったらそれって重要でしょ?」

 困惑気味で若干ヒートアップした口調になってきたヨシエだが、イルムートはそれに対して不思議そうな顔をするだけだった。

「重要ですよ。だから、以前からヨシエさんには、自然界で観察するときにやってはいけないこととしてしっかり教えておいたはずですが?」

「……あ」

「野生動物に対するルールというものは、生物学者として知っておかなければならない基本中の基本です。ヨシエさんに教えないだなんて、わたくしはそれほどお馬鹿ではありませんわ」

 ヨシエは、いつもと雰囲気が違うイルムートに尊敬するが、ヘムがそんな様子を見てにやにやと笑い出すので、その思いを口にすることはなかった。

「なにさ、ヘムおじさん」

「ハァッハ! いやぁ、イルムートもなかなか賢いじゃないか。ヨシエがますます生物学者らしくなってきて、タケの跡継ぎは絶望的か?」

「もぉ、茶化さないでよ!」

 絶望的とか言われているアズマ博士は何も感じていないようで、目の前のことがまるで微笑ましいかのように優しい顔で眺めているだけだった。

「どうしてアタシの周りのオジさんたちはおかしな人ばかり何だろね。お父さんでしょ、ヘムおじさんでしょ、南部農業ハウスのブラウズさんとか」

 そこで言葉を句切り、人差し指を顎に当てて視線は左上と右上を行ったり来たり。

「あとはクシィ導師もかな?」

 導き出された答えらしきものに対し、ヘムは疲れたような表情をした。

「オイオイ、あのカルト野郎と一緒にしないでくれよ」

 クシィ導師が若いとかそういうことではなかった。彼の生き方自体が嫌いのようで、自分と一緒にしてほしくないという意思の表れがあの表情なのだろう。

 カルトとは何だろうか。ヨシエはこれまでに学校で習ったものを思いだした。たしか、反社会的な思想集団だったような気がする。教祖が絶対的な権力を持ち、宗教的な信念を広めると言うより、その絶対的な権威をもって経済的搾取をするのが目的の組織だったはずだ。

 竜神教はどうだろうか。確かに銀河中央の幹部達はとても裕福な生活をしているという。銀河外進出という人類の欲を禁じているわりに、自分たちの欲にはとても寛容だ。かといって信者への経済的搾取をしている閉鎖的な組織というわけではない。銀河最外縁惑星の開発に対して人的な支援をしてくれてもいる。ウドラ星系第三惑星に住んでいる信者達は

、ヨシエ達のような非信者とも一緒に社会生活を営んでいる。特に問題が起きたこともない。

 そのため、アズマ博士は彼らを新興宗教組織と呼んでいた。それなのになぜ、ヘムは彼らをカルトと呼ぶほど嫌っているのだろうか。ヨシエは直接聞いてみることにした。

「クシィ導師は変な人だと思うけど、信者の人たちは割と普通だよ。なんでヘムおじさんはそんなに嫌うのよ」

 だが、彼はヨシエの言葉にまた疲れたような表情をした。

「別に竜神教の奴らだけをどうこう言ってるんじゃない。俺はああいった宗教組織ってのが気にくわないだけだ」

「だからなんで?」

「いいか。組織のトップが右を向けと言ったら右を向く。これは組織である以上当たり前のことだ。だが、右を向いてはいるものの、それに対して疑問をもっている奴らがいるのが当然だ。俺たちゃ人間なんだから、自分の頭で考えるわけよ」

 ヘムは、テーブルの上へぐいっと身を寄せて詰め寄ってくる。

「しかしだな、宗教の場合は特殊だ。全員が右に向くことを正義だと思い込み、疑問に感じない。感じた奴は異端とされて追い出されるか消されるかだ。信者達にとって大事なのは教えの真否ではなく、信じること自体なんだよ。中身はどうでもいい。中身を考える頭なんてねぇんだ」

 彼の言葉によって、ヨシエの頭の中にカルトに関する知識が再び駆けめぐる。だが、クシィ導師の考えが銀河中央の幹部と若干違っていたことも思いだした。

「でも、クシィ導師は竜神教幹部と違った考えをもっていたよ。と言うことは、彼は比較的まともってことよね?」

 だが、ヘムも引き下がることはない。

「比較的まともってな……お前はどうしてそんな言葉が出てくるんだ? その話の流れだと、まともかどうか以前に奴はもう宗教人なんだから、どっちかって言うと異端ってことだろ」

 流石に自分の考えすべてを否定されてしまっては頭に来たのだろう、ヨシエは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。それを見て動いたのはイルムートだった。ヨシエの肩に手を置く。

「落ち着いてください、二人とも」

 彼女の言葉にヘムは軽くうつむき加減に「わりぃ」と口にしたが、ヨシエは気が治まらないようで、どかりと音を立てて椅子に座り直した。

 こうなったらピィのことをクシィ導師にも相談しよう。ヨシエはそう考えながら起こっていたのだが、イルムートは彼女の考えをわかったように声をかけてきた。

「ではまず、ピィちゃんの話はこの四人だけの極秘事項としましょう」

「えっ? クシィ導師に知らせないの!?」

 イルムートの発言に、今日何度目かの驚きの声を上げるヨシエ。それに対してアズマ博士が諭すように優しく話しかける。

「ヨシエは彼を信用できると思っている。僕もキミの考えが当たっていると良いと思うよ。だけどね、彼の周りにいる竜神教関係者は信用できるのだろうか」

「う……」

 尊敬している父親に言われたことで少し気が落ち着いたようで、ヨシエは方を窄ませた。

「知っての通り、エーテルフィッシュはデリケートな話題なんだ。彼らは人類が未知宇宙へ進出するための最大の障害であり、竜神教にとっては信仰対象であり、フロンティア船団の遺族にとっては仇である」

 そうだ。ピィは愛くるしい仕草のためにまるでペットのようだが、彼が成体となれば宇宙船を襲う巨大生物になるのだ。

 もし、ピィの存在がオープンにされたら、彼を解剖してエーテルフィッシュの弱点を探す人が出てくるかもしれない。信仰対象を手に入れようとして竜神教の信者が暴徒となるかもしれない。仇討ちをするためにフロンティア船団の遺族が押し寄せてくるかもしれない。

 それはどう考えても良いことなんて一つもない。

「だから、僕たちだけでピィを保護しなくちゃならないんだ。

 この研究所はフライヤーに関する技術を開発、研究している。それはエーテルフィッシュを打ち破るのではなく飛び越える技術であり、彼らを傷つけるものではない」

「そうですよ。わたくしもヘムさんも竜神教関係者ではありませんし、エーテルフィッシュに親しいものが襲われたという経験もありません。あ、わたくしの場合、親戚が襲われていますが、かなり遠い親戚ですのでほぼ関係ありませんわ」

 イルムートが補足する。彼女はヨシエの頭を優しくなで続けていた。

「僕たちだけで見守るべきなんだ。ほかの人にピィがエーテルフィッシュだと知られてはいけないんだよ」

 ヘムの言っていたことは一方的すぎて理解しづらかったが、父とイルムートの言うことはヨシエの心にすんなりと入り込んできた。

 ふと思う。ヘムの言葉にイライラしはじめたのはクシィ導師のことをけなされてからだった。自分はいつの間にか、あの導師のことを好いていたのだろうか。

 好いていると言うことはないだろう。きっと、彼が身に纏うオーラに惹かれたのだ。何かを一途に信じ続ける彼のもつカリスマ性に惹かれたに違いない。彼に対して信仰心にも似たような気持ち、信じてあげたいと思う気持ちがわき出ているのに、ヘムにそれを否定された。それ故に心がささくれだったようになったのだ。

 しかし、ヘムはヨシエより長い人生を歩んでおり、クシィ導師がもっているカリスマ性に惑わされずに彼自身の姿を見ることができたのだろう。そしてその結果、クシィ導師を嫌った。

 ヨシエは大きく息をつく。深呼吸とため息を一緒に行う。

 自分の心が落ち着いたのを確認してから口を開いた。

「まずはヘムおじさん、ごめんなさい。そしてイルナちゃん、書類書くから手伝って」

 その場に居合わせた三人の大人達はそろって胸をなで下ろして見せた。ヨシエはそんな仕草を見てばつが悪そうに恥ずかしくなり、顔を赤くした。

 色々なことを言われた。ヨシエは自分の考えを否定されたことに怒りを覚えたが、大人達が自分以上にピィのことをしっかりと考えてくれていたことに驚き、少しだけ嫉妬をした。

 その嫉妬は悪い方向へ行かなく、自分もピィを守って行かなくてはならないのだという、良い方向へヨシエを進ませる道しるべとなった。


◆◇◆◇◆◇◆


 ピィを保護する申請は無事に受け付けられた。

 ネヘラシアン財閥の関係者であるイルムートが勤めている研究所という条件も審査を甘くしたが、どちらかというと、アズマ博士親子の有名な研究馬鹿さのおかげだろう。

 あの親子だったら大丈夫だな、と役所の人間は考えてくれたに違いない。

 保護された本人、ピィはと言うと、絶賛捕食中だった。

「ぴぃ、ぴぃ」

 機嫌がいいようで、鳴き声をあげまくっている。

 現在捕食しているのは海中に住む虫ではない。電気エネルギーを捕食している。

 ピィが電気エネルギーに興味を持ったのは、イルムートとヨシエが苦心のおかげである。

「うふふふ、元気よく食べてくれていますわ♪」

 イルムートは自分の観察が進むことを喜び、ヨシエはそんな彼女の様子を見てうれしかった。

 ピィが食べているのはテレビの電気だ。

 単なる電気には見向きもしなかったピィ。ヨシエたちは彼が最初に電気を捕食したときのことをしっかりと思いだし、結論に至った。

 ピィは電子データに興味を持ったのだと。スキャンデータが存在しているスキャニング装置に取り付き、そこに流れている電力を食べた。フローター試作機8号に積まれていたレコーダーのデータについては不明確だが、たぶんピィが食べたのだろうとも結論づけた。

 このピィが特殊というより、エーテルフィッシュがそのような特性を持っているのではないかと考えてみる。

 彼らは単調なエネルギーとしての価値しかない電気しか見たことがなかった。それだけでも彼らの生存には十分に足るものだった。しかし、そこに見たこともない複雑な電子データが現れた。人類が乗ったエーテル海面下航行船だ。最初は単純な好奇心で近づいていったのかもしれないが、やがて間近で見たとき、それらの宇宙船には大きなエネルギーが備わっていることを知る。そのため捕食行動へ出た。つまり、人類に対する敵意などない、至極単純なエネルギー獲得の手段だったのだ。中に存在している動く有機体が知能を持った生き物だという認識はないのだろう。

 それらのことはピィのことだけを見れば正解だと言える。スキャンしたばかりの大切な電子データが存在している装置に取り付き、そのデータを保存する前に電力を食らいつくしてしまうと言う迷惑さ。それは目の前にいる生命と、その電気エネルギーを持つ装置に何の関連性も見いだしていないからできる行動である。

 しかし、彼らがなぜ銀河の外にしか存在していないかを説明することはできていない。電気エネルギーを必要とする生命体であるにもかかわらず、彼らは銀河内に現れることは絶対にない。

 それでも、銀河最外縁惑星における電力ロスの原因が彼らの捕食行為である可能性は出てきた。そのことに話が及ぶと、始終笑顔を絶やさないでいたイルムートが若干沈んだ顔をすることがあった。ヨシエはそれを気にかけているが、詳しく聞こうとする気はない。言いたいのならば本人が相談してきてくれるだろうと信じているのだ。

「あはは。やっぱりピィは音楽番組が好きみたいだよ」

 音楽番組が始まると電気の消費量がグッと上がった。そのことをイルムートに知らせると、彼女もニコリと笑ってくれる。

「難しいものよりも、面白い娯楽に関するデータの方が好みのようですね」

「ぴぃ」

 返事をするかのように声を出すピィ。その仕草が可愛らしく、ヨシエはついつい抱きかかえてしまう。

「ヨ、ヨシエさん! しびれとかないんですか!?」

 イルムートの言葉にようやく自分がやってしまったことの危険性を理解したが、特に身体に異常がないので、愛想笑いをしてごまかした。

「な、なんともないよ」

「それなら良いのですが……ピィちゃんも、ご飯の最中に動かされて不機嫌にならないと良いのですけど」

「そうだね。この子にとっては大切な食事中だったもんね」

 心配そうに覗き込むヨシエに対し、ピィは小さく鳴いて答えた。さほど気にしていないとでも言いたいのだろうか。

「でもさ、ここまで娯楽とかに興味を持つんだから、人間とコミュニケーションできるんじゃないかな? そうすれば未知宇宙で宇宙船が襲われることも避けられるんじゃない?」

 ふとひらめいたこと。

 こうやって互いの存在を認識しあえるのならば、コミュニケーションも取れるのではないのだろうか。人類は自分たちよりも知能が低いイヌやイルカを手懐けて使役してきた歴史がある。ピィの知能がどの程度かわからないが、エーテルフィッシュとも共生関係になれるのではないか。

「確かに彼らが望む電気エネルギーを提供できると言う点で、人類は交渉する権利をもっていると思います」

「うんうん!」

「ぴぃ、ぴぃ」

 イルムートの言葉にヨシエとピィはそろえて声を上げると、その様子を見た彼女が驚いた顔をする。

「この子もアタシ達と意思疎通をしたいんだよ。ね、ピィちゃん」

「ぴぃ」

 なんとなく同意しているのではないか、と思ってしまうようなやりとり。だが、ピィはイヌのように鳴き声を使い分けられるわけでもなく、彼らのように顔の表情や尾の動きで相手に意志を伝えられるわけではない。

 イルムートもその点に気付いているようで、表情は明るくなかった。

「ピィちゃんたちがこちらの意志を読み取れたとしても、わたくしたち人類は彼の意志を読み取れない可能性があります」

「どういうこと? イヌのように鳴き声を変化させることを、ピィちゃんができていないから?」

「ええっと……人類とエーテルフィッシュの関係は、人類とイヌの関係とは全く違うのかもしれません」

 ヨシエはイルムートが言いたいことを理解した気でいた。しかし、彼女はより上のことを考えて表情を曇らせていた。

「それってどういうこと?」

「人類とイヌは同じく陸生という特徴を持ち、声と表情で相手に意志を伝えることに長けています。そのため、先史時代から両者の関係は良好でした」

「うん、そのぐらいアタシだってわかるよ」

「それでは人類とイルカの関係はどうだったかわかりますか?」

 問いかけられて思考し始める。すべてをイルムートが教えてくれるのではないかという期待があったため、この問いかけは不意打ちだった。

「うーん……人類は陸生でイルカは水生。ここで両者はかなり違う生活をしていて、分かり合うのは困難ってことよね」

「はい、そのとおりです」

「加えて、イルカは声をもっているけど、イヌや人類ほどの表情はもっていない」

「そうです。そのため、人類はイルカと分かり合うことが遅かった。曲芸などをやらせることは簡単だったようですが、イヌのように生活のパートナーとなるにはかなりの時間がかかりました。人類が宇宙で生活するのとほぼ同時期にそれは実現したのですよ」

 昔に学校の理科教師に話を聞かされたことがあった。

 地球の陸地に人が溢れ、人類は海洋と宇宙に新天地を求めた。海洋は地球上であるために早く進出が始まったが、海上の災害は陸地以上に強力なものだった。そのために大慌てで人類はイルカをパートナーに仕立て上げていき、災害発生を事前に感知できるようにしようとしたのだ。しかし、彼らをパートナーにする技術が確立した頃には、人類は宇宙に街を建設して住むほどの技術を手に入れていた。

「人類とエーテルフィッシュの関係は、人類とイルカの関係と同じ結末だと言いたいの?」

 エーテルフィッシュと関わると言うことはそういうことだとイルムートは言いたいのだろうか。彼らと意思を疎通するために技術を開発するより先に、フライヤーシステムが完成してしまう。そう言いたいのだろうか。だがやはり、彼女の考えはヨシエの考えをさらに上に行っていた。

「いいえ、違います。人類とエーテルフィッシュの関係ではありません。エーテルフィッシュと人類の関係です」

「は?」

 イルムートの口から出てきたのは謎かけのような言葉だった。

「それって何が違うのよ」

「単純なことです。エーテルフィッシュの方が人類よりも高度な知的生命体かもしれないと言うことです」

 続けて言われたことは謎かけではないものの同じくよくわからなく、ヨシエは頭を抱えて呻いた。

 イルムートは仕方がないなと言うように眉を寄せた。

「つまり、人類が意思疎通の方法を編み出すと言うより、エーテルフィッシュに人類への意思疎通の方法を提案してもらうことになる可能性があると言うことです」

「なるほどね。最初からそういってくれればわかりやすいのに……」

「ヨシエさんももう十五歳になったのですから、少しは考えられるかと思いましたので、ちょっとだけいじわるしました」

 なんとなく納得できたヨシエであったが、まだ疑問があった。

「でもそれって、エーテルフィッシュが人類よりも知能が高いって前提がないと意味のない話じゃないの?」

 高い知能を持った存在が、低い知能を持った存在へ意思疎通の提案をする。人類がイヌをはじめとした動物を飼い慣らした歴史はそれを意味する。家畜にも一定の意思疎通の技術が必要であるので、人類が飼い慣らした生き物は大きな繁栄を築くことに成功している。それはどうやって人類に好かれるかということが大事だ。

 エーテルフィッシュと人類の関係がそうであるならば、どうやってエーテルフィッシュに人類の存在を気に入ってもらうかが大切であるということではないか。

「それって、竜神教が言う『エーテルフィッシュは神の使いだ』とか言うのが事実だって言いたいの?」

「何もそこまで言うつもりはありません。ただ、人類の宇宙航行技術で最先端であったエーテル海面下航行を単体で行うことが可能であり、なおかつ武装護衛船によるレーザー砲台の攻撃を受けても平然としている頑強さは、彼らが人類よりどこかしら上にいる存在なのだと考えさせられませんか?」

 ヨシエはまたもや頭を抱えて呻く。

「もっともこれらはある科学者の推論でしかなかったのですが、その学者が主張した通りにエーテルフィッシュが電気を食べていることが事実である以上、その推論にも可能性が出てくるわけでして……」

「それって、バイアヘルト博士だっけ? イルナちゃんの学生時代の先輩の」

「はい。とても尊敬できる方でしたわ」

 ヨシエは頭を抱えるのをやめた。

 イルムートが言うことは突拍子がないと思う。確かにピィが電気エネルギーを食べることは事実であり、リリッシュ・バイアヘルトの論文の結論が正解だったというのはわかる。だが、それだからと言って、彼女が言うことすべてが正しいというわけではない。

 あとでちゃんとお父さんに相談しよう、とヨシエは思った。

 そうやって数日間、相談するタイミングを見ていたのだが、その間にピィが携帯端末に文字チャットで挨拶してきたので、相談する予定は取りやめとなった。


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