部屋の主《ミノタウロス》
怪物を感知して、伝えて、討伐して、宝箱を見つけて、談笑しながらまた歩を進めて。結果、昨日よりも早い進軍速度で探索を進めていた。倒した怪物の数は百を超え、そろそろ帰ろうかという考えが意識を掠め始めた頃。
リーティアの『夜目』が通路の果てを発見した。
「あら、部屋ね」
「おー。通路だけかと思たんやけど、あったんやね」
「ストップ」
前を歩く二人に一真が声をかけて止めさせる。
ティアとリーティアは振り返り、一真の顔を凝視する。見れば僅かに固い表情をしており、眉根に皺を寄せていた。
「どしたん?」
「デカイのが居る。コイツ、他の怪物より強いな」
「部屋の番人ってこと?」
「だな。どうする?」
ルディの問い掛けに、一真は頭を掻きながら答えた。
「俺が闘る」
「えー。師匠、私らにやらしてくれるとちゃうん?」
「そーよ。つまり、これは『主菜』って事でしょう?」
予想した通りの反応が返ってきた。一真はルディへ目配せするが、サーベルの峰で自分の肩をトントンと叩くばかりで返事は無い。
「じゃあ氣力を分け与える」
「それだと体力試験にならないじゃない」
「せやで」
「……わーかった」
一真は諦めるように肩を竦め、ルディが意を汲んで二人に告げる。
「二人とも正直に答えろ。体力は十全か?」
「七か、六と言った所ね」
「私も七ぐらい」
「どっちかが怪我をしたら即座に参戦するからな。そのつもりで挑むように」
「「了解」」
ティアとリーティアは武器を構え直し、鼻歌を交えながら部屋に向かう。
「負けん気が強いのは良いことだけどな」
「予想はしてただろ?」
「まぁ……な」
四人が踏み入れた場所は、廊下の空間を三倍に拡張したような部屋だった。廊下と違うのは部屋の中央に魔法陣があり、壁という壁に見慣れない文字が刻まれているという二点。魔法陣の中心には、これまで見てきた怪物よりも一際大きい人型の怪物が片膝を立てたまま鎮座していた。
――異様な存在感。コイツがこの部屋の主だと、誰も疑わなかった。
「……」
怪物が四人を凝視すると同時に入り口の通路が石の壁で閉じられ、床に刻まれた魔法陣が淡く白い光を放つ。
「閉じ込められたな」
ルディが壁に凭れ掛かりながら呑気な感想を口にする。
「ああ」
「この場合『帰還の星屑』も使えないんだったな」
「だな。部屋に入ったら気を付けろと書いてあったし、間違い無いだろ」
状況に冷静に把握し、目の前に己が居てもまるで意に介さない。あまりに不遜な侵入者に怪物は不快気に喉を鳴らした。二メートル強の毛深い巨体を徐にに起こし、二つの黒い瞳で値踏みするように四人を見下ろす。その顔は人ではなく、牛。頭から太い角を二本生やした『ミノタウロス』だった。
太い血管を浮かせた両の手には、くの字を描く大型のシミターがそれぞれ握られている。その獲物と腕の長さを見て、ティアが鉾を眼前に構えて濃緑の氣力を全身に纏う。
「アレ、ちっとでも貰たら一発退場やな」
「そうね。最初から全開で行くわよ?」
「了解や」
弾けるようにティアとリーティアは左右に別れ、『ミノタウロス』の脇へ回り込むように駆けた。同じ速度で違う方向から同時に攻めれば怪物は判断に迷う。そうなれば、どちらか一方の注意が疎かになって簡単に仕留められる筈だと二人は考えていた。
『ミノタウロス』は僅かに腰を落とし、シミターを掲げた。息を一気に吸い込み、怨嗟を込めた絶叫を吐き出す。
「――ブォオオォォオォォォオォオオォオォオオオオ!!」
魔法の『乱音』とは違う、喉と舌を絡ませるようにして発せられた『苦痛の狂声』。それは耳と言わず全身を叩き、部屋全体を振動させた。
ティアは予め纏った氣力で、リーティアは『自己遮音』によって軽減していたが、双方とも振動によってバランスが崩され、踏み出す一歩がふらついていた。その隙を『ミノタウロス』は見逃さない。より近かったティアの方へ猛然と迫り、射程圏内に入るや否や、右のシミターを振りかぶるように斜め上から振り下ろした。
「あぶっ」
あの巨体から繰り出された攻撃は自分の膂力では受け止め切れない。かと言って既に斜めに奔る攻撃の軌道を変えても効果が薄い。ティアは即座にしゃがむ事によって攻撃を回避し、後ろに、ではなく前に駆けた。『ミノタウロス』の体勢は上半身が下半身より前に出ている。この状態で下がれば『詰む』とティアは判断した。それは結果的に手首を返し、首を刈り取らんとする『ミノタウロス』の追撃さえも回避させた。急激に狭まる腕と脇の三角地帯を、全力で駆け抜けることによって。
「はぁっ!」
「グォ……ッ」
すれ違い際に『ミノタウロス』の脇腹に鉾の刃を奔らせ、返す手で右足の太腿を切り裂く。血の代わりに黒色の瘴気らしきモノが零れ落ちる。ティアは走る速度を一切落とさず、勢いそのままで駆け抜けた。振り返らない代わりに、相方に向けて大声で叫ぶ。
「リーティ!」
「出来てる!」
『ミノタウロス』の視界外から口語詠唱を完了させたリーティアが『魔法書の闇剣』を介して魔法を三連発した。無数の氷の刃が地面から生えて『ミノタウロス』の両足を縫い付け、氷の外枠から刺を生やした緑の蔦が上半身に向かって縦横無尽に絡み付き、両腕を封じると雷が降って『ミノタウロス』の全身を打ちのめした。雷撃の余熱が身体と蔦を焦がしていく。
「……嘘っ」
だが『ミノタウロス』は健在だ。身体と共に焦げた蔦を無理矢理引き千切ると、腹立たしいと言うように足踏みして氷を叩き壊す。闇よりもなお濃い、黒色の氣力が『ミノタウロス』の全身から溢れ出て、その身体を急速に修復していく。
「――ッ」
その様子を天井を走りながら見ていたティアが、天井の面を蹴って『ミノタウロス』の頭に目掛けて鉾を突き立てんと迫る。だが強い氣力を全身に纏っているティアの存在を『ミノタウロス』は眼で見ずとも簡単に感じ取ることが出来た。頭上から迫り来る鉾を闇色の氣力で覆った二本のシミターを十字を描くように掲げ、真正面から受け止める。
「んなっ!?」
驚愕するのも束の間、天然の膂力と氣力を組み合わせた一撃がティアを七メートルも弾き飛ばす。靴の踵で威力を殺すものの、ティアの額には冷や汗が滲んでいた。
「……まー、こうなるか」
兄弟子が師に向けて視線を投げかける。一真は両腕を組んで二人の戦いをじっと見ていた。その格好とは裏腹に、二人に僅かでも危ない素振りがあれば今にでも走り出して助太刀せんとする眼差しだ。ルディも似たようなものではあるが、内心は一真より冷静だった。人間、自分より必死になっている者を見ると、第三者の視点を得て冷静になるものである。
「本気出さない内に決められなかったな」
「回避されると思ったんだろ。貫通魔法で串刺しにしとけば苦労せずに勝てたかもな」
これが竜族のパーティなら『ミノタウロス』が氣力を使って回復する前に爆破系、もしくは貫通系の特化魔法によって一切行動させずに瞬殺しただろう。恐らくリーティアは相棒が追撃で仕留めてくれると確信していた。浅いとは言え、手傷も負わせたから『落雷』でも十分勝てると踏んだのだ。余力を残そうとした気持ちは無かったかもしれないが、結果的に全力とは言い難い半端な攻撃を繰り出したのが仇になった。
「……俺が策を弄するのを見せすぎたか?」
「いーや。結構良い線行ってたんだがなー。お前や俺が常に氣力を纏わない理由をちゃんと考えていれば、妹弟子の攻撃でも倒せた」
一真やルディは戦闘時に常時氣力を纏うという形態を取らない。必要な時に必要な分を瞬間的に出して攻撃する。これは体力の消耗を抑える為だけではない。相手にどの程度強力な攻撃なのかという事前通達をしない為であり、余剰分を一点に集約させる事によって強力な攻撃をより効率的に運用する為でもある。仮にルディが戦っていた場合『ミノタウロス』の攻撃は全て魔力の盾で逸らし、全力の氣力をサーベルの刃先に絡めて一撃で頭蓋を刈っていただろう。
「ま、俺らに向かってきたら即終わらせるか。油断ほど危ねーモンはねーしな」
「そうだな」
ルディは心配そうに見守る一真に向かって、苦笑した。
「信じてやれよ。あいつらはお前の弟子だが、それ以上に仲間なんだ」
「……りょーかい」




