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かつて愛と呼ばれたモノ  作者: Anotherblood
第二章:『幸運の鈴《フォーチューンベル》』
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夢の対価(Acquired of sleep disorder)

 一真が目を覚ました時、もう一度眠ろうとして目を閉じたが、もう眠気は出て来なかった。魔具(デバイス)を手に取り、ぼやけている視界の焦点を合わせて、今の時間を確認する。


 ――現在時刻、二十時十五分。


(二十七分……)


 身体を起こし、右手を軽く握ったり開いたり、腕を捻ったり肩を動かしたり、首を傾げてみるも、これで十分だというように身体は自然に従う。痛み、軋み、倦怠感は感じられない。胸いっぱいだった筈の幸福感も何時の間にか消えていて、深呼吸を行うと意識がより明瞭になっていく。

 右肩に僅かな重みを感じ、目を向けるとタオルが肩に乗っている事に気付いた。一真はタオルを軽く畳んで洗濯カゴの中に入れる。ベットの下に設置された引き出しから新しい白シャツ、黒の靴下を取り出し、ベットの上に置いた。制服の上下を引っ掛けていた木製のハンガーを手に取り、ベットの上に置いた二点を加えて手早く着替える。

 着替え終えると、筆記用具と数冊のノート、そして魔具(デバイス)を鞄の中に入れる。そのまま鞄を手に玄関に向かい、靴を履いて指を鳴らした。照明が消えたことを確認し、一真は玄関のドアノブを回して寮の廊下に出た。

 五月の夜風はやや冷たかったが、一真にしてみればこの冷たさが今は心地良かった。玄関を閉めて扉に掌を当てると、扉は部屋主の意志を汲み取り小さな施錠音を廊下に響かせる。

 一真は誰も居ない廊下を歩き、突き当りの階段を静かに降りていく。ほどなく地上階に辿り着くと、大玄関に不審な者が入らないか監視している守衛の老人に話しかけた。


「今から学校に行ってきます」


 恰幅の良い、顎髭を蓄えた老人は一真に向けて軽く手を振る。


「おお、気を付けてな」


 自動ドアを抜け、一真は闇夜を駆けた。徒歩五分の道程を僅か二十五秒で踏破し、そのままの速度で校門を抜けて開放されたままの玄関に入る。電球替わりの冷光素材が至る所に設置された昇降口、そこから繋がる廊下は昼間のように明るかった。

 一真は下駄箱の無い昇降口に辿り着くと、急に速度を落とした。疲労からではなく、主に激突防止を防ぐため。それを証明するように、息を切らすどころか汗ひとつかいていない。

 周囲を一瞥し、靴を履いたまま歩を進めていく。自然、土足で廊下に踏み入れることになるが、竜帝校に上履きを履く習慣は元から無いので問題は無い。向かう先は昇降口から一番近い、第一図書室だ。

 三分ほど歩くと、第一図書館と銘打たれたプレートが目に入った。更に歩き、プレートの下、両開きの扉の取手を引く。図書館の中は夜間でも生徒の数はちらほらと居て、皆静かに本を読み、あるいは勉強に励んでいた。


(……今日は結構居るな)


 入り口から確認しただけで、ざっと四十五人。この時間の常連の人もちらほら居た。入学してから毎日の様に通い続ければ、会話を交わしたことがなくても顔馴染みは増える。もしかしたら自分も彼等の心の中でニックネームでも付けられているのかもしれない。

 そんな子供らしい馬鹿な考えを浮かべつつ、一真は鞄を何時も使用しているテーブルの椅子に置いた。周囲を見て回り、気になるタイトルの付いた本を五・六冊本棚から選び出し、テーブルの上に積み重ねていく。それを何度か繰り返し、一真は鞄を退けて椅子に座って本をペラペラと捲りだした。

 今、一真が手にしている本は獣族(けものぞく)の歴史が記されている本だ。読みかけだった本の頁(ページ)数、内容を正確に思い出し、一分四頁(ページ)の速さで読んでいく。


(あとでティアにも聞いてみるか……)


 一真は翌日の二時になるまでこうして読書と勉強を続ける。そして三時間の自主鍛錬の後、汗を流して朝食を取る。朝の六時になれば女子寮から出てくるティアを迎え、授業が始まる三十分前まで修行に励むというサイクルを毎日こなしていた。今日から一週間は修行禁止を決定し、ティアに伝えたので実質五時間半を鍛錬に注ぎ込める計算になる。

 いずれにせよ常人なら身体を壊すか、授業中に爆睡したまま目覚めないか、あるいは発狂してしまうような殺人的なスケジュールだ。それを一真はこの世界(ラウフドゥーリア)に来る前から続けている。入学試験における主席を凌ぐ成績も、迷宮試験突破の為に用意した問題集も、日々の授業における予習復習も、戦闘における手練手管の構築も、生活全般における予備知識も、他の者が休んでいる合間に作られていた。

 これを指してルディから異常体力と茶化されているが、これでも生まれた家の事情を差し引けば普通の日本人と大差無い身体で生まれてきている。当然、殺人的なスケジュールをこなせる体力が最初からあった訳では無い。

 元はと言えば、一真が持つ持病――後天性の睡眠障害が引き金なのだ。『御影』として生まれた一真は他人のことを想い、考えるという行動を生まれながらにして習慣にしていた。それが両親の死を契機に暴走し、眠れない身体になってしまったのだ。常に何かを考えて落ち着かない。身体を横たえて、瞼を閉じても眠れない。身体を休めても神経が休まらない。それは遠からずバランスを崩し、徐々に衰弱して最後は死に至る病と言えた。

 それを助けたのが一真の監視人であり、同時に処刑人の役目を負った男だった。まだ一真が年端も行かない子供であるという理由から、薬を用いて一真の体力を回復させた。だがこのまま放っておけば同じ事を繰り返すのは目に見えていた。

 男は悩んだが、己が修めた武術の鍛錬法を一真に教えることを選んだ。睡眠障害を取り除く事は叶わなかったが、耐え切るだけの体力と身体を与えることは出来たのである。男は我が家に伝わる健康法と嘯いたが、一真は男に師事を希(こいねが)った。男は師弟関係を黙認し、修行の光景を見せるという事で願いを叶えた。そして一真は一日として休むこと無く、十年もの月日を鍛錬し続けたのである。

 結果、一真は殺人的スケジュールを日々こなしても体調に問題がないほどの超人的な体力を得るまでになった。それでも師に勝つことは不可能だった上に、そんな男に命を狙われる立場は変わらなかったが、一真は自分を助けてくれた師を深く敬愛していた。自分に弟子が出来てからの鍛錬でも、いつも思い浮かべるのは師の野太い声と温かい手。教えるのは技術ではなく心であるという言葉を忘れず、今ではティアに己の技術を与えている。

 だがそんな一真も、この世界(ラウフドゥーリア)に来る時に身体を元に戻されている。睡眠障害はそのままに、身体だけが十歳児に戻ってしまうという人生最悪の日。それでも『主神(アルルニア)』の手による素質の平均化によって日本に居た頃より伸び代は増えており、また同じ質の体力を生み出せずとも、蓄えた体力はまだ残っていた。だから簡単に死ぬことはないと、直感で理解できていた。

 それでも自分に体力が残っている内に鍛えなければ確実に衰弱死する。元の世界で死ねなかった一真は一日だけ悩み、そして生きる道を選んだ。経験によって無駄を削ぎ落した修行を一から始め、僅か一年で氣力(フォース)を覚え、四年で全盛期と同じ体力を取り戻すことに成功したのである。

 更に二年、鍛えに鍛え、本来なら自分よりも格上の存在であるこの世界(ラウフドゥーリア)の住人を相手に、遅れを取るどころか手玉に取り続ける結果を出すまでに至った。

 だが――。


(リズィ=カーズィ……)


 あの男は間違いなく上位で相見えることになる。恐ろしいほどの分析能力を有しているし、侯爵の息子で生徒会長という肩書きが見せ掛け(ハリボテ)だとは思わない。あの生徒会の中で唯一、自分が勝つと見ていた。それも戦う前からだ。まだ自分にはそんな芸当は出来ない。

 黄龍大会の開催は十二月。つまりあと七ヶ月。それまでに勝てる算段を付けなければならない。だが一度見せた手は確実に対策を取られていると考えるべきだろう。今まで使った戦法は全て通用しないと考えた方が良いし、大会を勝ち進む為に使った手も封じなければならない。


(中々ハードだなおい)


 一真は読んでいた本を閉じて、魔法大全と書かれた分厚い本を手に取った。古今東西の魔法が乗っており、簡単なモノから儀礼魔法まで載っている。一見、戦闘に使えなさそうな魔法でも工夫次第では使える可能性を秘めている場合があるから、見逃さないようじっくりと目を通すことにしていた。


(師父……奥の手は三つ用意しろ、だっけ)


 見せても問題ない奥の手。

 罠として使える奥の手。

 確実に仕留める奥の手。

 

 奥の手ばっかりじゃん。と、ツッコミを入れていた記憶が懐かしい。今ならその有用性を理解できる。それでも一真は三つも要らないと考えていた。それに殺し合いではないし、観衆に見せるのだから本当は奥の手で無くても良い。対策が立て難ければそれで良いのだ。

 

(となれば、オリジナル……だな)


 複製不可能な技術であれば想定不可能な上に、対策が立て難い。だがこれだけは、誰にでも達成可能な技術の集大成という条件をクリアするのは困難だろう。


(いや)


 複製可能な弱者としての奥の手と、複製不可能な強者としての奥の手。その二つが欲しいと思った。あの会長が相手なのだ。とことん面白がらせてやらなければ、満足しないまま学校を卒業してしまうだろう。それは在校生として許し難い失態だ。何より、そんなことになったら自分が許せそうにない。哀れみを乞うためにこの学校に入ったのでは無いのだから。


(……楽しみにしてて下さいよ、会長)


 必ず見つけ出す。そう決意を固め、ページを捲っていく。悪巧みを思い付いた少年のように、一真の顔には笑みが浮かんでいた。


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