感謝の念を込めて
「リーティア」
一真はリーティアを立ち上がらせると、自分がそうされたようにリーティアの右頬に左手で触れた。空のように青く透き通った氣力が掌の中で光り、気付けの為に噛んだ唇が癒えていく。十秒ほどで完治したのを感じ取ったのか、一真はそっと手を放した。
「唇、痛いままは辛いだろ」
「……ありがと」
ちゃんと見てくれているのが嬉しくて、少しだけ顔が熱くなるのをリーティアは感じた。
そんな二人の光景に、とぼとぼと鉾を携えたティアが近寄ってくる。
「うー……師匠ぅ」
私は? という上目遣いで一真を見つめた。そんなティアの頭に一真はいつものように手を乗せて撫でると、ティアの全身を包むように蒼の氣力を纏わせた。回復促進と精神安堵の効果を齎す氣力がティアを優しく包み、癒していく。
「よく諦めなかったな。偉いぞ」
「……うんっ」
消したはずの『耳』もひょっこり生えて、ピコピコと上下に動いて自己主張をし始めた。だが何時までも続けては毒だと思ったのか、一真はちょっとだけ名残惜しそうにしながら手を放す。
「俺から見てもよくやったと思うぞ」
ルディが口元に笑みを浮かべながら歩いてきた。その表情は何時もの飄々とした感じではなく、いつも以上に安心したと言った様子だ。
「評価点は?」
「そだなー。一発で仕留め切れなかったからマイナス二十点、追撃時にちと距離が近すぎてマイナス十点。だがまぁ連携と頑張りをプラスして百点。合計七十点と言った所か」
「き、厳しいで……」
「お前等が硬直状態に陥った時、コイツ突っ走りそうだったんだぞ? 止める俺を縊り殺さんとする目付きだったしな。末っ子と妹弟子を想う余り、死を覚悟した兄弟子の苦労を少しは知ってくれ」
同じ弟子なのに偉い待遇の差だと茶化すルディにティアは笑って、リーティアの方へ視線を向けた。
「そうだったん?」
「そうみたいよ。私を抱き上げた時だって、凄い目だったもの」
「なっ……リーティ狡い~」
「お望みならやってやるぞ?」
「ええの?」
「俺からやるのは色んな意味で拙いけど、望んでくれるのならな」
「えっと……なら」
「でもティーアは手足が長いし、背も高いから。抱き上げられたら甘えるというよりベットルーム直行――みたいな雰囲気になっちゃうわね」
それを聞いた一真が一瞬硬直すると、ティアにとってけんもほろろな決断を下した。
「悪い。やっぱ無しだ」
「だな」
「えっ、えーっ!? ちょぉっ」
「ごめんな。そんなアダルティな雰囲気は俺が耐えられそうにない」
「精神年齢私らより高いやんっ」
「逆だ逆。カズマは十八歳未満は禁止なんだ」
「ぐっ、ぬぬぬぅ……っ」
他の者が聞いたら何がなんだかサッパリ解らない会話の応酬。だが頭が良いために、ちゃんと理解しているティアは涙目で他の三人を睨んだ。
「そんな顔しないの。ピンチになったら、きっとそういう場面も出てくるわよ」
「じゃあピンチになるぅっ」
「自発的な修行だと勘違いされるぞ。……あと危ないから、そういうのは無しな」
「むうぅぅうう……!」
正論と弄られによって逃げ場を失ったティアの不満が最高潮になりかけた、その時。
「じゃ、間をとってこうしよう。ティア、じっとしてろよ?」
「うん? ……ひぁっ」
一真はティアの背後に回りこむと、ティアの『耳』にそっと唇で触れた。この世界において、顕現器官に唇で触れるという行為は親愛の情を伝える手段として伝わっている。
「俺の国では愛する弟子と書いて愛弟子と呼ぶ。三人とも、俺の大切な人だ」
「そうやって一括りにするのは良くないと思うぞ?」
「ま、今はそれで我慢しておいて欲しいって解釈しておくわ。……ティーア?」
「あ、あうぅうああぅ」
ティアは顔を真っ赤に染めると、直立不動の状態で目を回して気絶しかかっていた。湯気の代わりに赤い氣力が頭から立ち昇っているのが、なんともティアらしい。
「……見事にオーバーヒートしとるな」
「悪ぃ、やり過ぎたか」
「まったく。文句を付ける割には初心なんだから、しょうがないお姉ちゃんね」
自然に復活するまで三人は待つことにした。何かミニゲームでも考えて時間を潰そうかとした頃に、ティアの正気が戻ることとなる。
―― ・ ――
「……正気に戻ったで」
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
「うん、ただいま。ところで宝箱はあったん?」
「ああ。あそこに置いてあるだろ」
ルディが親指で部屋の中央『ミノタウロス』が鎮座していた場所を指した。何時もの宝箱とは形状の違う、横に長い宝箱だった。それも男性陣の身長と同じぐらい長い。
「武器箱やね。誰も開けてないん?」
「長さをよく見て御覧なさいよ、どう考えてもお姉ちゃん用の武器が格納されてるじゃない」
リーティアに続いて、一真が三人の考えを告げる。
「勝手に開けたらガッカリするかなって、思ったからな」
「むぅ。私はそんな性格ちゃ……わん。……実の所めっちゃ嬉しいです、ごめんなさい」
正直にペコリと頭を下げるティアに、三人は微笑みを浮かべて掌で宝箱を指す。ティアは宝箱に向かって小走りで近付くと膝を曲げ、右手に持っていた鉾を床に置く。期待を抑え切れない表情を浮かべて宝箱を開けると、黒い両刃の鉾が収められていた。
その鉾は機能性重視なのか、紐や飾りと言った装飾が無い。だが氣力や魔素をよく通しそうな道筋があり、刃の根本には睨み付けるような牛頭のマークが刻まれていた。
ティアはワクワクした気持ちで新たな鉾を手に取ると、立ち上がって周囲を確認する。改めて鉾を構え、軽く振り回した。
「おぉ……」
今まで使っていた鉾も良い品だったが、この鉾は自分の手に自然に馴染む上に軽かった。試しに刃の部分を床に当てた上で軽く押してみると、まるで石畳に吸い込まれるように刃が入っていく。恐ろしい切れ味を誇る『ミノタウロス』の置き土産。ティアは百人力を手に入れたような気持ちで柄を抱きしめた。
「これ、私のにするっ」
「じゃ、前の鉾にお別れを言わないとな」
そう一真が告げると、ティアは頷いた。脚が痛むのも構わず、床に置いた鉾に向かって正座し、合掌して目を閉じる。たった二日とは言え、自分の戦いを支えてくれた相棒なのだ。
「最後まで乱暴な扱いやったけど、ずっと助けられていたで。……おおきに」
ティアの言葉に応えるように、鉾に掛けられた条件発動式の『帰還』が発動する。小さな玉のような白い光が無数に浮いて、鉾を囲み、そして消えていった。これから新しい主が現れるまで、きっと学校の保管庫に仕舞われ続けるのだろう。少しだけ心が痛んだが、自分が更なる使い手になることで恩を返すと胸に誓った。




