二日目にして、コレだよ
――放課後。
『幸運の鈴』のメンバーは迷宮を探索していた。
今日はティアとリーティアが先頭を歩き、一真とルディが後を付いて行く形で迷宮を進んでいる。これは男性陣に比べて対処能力がやや低い二人に対し、早期に実戦経験を積ませるべきというルディの提案と、当の女性陣に強い意欲があった為だ。
一真は後方支援という形で直接戦闘に手出しをしない代わりに、氣力の感知範囲を五十メートルまで伸ばし、『アタリ』が出たら指を鳴らして前を歩く二人に教えた。今は氣力を床に広げる形態を採っているので、飛行型の怪物は必然的に漏れるが、無音で浮いている怪物以外はティアの『耳』でカバーできる。
「そーいや、結局ルディは何を聞きにアンドリューさんの所に行ったんだ?」
「魔法付与師としての心構えとか、コツとかだな。才能の業だから気軽にやれば良いのかと思ってたんだが、中々どうして。例えば結晶体を手に取った時『あ、コイツは入るわ』みたいな感覚がある方が大切って言われてな」
「魔法を入れる器の、最大値を量る勘か」
「そういうこった」
「ふーん……お」
――約四十五メートル先、怪物集団有り。
一真は指を鳴らすと、ティアの『耳』がピクリと動く。
前を歩く二人は小声で言葉を交わし、双方頷いて武器を構えた。歩を進めていく内に怪物の息遣いを『耳』を持つティアが、怪物の姿を夜目を持つリーティアが目視で、それぞれ独自に距離を掴んでいく。
一真は数を正確に把握しているが、敢えて二人には教えない。宙に浮いた怪物もやり方を変えれば感知できるが、下手に教えて油断されても困る。今は個々の対処能力を上げる場面であり、甘やかしは禁物。一方、何時でも助けられるよう男性陣は臨戦態勢で二人の背を見守る。
「――ッ」
リーティアが先頭で駆けた。やや遅れてティアも走る。だが無音。リーティアは歩法によって、ティアはルディの真似をして隠形を完成させる。今の所、奇襲成功率百%。怪物に破られた場面は無い。
――しかし、今回は違った。
(あれは……『監視眼球』!)
黒い目玉に濃紺の翼を生やしたような怪物が二体、宙に浮いてこちらを凝視している。一際激しく翼を羽ばたかせると、他の怪物が一斉に振り返り、武器や腕を構えていた。
リーティアは後ろを走るティアに向けて、大声で警告する。
「ティーア、バレてる! 魔法に気をつけて!」
「了解!」
漆黒のローブを羽織った骸骨――『ヘルプリズナー』が肉の無い両腕を掲げて四本の『氷矢』を放った。リーティアとティアは手元の剣と鉾で『氷矢』を叩き落としながら、怪物集団に更に肉薄していく。
「猛き炎よ」
口語詠唱と、主人から流し込まれた魔力によって『魔法書の闇剣』が黒く光る。一番前に居た『ヘルプリズナー』を縦横四つに両断すると、断面が激しく燃え出した。
「喰い荒らし、我が敵を穿て!」
命に従うように『ヘルプリズナー』の身体が猛り狂う炎の燃料にされ、一秒経たずに無数の『火矢』と化して宙に浮く。リーティアが剣を眼前に向けると『火矢』の軍勢が一斉に放たれ、怪物集団を次々と貫いていった。
「えぇでっ!」
この攻撃によって怪物集団六体の内、近くに居た二体が光の粒子になり、残る四体も蹲るように蠢き、隙が生まれた。期を逃さずティアの鉾が残った怪物首を即座に刈り取り、あるいは貫くことで確実にトドメを刺していく。
戦闘開始から全ての怪物が粒子化になるまで十秒。緋色の宝箱が出現したのを確認すると、ティアとリーティアは左手でハイタッチした。
「いやー、完璧やで」
「確実なトドメがあってこそよ」
「疲れてねーか?」
ややほっとした表情を浮かべたルディが尋ねるが、二人は真顔で頭を振った。
「全然」
「平気や」
探索から既に一時間経過しての、この答え。
「……二日目だっつーのに、この対処能力。ちっと見誤ったか?」
「奇襲戦法で慣れた場合、想定外の場面に出くわすと少しは動揺するもんなんだがなー」
冷静に、確実に、そして状況を逆手に取る動きで怪物を仕留めている。予め「こういう事もある」と予測していなければ上手く行かない。恐らく昨日の内に、ティアと入念な打ち合わせを行ったのだろうとルディは考えた。
「リーティア、さっきの魔法は何て言うんだ?」
ルディは宝箱の中を立ったまま眺めているリーティアに尋ねた。
「『食べて増える軍隊』って言うのよ。本人の適性さえあれば氷でも雷でも作れるわ」
「ほー。二節の詠唱なのに使い勝手が良さそうだ」
「侵食系を元にしてるから、消費魔力も少なくて便利よ。アンドリューさんの話を聞いて思い付いたの」
「ああ、魔力を吸った施設が遮断結界を展開維持するって奴か」
「そう、それ」
(……たったあれだけの会話でヒントを得るとは、末恐ろしい限りだな)
何も本や教科書に書かれている魔法だけが全てでは無い。想像した光景を現実に引き出す力であるが故に、手順さえ整えれば簡単に新規の魔法は作れる。『魔法書の闇剣』があるとは言え、ぶっつけ本番で成功させるリーティアの度胸と才覚は並外れていると言えた。
「そう言えば、お兄ちゃんは竜族だけど大魔法とか使わないわよね?」
「ああ。サーベルだけでも怪物は倒せるからなー……って、その『お兄ちゃん』という呼び方は何だ」
「え?」
リーティアはさも可笑しそうに笑いながら答えた。
「姉弟子が『お姉ちゃん』だから、兄弟子が『お兄ちゃん』でも問題無いでしょう?」
「笑顔で言われると否定し辛いじゃないか。……その理屈だとカズマくんが『お父さん』にならないか?」
「流石にそんな歳じゃないでしょ。それに、お師匠様はお師匠様よ」
「言いたいことは分かるけどな。あいつも…………」
言葉を締め括ったルディの呟きはリーティアの耳に入らず、顔を逸らして眉間に皺を寄せるルディの表情にも気付く事は無かった。ルディは溜息にも似た深い息を吐いて胸の内に溜まった感情をリセットすると、リーティアの方へ再び振り返った。
「ま、それはそれとして。実の妹が居る身としては、人目が付く場所で言わないでくれると助かるな」
「む。それは心外ね、ちゃんと場を弁えてるわ」
「なら良し」
「よし公認っ」
小さくガッツポーズを取るリーティアの傍で、『功績カード』による財宝転送を終わらせたティアは宝箱が消滅したことを確認すると、徐に立ち上がった。
「終わったでー」
「じゃ、行くか」
「えぇ」
「ティア」
「ん? ひぁ……」
再び歩き出した所で、一真は何を考えたかティアの頭を撫で始めた。ティアが歩きながら一真の顔を見上げると、どこまでも柔らかい笑みを浮かべているのが見えた。
「……し、師匠?」
「俺もキチンと見てるぞ。鉾の先端と刃の部分に濃い氣力が乗ってたな」
「えっ、後ろから見てて解るん?」
じっくり見えるような速度で鉾を振るった記憶はティアに無かったし、鉾を止めた時には刃先に乗せていた氣力はあらかた散ってしまっていた。それを真後ろから見分ける一真に、ティアは驚愕の表情で見つめ返す。
「眼だけに頼らず、感じることで判別できる。アレは、まだ倒していない怪物を確実に仕留めるためだろ? 良いアイディアだ」
「うん……ありがと」
薄暗い通路の為か、一真の眼をもってしてもティアの頬がほんのり赤く染まっているのは判別できなかったが、代わりに『耳』が「もっと褒めて」と言わんばかりにピコピコ動いていた。一真は期待に応えるようにティアの頭を撫でていく。
「よしよし」
「あぅ……」
二人の様子を後ろから見ていたリーティアに、ルディが小声で話しかけた。
「妬けるか?」
「どうして?」
無表情に見えて、眼だけは羨ましそうに見つめている。よくよく見ると、形の良い唇が少しだけ尖らせるように前に出ていた。
「魔剣が苦しそうに悶えてるぞ」
「臨戦態勢なだけよ」
「……こう来たよ。新しくできた妹はツン属性で困る」
「……別に、褒めて欲しいと思わない訳じゃないんだから」
「言葉の整合性は取ろうな。今はこっちの兄ちゃんで我慢しろい」
ルディは左手に持ったサーベルを鞘に仕舞うと、空いた手でリーティアの頭を優しく撫でた。それでも少しだけ不満そうなリーティアにルディは苦笑して、諭すような声音で語りかける。
「ほんのちょっと、ハズレを引いちまったからな」
「何の?」
「アイツも完璧な人間じゃないってことだ。俺はそれで良いと思う」
「え? ん……?」
不満気な顔はどこへやら。片目を閉じ、眉を八の字に変えて悩むリーティアに、ルディは掌で軽く背を叩いた。
「とりあえず悩むのは帰ってからだな」
「……それもそうね」
「うむ。おーい、カズマ~? あんまり撫で過ぎると緊張感が消えちまうぞー?」
「はいはい」
一真はティアを撫でていた右手を挙げてヒラヒラと振ると、少しだけ歩幅を落とし、リーティアとすれ違う。その瞬間、リーティアが居た方の手を持ち上げかけたが、思いの外リーティアの動きが速かった為か、一真は思い留めるように手を下げた。




