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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第二章:『幸運の鈴《フォーチューンベル》』
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部屋の主《ミノタウロス》2

「オォ!」


 ティアは全力の氣力(フォース)を武器と言わず身体と言わず、総身に纏って『ミノタウロス』の両腕から繰り出される連続攻撃を防ぐ。シミターの横腹だけでなく刃と刃が合わさるが、小さな傷しか入らない上に徐々に直っていく。


(クッ……んのぉっ!)


 まだ自分の氣力(フォース)では貫通することは敵わないのだとティアは悟る。だが全力の氣力(フォース)を休むことなく出し続ければ十五分と保たない。それに『ミノタウロス』の攻撃は予想以上に重く、筋骨が急激に疲弊していく。おまけに体術による回避をさせないよう、実に絶妙な攻撃を仕掛けてくる。下手に回避すれば動きを誘導させられ『詰む』可能性さえ感じた。第六感、直感とも言える本能の警告、まずこれは外れない。

 ティアの首筋に動き続けた為の汗だけではなく、冷や汗も大量に流れ落ちた。


「氷塊よ!」


 リーティアは戦法を変え、貫通付与を行った魔法を繰り出すが『ミノタウロス』の氣力(フォース)を纏ったシミターによって逸らされる。『落雷(ライトニング)』なら全身を焼き焦がす事も出来るだろうが、ティアが競り合っている状態では同士討ちの危険があった。足止めの魔法を放とうにも『ミノタウロス』は警戒してフットワークを軽くしており、既に七回も回避された上に、あの状態では自分の剣は軽くいなされるのが目に見えていた。


(駄目……っ、これはどうすればいいの?)


 振り返って男二人に視線を送りたかったが、その隙にシミターが投擲されないとも限らない。あの怪物(モンスター)はティアと剣戟の応酬をするだけでなく、油断なくこちらの動向も見ているのだ。一瞬でも油断があれば容赦なく撃ち込んでくるだろう。


「――どうやらアタリを引き過ぎたみたいだな。お前が最初に闘(や)り出すと言い出したぐらいある」


 戦闘開始から時間が経つと、次第にルディの顔から余裕が消えてきた。それよりも冷たい眼差しで、一真がルディを見据える。


「お前は手詰まりと見るか?」

「いや。まだだ」


 ルディの声には、若干願望の念が含まれていた。このままでは勝機がないと言っているも同然だった。

 一真は音を立てるほど強く、両の手を握り締め、親友に向かって静かに告げた。


「手詰まりだと思ったら先に走って二人を守れ。俺が仕留める」

「解った」


「グッフゥウゥ……!」

「うっ、ぐっ……!」


 次第に自分の氣力(フォース)と握力が衰えてくるのを感じる。だというのに『ミノタウロス』の攻撃は衰えない。まるで師匠(かずま)と最初にやり合った時のようだ。


(こないな時……師匠ならッ)


 『ミノタウロス』の一撃は重い。軌道を逸らそうにも横薙ぎが多く効果的では無い。逃げようにも前にしか進めない。だが前に行けば『苦痛の狂声( ペイン・ボイス)』を間近で食らう。そうして縫い止めるように自分を縛り、着実に体力を削ってくる。


(師匠(カズマ)ならどないするッ)


 ――対策を動きながら考えような。それとリスクを認めること。やると腹を括った時、あんまりやられる気はしないから。


(……せやなっ!)


 これはもう、一発を貰うリスクを認めなければならない場面だ。『命のクリスタル』を後生大事にしていても仕方がないと、ティアは意地を捨てて覚悟を決めた。


「リーティ!」

「なにっ!」

「十秒で確実に仕留めてや!! ――ほないくでっ!!」


 ティアは僅かに全身の氣力(フォース)を弱めると、その分を鉾の刃先に集めた。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げかけたが十秒の我慢だと奥歯を噛み締める。心の中で六まで数え、七を思考の外でカウントすると、鉾を『ミノタウロス』目掛けて投げた。同時に『ミノタウロス』の股下を潜り抜ける為に駆ける。


「ズウゥゥ……ッ!!」


 『ミノタウロス』は息を吸い込み、シミターで鉾を弾く。そして――。


「――ブォオオォオォオォオオォオォオオ!!」


 『苦痛の狂声( ペイン・ボイス)』を床下、ティア目掛けて放った。ティアは『耳』を消し、全力の氣力(フォース)を纏って床を蹴る。どれだけ部屋が揺れようと、宙に浮いた状態なら関係無い。それに性能の良すぎる『耳』を閉じたなら、ダメージもそれほどでは無いのは判っていた。


「オッケーやで!」

「行くわよ!」


 リーティアは『魔法書(グリモワール)の闇剣』を突き出し、真っ先に貫通付与した『落雷(ライトニング)』を二発放った。氣力(フォース)の障壁さえも貫通し『ミノタウロス』にダメージを与える。そして瞬間的な熱はすぐに散る。足元を縫い止める氷の刃と、上半身を締め上げる蔦の数を倍にして強固に束縛すると、リーティアは『ミノタウロス』の頭蓋と心臓目掛けて『暴食(グラトニー)』を付与した『炎槍』(ファイア・ランス)をそれぞれ撃ち込んだ。だが『ミノタウロス』も氣力(フォース)によって修復しようと抵抗する。


「グゥルォオオオォォォオオ!」

(まだ仕留め切れていない! ならっ)


 リーティアは『ミノタウロス』目掛けて走りだし、蔦の隙間を縫うように『魔法書(グリモワール)の闇剣』を突き立てた。如何に氣力(フォース)が強かろうと『爪』の貫通付与は装備にまで及ぶ。リーティアは深々と貫いた剣にありったけの魔力を注いだ。


「猛き雷よ……っ!」


 『喰らい増える軍隊《イーティング・プチレギオン》』の口語詠唱に加え、指を鳴らして『暴食(グラトニー)』を付与する。二度の『暴食(グラトニー)』構築による莫大な精神消耗に意識が一瞬遠退きかけたが、唇の内側を噛んで無理矢理保つ。


「――喰い荒らし、我が敵を穿て!!」


 雷撃が主(あるじ)に触れないよう、魔剣が『雷矢』(ライトニング・アロー)の生成と同時に全力の防護結界をリーティアの周囲に展開する。内側から喰い殺していくように『ミノタウロス』の身体から『雷矢』(ライトニング・アロー)が無傷な部位を次々と貫き、新たな『雷矢』(ライトニング・アロー)の燃料(エサ)となっていった。


「……ォ、オ……ォ……ン……ッ」


 断末魔の叫びは弱々しかったが、現世に対する恨み辛みの感情がまざまざと乗せられていた。粒子化に伴い貫いていた剣の感触が無くなっていき、安心感からか身体の力が抜けて仰向けに倒れていく。気付いた時には魔剣も既に結界を解いていた。


(……これ絶対背中と頭を打つわね)


 なんて事を考えたが、この体勢ではどうにもならない。せめて目を瞑って痛みに備えようと目を閉じた瞬間、自分の髪がふわりと風に舞い、膝の裏と両肩に暖かい力強さを感じた。


「……え?」


 何時の間に駆け付けたのか、一真がリーティアを抱き上げていた。

 何も言わず。安心と心配の狭間に揺れているような、少し困った顔をして。


「よく、頑張った」

「と言う割には、心配しすぎてる顔よ?」

「仕方がないだろ。我慢してた上に、嫌われたんじゃないかって思ったんだ」


 何時ものハキハキとした言葉ではなく、震えながらの小さな声。

 泣いてはいない。けれど、泣いているように見えた。


「……カズマ」


 ふとリーティアは気付く。兄弟子( ルディ)がハズレを引いたと答えた意味を。自分は兄妹が欲しかったから、ティアやルディを兄や姉に当て嵌めた。だけど一真だけは別の括りにして、意図せずとも仲間外れのように扱ってしまったのではないかと。杞憂だと、馬鹿な考えだと理性で分かっていても、別の世界から逃がされるほど他人から弾き出されてしまった一真にとって、それは他人事では無い。まして自分は師匠は師匠だと言ってしまった。一真の師は最後まで敵の立場を貫いたが為に、甘えることは出来なかったと言っていたではないか。深読みすれば、それは永遠に変わることがないと宣言しているようにも聞こえた筈だ。


「……ちょっと拗ねたけど、嫌ってなんかいないわ。本当よ」

「ん……」


 リーティアの右手が一真の頬に触れると、一真の左目から涙が零れ落ちた。

 一真が何度かまばたきを行うとすぐに涙は止まり、静かな表情(ほほえみ)に戻る。


「足を下ろすよ」

「えぇ、ありがとう」


 それは違えることの出来ない聖人の顔であり、強さの代償(のろい)のようにも見えた。だけど、いくら強くても、その裏には、間違いなく弱い一真が居る。


(もしかしたら)


 今日になって初めて弱い一真を見たのかもしれないと、リーティアの心の奥底に小さな軋みが奔る。同時に、この瞬間になって初めて――ほんの僅かだけど、他人(カズマ)の弱さを許容できる強さを知ったのかもしれないと、そう思えた。




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