『財宝の皇子』
「相変わらず美味やわぁ……」
真っ先にフレンチトーストを口にしたティアから、感嘆の言葉が溢れた。フレンチトーストを九つに切り分けて一つ一つ頬張り、飲み込む度に美味しそうな笑みを浮かべるのだから、見ている方が幸せになってくる。
「ああ、美味いな」
一真は同意して、切り分けたフレンチトーストを口に入れる。砂糖とバターの甘味、卵のしっとり具合、全体をふんわりと包みながらも崩れる事無く存在を主張する、焼きたてのトースト。きつね色に焼かれたそれは、甘美な香りさえ醸し出している。
ふとリーティアの方を見ると、彼女は行儀の良いお姫様らしく一人黙々と食べていた。それでも食べている顔は朗らかで、一口食べるごとに頷いている。とても幸せそうだ。
(本当に)
美味しい物を食べて、美味しそうに食べて、嬉しそうに笑う。
たったそれだけの事でも、幸せはあるのだと。一真の瞼が眠たげに落ちそうになる。
「レージペコ三人前、お待ちどうさん」
期せずして、店主が銀盆の上に乗せた紅茶を持ってきた。それぞれ取り易い位置に置いて、一真の顔を眺める。
「どうだ、味は」
「美味しすぎて、危うく眠る所でした」
その答えを聞いて、店主も満足気に微笑んだ。
「……ふ。そいつはご機嫌だ」
一真は止めていた手を再開し、口いっぱいに頬張る。文句なしに美味い。そしてこれが笑顔を生む幸せの味なのだと、忘れないように、しみじみと心に染み込ませていった。
―― ・ ――
「んー……満足やわぁ」
「ホント、美味しかったわ」
「だな」
デザートのヨーグルトも食べ終え、それぞれ口元を紙ナプキンで拭く頃。三人は辺りが騒がしいことに気付いた。どうやら朝食を食べに来た生徒が多くなってきたようだ。店主の他にも、朝勤のスタッフが慌ただしく動いている。
「続きは歩きながらにせぇへん?」
「そうね。そうしましょうか」
異議もなし。示し合わせたように同時に立ち上がり、一真が先行してレジのお姉さんに『功績カード』を見せる。表示Pは『四五〇〇P』と表示されていた。
「はい。では『功績カード』をこちらのパネルに触れて下さい」
「こうですか?」
レジの横に設置されていた、カードのマークが刻印された感知式の台に『功績カード』を触れさせる。ピッ、という電子音の後、レジに表示されていた『二四〇〇』という金額が零に変わった。レジのお姉さんがそれを確認すると、一真に向けて深々と頭を下げる。
「はい、以上でお会計は終了となります。いってらっしゃいませ」
「「「行ってきます」」」
リーティアを先頭にティアが続き、一真が最後になる形で外に続く扉を抜けた。店内と校内では明るさが違うからか、僅かに眩しいと感じる。
ふと一真が『功績カード』を見ると、Pの数が『四四七六P』となっていた。見間違いかと思い、制服の袖で目を擦ってもう一度確かめる。『四九七六P』。何度確かめても同じだ。
「どうしたん?」
『功績カード』を何度も眺めている内に二人から距離が離れ、足音を聞き分けたティアが最初に、続いてリーティアも振り返って気付く。一真は一旦カードから目を離し、差し出すように二人に見せた。
「このPって表示から百倍が正常なのか?」
「ええ、そうみたいね。最低単位が一Pだから、百DCね」
一DC、日本円で言うなら一円に相当する。つまりこの『功績カード』での『四九七六P』は日本円で四十四万七千六百円となる。
「……しかもこれ四等分だよな?」
「せや。私のカードも四千五百やで」
「私もそうなってるわ」
「俺の感覚がおかしいのかもしれないから聞いておきたい。学生が一日四十五万稼ぐのは異常じゃないのか?」
「そうね……同等の結果を出したとして、多分この五分の一じゃないかしら」
「そんぐらいやね。でも『迷宮石』はそれなりに貴重やし……これでも御国が結構手数料取ってるとちゃうん?」
「そうよねぇ」
「んん?」
何だか期待していた答えと違う気がする。一真はそのズレが良く解らなかった。
未だ納得しきれていない表情の一真を見て、ティアとリーティアは互いの顔を見合わせ「アレかも」と、一真の悩みに思い当たった。
「お師匠様、怪物のパーティ倒す毎に宝箱出たじゃない?」
「ああ」
「あれ、多分師匠の固有スキルやで。普通、二割ぐらいて言うてたもん」
「あー……そういうことか」
やたら宝箱が出るなぁとは思っていたが、『財宝に認められている』という一文が神職適性の用紙に書いてあった事を一真は思い出した。恐らく、迷宮で怪物パーティを倒すと高確率で宝箱が手に入るのだろう。下手したら百パーセント、確定事項なのかもしれない。
「つまり、お師匠様と居ると最低でも五倍の宝箱が得られるって訳ね」
「ある意味トンでもないスキルやで。昨日の宝箱の質も最高やったし」
「そうね。そういう宝箱が多いのは良い事だわ」
「下手に知られるとお誘いが多くなりそうだな。極力口外しないでくれると助かる」
「うん」
「解ったわ」
「そうだ。それじゃなくて、一つ聞きたいことがあった」
「なに?」
「宝箱と言えば……この世界には『擬態する人食い箱』は居ないのか?」
『擬態する人食い箱』。RPGでおなじみの宝箱を開いたら怪物だったというオチを付けてくれる敵で、ゲームの中では番人のような、強い位置にされている場合が多い。
一真が調べていた迷宮の怪物図鑑には載っていなかった。
「『擬態する人食い箱』? そー言うのはおらんで」
「神が人に与える宝箱は恵みであって罠ではないから。たまに呪われるけど、その殆どは宝箱じゃなくて中身が呪われていて、その余波を受けたから――という顛末だし……」
「ふぅん……」
生返事を返しながら、一真は宝箱の中身や質に対してあまり関心を寄せていなかった事に、今更になって気付く。迷宮の勉強も怪物の種類やら、罠やら、呪われた場合の対処法やらに注視していた。
日付の変わり目に『功績カード』のPが増えて、一万Pと引き替えの『命のクリスタル』が三日もすれば手に入ると分かり、何故月一でしか配布できないのかと疑問があった。それも一個につき百万もするとなれば納得も出来る。相応の手間を掛けた貴重品であり、恐らく魔法付与師の数も少ないのだろう。
(そう言えば……『魂のクリスタル』は『致命避け』と『帰還』の二つが掛かってるんだよな。ティアの報告と、今の状態を見るに……単に二つの魔法を入れただけか? いや、それなら全部『魂のクリスタル』にした方が安全と言える……。もしかしたら結晶体の質も関係しているのかもしれないな。魔法を二つ入れることが出来たのは『たまたま』かもしれない、か)
どれも不確定な情報ばかりだ。これ以上は専門家に聞いてみるしかない。
「師匠、今度はどしたん?」
「いや。この学校に魔法付与師の免許を持ってる人は居たかなー、と思ってな」
「お師匠様、また悪巧み?」
「違うよ、これは純粋なお勉強の話だ。思い当たる人は居る?」
「うーん……まだ講師と仲良くはなってないから、解らないわ」
「職員なら、セリア姐さんに聞いてみるとええんやない?」
「昼休みにでも聞いてくるか……」
「私も付いて行ってええ?」
「心当たりがありそうなら、その人に約束を取り付けるだけだから、ご飯は普通に食べてきな」
「うん」
「情報はメールで送るよ」
「了解」
「よし、それじゃあ――」
教室に行こうかと言いかけた所で、
「――カズマ・ミカゲさんですね?」
背後から声が掛けられた。




