四人目の『剣』
「……参りました」
「了解」
一真は少女の言葉に頷き、セリアに向けて手を挙げる。セリアは頷き、手を叩いて遮断結界を解除した。
少女は一真の目を見ながら尋ねる。
「今のは、どうやったのですか?」
問い掛けに、観戦していたティアとリーティアが近付いて答える。
「盾は全球やなくて半球で、後ろはスカスカだったんよ」
「それと『不可視』で身体を透化して、結界の壁を走ってたわ」
「……そういう事ですか」
一真は自分の姿が見えなくなるほど濃い氣力を四層に渡って召喚し、不透明の状態にした。それも真正面から見れば完全な球体に見えたかもしれないが、真横から見れば前方だけに展開した半球だったのだ。
盾を展開すると同時に自分から切り離し、一真は妨害魔法の一種である『不可視』を展開。この魔法は光を屈折させることによって、擬似的な不可視状態にする。少女の視界に入る角度のみ展開し、その間に氣力を足の裏に発生させて壁を走る。これでどんなに強力な魔法が放たれようと、盾が無残に壊されようと、爆発系のような余波が無い限り無傷で居られるという寸法だ。
「では、最後のアレは?」
「『言霊』という魔法で、拳大の球体領域を構築して声を保存できる。で、指定した時間が経つと割れて音が出るという仕組みだ」
一真は壁を走ると同時に『言霊』の玉を少女の背中に目掛けて投げた。強力な魔法を放ち、確実に仕留めたという気持ちの後ろで呑気そうな声が出れば誰だって驚く。そうして振り返った所をまんまと掴まれたという訳だ。
「教えられるまで気付きませんでした。……ダメダメですね」
魔法の撃ち合いに慣れ過ぎていて、これが変則的な勝負であるという認識が不足していた。自分が知らない魔法を使われていたのも単に勉強不足。それに足を掬われたのだから、油断と言う他無い。只々反省の気持ちが少女の胸に沈んでいく。
「落ち込むことは無いで。師匠に手を出させたんやし」
蹴りを当てた所が細剣という事を加味しても、下手に捻れば引き金にかかっている指が折れることもあり得る。相手が竜族であろうと一真は気にかけるし、そうした以上、攻撃したと指摘されても一真は反論しないだろう。
「そうね。女性に手を出さないという決まりを破ってまで攻撃させたんだもの」
「そうは言いますが」
竜族である自分が武装してまで挑んだのに、軽くいなされた感が拭えない。結果として血の一滴も付けることなく勝負は終わってしまったのだ。それに致命的なミスを犯した上で再度挑む程、自分の自尊心は安くなかった。
「俺は同学年で負けるつもりは無いよ。それだけの鍛錬はしてきたつもりだ」
「……ですか」
「という訳で、君の名前を教えて欲しい」
「え?」
「ん? あの二人に『カズマ・ミカゲに勝て』って言われた?」
「いいえ」
二人の上級生から少女に提示された風紀委員会への加入条件は『カズマ・ミカゲに決闘を挑み、興味を持たれること』だった。名前を教えて欲しいと乞われたなら、条件は満たしていると言える。少女は一転して期待するような目付きで一真を見上げ、自分の名前を口にした。
「私の名前は、クリスフィア=ブラックトゥースです」
「改めて名乗るよ。カズマ・ミカゲだ」
一真が右手を差し出すと、クリスフィアも右手を差し出し握手を交わす。手を放した一真はポケットの中に入れていた魔具を取り出し『自動書記』によるメールを作成、送信を行う。宛先は風紀委員の二人組、ツェツィーリアにアンジェリーナだ。
メール操作を終えた一真がポケットに魔具を仕舞うと、クリスフィアはおずおずと声を掛けた。
「その、私の攻撃はどうでしたか?」
「発想は悪くなかったけど、相手の姿が良く見えない時は周りを注視すると良いかな。それと同時に、相手が何らかの手を打っていると想定して動けば先手を取られずに済む。俺としては『乱音』の連発の方がきつかったし、盾を作った場面でもう一度使えば『不可視』も破れたかもしれない」
「成程……」
「でも、あの魔法の威力は大したものだよ。そこそこ硬い盾を作ったつもりだったけど」
「『暴食』と言います。貫通付与だけでなく、侵食する機能もあるので」
「盾に対して有効な効果か。流石有望株。風紀委員会も喜ぶな」
「師匠師匠」
ここまで二人のやり取りを黙って聞いていたティアが、一真の裾を軽く摘んで引っ張る。
「風紀委員との取り決め事なんてしてたん?」
ティアの問いに一真はあっけらかんとした態度で答えた。
「ああ。面白い子が来たら、何か理由を付けて決闘を仕向けて欲しいと頼んでた」
「やっぱりね」
「これから目立つと色々厄介になりそうだし、人の裏を掻くようなやり口の相手を捕まえる時に、色々と参考になりそうだからって理由で取引をしてたんだよ」
生徒間の問題の仲裁、違反行為に対する制裁、そして職員以外に決闘を取り仕切る権限を風紀委員は持っている。故に風紀委員は同学年の生徒よりも強くなくては勤まらない。そして、一真は風紀委員の力をもってしても簡単にお縄に出来ない実力を有した異端者であり、同時に懇切丁寧に対処法を教えるので教材としての価値があると風紀委員会は見た。「これから部下になる人材を鍛えるのに丁度良い」と、二人組を通じて風紀委員長は一真との取引に応じたのである。
クリスフィアは納得するように頷き、試すような視線で一真を捉える。
「そうでしたか。竜族の方でも無く、一月もしない内から風紀委員と繋がりがあるのはフィーリアさんの口添えでは無かったんですね」
聞き慣れた単語を耳にして、一真はその名前が自分の知っている娘と同じなのか、敢えてフルネームで確認することにした。
「個人的な繋がりだからね。ちなみにその娘は、フィーリア=オルガイア?」
「はい。貴方が兄のような方だと聞いています」
「そう言われるのは感激の極みだな。……君の組と、所属しているパーティを聞いても良いかい?」
まだ入学から一月も経っていない状態でパーティ名を尋ねるのは非常に珍しいことだと言えた。が、一真の予感は遠くないと感じ、クリスフィアはニコリと微笑むことで肯定の意を示す。
「一年一組、『真紅の剣』所属です。私達、全員クラスメイトですから」
「ウェルドレインさんがリーダーだっけ」
「えぇ。そしてもう一人はエレオノーラさんですよ。「打倒ミカゲ・カズマ!」って凄く盛り上がってましたから」
「……それを聞いて心構えが出来て良かったよ。いきなり揃って来られても一人じゃ対応しきれないかもしれない」
だから絶対、後でルディを巻き込もうと微笑みの裏で黒い思惑が渦巻く。
「本当ですか?」
「ホントホント」
朗らかな笑みを浮かべる一真に、弟子二人がつまらないと言いたげに睨む。
「むー……師匠。二人ばっかりで盛り上がらんと、私らも混ぜて欲しいわ」
「そうそう。可愛い弟子が二人も居るんだから、放っておくのは良くないわ」
「悪い悪い。こちらの二人は『幸運の鈴』所属にして、俺の弟子。リーティアとティアラルだ」
「初めまして。リーティア=ヘルガントよ」
「私はティアラル=∪=ティオスや」
「こちらこそ。ミカゲさんは……」
珍しくも他人の言葉を静止させるために、一真は掌を軽く掲げた。
「ゴメン。フルネームじゃないなら、できれば名前で呼んで欲しいかな」
その言葉に悲哀の感情は乗せられていなかったが、最初の単語に含まれていた硬さが明確な拒絶を示していた。
クリスフィアは弟子二人に目配せするも、彼女達は小さく頷くだけで真意を測りかねるような表情はしてはいなかった。『御影』という単語が未だ一真の中で哀しみの象徴である事情を知らなかったが、クリスフィアは実家とあまり関係が良くなかったのだと解釈し、改めて言い直すことにした。
「ではカズマさん、私の事はクリスとお呼び下さい」
「悪いね、クリス」
「いいえ。それで、お弟子さんということは……何か武術を修めているのですか?」
「そんなところ」
「私が弟子二号や」
「私は弟子三号よ」
「となると……。一号さんはどちらに?」
ある意味当然と言える素朴な疑問に、ティアとリーティアが苦笑いを浮かべた。
「えっーと……居ることは居るんだけど」
「あー……兄弟子はちょっと今、別行動中なんや」
師からの誘いとは言え、朝食を一緒に食べるために兄弟子を一人置いてきたとは言えない。それでも心から悪いと思っているような感じでもなく、喜びと、小さな好意が心の奥底にあった。クリスはそんな微妙な機微も読み取れるのか、意味有りげな眼差しで弟子二人を見つめる。
(……なるほど。これは負けていられませんね)
クリスはカズマから僅かに距離を取ると、ペコリと頭を下げた。
「突然の手合わせ、ありがとうございました。今度、またお会いしましょう」
「うん。また今度」
「それでは」
小走りで去っていくクリスティアに軽く手を振って、一真は弟子達へ振り返る。
「今度、風紀委員からの刺客が来たら二人が相手するか?」
「えー?」
「そういう無精は良くないと思うわ、お師匠様」
「だよな。むしろその返事が返ってきて安心した――と、時間はまだ全然大丈夫か」
カウンターに設置されている壁時計を見ると、現在時刻六時五十分。
余程話込むような内容でなければ問題無いだろうと一真は考え、セリアの方に顔を向けた。
「セリアさん、すみません」
「はい。お次は何でしょうか」
「竜帝校に魔法付与の専門家の方は居ますか?」
「えぇ、居ますよ」
「何という方です?」
「アンドリュー=バッツドルフさんです。お会いしたいのですか?」
「えぇ。魔法付与に関して幾つか聞いておきたいことがあるので。……ただ職人気質の方は気難しい人が多いと思うので、どう接したらなるべく機嫌を損ねないか、アドバイスを貰えたらなぁと」
「そうですねぇ~。……何もしていない生徒に目くじらを立てるような方では無いので、大丈夫でしょう。百聞は一見に如かずと言いますし、直接会って話される方が確実かと」
「どちらに居らっしゃいますか?」
「こちらです」
セリアは手を叩くとカウンターの中、床の一部がスライドして地下へ降りる階段が現れた。一真達が階段へ注目している間に、セリアは手元に置いてある内線電話の受話器を取ると、番号を四つ押して受話器を耳に当てる。暫くすると相手が出たのか、セリアは受話器に話しかけた。
「アンドリューさん、セリアです。魔法付与の話が聞きたいと生徒の方が更に三人来ています。……えぇ、えぇ。……はい、それではお願いします」
セリアは受話器を戻すと一真達の方へ振り返り、にっこりと微笑んだ。
「朝から熱心だということでアポイントメントが取れました。この階段から続いていますので、頭をぶつけたり転んだりしないよう注意しながら進んで下さいね」
「分かりました。ありがとうございます」
一真はセリアに向けて一礼し、階段を覗き込む。床と同じ石材で造られた、幅二メートルの階段が何処までも長く続いているのが見えた。階段の両脇は壁になっていて、五段毎に灯石が埋め込まれている。頭をぶつけないように、僅かに腰を落としながら階段を七段降りた所で一真は振り返った。
「俺が先行して降りるから、怪我しないようにな」
「了解や」
「えぇ」
力強い返事を背に、一真は階段を降りていった。




