黒色少女
「――カズマ・ミカゲさんですね?」
三人は一斉に振り返り、声の発信源――竜族の少女へ視線を向けた。背丈は百五十そこそこと言った所で、竜族では珍しい黒髪に、漆黒の『角』を生やしている。瞳は蒼穹のように青く輝いていて、思わずじっと見ていたい衝動に駆られた。
一真はすぐに失礼だと思い、サッと瞳から黒髪に目線を移す。肩口まで伸ばされた、ふわふわとした印象のウェーブボブ。更に目線を上下させると、線の細い身体をしているのと緑のタイピンを付けているのが分かった。
「ああ、俺がカズマ・ミカゲだけど?」
「私用で申し訳無いのですが、勝負を挑ませて下さい」
「風紀委員のアレか?」
「そうです」
「分かった。歩きながら職員を探そうか」
「はい」
僅かな単語で会話が成立する様を、弟子二人がヒソヒソと小さな声で言葉を交わす。
「……ねぇお姉ちゃん『風紀委員のアレ』って何?」
「……さぁ? 私もわからへん。師匠の事やし、変な所に首突っ込んだとちゃうん?」
「……有り得そうね。お師匠様、面白い事が大好きだから」
「……うん」
二人が少女の様子を見ても、勝負を挑むと言う割には敵愾心らしい感情を感じ取る事は出来なかった。代わりにやや緊張した面持ちと、前後の会話から、何らかのテストなのかもしれないと推察し、面白そうだから付いて行くことにした。
一真はキョロキョロと遮断結界を使える職員を探しつつ、一分歩いても出会わなかった事から、地下――『迷宮準備区域』に行くことを提案し、竜族の少女から承諾を貰って地下に向かった。三分ほどで『迷宮準備区域』に辿り着くと、『封印の大門』のあるカウンターへ真っ直ぐ歩を進める。カウンターには案内のお姉さん――セリア嬢がにこやかな笑みを浮かべながら四人を歓迎した。
「セリアさん、おはようございます」
「おはようございます。今日はどうしましたか?」
「決闘場を出して欲しいので、来てしまいました。お手数ですが、お願いできますか?」
「はい。今の時間帯なら人も居ませんし、問題ありませんよ」
セリアは快諾すると、両の掌を軽く叩き合わせた。音と共に七メートル立方の遮断結界が現れ、一真と少女は互いに顔を見合う。
「武器はある?」
「はい。使用しても良いですか?」
「どうぞ」
それだけ言うと、一真は遠慮なく遮断結界の中に入る。少女は指を鳴らし、切先の細い剣――細剣を召喚する。鞘から刀身を抜くと、遮断結界の中に入っていった。
「武器使用ありなんか……ん~」
ティアが唸るように悩む。竜族はこの世界において、一、二を争う強種族。それは強力な魔法を矢継ぎ早に放てるだけでなく、持ち前の筋力と頑強さによって近接戦でも強力な攻撃を繰り出せる為だ。故に多種族との決闘となれば余程の理由が無い限り『やり過ぎない』よう、通常は武器を封じて戦う。
「しかも儀礼剣やで」
その為、異種族相手に竜族が決闘で武器を用いるのは、竜族が本気で戦うに足る者――強者として認められたということだ。おまけに彼女が持っていたのは引き金式の魔法発動の補助機能を持つ儀礼剣。儀礼行為を引き金を引くという行為で代替可能にする為、斬りかかりながら魔法を放つことが出来る迷宮戦闘用の武装だ。人造属性が付与される為にランクが下がり、切れ味や他の特殊能力が一段落ちるが、それでも魔法を使えるという利便性は凌駕して余りある。彼女が本気で一真を仕留めに来たのがよく解った。
「心配?」
「ちょっちな。でも、一月でよぅもまぁ竜族を本気にさせたもんやなぁと」
風紀委員の話にしても、生徒会の話にしても、それが一部であれ短期間に興味を持たれ過ぎている。このままでは自分達の修行を行う時間さえも奪われかねないと、ティアは苦い顔を浮かべた。
「お師匠様だしね。でも、そのぐらいでなきゃ師事を乞うたりしないわ」
「そうやけど……」
「それより、お師匠様の方が本気になると思う?」
「素手の私でも一応、傷付けることはできるし……。ルール次第やね」
「そうよねぇ……」
甘いのか、特別視しているのか、一真が女性に対して手を上げた事は一度も無い。ただし関節技や、肌に痕が付かない程度の苦痛を与えて降参を言わせるぐらいの事はする。尤も、そこまでさせるにも相当苦労するのだが。
―― ・ ――
「ルールはどうする?」
一真が尋ねると、少女は細剣を掲げた。
「貴方が決めて下さい。私は儀礼剣を使うので」
「じゃあ俺に血を流させたら終わりってことで」
「本気でやりますよ? よもや儀礼剣を持った竜族が弱いなどと――思ってはいませんよね?」
「まさか」
「それでは。遠慮なく参ります」
少女は細剣の切先を一真の眉間に向ける星眼の構えを取ると、腰を落として突進してきた。一真の脳天を貫く勢いで剣を突くが、顔を傾けることで避けられる。その瞬間、少女は人差し指に掛かった引き金を二度引いた。『自己遮音』と『乱音』が発動し、大音響が遮断結界の中を蹂躙する。三半規管はおろか、鼓膜さえ破かんとする代物だ。
「よくある手だな」
が、詠唱による『自己遮音』を既に完成させていた一真は涼し気な顔で笑う。音波攻撃は密閉空間において特に有効な戦術だが、そうしてくると仮定して防御術式を予め組んでおけば対処は可能だ。
「と、思いますよね?」
一真の右肩から脇に斬りつけると同時にもう一発。左の脇腹から腰に向けて薙ぎながらもう一発。更に手首を返し、右の脇腹から首に目掛けて剣を奔らせながらもう一発。計三発の『乱音』が発動し、鼓膜を破るほどの大音響が乱反射して一真の身体を何度も叩く。『自己遮音』が発動しようとも身体は揺れ、視界も揺らめく。
「ぐっ」
機を逃さず、少女は細剣で一真の肩を狙った。僅かに触れるか触れないかの軌道。判断不能と見た一真は後ろに飛び退くが、少女の剣閃の方が速い。更に左足を一歩踏み込み、肩を貫かんと細剣で突いた。
「ぬっ」
後ろに飛ぶ体勢でありながら左足を軸に身体を捻り、蒼の氣力を纏った右足の蹴りが細剣を横に弾く。それは反射的な行動ではなく、理に基づいて動いた行動。女性を殴らないことを指標にしてきた一真の心に苛立ちが舞い降りる。
少女は体勢を崩しながらも一真の脚に斬り付けんとするが、勢い良く横に回転させた身体が一回転し、一真の左踵が的確に細剣を弾く。地を踏む大きな音と共に一真は跳ね起き、少女を見据えながら気遣いの言葉を口にした。
「指は大丈夫か?」
少女は細剣を軽く振り、剣筋が鈍っていないことを表明する。
「問題ありません」
「じゃあ再開だな」
一真は指を鳴らし、リュミリスとの戦いで使用した七層にも渡る球体状の盾を召喚する。四層にも隔てられた氣力の盾は一真の姿を覆い隠すほど濃い。ここに来て、一真が油断と余裕を捨てたのだと少女は解釈した。
(……それなら)
少女は上級生に言われたことを思い出す。引きずり込まれたら確実に負けるから、体力勝負をするなと。そしてこの盾の事も知っている。貫通、爆破のどちらかに特化しなければ恐らく突破し得ないだろうとも。
(アレで)
同時の高威力魔法ならどうだろうか。少女は一旦距離を置くために後ろに飛ぶと、足が地に触れるまでに引き金を素早く三回引いた。一本一本が人の足はあろうかという太さと長さを持った『氷槍』『炎槍』『雷槍』を同時に七本ずつ召喚。更に地に足が触れる瞬間、引き金を二回引いて『迅速』と『暴食』を付与する。
「三点集中、射出!」
一真の両肩と腹の辺りに目掛けて、朱と白と黄の槍が一斉に迫る。『暴食』は多大な精神力と引き換えに莫大な貫通能力を発揮し、『迅速』が槍に剣閃よりも速い速度を与える。これなら色付きの氣力でさえも貫ける。少女はそう確信していた。事実、盾は三色の槍によって七層全てを完膚なきまでに貫かれ、穴からヒビが入って砕け散った。だがそこに一真の姿は――無い。
「あぶねー……」
一真の呑気な声が少女の背後から聞こえた。少女は細剣を後ろに目掛けて振り回すが、空を切る。誰も居ない。と、右肩に一真の手がポンと置かれた。
「これで君は一度やられた訳だけど、まだやる?」
今度こそ後ろからの声。少女は溜息と共に、観念するように細剣を鞘に仕舞い、一真の方へ振り返った。
「……参りました」




