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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第二章:『幸運の鈴《フォーチューンベル》』
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講座・クリスタル篇

 階段を丁度百五十段降りた先は長い通路になっていた。前方の右側にドアノブの付いた扉と、そこから漏れる光が一真の目に入る。二メートルほど歩いた所で足を止め、階段の方へ振り返った。


「大丈夫やって、心配性やなぁ」

「そうそう」


 十秒もしない内に階段を降り切った二人に一真は無言の苦笑で返し、扉に近付いて二回のノックを行う。間を置かず、力強い声が返ってきた。


『開いとるぞ』

「失礼します」


 一真はドアノブを回し、手前に引く。薄暗い廊下の比ではない、眩しい光が目を灼いていく。瞬きを何度か行い、足元を確かめながら歩を進めていく。三メートルほど歩いた所で顔を上げ、徐々に光に目を慣らしていくと、中の輪郭が露わになるのが解った。


(広いな……)


 縦長の大空間だ。奥行きと横幅は凡そ教室四つ分。天井の高さは降りてきた階段分はあり、床と同じ文様が刻まれている。これだけの大空間を満遍なく照らすのは冷光素材が全面に埋め込まれた四方の壁と、天井と床を行き来する色とりどりの光球だった。

 手の指で輪を作った時と同じ大きさの光球が、幾つも宙を舞っては循環するように上へ下へと、ゆったりとした動きで待っている。


「おお……」

「綺麗ね」


 あまりにも綺麗な、いっそ幻想的とも言える光景に女性陣が感嘆の息を漏らす。


「お前さん方、こっちだ」

「あ、はい」


 先程聞いた声が空間に響き、一真達は部屋の隅、入り口から見て右側へ振り向く。そこには椅子に座り、パイプ煙草を口に咥えたノーネクタイスーツの老人と、見覚えのある男子生徒が立っていた。


「あ、兄弟子?」

「なんだお前らか。まだ揃ってご登校って時間でもねーし、修行ついでに朝飯でも一緒に食ってきたのか?」

「あ、はは……」


 完全に読( バレ)まれてる。

 女性陣は揃って冷や汗を浮かべたが、一真はどこ吹く風と言った様子で老人の方へ歩を進めていく。その意図に気付いた二人は小走りで一真の後を追い、足を止めた一真が頭を軽く下げると、続いて二人も頭を軽く下げた。


「「「おはようございます」」」

「ん。おはようさん」

「自分はカズマ・ミカゲと申します。アンドリュー=バッツドルフさんですか?」


 老人――六十代の竜族男性は頷きながら答えた。


「うむ。儂がアンドリューだ」


 アンドリューはパイプ煙草を机に置くと、一真の目をじっと見据える。代わりに一真もアンドリューを失礼に当たらないよう、目線を首元に移した。アンドリューの服装は白シャツに黒の布地にやや太めの白線が入ったストライプスーツと言った格好で、貫禄のある顔付きに歳相応の皺が刻まれている。だが親方というよりは教授と言った風体で、縁の細い黒の眼鏡がその印象付けに一役買っていた。それでもノーネクタイにすることで雰囲気が固くなり過ぎないようにしており、人との接し方を重視する人のように見えた。


「今日は魔法付与(マジックエンチャント)の話を聞かせて頂きたいので、参上いたしました」

「ふむ。……お前さん方はパーティなのか?」

「はい。ここに居る四人でパーティ『幸運の鈴(フォーチューンベル)』になります」

「お前さんがリーダーか?」

「そうです」

「成程。仲間内で話を花咲かせる前に目上の者に挨拶する姿勢――中々出来ておるな」


 褒められながらも内心は冷や汗モノだ。セリアはアンドリューが何もしていない生徒に対して目くじらを立てないと言ったが、無礼な若造に反感を覚えないとは言っていない。ティアもリーティアもサイン無しでよく気付いてくれたと、一真は心の中で二人を褒め称えた。


「恐れ入ります」

「そちらのお嬢さん方も紹介してくれるかね」


 二人は一歩前に出ると、ティアは泰然として、リーティアは隠すことなく本名を伝える。


「ティアラル=∪(ウル)=ティオスや」

「リーティマイア=H(ヘルガント)=アドルクアです」

「三ツ名が二人か。……それで竜族でない小僧がリーダーとは面白いな」


 口髭をなぞるように指で触ると、アンドリューは再び一真の方へ視線を向けた。


「一応この坊主にも教えたが、改めて聞きたいだろう。何が知りたい?」

「では早速。この学校内で流通する『命のクリスタル』に別の魔法を付与するのは問題有るか無いか、という事をお聞かせ下さい」

「その質問には『問題有る』と答えよう」


 アンドリューは指を鳴らすと、縦横一メートルほどの『仮想黒板』を机の上に展開した。本人のイメージを直接空間に投影する魔法の一つであり、今は濃緑の下地に『命のクリスタル』の絵が映してある。アンドリューは机の上に置いてあった伸縮式の指示棒を手に取って伸ばすと、『仮想黒板』に映された『命のクリスタル』を差した。


「『命のクリスタル』とはシオニウム鉱石を加工して造られた結晶体(クリスタル)だ。これに付与されている『致命避け(デッド・アボイド)』の注入領域はおよそ七割。残りの三割は予備の領域だ。何故そうしているのか、それは何らかの原因で結晶体(クリスタル)に傷が付いた場合でも問題なく魔法を発動させるためだ。注入領域が七割であっても、発動時には余波を始めとする『ゆらぎ』が生じる。その超過分を満遍なく補うのが凡そ一割、且つ不足の事態であってもより確実に発動させるための予備領域が二割プラスされておる。理論上、八割のスペースを確保しつつ二割を他の魔法の領域としても良いのだが、やはり安全第一だからな」

「私(あて)のコレも駄目(アウト)なん?」


 ティアは制服の中に仕舞っていた『疲労軽減』付きの『命のクリスタル』を胸元から取り出すと、鎖の留め金を外し、掌に乗せてアンドリューに見せた。

 アンドリューはそれをしばし眺めたが、やがて手を掲げて「もう良い」と制止する。


「『疲労軽減』の魔法は軽治療に属し、常時発動型だから気合を入れた所でせいぜい一割。心配ならもう一つ『命のクリスタル』を首に引っ下げておけば問題なかろう」


 今まで通りで問題無いと太鼓判を押されて、ティアは嬉しそうに『命のネックレス』を首から下げる。

 その姿に対抗心を燃やしたのか、次の質問はリーティアの口から出てきた。


「安全第一と仰いましたが、それは『シオニウム鉱石』の質の問題ですか?」

「そうだ。『命のクリスタル』に掛けられている『致命避け(デッド・アボイド)』の魔法はどれだけ装備者が貧弱であろうと致命傷を防ぐ。矢継ぎ早に繰り出される魔法、迫りくる凶器、それら全てを遮断する。言わば小規模の遮断結界のようなものだな。その間に『帰還の星屑』を使えば確実に帰ってこれる」

「強力な魔法なのね……」


 リーティアの呟きにアンドリューは首肯し、


「普通の強化魔法なら七ツ八つ入れても平気な器に、たった一つで七割もの領域が食われるのはそれだけ強大な魔法だからだ。そんな魔法を入れる為の器、即ち『シオニウム鉱石』の質も高いモノが要求されるのは当然と言えるな」

「でも、遮断結界て職員さんがポンポン使ってるで?」

「あれは本人の魔力以上に建物が手助けしておる。起動式さえ発動すれば結界の維持は建物が代行するため本人の負担は最小限だ。そして建物が所有する魔力は、毎日お前達から吸って蓄えておる。……持ちつ持たれつという奴だな」

「俺からもう一つ質問です。『魂のクリスタル』はどういう仕組みなのですか?」

「怪物(モンスター)を前に恐慌状態に陥った者は『帰還の星屑』を使えない事があるからの。条件発動式の『帰還(リターン)』が組み込まれておる。だがどちらも条件発動式にするとなると、互いに魔法が干渉しない領域を確保するために、より高いランクの『シオニウム鉱石』が求められる。三ヶ月に一度しか配布できないのはその為だ」

「『シオニウム鉱石』は一定のモノと思っていましたが、違うんですね」

「うむ。一口に『シオニウム鉱石』と言ってもランクが十段階、AからEに+(プラス)まで存在する」

「見分け方はありますか?」

「基本的に重さだな。加熱して液体にしてしまえば量るのも楽なのだが、まぁBランク以上のモノは水と同等以上の重さを有しておる」

「なるほど……」


 となれば、一真が迷宮に潜り続ける限り質の高い『シオニウム鉱石』が採れる確率は高い。


「ここで採れる最高の『シオニウム鉱石』はランクB+、平均となるとCだな。コレ以上となると国軍が挑むような迷宮か、冒険者に依頼して得るしかない。問題は素材よりも魔法付与師《マジック・エンチャンター》の数だ。竜国(ティタルニア)、いや竜族は強力な魔法、高密度な魔素を古来より扱ってきた為か、繊細な魔法を扱うには元来不向きな種族だ。それも分子間を通すほどの細かい魔素を操作をするとなれば、希少も希少。その才だけで食っていくには困らんどころか、国を挙げて保護されるだろう」


 儂もその口で『シオニウム鉱石』を加工していると、アンドリューは笑う。


「となれば俺は希少品ということだな、敬えカズマ」

「安心しろ、大事に酷使してやる」

「ははは、この野郎」

「……仲が良いな。他に何か質問はあるかね」


 ルディをいじる一真の代わりに、リーティアが次の質問を口にした。


「領域が十全に確保された結晶体(クリスタル)があったとして、掛けられた魔法は変質しますか? 時間経過による劣化が無くなったりとか」

「その答えは『その通り( イエス)』だ。既に『疲労軽減』の魔法が乗った結晶体(クリスタル)を持っているから解るとは思うが、時間経過による劣化が無くなり効果は半永久になる。半永久としたのは壊れるまでは長持ちするという意味で、壊れずにずっと持ち続けている者が少ないからだな」

「と言うと、持続回復の魔法を入れておけば永久に回復し続けるのですか?」

「理屈ではそうだが、回復系の魔法は使いどころを誤ると別の問題が起きる。本来人間が持っている免疫力や治癒力――所謂生命力と呼ばれる力が極端に弱くなってしまうという報告があるからな。重病人に対しては魔力(アストラル)よりも氣力(フォース)の方が有効だ。生命力を直接与えられるからな」

「そういうこと……」

「ちなみに『致命避け(デッド・アボイド)』が何度も発動しないのは、発動と同時に壊れるように造らなければ生活できずに餓死するからだ」

「それは流石にアホとしか……」


 明け透けな物言いだが、的を得た言葉に流石のアンドリューも苦笑を浮かべる。


「尊い犠牲があってこその教訓だ。逆に命を大切にしすぎて冒険を忌避する傾向が出来上がってしまっているが、それも平和な時代が長く続いたからだな」

「んー……確かにそうや」

「では次の質問です。『致命避け(デッド・アボイド)』を入れつつ、他の条件発動魔法を入れても干渉しない程のランクの『シオニウム鉱石』はどれぐらい要りますか?」

「そうだな……最低でもランクC+の石が三つだな。結晶体(クリスタル)の本体以外に二つ要る上に、更に魔法を入れるとなればBランクの『シオニウム鉱石』が要る」

「では、それに見合う石を持ってきたら此処で作って頂けますか?」

「『シオニウム鉱石』の持ち出しは国の管轄だからな。国に対して申請書を提出する必要がある。許可が降りたらやってやろう」

「分かりました」

「他に質問はあるかね?」


 一真が確認するように周囲を見渡すが、ルディを含め、もう質問は無いようだった。


「それでは」


 両足を並べ、一真は深々と頭を下げた。他の三人も一真に続く。


「質問に答えて頂きまして、ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」


 アンドリューは嬉しそうに目を細めると、ゆっくりと頷いた。


「また何か質問があれば来るといい。私は此処で仕事をしているからな」

「はい」


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